56話 和やかな朝
一時の空間 一時の時間
一時とはどの程度の間を指すのか
短く長く どこでもない
少なくとも 楽しい時間となるほどに
短く感じるのは確かなのだ
白き小部屋。
壁、床、天井、絵具の付いていないパレットのように綺麗な白。
窓から入るそよ風が顔を撫で、心地よく目覚めることができた。
・・・目覚める?白いベッドの上で寝ていたらしい。
とりあえず、起きよう。それから・・・。
両手を伸ばして体の体操。大切な友達から教わった、朝の運動。
友達って、誰だろう。
・・・?
伸びをしようとしたら手に何かがぶつかった。
隣で誰かが一緒に眠っていたらしい。
黒くて長い髪をした女の人だ。顔が痩せてるように見える。ご飯は食べているのかな?
凹んでいるほっぺを指でつっついて遊んでみる。なぞってみると、ちょっと楽しい。
「…?」
起きてしまった。
その女性は少し驚いたような顔をして、すぐにニッコリと笑顔になって頭を撫でてくる。
・・・けれど、顔がよく見えない。
優しく笑ってくれているはずなのに・・・見えない。
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「ぬしちゃんおはよう!」
「ふぁぃう」
咲ちゃんの声でぬしちゃんは目が覚めた。咲ちゃんの眠っていたふかふかのベッドは寝心地が良く、2人で一緒に眠っていたのだ。
「おはようなんだ」
「えーい!」
「はぼ」
のんびりと上半身を起こそうとしたら、元気な咲ちゃんにのしかかられ、起き上がることができずにまた枕に頭を預けることとなってしまった。
「おすもうさんなのか」
「おすもうさんじゃないもん!」
「のこったである」
「のこった!のこ、え、わわわ!?」
お遊びでマウントを取ったはずの咲ちゃんはまるで部屋ごと一回転したかのようにひっくり返され一瞬で防御一択に迫られてしまった。
教会でやらされた光と闇の戦いを思い出し、急いで脇を固めるがぬしちゃんは攻めてこなかった。
「咲ちゃんげんきなのか」
「う、うん!げんきだよ」
心配してくる親友に元気に答える。
「・・・ぬしちゃんはどうしてよるにきたの?」
「あしたになったらあそぶって、やくそくしたんだ」
「えぇ!?おひさまがのぼってからあそばにいかないと、あぶないんだよ!」
「そうだったのか」
「そうなの!」
珍しく妙に納得したような態度で頷いてるぬしちゃんが面白く、咲ちゃんは倒れた身体を起こして互いに向き合った。
「もうないてないのか」
「え」
黒い髪に最近のお月様のように綺麗で青い目をしている親友の表情はまるで読めないが、誰かを想う優しさは誰よりも分かりやすい。
むしろ大人たちの方がごちゃごちゃしていて全然素直じゃなくて、時々何を言いたいのかがわからなくなるほどだ。
「ぬしちゃんきてくれたから、ないてないよ!」
「よかったんだ」
「えへへー!」
「またよるにくるんだ」
「うん・・・あ!よるはだめなの!」
「そうなのか」
余計な事を言えばまた夜にやってきそうな気になってしまい、急いで止めている咲ちゃんの部屋にノックが掛かる。
「おはようございます、サキ様、ぬし様」
「おはようございます!」
「おはよーなんだ」
室内へとメイド達が入ってきて、2人の少女へと挨拶をしながら入ってきたが、入って来た者は彼女達だけではない。
「2人共おはよう!よく眠れましたかな?」
「おかねもちのおじさん!」
やってきたのはでっぷりとした体躯の煌びやかで豪華な服を着こなした貴族の男、豪商だ。扉を開けたメイドは壁へと背を向け下がり、空いた道を杖を突きながら豪商が歩みよってくる。
「あなたですな?城内に侵入したという!」
「まどがあいてたんだ」
「なるほどなるほど!食卓の様子を見た時からなーにか仕出かしそうと踏んでおったが、ここまで酷いとは!はっはっは!!」
「そうなのか」
とてもぬしちゃんを褒めたような言葉とは思えず咲ちゃんは少し頬を膨らまし怒りそうになる・・・が。
「周りの目も気にしない自由奔放な子供がいなければ今頃・・・王は亡き者とされていたのですな」
豪商は突如跪き、敬服の念を込め胸に手を当て頭を下げだし、メイド達が驚愕から口に手を当て声を抑えた。
「心から、心から感謝をしておりますぞ・・・!」
豪商と呼ばれる貴族の男。
瞼が少し分厚く、それでいてくたびれたような茶色い瞳には裏の無い熱意が込められており、真剣な眼差しからは決して黒髪の少女を嘲るような雰囲気は一切感じられなかった。
「そうなのか」
「そうですぞ!」
そんな姿の権力者がいようと自慢の親友は並行運転のまま、ぼーっとしたまま話を聞いているだけだ。そうなのか、という言葉が信用ならないのはもう咲ちゃんはわかっているせいか呆れ顔で親友を眺めている。
「はっはっは!ではさっそく玉座の間へとご案内といきますかな!」
「おっきなおへや?」
「まあ、ちと準備もありますがな」
豪商は立ってしゃがむだけでヒーコラと疲れた様子のままに立ち上がる。ふっくらとしたお腹が随分と邪魔そうだ。
「教会におった者達も来ておるぞ?一緒に待っておるとよい!はっはっは!」
太った太陽が踊りながら笑っているような耳に残る笑い声を残して部屋から去っていくのであった。
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2人の少女はトテトテと廊下を歩いていく。メイド達はその後をついて歩き、衛兵が2人先導して案内をしてくれている。
「あれ?ブリキのおじさんはいないの?」
ラジオ体操ばりの大声の挨拶が聞こえないのが気になって廊下を見渡して見れば白銀に輝く騒がしい甲冑がいないのだ。
「はい。今は王の元で護衛をされておりますよ」
「ごえーなのか」
「はい、護衛です。守っているのですよ」
昨日までは咲ちゃんを守るためにいたはずだが、大人は忙しいのだ。
「ぬしちゃんとおなじだね!」
「ごえいなんだ」
「ごえいー!」
それは今となっては必要ないが。
咲ちゃんのもっとも信頼している護衛が就いているのだかから。
先導して案内をしてくれる衛兵達についていき、到着したのは王と最初に出会った客間だ。
衛兵達が扉の両脇に立ち、メイドがドアノブに手を掛け扉を開ける。
「どうぞ。中でお待ちですよ」
「うん!」
咲ちゃんとぬしちゃんが開いた扉に入っていき、
「サキちゃん!!ぬしちゃん・・・!!」
「わわ!」
「はぼ」
柔らかでふくよかな感触と共に白い世界が目の前が包まれた。
「2人共、無事か・・・!?」
「サキ!!ぬし、てめぇ!!」
「心配してたんだからね!?」
長椅子に座っていた赤青緑の3人組が各々気の募らせた表情で少女達の元へとやってくる。
金色の長髪を揺らし脇目も降らずに咲ちゃんとぬしちゃんを泣きながら抱きしめてきたのだ。結構でかい。
そして3人のいつもの面子だ。
「おはよーなんだ」
「おはよー、じゃあねぇよっ!!てめぇ夜に外でんな馬鹿!!」
「なーに怒ってんのよ。ずっと心配で寝てなかったくせに」
「う、うるせぇっ!それはお前もだろうが!綺麗になった目の下にまた隈できんぞー!」
「うっさいわね!あ、あたしだって心配だったし?ってかあたしの方が心配してたし!」
剣士と風使いは2人して情けない張り合いで怒鳴り散らしてこそいるが、眠たげな目元からは彼の心情は容易く伺うことができる。
そんな中、弓使いが聖女に抱き着かれている2人の少女の元へと近づき膝を付けてしゃがみ整った端正な顔を心配そうに歪めて見つめていた。
「ぬし、手を見せろ」
「うん」
そのままぬしちゃんの小さな手を握り、表、裏、指の間、爪の隙間と念入りに検査を始め出し、騒いでいたはずの剣士達が息をひそめたように静かになり様子を見守っていた。
「サキが治してくれたと話で聞いたが」
「ぬしちゃんね!ガラスでね、てをきっちゃったの!」
「そうか・・・」
小さな手には傷跡すら残っていない。ふにふにと柔らかい子供の綺麗な手だ。
それを確認し終わった彼は、ぬしちゃんの頬を平手で叩いた。
咲ちゃんは何が何だかわからないままにビクリと身体を震わす。
肝心の引っぱたかれた当人は片頬を赤く腫れたというのに無表情のままという、傍から見れば2人のどっちが怒られているのか判別がつきにくい。
「トンガリ!?おい!」
「お前は黙っていろっ・・・!!」
「ぃ・・・お、おう」
低く、太く、今にも殺しそうなドスの利いた声に凄まれ止めようとした剣士だけではなく、周囲にいる誰もが足を射抜かれたように動けなってしまう。
だが、動けない理由はそれだけではない。
振り向いた刺すように鋭いその瞳は若干潤んでおり、深い思いやりからの行動からだと気づいたからだ。
弓使いはぬしちゃんへと顔を向き直し、話す。
「ぬし、痛いか?」
「うん」
「手の傷は、これより痛かったか?」
「いたいんだ」
そこまで聞いて、弓使いは息を深く吐いた。
「生きてて・・・よかった。必死に、探したんだぞ・・・」
ぬしちゃんは弓使いに抱きしめられた。女性と違う男の手はゴツゴツとしていて、僅かだが彼の身に付けている革の臭いが黒髪の少女の鼻を擽った。
「屋根に登り始めた時はあたしらもびっくりしたけどね・・・」
「矢が飛んでこねぇと思ったら、空いてた窓に勝手に入って暗殺者と勘違いされたのは流石に笑ったけどな!っはは!」
騒動の後、弓使いはそのまま屋根を伝っては不自然に開いた窓から侵入し、城内を捜索していたところを衛兵に発見されたという。
侵入した頃にはすでに少女達は王と共に安全な場所へと保護されていたとも知らずに徘徊し、風貌から誤解され、そのままお縄に掛かり庭へと運ばれてきたのを見て彼らに爆笑されたという。
「トンガリも大概よ。ぬしちゃんに似てきたんじゃないの?」
「う、うるさい・・・俺の、責任もある」
風使いに茶化されながらも黒髪を撫でている姿は和ましいものであった。
「え、えと・・・おじさん?ぬしちゃんにおこってるの?」
「違いますよ。大好きだから叱っているのです」
「すきなのに、たたくの?」
「そうです」
親友の頬を叩く姿を見て驚いた咲ちゃんの頭を聖女が頭を撫でながら諭していた。
「生きていないと、痛いと感じられませんから。大切なことですよ」
「いきて・・・?」
咲ちゃんには今では先生と慕っている彼女の言う事が理解ができなかった。
駆けっこをしていて転んだ時、病院で注射を打つ時もとても痛かった。
それは生きてるから感じる事。だからって痛いのは嫌に決まってる。転ぶために駆けっこをするわけじゃないし、予防接種という物凄く痛い注射は2度とごめんだ。
・・・そう咲ちゃんが思ってるだけだ。
「ほーら、2人共!これ見なさい!」
そよ風のようにふらりと話に割り込み、風使いが包みを2袋持ってきた。
「コタコタ!持ってきたわよ!まだ朝食べてないでしょ?」
「コタコタ!たべたい!」
「コタコタなんだ」
「こっち座って食っときな。・・・マジここの椅子柔けぇな」
先生の話はニヤニヤと風使いの持ってきたコタコタのチョコによって塗りつぶされ、少女たちは楽し気におびき寄せられるようにして椅子の方へとよじ登っていく。
楽し気に席に着く彼らを眺めながら聖女と弓使いは眺めていた。
「俺の」
「いえ、私達にも、あの子にも問題があったのでしょう」
俺のせい。その言葉を何度も言わせまいと、凛とした美しい顔を悲し気に聖女は被せてくる。
「私は・・・あなたみたいに厳しくすることができないです」
「職業柄、そうだったからな。俺も甘やかそうにも上手くいかん」
「私達が、甘いですか?」
「いや、すまん。甘い、でなく・・・」
どうにか言い直そうとする口下手な男が可愛く見え、つぼみが開くように悲し気な顔を笑顔に変えて悟った。
「ふふ、優しい・・・ですか?」
「・・・それだ」
「頭は回るのに言い方が思いつかないなんて、直した方がいいですよ?」
「どっちも、変わらん」
「変わるから言い直そうとしたのでしょう?言い訳しないでください」
「む・・・」
会話が一瞬止まる。
「それは・・・ん。まて、前にも、こう・・・」
「前って・・・あ。あの夜のですか?」
2人は、ふと酒場で言い争った事を思い出してしまう。
子供達を想う心根が同じはずなのに、口喧嘩に発展した根幹を今になって理解したのだ。
「ぬしちゃんの頬っぺた、後で見ておきますからね」
「・・・嫌味か」
「さあ?ふふ・・・」
目の前ではコタコタの食いかすを手に付けたまま暴れる剣士の頭に引っ付くぬしちゃんと、それを笑いながら眺めている風使いと咲ちゃんが楽し気に騒いでいる。
「ほら、サキちゃんが怖がってましたから、ちゃんと笑いなさい」
「うるさい。・・・わかってる」
そこへと黄色と青が混ざり込む。
子供達の安否を実感できた彼らの表情は柔らかなものであり、和やかな一時を楽しく過ごすことができたのだ。
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