53話 門の音 払うは人
一寸の隙を隠さないから 守るのだ
守るべき冠がいなければ 力が強くても雑兵と変わらない
故に彼ら 彼女達は幸運であった
形こそ違えど 個々を支える指導者がいるのだから
城門の石枠を砦とし、門兵が槍を薙ぎ、払い、突き、迫りくる敵を牽制する。
敵は衛兵という皮を被った未知の敵が2人。奴らの手に持つ剣が牙となり襲い掛かる。
「ぐぁっ!?」
まず左から迫る剣撃を門兵は槍を逆輪で逸らし、そのまま軸をずらして叩くように敵へと突き出し、これが直撃する。相手の胴、鎧に当たり負傷には至らないが態勢が崩される。
続けざまに槍をそのまま右へと払い右から迫る敵へと狙うが後退され回避されてしまう。
「なっ!?」
門兵は眼前に飛び込んできた短剣に気付き背筋に冷たい感触に襲われる。
その短剣は黒く染められており、光源の少ない暗所で急所を狙われれば鎧も意味を成さない。
鎧の内側という闇に潜み、人を殺す為の道具を用いる者。
「気を付けて!こいつら普通の兵士じゃないよ!!」
「暗殺者か!!」
その短剣は門兵の首へと直撃する前に宙で止まり、そのまま地に落ち音を立てる。
風使いの風の加護によりその身に飛来する物体を極限まで減速させてくれるのだ。
「1つ・・・!」
「ぎゃっ!??」
態勢を崩した隙を弓使いは見逃さない。彼の放たれた一筋の矢が革を突き破り、膝へと突き刺さりそのまま地に倒れる。
「風魔法とは中々良いな!助かった!」
「口より手動かしなさいよ!」
魔法とは便利なものだと感心する門兵に叱咤しながらも風使いは照れ臭そうに髪を掻く。
だが、凶器を投げ後退した鎧を纏った暗殺者は剣と短剣の二刀流へと持ち替えたままこちらの様子を窺うだけだ。
敵の意図、異変に気付いたのは背後を警戒してくれていた聖女だ。
『守りの加護よ!』
金色の長髪を風に揺らして両手を前へと捧げる先に琥珀色に輝く光の壁が表れ、何かを弾いた。
カランと2つ音を立てて落ちたのは・・・矢だ。聖女の放つ光の壁には矢じりの痕が残っているがまだまだ持ちそうだ。
「人影が見えました!後ろから狙われてます!」
「うっそでしょ!?合図なんてあった!?」
「元から潜んでいたか・・・いや、違うな」
前方の盾となる門兵の腰にぶら下げた警笛を弓使いは目を配らせる。
「鳴らしますか?」
「伏兵も来ると不味い。それは奴らも同じだろうからな」
「ですよね・・・!」
他の仲間へと緊急で知らせたり、現行犯の発見時に使われる警笛を常備しているが・・・暗殺者が紛れてしまっていると知った今は使うのを躊躇われていた。
「・・・時間か、窓か?」
だが、2人倒れても仲間を呼ぶような動作をしないのだから、彼らも合図を送らないのだろう。
もしかすれば、別の場所から様子を見て合図を送る存在、それとも予定の時間があったか。何の予定か?
考えを巡らせるがどっちにも可能性があり、弓使いは判断は決めかねていた。
背後の盾となってくれている聖女の光の壁にまた2本の矢が飛んでくる。
「壁はまだ持つか?」
「まだ持ちます!」
光の壁の安否の返答に満足し、彼は剣を鞘から抜き、落ちている黒い短剣を拾い上げる。
「なら、俺も前にでる」
「了解!突っ込みます!」
「なんかあったら来てよね!?」
女性2人に背後を任せ、弓使いは一直線に庭にいる暗殺者に回り込むように駆け抜け、門兵が槍を前に突き出し突進する。
「うおりゃ!!」
「っち・・・!」
門兵の攻撃を回避するが、その間も弓使いは走り続け庭の草陰へと紛れ込む。暗闇に溶け込むように気配が消え失せ、邪魔者を倒さない限り探すのは困難だ。
弓使いの考えを汲み、門兵は叫ぶ。
「今です!!」
「・・・!!」
叫びに暗殺者は一瞬背後に隠れた男を警戒したところを、門兵は大きく踏み込んで槍を横に薙ぎ払った。
「小癪!」
その時暗殺者は初めて怒りを露わにし、苦言を吐いた。今の叫びが騙すためであり、背後から強襲は無い。
薙ぎ払われた槍を背後へと下がる事により身をかわし、暗殺者は難を逃れる。
「良い判断だ」
だが、彼は騙しただけであり嘘は言っていない。暗殺者の背後、庭の茂みから青き装備を纏った男が切りかかる。
しかし・・・その剣はやけに大振りな縦斬りだ。暗殺者は兜越しに鼻で笑う。
「甘い!!」
弓を背負った男の雑な剣筋に呆れ、二刀を用いて迎え撃ってくる。
弓使いの大振りに振り被った剣は暗殺者に容易く弾かれてしまった。
「もらっ・・・!??」
暗殺者の眼前に黒い物体が喉元に向かって飛来した瞬間、先ほどの余裕が欠片をも消え失せた。急ぎもう片手の短剣で弾いたそれは、自分の放った短剣。
自身と同じ手を一杯食わされたのだ。
「隙ありっ!!」
「があ!?ぁ・・・!?」
挟撃に持ち込まれた挙句、まんまと手の内を見せた男に後は無かった。門兵の鋭利な槍に背中から刺し貫かれ、庭にいた3人目の暗殺者は地に倒れる。
門兵は槍を引き抜き払って血も払う。
「・・・あんた、弓以外もいけるんだな」
「真似事が通用しただけだ、気にするな」
城門側に顔を向ければ風魔法の発動が見え、壁が破られるのが時間の問題だと知った2人は急ぎ城門へと走ろうとするが、彼らに呼びかける何者かが現れた。
「この騒ぎはなんだ!!なぜ警笛を鳴らさん!?」
見れば城の扉が開かれており城内から衛兵が3人やってきたのだ。
もし彼も敵であれば状況は圧倒的に不味い。弓使いは疑いの目で彼らを見るが、
「真ん中は俺の先輩です。下手な演技ならすぐ気づけるかと」
「・・・なるほど」
見れば槍を縦にしっかりと構えており、走って向かって来ているというのに上半身にブレが全くない。兜の細工も異なっており、衛兵の長の1人なのだろう。
横に並ぶ2人も彼に習う様な綺麗な姿勢だ。
先ほどの暗殺者とは軸の違う隙の無さを見て弓使いは門兵の言葉を信用することにした。
「ここに倒れている我々の鎧を着た輩が現れたため使えませんでした!!」
「見せろ!」
門兵が先輩と呼ぶその男は倒れている者達の手を見て兜を強引に剥ぎ、門兵の鎧の破損具合を確認し、そのまま向き直る。
「被害は!」
「城門で彼の仲間が奮闘してくれてます!城内にも潜んでおる可能性も!奴らの偽装は市民街にも伝わってるかと!」
「相分かった!」
話を聞き終えた彼は槍の石尽きで地面で打ち鳴らし、3人の衛兵が姿勢を正す。掠れてはいるが弓使い釣られてしまいそうなほどの覇気を伴った声が辺りに響く。
「城門にいる市民を急ぎ庭に避難させ、結界を再度展開せよ!敵の狙いは城内!私と1人で敵の捜索と声掛けに当たる!王国の敵を一匹たりとも逃すな!!」
「「「はっ!!」」」
衛兵長ともう1人の衛兵が急ぎ城内へと戻っていき、門兵を含めた衛兵2人と弓使いが城門へと急ぎ走り向かう。
弓使いは解けない疑問を打ち明けるように横に走る門兵へと話す。
「お前達の異動案は今どうなっている?」
「詳しくは伝えれませんが・・・この騒ぎで気づきました」
内部情報を易々と漏らすわけにはいかない為か、搔い摘んで彼は説明する。
「俺の横にいた奴も含めて、一月も経たない連中が何人も城内に配属されてるんです!」
「何・・・?そう多くは入れんだろう」
門兵は声を震わせる。
「ほとんど・・・約半数が、入れ替わるように城外に異動して、います」
偽装の可能性も含めれば多少人数は減るだろうが・・・城内の約半数が敵という嫌な可能性が生まれてしまった。
「・・・最低で、最悪だな」
権力者という餌のたまり場に大量の蛇が投げ込まれたのだ。
今であれば王の暗殺など容易だろう。
最悪のタイミングで、また子供が2人騒動に巻き込まれてしまったのだ。
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「だれかっ!だれか!!」
女性の悲痛な助けを求める声は誰のものか。
「何事っ!!!」
深夜とは思えない声量が廊下に轟き叫びに応えた。
食事を運んでいたはずの使用人が服を乱しながら闘将の元へと辿り着くことができた。
闘将の尋常でない声に気付いたか、部屋から他の使用人と廊下の先にいた衛兵も1人近づいてくる。
必死に走り、幸運にも白髪の少女の部屋の前に陣取る闘将の元へと彼女は辿りついたのだ。
「ど・・・どうしたの」
扉から出てきた者達に驚いたのか咲ちゃんも出てきていた。
「あの、子供が、はぁっ刃物を持った男、ふぅ」
「落ち着いて話してください!!」
息も荒く汗も酷い仕える者とは思えない同僚の姿に緊張が走る。
「兵士が1人、階段下で、殺されています!そ、それとこ、殺した男も!」
「相打ちか!」
「そ、それが・・・!」
小さな悲鳴と動揺が起こる中、彼女は扉から半身だけをだしこちらを眺める白髪の少女に目を移らせる。
「さ、サキ様と同じ服!小さな子が助けてくれて、いま、王室に!!早く誰かをぉ・・・!!」
溢れんばかりの情報量についには涙を浮かべ倒れるようにメイドは膝を付く。
その時、扉が勢いよく押し出される。
「サキ殿!!」
白髪の少女が扉から飛び出し廊下の奥へと走り出してしまい、不動のまま話を聞いていた闘将が追いかけた。
「サキ殿!お待ちを!!抑えてください!!」
「や!やー!!」
突然走り出したものの、咲ちゃんはあまりにも足が遅くメイド達に追いつかれ簡単に体を抑えられてしまう。
「ぬしちゃんだよ!ぬしちゃんがいるの!!」
「お嬢様ですか!?何故ここに!!」
「わかんないけど!ぬしちゃんだもん!!」
「そうですか!!」
兵士とメイド達は2人の玉投げのように単調過ぎて早すぎる会話を世話しなく追っていく。咲ちゃんはメイド達に抑えられながらもじたばたと暴れて振りほどこうとする。
「咲のじゃまをしないで!」
普段は大人しい少女の姿に、なるほど、と闘将は兜で隠れた頭を頷いた。
「では!!拙者と向かいましょう!!王とサキ殿を守護するが為に!!」
「うん!」
打てば鳴る鐘のような。
牧を置いてはすぐ割るような。
とりあえず危険地帯に子連れで向かおうとしだした甲冑男に目が飛び出す勢いで抑えていたメイドが制止を掛けざるを得なかった。
「お、お待ちを!つ、連れてくのは危険では!?」
闘将は5色に輝く大盾を廊下に打ち立て、答えた。
「真に安全な場所!それは拙者の元なり!!サキ殿!ご案内します!!」
頭から足先に至るまで白銀の鎧に身を包み、彼の者が立てば要塞、歩けば戦車とまで言われる男。
「ブリキのおじさん!ありがとう!」
「お任せを!!あなた達は部屋へお隠れを!!そこの兵士!伝令を任せました!!」
「っは!!」
「は、はい!」
ブリキのおじさんこと、闘将と呼ばれる王国最強の男が少女の足に合わせ、剣と大盾構えて王室へと直行する。
ブリキのように中身を変に繕わない巨漢の言葉は、真摯で、単調で、無限に思えるほどの力強さを秘めていた。
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王とは国の上に立つ者である。
王は国を助け 国は民を助け その逆も然り。
王と民が密接することは難しく 何時の世も険しい。
王が腐れば 国が廃れ 廃れた国には虫が寄るのだ。
「王!!お隠れを!!敵襲です!敵っぐぎゃあああ・・・!??」
王国は帝国との小競り合い何度も勝利を得ているが、村は焼かれ、国の争いに巻き込まれた犠牲者も大勢出ている。
いくら王が哀れんだ所で信頼は改善するわけでもない。王と民が結びつくことは不可能に近い。
「こいつら!!帝国のっぐがっぁあ・・・!!」
ならば、自身が国にしてやれることは何か?
見返りが欲しいだけではないのか?
抜いた草は生え変わるまで戻らない。
毒を盛られ、一度光を失ってから王はずっと考えていた。
より良い国に作ることができるなら、民の為となる近道だと。当たり前であり、何よりも難しい問題だとは気づいていたが、それでもだ。
こうなる可能性、覚悟こそできてはいたが・・・それでも早すぎる。闘将という最強の盾が剥がれたら、もうこれだ。
臣下の声を聞けばよかったと後悔もしたがもう遅い。
扉を壊す勢いで何度も何度も扉が叩かれていた。守衛が弱いわけではない。
どんな達人であっても不意を許せばただの人。たったそれだけの事。
王は壁に飾られた今では装飾が煩わしい宝剣を手にし・・・破られるであろう扉に剣先を向けて構えた。
驚いた事に、5年も前に持った時と比べてとても軽く感じるのは・・・白髪の少女の奇跡によるおかげかもしれない。
それでも数分持つかどうか。
今になって知将と豪商の言葉に頭に浮かび、自身に呆れた。
闘将及び兵の配置、城外の不審な情報、どれも間者の手の内であり・・・王を狙う絶好の機会が今。
頑丈ではあるが、扉は開くものであり錠前が耐えきれずに壊れ、開かれた。
王の前に立ちはだかるのは、黒装束の男が2人。
ここまで来られたのだ。もっと後に控えているかもしれない。
「何者かね?情けと思って余が死ぬ前に答えてもらえぬか?」
口で足止めをしようと試したが、無理だろう。
「命を貰う」
「ふはははは!そうか、残念だよ」
王は剣を深く構え、無断に入りこんだ暗殺者を見て・・・。
「・・・む!?」
見て・・・見て?ちょっとまて。
「な、ぜ・・・其方がおる!?」
「言葉騙しなど・・・!」
「ふぉてがみなんだ」
もごもごと口に含んだような幼い声に驚愕し、暗殺者2人が王の目線と音を頼りに探し出す。
彼らの左斜め後ろと目線はちょっと下。
そこにいた小さな影。
「何者だっ!?」
王と同じ問いを放ちながら身軽にも小さき存在から暗殺者達は急ぎ距離を取り出す姿はなんとも珍妙だ。
吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳で黒い長髪。ピンクの服にチェックのスカートを身に付けている。
右手に巻紙を持ち、どこからくすねたか左手に調理されたコタの実を握り、ぷにぷにほっぺを頬張りながら貪っている少女。
見覚えこそあるが、何故ここにいるかがまったくもって不明。
「をことぬしなんだ」
をことぬしという奇妙な名前をした咲ちゃんの友人だ。
「おてがみなんだ」
「っ・・・ガキも殺せ!!」
暗殺者は逆手に構えた鋼の牙を用いて、黒髪の少女と王に襲い掛かった。
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