52話 思射掛け
その男 高い洞察力を持つ
その男 射掛けた的は数知れず
その男 いちいち回りくどい
そんなこと 黒髪の女児は気にも留めず 足も止めない
咲ちゃんは薄暗い廊下は少し怖かったが、メイド達の案内のおかげで目的地に到着する。
「ついた!」
「お付き添いいたします」
「え、えと、うん」
彼らの言う水洗所、城のトイレは2種類あるらしくここは貴族や王族の者達が使う個室らしく、その気になればここでも生活ができるかと思う程に中は綺麗であり無駄に広い。
朝とお昼と何度か来ているが・・・正直なところ、畳6畳半の部屋に便器が1つ、おまけに用を足す間も外で待たれるというのは落ち着かないし、少し恥ずかしい。
それでもここを使うしかないのだから仕方がないのだ。
「では、私は軽めのお食事を用意して参ります」
「任せました・・・!」
咲ちゃんとメイドが1人水洗所へと入っていき、もう1人が闘将へと会釈をした後にその場を早足に立ち去っていく。
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コタの実の果肉をふっくらと焼き上げたものとバターを白いお皿に、グラスのポットには橙色をした果実水が透けて見えコップもセットだ。
城内は入口から真っ直ぐに進めば玉座の間があり、その間を四角く取り囲むように通路が分かれている。
2階は食卓の間と会議を行う円卓の間を除いて王族や階級の高い貴族たちの寝室となっており、調理場や書室などは1階に場所を設けられている。
城内に配置されている衛兵達や使用人は1階の端の端にそれぞれの相部屋があり、専属で無い者はそこで少し窮屈な生活をしており、彼女もまたその1人だった。
今では小桜咲という白髪の少女のメイドとして配属され、すぐ動けるようにと2階の部屋の一室を相方と過ごすことができ、待遇もよくなった。
「普通の子供にしか見えないわよね・・・」
さすがに深夜ともなると警備のために通路を歩く衛兵しかおらず、ましてや調理場など人はいない。
メイドの中でも心得のあった彼女はお夜食をお盆で運び、階段へと向かって歩きながら独り言を呟いてた。
王の目をも治す奇跡が使えるという5歳の子供。
兵士や使用人に伝えられた王命は、小桜咲という少女を王族及び王の身と同待遇で接すること。
そんな文面を最初こそ見間違いかと同僚たち騒いでいたが、闘将自らが護衛に当たる事でその文面は真実の物だと発覚した。
だからといって、この子供がやる事と言えば王との食事に同席し、城外にいる部外者を呼んでは遊び、また食事をしては最高品質の浴室と寝床でのんびりするだけ。
突然現れた数回りも年下の上位者の登場に、昨日今日と同僚たちの間で話題が尽きない。
なんで年下が、ずるい、と不満を漏らす者もいれば、下卑た中年オヤジの相手をするより遥かに良い、と良点を挙げる者もいる。
実際に就いてみてみれば本当に普通の子供。それもちょっとおかしいほどに。
貴族らしい教養や礼儀正しくあろうとするところが節々にあり5歳という枠に納めるには頭が良い。
ただそれだけ。
後はすぐ怯え、よく泣き、楽しいと笑う・・・普通の子供。
羨ましくはあるが、仕えていて特に不満には感じない。
それがこの使用人の白髪の少女に対しての第一印象だ。
「肉がだめなんだっけ?覚えとかなきゃいけないなぁ」
誰と話すわけでもなく、思った事を吐き出しながらメイドの務めを果たすために彼女はお盆を傾けないように運んでいた。
あと少しで階段へと辿り着く・・・だが彼女は足を止め、息を呑んだ。
通路の大きな窓から差し込む月明りに照らされるのは・・・黒装束の男。
肩幅から男と推測しただけであり、頭にはフードとマスクを着けていて顔がわからない。
上から下まで黒、黒、黒・・・そして、足元まで見たところで彼女は後悔する。
「ひぃ・・・!?」
黒装束の男の足元。
不自然に魔法石の灯りの消えているそこには警備をしていたはずの衛兵が倒れていた。
暗がりのようで色がわかりにくいが、衛兵の首から伝って液体も垂れ流れ、徐々に床の絨毯へと広まっていく。
真新しい雫の滴る短剣を持つその男は、王城に住まう者では無いことは明らかだ。
驚愕のあまりに手に持つお盆を落としてしまいグラスは割れて中の液体が絨毯のシミへと変わってしまう。
音と悲鳴に気づいたその男はメイドの彼女を向くなり襲い掛かってくる。
「死んでもらう」
気が動転した彼女にはその黒装束の男の身のこなしについていけるわけがない。
「だ、だれかぁ!!」
武器を持たない彼女の上げた声は誰が聞き届けてくれるか。
背中を向けて逃げようとしたところでもう男は振り向く間も無く目前へと迫ってきていたのだ。
何故声を上げてしまったか。ただのメイドの身である彼女心は最大の後悔と共に最後を迎えようとしていた。
「ぎゃべ!???」
「な、何・・・!?」
今のカモの首を縛り上げたような声はだれか?
黒装束の男が切りかかる前に小さく、やたら力強い衝撃を受けた彼女の身体は・・・斜め後ろへと吹き飛んだ。
「あだぁあ!!??」
今の油物を揚げてる最中に跳ねた油が目に入った時の声は誰か?
斜めに吹き飛んだ体は壁にぶち当たり、彼女はその身をもって壁の頑丈さを思い知ることになる。
あ、これ私の声じゃん。
何者かに押し出された胸元と打ち付けられた背中の痛みを頭が理解し、起き上がろうとした時に彼女はその事に気がついた。
「な、何者だ・・・!?」
マスク越しに黒装束の男の声が聞こえるが、それはメイドである彼女に対してではない。その男も驚いたようで軽快なステップでこちらと距離を取る。
起き上がろうとした彼女の前に立つのは白髪の少女・・・
「へ・・・誰!?」
「をことぬしなんだ」
「え?おこ?」
ではなく、同じ服を着た黒髪の少女が立っていた。彼女はその姿には見覚えがあったが、何故城内にいるかがわからない。
「死ねぇ!!」
だが、壁というにはあらゆる意味で小さすぎる。子供だろうと容赦無く短剣を突き立ててきだした。状況はまるで変わらない。
「に、逃げて!!」
メイドの叫びに をことぬしという少女は応えないどころか、それだけではない。
あろうことか、落ちていたお盆を拾って頭に被りだしたのだ。
たかが子供の構えた矮小な盾に黒装束の男の目元が醜く嘲るように歪む。
男は振り被る腕を止めもせず、勢いを殺さずにお盆ごと子供を突き立てた。
キィンッ
そして、鋼同士が衝突したような静かな音を立て見事に弾かれた。
「な、にっ・・・!!?」
男の短剣が。
武器どころか身体ごと弾かれ黒装束の男が態勢が大きくよろけるという慢心から生まれた大きな隙。
黒髪の少女、ぬしちゃんはお盆を頭に被ったまま前方へと猪のようなあり得ない速度で突進しだし、男へと直撃する。
キィンッキィンッキィンッ
「っど、っべが!?」
音からして3度どこかにぶつかったのだろう。
男の身に付けている装備はほとんどが布でできているにも関わらず、少女の突進により膝へと衝突したお盆がまたも奇妙な音を上げ、男の膝を吹き飛ばした。
文字通り、男は足元をすくわれたのだ。お盆で。
今さっきメイドが出したような奇声を上げて男は無様にもすっ転び地面へと受け身も取れずに叩きつけられる。
「おねんねなんだ」
「や、やめろっ!!?」
始終を見ていた彼女は男へと立ち向かう幼児の顔を見て恐怖した。もしかしたら、これからやられる男も同じなのかもしれない。
刃物すら弾くお盆のように見える、何かを振り被る少女に恐怖が頂点へと昇りつめた。
黒装束の露出をしていた目元へとお盆を叩きつける少女のぼーっとした表情とのんびりとした幼い声が冷淡なものに見え、聴こえてしまったからだ。
闇の爆発が起こり、男は倒れた。
ただ叫び、見る事しかできなかったメイドの彼女は目の前のt超常現象に釘付けになってしまい動く事ができなかった。
が、黒髪の少女が倒れた男の黒装束をまさぐり始めたところで我に返らざるをえなくなった。
「ああああのあの!?な、なにを・・・!?」
怯える彼女の問いに少女はまったりとした口調のままに答えた。
「たおしたら、そざいをはぎとるんだ」
「そ、素材!?」
「じょうしきっていってたんだ」
「あ、え・・・常識、です?」
死んではいないようだが、子供が死体漁りをするような光景は目に悪く、腰を抜かしながらも四つん這いのまま彼女は黒髪の少女へと近寄っていく。
「やめたほうが、あの」
「おお、おてがみゲットなんだ」
「・・・げっと?」
聴き慣れない言葉に理解が及ばないが少女が手に取ったのは黒い紐で結ばれた巻かれた紙だ。
倒れた男が起きないか目を配らせながら、容赦なく巻紙を開き始めた少女を慌てて男からどうにか引き離す。
「あ、あぶない、です!」
「よめないんだ」
「この子、話聞いてくれない・・・」
止まることしない黒髪の少女の進撃に困る彼女は・・・少女の持つ紙を見て血の気を引いた。
「王の、えっあ・・・!?」
そこに書かれていたのは対象、場所、時刻だけの書かれた依頼書だ。残念だが差出人は載っていないが、彼女は言葉を失いかける。非常に不味いものを見つけてしまったのだ。
「おうさまの、おてがみ」
黒髪の少女は紙を見て何かを考え込んでいるようだが、それどころではない。人が1人殺されているのだ。
とにかく誰かに伝えなければいけない。その思いで立ち上がろうとした彼女に黒髪の少女が話しかけてきた。
「おうさまのおへやはどこなのか」
「へ?」
「おうさまのおへやはどこなのか」
「あの、場所ですか・・・?」
「うん」
心身が焦りと緊張から冷静さを失っていたのか、つい彼女は少女へと場所を教えてしまう。
「階段を上って、道を進んで行けば・・・赤い扉がありますが」
「あかいとびらなのか」
彼女は2度目の後悔をすることとなる。
「おうさまにおてがみ、とどけてくるんだ」
「・・・手紙!?え!?」
言い終わるや否や彼女の視界から少女の姿が消える。驚いた頃にはもう遅く、兎のように飛び跳ねながら階段を駆け上がってしまっていたのだ。
「ま、まって!!誰か!だれかぁあ・・・!!!」
倒れる衛兵と不審者、突然現れた少女、それに救われた自分、なんでもいい。
スカートを両手に走りやすい様にたくし上げ、助けを求めるがために彼女も階段を駆け上がっていった。
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聖女達の癒しの奇跡のよって槍に刺された門兵は無事に意識を取り戻す。
「た・・・助かりました」
「体は動かせると思いますが、流れた血は戻っていません」
「無理しちゃだめだよ?」
「はい」
鎧に槍を反らされて、防御の薄い脇腹へと突き刺さったが、革と鎖帷子の貢献もあり深手とは至らなかった。破けた部分が不格好なままだが、問題ないだろう。
傷が治り、余裕ができた彼は感情をあらわにした声色で話かけてくる。
「あいつ、あの野郎はどこに?」
「奴は逃げたが、仲間が追っている」
怒りに震える声に答えた弓使いは手に持つ弓を矢を番えずに門兵へと突き付けた。
「お前の仇は返しておいた・・・安心しろ」
「・・・そうですか、不甲斐ない」
弓使いのキザにも聞こえる言葉で少し気が落ち着いたようだ。
立ち上がる門兵に合わせるように聖女と風使いも立ち上がる。
「ですがあの者は何故・・・王国で何があったのですか?」
「俺、いや、自分にもわかりません。何が何だか・・・!」
「恨まれた・・・って無いよね。いきなりだし」
私怨で行動するにしても唐突過ぎる。人の目を盗んで行わずにあんな派手な事をしでかすなど想像がつかない。
で、あれば。
「あいつは俺達の意見を呑み、進んで門を開けようとしたが、相方であるお前が行うとそれを力づくで止めた」
「それって・・・」
「ぬし、子供が中に入り込んだ情報を城内にいる仲間に知らせるためではないか?」
「仲間?一体なんの?」
何故知らせる必要があるのか。仲間とは。
「夜とはいえ、城門の前だぞ?何故、中の奴らはこちらに駆けつけない。散々うるさい声で騒ぐ男がいたのにな」
「・・・この結界は音を阻害しないはず」
門兵、だった男へと詰め寄る、結界にぶち当たる、転ぶ、騒ぎ、事件が起き、そしてキレる。
果たして城門にいる衛兵に頼っていたから、と通すには難しい。
弓使いは門兵へと顔を向ける。
「中の連中もお前のようにやられたか・・・それか」
「そこの者!何をしている!」
最後まで言い切らない内に、割って入る者がいた。城内を巡回していたであろう槍を振りながら衛兵が寄って来た。
気づくのに遅れただけだろうか?
「えと、トンガリの考えすぎじゃない?」
「無事そうですね」
「そう、っぽいです。・・・遅いんだよあいつら」
向かってくる衛兵の鎧に争ったような形跡はない。
傷が癒え少し力の抜けたように身体を動かしながら門兵が結界を挟んで会話に応じる。
「・・・おい!その痕はどうした!?」
「この前城に配属された奴が俺を刺して逃げやがった!あのですます野郎!」
「なんだと!?一体何が・・・」
「俺もわからない。大至急、中の連中と上にも報告して警戒態勢を整えないとまずいぞ」
「そいつは今どこにいる?」
兜で表情はわからないが、少し穏やかな声色に変わり、片腕を伸ばして誇らしげに風使い達を差した。
「彼らの仲間の1人が追ってくれています。もしいなければ、俺、自分は死んでいたかもしれません」
「あ、どもっす」
「お気になさらず」
「・・・ああ」
風使いと聖女が反応を示すが、弓使いは黙ったまま衛兵を見つめるだけだ。
結界の内側にいる衛兵は手の持つ槍を横にし、礼儀正しくも彼らへと頭を下げる。
「協力感謝いたします!では私は城内へ報告に伺いますので失礼!」
「え?まだ話が」
その衛兵は城内へと振り向き行動に移しだす。
その瞬間、弓使いが首に巻いていたマスクを口元に付け、夜の静けさのような声で門兵へと話しかける。
「・・・急いで結界を解け」
「え?」
次に弓を構え、矢を番え始める。
「気づいただろ・・・!このままだと仲間が死ぬぞ!!」
「!!」
門兵は城門へと腕を伸ばし、手をかざすと青い文様が浮き出し、結界が解け・・・格子扉が開かれないまま矢が放たれた。
一筋の流れ星のように放たれた矢は格子の隙間を難なく遠し背を向けた衛兵の太ももの付け根へと突き刺さってしまったのだ。
声は遠くて聞こえないが、崩れて倒れる姿をみるに悶絶しているに違いない。
「ななな何してんのトンガリ!???」
「おやめください!」
目が飛び出す勢いでわめき始める風使いと聖女に目を送り、弓使いは次の矢を番え始める
「風の加護を頼む。お前は槍を急いで持て。動けるか?」
「・・・動けます」
「ど、どういうこと?」
鎧の急所を掻い潜り貫かれた衛兵が城内にいれば目立つもので、倒れた衛兵の周りには何事かと集まってくるのは当然か。
集まって来た衛兵は2人。城門で矢を番えて構えている男がいるのだから犯人は明白であり、手に持つ槍を振ってこちらへと走って向かってくる。
「ねぇ!!トンガリってば!!」
「次でわかる」
訳も話さず次の矢が無慈悲にも放たれた。
「え?」
流石は王城を守る者と褒めるべきか。衛兵の1人に放たれた矢は優れた動体視力の元に切り落とされる。
「あいつら!グルだったか!!」
「そ、そんな!?中にはサキちゃん達が!」
槍を両手に構える門兵と風使いたちの背後へと移る聖女が悲痛に叫ぶ。
本来、槍とは両手で柄を持ち前に突き出す事で本領を発揮させるのだ。長さを短くし、片手持ちで扱える槍もあるが王国の衛兵には支給されない。
空いた片手で鞘から抜いた剣で矢を切り落とし、そのまま槍を投げ捨てた兵などいない。
「扱いきれない物を持つなど・・・誤魔化す以外ありえん」
「市民の救援も口に出さない紛い者め!!自分、いや、俺が前に出ます!」
「ほんと、どうなってんのよこの国!!?」
「ぬしちゃん、サキちゃん・・・!!」
今では話の通じる門兵が槍を構えて向かい来る敵の前へと立ち塞がり、弓使い達がその援護へと走る。
対するは国を守る兵ではない。
王城に蠢く、悪だ。
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