51話 暗雲の隙間
疑いというのは厄介なもので 人との関わる上で切り離すのは難しい
一度信じたものは疑う事を忘れ 一度騙されると経験が目を曇らせる事もある
結果 誰かが傷つく目に合ってしまうのだ
解決策としては 人の言を信ずること ただ一つ
本当の事であれば構わない
例え 嘘であったとしても
信ずる者が 心を救うかもしれないのだ
流した血で道筋を作りながら逃げている不審な門兵を追いかけ剣士は走る。
重い鎧を身に付けていない今、彼を縛る物はない。その走りは実に身軽だ。
だが、その門兵は大通りに近づいた時に問題が起きた。
「市民の敵めっ!!不意を突く卑怯者!!」
「はぁあ!?」
突然振り向いて立ち止まったかと思えば、あらぬことを叫び始めたのだ。
なんだなんだと衛兵達が集まり始めたではないか。
「おい、その怪我は!?」
「こ、こいつが、突然襲いかかってきたぞ!俺の代わりに、ひっ捕らえてくれ!!」
「なんだと!?」
周囲にいた衛兵達は負傷した門兵を庇う様に剣士へと槍を剣を構えて突き出した。
「子供の騒動も貴様が!?」
「ま・・・待てって、っちげぇ!!」
城門にいた衛兵が衛兵を槍で刺した、などという事は彼らは知らない。
ただ逃げたのではない。
剣士はまんまと誘き出されたのだ。
「ちょい待ちなぁ!!」
衛兵達の背後から飛び込む影が突如として現れ、緊迫とした間へと割り込みだす。
燃える火山のように鮮やかな橙色の長髪を波打たせ、露出をしている褐色肌はこの暗闇においてさらに黒みを帯びている。
「おまえ!?伸びてたんじゃ!」
「お、思い出させるんじゃないよ!!」
薄い民族衣装のような軽装を身に付け、三日月斧を持った、女豹と呼ばれる彼女が剣士の前へと立ちふさがった。
「そいつが城の門にいる兵士をぶっ刺したんだよ!」
「へぇ・・・そうかい、なら簡単さ」
「あ?簡単って」
そう剣士が呆ける間を与えずに、三日月斧を一回転させ右てから左手へと弧を描かせ、身を低くした踏み込みから一直線に剣士へと振り被ってくる。
「耐えてみなぁっっはぁ!!!」
「なっ・・・!?っちぃ!!」
だが、剣士は何もしない。
盾も剣も構えずに歯を食いしばり、彼女の攻撃を受け入れた。
剣士へと振り被られた三日月斧は寸でのところで止められる。
「あらよっとぉ!!」
「ぐがが!??」
直前で縦へと反回転させて斧では無く石突の部分で容赦なく剣士の胴へと押し出してしまった。
周囲からはおお、と歓声の声が上がるが、突き転がされた剣士は不服すぎる扱いに怒鳴りだす。
「おまっごほ!?寸止めできただろーが!!」
「あ、ごっめーん間違えちゃったわー」
わざと臭い媚びたような猫撫で声で挑発する彼女に心底腹が立つ剣士だが・・・彼女の目線は剣士には向いていない。
「こっちは終わりぃー!そっちは頼んだよ!」
衛兵達の視線が武芸のように力強い棒さばきに見惚れていていたが、本命はもう1人だ。
「お、俺はけが人だぞ!!衛兵なのだぞ!?」
「・・・構わん・・・」
無骨な鎧に大槌を構えた熊男が矢の刺さった衛兵へと襲い掛かっていたのだ。
体格差、状態、姿勢、武装、顔の厳つさに至るまで視覚にまで現れる圧倒的物量差には笑いごとでは済まない。
熊男は大槌を高く、大きく持ち上げ降り下ろした。
この一撃は女豹のような器用さと俊敏さとは程遠く、負傷をしている不審な門兵にとっては峰打ちですら致命傷になりかねない。
「ぐ、、くそぉおお!!!」
だが、門兵は腰にぶら下げていた鞘から剣を抜き、意外にも大槌を辛くも軌道を反らして難を逃れる。意味不明な強襲による脅威、追撃を恐れてか剣を逆手持ちのままに熊男へと構えだした。
一体彼らは2人は何がしたいかが解らない。このままでは剣士の同犯者という見方にも見えてしまう。
「おっ?剣抜いたねぇ!いいよいいよ!」
「あ、当たり前だろう!?貴様らもただじゃ!?」
怪我をしているというのに随分と動く衛兵がたまらなく面白くなってしまい女豹は笑っていた。
そんな中、負傷をしている門兵を気にして近寄ろうとした衛兵の1人が気付く。
「・・・?お前、その構えはなんだ?」
「・・・!!」
衛兵達は剣や槍を対面する相手へと突き出すように構えていたが・・・この門兵、男は逆手持ち。
怪我をしているから、そんな理由で逆手に持っては前方へと力が入らず逆効果だ。
途端、衛兵の鎧を被った何者かが逃げ始める。
「化けの皮いっただきぃぃい!!」
「ぐぼぉお!!???」
剣士へとぶつけた寸止めなど生ぬるい。
しなやかで剛健な肉体美を存分に動かし衛兵達など細道を突き進む猫のようにすり抜けてからの大振りの一撃。
三日月斧の柄を鎧の隙間、もう片方の肩へと見事にぶち当て、痛撃から逃れずに倒れてしまった。
度重なる一連の騒動に衛兵たちは困惑するしかなかったが、門兵だと思っていた男の謎の行動に剣士に対する敵意はそがれていた。
「・・・無事か・・・」
「無事じゃねぇ!!なんで俺もボコられんだよ!!」
「どっちが問題かわっかんないからさー・・・ならどっちもぶっとばしゃいいじゃないさね?」
「てきとーじゃねぇか!だーからお前嫌いなんだよ!」
「あに!?うちらの助けられておいて何様だい!?」
「・・・待て、事情を・・・」
腹が立つあまりに言い合い始めていた熊男の言葉で剣士が我に返る。
「サキとぬし、だけじゃねぇ!城がやべぇかもしんねぇんだよ!!」
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お姫様のようなベッド。咲ちゃんに掛けられた柔らかな布団がもぞもぞと動き出す。
「ふぃ・・・ぅうん」
目を開けるとそこは上下に挟まれた雲の中。寝ている間に柔らかな布団の中に潜り込んでいたようだ。
「まだよるだ」
疲れたせいで早めに眠ってしまったために遅くに目覚めてしまった。
部屋の中には誰もいないが、廊下にブリキのおじさんもいるだろう。
「いつ、ねてるのかな・・・」
自分の寝ている時間を除けば休んでいる姿はまだ見れていない。食卓の間ですら食事をしている様子もない。
交代制ではあるけれど、剣士達も代わる代わる護衛として自分達を守ってくれていたし、シスター達も怖い大人たちの相手をしていてがんばっていた。
大人は大変と幼稚園の先生から聞いた事があったが・・・どこも同じ、大人は大変なのだ。
・・・お腹の下の方がムズムズする。これはちょっとあぶない。
「おしっこ・・・!」
寝る前に行くのを忘れてしまっていた。もう一度寝てしまったらおねしょをしてしまうかもしれない。
暗いままだと怖いので、動くたびに柔らかに沈むベッドを堪能しながら四つん這いで進み、小さな机に乗っていたスタンド代わりの魔法石へと手を伸ばすとほのかに光輝いた。
明るくなると机には銀色のハンドベルのような楽器が置いてあったが、形は小さく1つしかない。
咲ちゃんはそれを見て、自転車のベルやレストランの呼び鈴を思い出し、手に取って鳴らしてみようと考えたが・・・今は夜だ。迷惑かもしれない。
咲ちゃんは靴を履き、扉へと静かな足取りで歩み寄りゆっくりと開けては頭だけを廊下に出してみた。
「サキ殿・・・!おはようございます・・・!」
「お、おはようございます・・・!」
まだまだ声は大きいが眠る前と比べると声を抑えて挨拶をする白銀の大鎧、闘将が扉の向かいに立つように守ってくれていた。ド派手な大盾は変わらず持っているがもう片腕には大槍を持っておらず、腰に着けた綺麗な装飾が施された剣が代わりとなって目に入る。
「ブリキのおじさん、おねんねしなくてだいじょうぶなの・・・?」
「いえ・・・!拙者は起きながらにして眠れるのでご安心を・・・!」
「そうなんだ・・・」
起きながら眠る、とはまるでお母さんのようだ。
自分がもっと小さい時は今よりも泣いてばかりで、そのたびに起きてはあやしてくれていたと聞いた時は恥ずかしくなってしまったものだ。
その話を聞いてから、お母さんに迷惑を掛けないように頑張ってはきていたのに・・・会えなくなってからは泣いてばかりだ。
「もしや!喉でも乾きましたか・・・!」
「ううん。おしっこしたいの・・・」
「失礼しました・・・!仕いの者をお呼びいたします・・・!」
「えと、うん・・・!」
トイレに向かうのに帽子は必要ない。そのまま廊下へと出て扉を閉める。
真っ暗な廊下を照らしてくれるのは壁の柱に取り付けられた魔法石と窓ガラスから漏れる青い月の輝きのみ。音を立てるのは目の前の大鎧と足音のみであり、怖い。
自身の部屋の隣へと闘将が歩いていき、ノックをしてからすぐにメイドが2人出てきてくれた。
「お待たせいたしました。呼び鈴の音に気付かず申し訳ございません」
「ちがうよ!あの、よるだったから・・・」
「そうなのでしたか。お気遣い頂きありがとうございます」
魔法石のランプを持って出てきたメイド達に礼をされ、咲ちゃんも釣られて頭を下げてしまう。
「では、水洗所へとご案内いたします」
「うん」
咲ちゃんと2人のメイド、最後尾に闘将が続いてトイレへと歩いていった。
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大きな部屋の中には棚、棚、棚だらけ。そのどれもが本棚であり分厚く年季の入った数々の本が壁であり、塀となり、読む者の知識となる。
ここは城内の書室。王国の英知の結晶ともいえる場所だ。
本棚に囲まれるように用意されている座り心地の良い柔らかな材質で造られた長椅子が2つに挟まれ机が1つ。
席の2つに座る2人の男がいた。
「夜分遅くにすみません」
「はっはっは!なに、寝る前の子守歌にはちょうどいいかと思いましてな」
「っふ・・・これは手厳しい」
巻きひげが特徴的な男。でっぷりとした体格の男。知将と豪商の2人が机を対面するように長椅子に座っていた。
「さて?人払いをしてまでする話というのは何かね」
「実は、王にはもうお伝えしましたが・・・」
・・・
豪商は椅子の背もたれに大きく身体を預け手に持つ杖を倒れないように長椅子のひじ掛けに立てかけ、両腕を組み始める。
「やはり・・・吾輩の読みが当たってたのですな」
「お気づきでしたので?」
「というのも、発注した剣や鎧の質が悪くてですな。いやはや・・・早々に対処せねば不味い案件ですぞ」
知将は王の言に従い、豪商へと話したのだ。
「あなたほどの者が城にいたままの私よりも情報が遅いとは、珍しいこともあるのですね」
「はっはっは!確証が無かったわけではなかったとも!知将ともあれば吾輩には無い情報源をお持ちのようですな」
「優秀な部下がおりますもので、王が為に当然の事」
「ほう?いいよるわい」
僅かな魔法石の光源のみで照らしだされた笑う豪商、ほくそ笑む知将。
一見すれば国のために努める中年の男達の会話ではあった。
「ともかく、豪商。あなたの力を持って明日にでも鉄の輸出源を突き止めてはいただけませんか?」
「その話をするために嫌味を言っておったのだろう?わかっておるわい」
豪商の脂肪の詰まった口こそ笑ってはいるが、知将を睨む目は明らかに不機嫌そうだ。隠すつもりもない。
対する知将も巻きひげへと手を伸ばし、その下に隠れる口は嫌味ったらしい笑みを浮かべている。
「嫌味とは聞き捨てありませんが、まあ・・・間違ってませんよ」
「はぁ・・・知将よ、お前と話すのは毎度と肩が凝るわい。一度びっしりとシワの詰まった頭の中を見てみたいものですぞ」
「まったく、私もあなたのそのお腹の中を見てみたいものです」
「吾輩の腹は贅と真心しか詰まっとらんわい」
「真心、ですか」
相手の頭を、相手の腹の内を。良く回る舌こそが武器であり、顔こそが盾となる。
そんな生業のままに生きてきたと言わんばかりのこの2人は仲が悪かった。
表情という盾で隠したところで素通りされ、下手な言い回しは互いにすぐ見破られ徒労としかならないわけで、逆を言えば隠す必要が無いから楽とも取れる。
「3度と行われた帝国との小競り合い・・・吾輩も奇襲に前準備、それらを看破した知将の働きは大いに称賛しておるとも」
「王の為にこの知恵を尽した限りですよ」
「そうだろうとも」
帝国との折り合いが悪くなったのは10年前。
その後に小規模の争い3度と起きているが、知将という位を王が作るほどの活躍を当時は無名であったこの男はやってのけたのだ。
「まあ私だって最初はただの一兵卒。命懸けでしたから・・・自身の為もありましたね」
「吾輩とは違って修羅場を潜っておりますな!感心感心!」
またも豪商は笑い、知将は目を伏せ礼で返す。
「まるで本でも読み解くようだ!はっはっは!」
そこで初めて知将の眉がピクリと動く。辺りを見ろと言いたげに大きく両手を広げる豪商の言葉は褒めたわけでも無ければ、褒められるような言葉でもない。
「まさかとは思いますが・・・私を間者とお思いで?」
「そう聞こえましたかな?吾輩はずいぶんと頭が良いのだと表現したまでですぞ」
嘲るように笑みを含んでいた知将の表情が冷淡なものに変わる。
「話は終わりです。気分が悪い」
「いいとも。気を悪くされたのなら申し訳が無いですな!」
「ええ・・・お互いに」
暗がりに輝く魔法石をもってしても不穏な空気は晴らすことはできない。
睨み合いながら、互いにゆっくりと席を立つ。
その時、ゴンゴンと叩きつけるような物音が書室の扉から響き、2人は急ぎ早にそちらへと顔を向けた。
「人払いの命に背き!失礼させていただきますっ!!」
ノックという礼儀など感じさせない、強引な開閉に扉が悲鳴を上げる。
扉へと向かったのは知将だ。扉へと入って来た無礼極まり無い兵士へと声を荒げて話しかけた。
「何事だ!?」
「緊急事態です!早くお隠れを!!」
「要点を言わぬか!」
「し、失礼しました!」
緊急事態。息を整え、2人へと告げる。
「王の暗殺者らしき賊を1人捕縛!ですが我らが鎧を装い紛れ込んでる者がおり、数は未知数!すでに被害が出ております!」
「何・・・!?」
「なんですと!!?」
王の危機という報告に絶望し、2人は大いに焦りだす。
「も、もう1つが、その・・・」
「早く言わぬか!」
嫌に歯切れが悪い衛兵に知将がイラつきを隠せない。信じられないといった様子のまま、兵士は続けて伝える。
「暗殺者を昏倒させたという幼児が、城内に紛れ込んでいるようです!!」
「「・・・は!?」」
彼らは親から貰った両耳の存在を今一度、疑う有様となっていた。
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