48話 長い夜の始まり
見知った相手との対話とは楽しいものであり 繊細なものでもある
浅いと思って話したことが深く刺さる時があれば 外れる事だってあるだろう
相手を想って発言したことが 重い槍となって突き刺さる人もいるはずだ
仮に 自分が一番正しいと信じ切っている者がいるとしよう
そんな相手を従わせるとしたら どうすべきか?
自己の解釈のみを信じるおばかさんには 騙す以外に手綱を引く事しかできないのだ
赤く分厚いマントを羽織り、金に輝く王冠を被った男と金髪の巻きひげが特徴的な穢れ1つ無い白と青の衣を纏った中年の男が机を挟んで相対するように座っていた。
「人払いは必要か?」
「できるならば・・・」
「相分かった。余の呼びかけまで部屋に誰一人いれるな」
「っは!」
メイドと兵士が退室し、王と知将が客間と呼ばれる一室で向かい合って話して始めた。
「間者の件でございます」
部屋の外に漏れないよう、いつもより深く声を落とした言葉に王は眉がピクリと動く。表情を読まれることは貴族、そして王族に並ぶものには致命的であるが、この件に関しては滞りを隠せない。
「何か掴めたのか?」
「候補が複数上がりましたが信用には至りません。その分だけでもと直接ご報告に窺ったのです」
「候補とな?」
「はい・・・まずは」
知将は目を伏せ、深く考え込む素振り見せた後に1人ずつ貴族たちの名を上げていくが、理由を話す知将本人ですらも疑う情報ばかりであり確たる証拠には至らない。
「ただ・・・1つ怪しい案件があるのですが・・・」
話ずらそうに含んだ物言いとなる王は、気にせず、と軽く手を振る仕草をし、知将は頭を下げ王に告げる。
「近頃、武器商人達の間で商品が外に流れているという話を聞きつけたのです」
「外に?他の村々や民達でなくか?」
「はい。王国の鍛冶を営む者達に剣などの大量生産を頼んであることはご存じですか?」
「もちろん。何か問題が生じたか?」
帝国との関係は過去最悪と言っていい。宣戦布告が飛んでくるのも時間の問題であるからして、戦準備は整えておく必要が王国にはあった。
「生産に使われる鉄が早くも足りないと声が上がっているのです」
「ふむ?確かにその問題は見過ごせない話ではあるが・・・」
それがどう怪しいと?知将の言葉の1つ1つを頭の中で考えを巡らせる王へは・・・突如として怪訝そうな表情へと様変わりする。
「その鉄が・・・王国外に運び出されているのです。であれば、最もそれに近しい者が怪しい、と」
怪しむべき人物。それはつい先ほどまで共に食事をしていた臣下であり、装備を整えるよう指示していた男。
「豪商が・・・怪しいとでも言うつもりか!?」
王はあり得ないと訝し気な表情で訴える。
しかし、首を横に振る姿を見てそのシワの入った表情に少し落ち着きを取り戻す。
「長年この国に伝えてきた者、それも王のご親友とも存じております。信頼の置ける彼の者が怪しいとあれば、この知将も怪しいとは思いませぬか?」
「・・・取り乱してしまったようだ。許せ」
王へとまた深く頭を下げた知将が話を続ける。
「心中をお伝えします。こんな確証の無い話、鵜呑みにするつもりはございません。商人側に間者が潜んでいる可能性が高いと踏んでおります」
「その通りだな。その可能性を懸念することを疎かにし、先走ってしまった。とはいえ・・・豪商ほどの男が見抜けぬことも信用できんが」
「ご理解いただけて安心いたしました。早朝にでも豪商にお伝えしますか?」
「いや、知将よ。お主の口から頼みたい」
「承りました」
安心からか王は空気を入れ替えるように息を深く吐き出した。問題の種は尽きないが、少し朗報かもしれないと判断した王の姿に、知将も胸をなでおろすような仕草で返す。
「以上になります。・・・ところで先の食事は楽しめましたか?」
伝えたい話は終わったのだろう。気を切り替えさせるがために知将の声が少し明るいものに変わり、王との対話を続けて試みた。
「ああ、楽しかったとも。コザクラサキ・・・保護して正解であった」
「失った視力も、落とされた手足をも治すと聞きます。普通の子供同然の扱いをしては危険でしょうね」
「ニホンという国の話は子供ながらにしては中々興味深い内容であった。豪商が大層気に入るほどにな」
「そうでしたか・・・ふむ」
知将が丁寧に髭に手を当て撫で始める。何かを考えていると踏んだ王は続く知将の言葉を待っていた。
「ニホン・・・本当にあるのでしょうか」
「子供の戯言、そう言いたいか?」
「いえ、まあ多少なり思ってはいるのですが・・・」
話すべきかを悩んだか、一泊置いて知将の口は開かれる。
「ニホンは滅んだ、その可能性も考慮に入れるべきかと」
「・・・なるほどな」
幼稚園という施設から飛び出し、気がついたら遠い森の中。
あり得ない事も魔法の力を扱えば可能となる事もある。
「ニホンではなく、幼稚園という施設を詳しく聞くべきでしょうね。何故飛び出したか、特に・・・何故力を持っていたか」
「・・・奇跡の力が原因と?」
「私であれば敵国にそんな者の住まう施設があれば、滅ぼすでしょうね」
王は知将の言葉に若干驚き、止める。
「幼子とはいえ、余の恩人だ。少なくとも少女と関係者の前では手荒な事は申すな」
「・・・失言を。言葉が過ぎました」
「だが、その可能性とやらも踏まえて今後を考えねばな」
「ありがとうございます。・・・最悪を想定しておくべきと、そう言いたかったのです」
白髪の少女にとっての最悪。
それは少女の言う帰る場所が存在しない、もしくは無くなってしまった時だ。
いや、1人ではない。2人。
通路で思い悩んでいた事を、そう、可能性の1つを王は知将へ打ち明ける。
「をことぬしという黒髪の少女の件をコザクラサキ同様に城へと住まわせるとしたらどうなる」
「何も変わりません。不安要素しか無いでしょう」
先ほどまでとは打って変わり断言する知将に、王は多少納得はしながらも理由を述べる様に手を揺らす。
「確かに同じ幼稚園に通っていたようですが、教養がまるでありません。賊の前にでて庇ったのも勇者ごっこのつもりでしょう」
「ずいぶんと、辛く当たるのだな。何が気に入らないのだ?」
「そうではなく・・・コザクラサキとは違い、ただの子供と言いたいのです」
ただの子供・・・ということはないが、それは豪商からの進言で聞かされた内容であり実際疑わしい内容ではあったのだ。
話すべきか?秘めたる闇の力の噂を。
「もし、帝国の者がコザクラサキの力を目当てに襲い掛かったらどうするのです?あの子供が飛び出すのではないですか?もし傷つけば、全ての責は招いた王にかかってしまうどころか信用も失いかねません!」
王は必死に巻きひげを揺らして話す知将を、不覚にも笑ってしまった。身を案じるために熱くなる臣下に気を良くしてだ。
「ふははは・・・!そう熱くなるな、お主の気持ちは十分に伝わった。すぐ行動に移すつもりはないとも」
「笑うとは王も意地が悪い。・・・伝わって何よりです」
噂の事はすぐに知将の耳にも入るだろう。今話すべきではないと王は判断することにした。
「さて、今日は話し疲れた。王室へと戻ろう」
「お時間を頂きありがとうございます。また何かあれば・・・」
「頼むぞ」
王と知将の会話が終わり2人は客間から外にでた。
廊下には離れていたメイドと兵士達が立っており、王と知将の元へと駆けつけ一斉に礼をする。
「王はこれより執務に励むのですか?」
「目を通さねばならない案件が束となって残っておるのだよ。こればかりは奇跡の力でもどうにもできまい」
「なるほど。ご無理はなさらずに」
「ああ。お主もな」
随分と長い夜を過ごしたみたいだ。
そう王は一日を振り返り、王室へと戻っていった。
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やっぱり・・・遠い、遠かった。ドレスが重いだけでこうも疲れるとは。
だが、着替える前にと案内されたお風呂場には驚かされた。
温泉浴場へお母さんと一緒に入った事があったが、まさにそこと同じ。
広い浴室に大きなお風呂。花のような香りもしていて入っていいかをメイドに再確認してしまうほどの豪華な作り。
転ばないように、溺れないようにと、メイド達が浴室内で待機をしていたのは物凄く気になったが、それを除けば今までの疲れがどっと流される癒しの場であった。
寝間着代わりと綺麗になって返されたいつもの園児服へと着替えては、ベッドに横になって休むことができていた。
「サキ殿!お疲れ様です!」
「うん、つかれちゃった・・・」
夜だからか、闘将と呼ばれる鉄球のような男いつもより声は小さいがそれでもうるさい。
というより、自分はひーひーと疲れているのに家にあった大きな冷蔵庫より重そうな鎧を着ている目の前の男は立ちっぱなしのはずなのに随分と元気だ。
というのも、兜のせいで顔すら見た事が無いからロボットではないかと疑い始めてしまう自分がいるのだ。
「ブリキのおじさんは、つかれないの?」
「拙者!誰よりも鍛えておりますゆえ!疲れなどありません!!」
「きたえる・・・」
咲ちゃんは自分の細く短い二の腕を触れてみる。
・・・とってもプニプニしている。ほっぺたも足もフニフニだ。
でも、ぬしちゃんはちょっとおかしい。
自分と同じプニプニなのに凄い力持ちで、フニフニなのに物凄く足が速い。
先生は前に、ぬしちゃんが元から持っている力、そう言っていたけれど・・・あれもそうなのだろう。
でも、確かにそうかも。
だって・・・
幼稚園にいた時から、凄かったのだから。
ぬしちゃん。
「・・・ぬしちゃんに・・・ぁぃたぃ・・・」
身体が・・・温かい・・・。
疲れも溜まり、身体も温まった咲ちゃんは夢の世界へと入っていった。
「やはり・・・お寂しいでありますか」
闘将から呼ばれメイド達に布団を被せられた咲ちゃんの瞳には、一筋の涙がこぼれていた。
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「どした?食べる手止まってんぞ。腹いっぱいなんじゃねぇか?」
「おお」
ぼーっとしていたぬしちゃんは剣士の言葉に我に返ったのか目の前に並ぶご飯に木製のフォークを伸ばし始める。
「やはり、サキちゃんがいなくて・・・寂しいのでしょうか」
ここはシスター達の宿舎にある大広間。
城の客間と比べるとチンケな場所ではあるが、それでも綺麗に掃除がされており、普段咲ちゃんやシスター達が食事を取るのはこの一室である。
「そんな風には見えねぇ・・・って言いてぇけど、サキのこともあっからな」
「責めるつもりもありませんが・・・責任は感じてくださいね」
「・・・うす」
今食事を取っているのは聖女と呼ばれる女性と、ぬしちゃんの護衛に赤き鎧と大剣を背負う剣士の男、そして黒髪の少女のぬしちゃん・・・だけだ。
金色の長髪に凛とした美しい顔をした彼女の顔には明らかな疲れ見える。
それもそのはず、夕刻が過ぎ暗くなるその時まで、住人達に質問攻めを受け、癒しの奇跡や薬品と手を使った治療を散々やって来たのだから仕方がない。
それが理由で遅れて食事を取り始めたのだが、食事を終えたはずのぬしちゃんが臭いを嗅ぎつけてしまいやってきてしまい、剣士も同席して今に至る。
「他の方たちの調子はどうですか?」
「調子ってーか、進展はねぇっすけど順調ってところっすね」
「なんです・・・その話し方。もう少ししっかり話せるでしょう」
みょーに他所他所しい下手くそな敬語、いや丁寧語にすら満たない話しぶりに嫌気がさし、聖女は睨みながら剣士に話す。
「い、いや・・・まさか肉が食えないってのは・・・」
「謝るべきは子供達に。私に気を使われても何も変わりません・・・気を使わずに」
「そう、だわな・・・悪ぃ」
今2人が食べているのはジャムの付いたパンに野菜のスープ、炒められた野菜も少々。
黒髪の少女の食べる姿を見て剣士の鎧の内は罪悪感が溜まりこんでいた。
「ぬし、なんか食べられねぇ物とか、怖いもんとかねえか?」
「こわいもの」
「おう」
手に引っ付いていたジャムをしゃぶりながら、ぬしちゃんは答える。
すると、聖女の方へとジャムと涎のついた顔を向け、べたべたと汚い指先を向けながら答える。
「おこるとこわいんだ」
「ぶっ」
まさかの身内。しかも横。
「私ですか!?」
「はは!そりゃ確かに怖ぇわな!俺も今ぶるっちまってるぜ」
「なんですって!もう・・・知りません!」
食べ方が荒く、早くなり拗ねだした聖女を剣士は笑う。目に見える範囲でだが大丈夫そうで安心したからだ。
「とりあえずだ。風っ子は今走り回って情報集めてるぜ。トンガリは夜に備えて部屋で寝てる」
「そうですか・・・良い話は、無さそうですね」
風使いの彼女は王国内をうろついて日本の足取りを探してくれており、弓使いは夜の護衛の為に就寝中だ。
「あの貴族が言ってたけどよ、戦争間近ってのは本当らしいな。武器整えんのに苦労したぜ」
そう親指で差す先に立てかけてあるのは大きな剣。
豪商からの伝手もあり、剣士は新たに得意の大剣を購入することができていた。以前に使っていた物よりも丈夫で鋭いがその分重量も増しているが、彼の筋力をもってしては難なく振りこなす事ができ問題はない。
「そういや、あんたらのいた修道院ってどうなったんだ?」
「・・・?どうしてですか?」
ぬしちゃんの口回りについているジャムやスープの汁を濡らした布で拭っていた聖女が話が変わったのかと不思議に思い何故かと剣士に聞く。
「トンガリの奴が次に戦場になるんなら帝国を挟んだ森の近くだとか言っててよ。ほら、森ん中にあったって言ってたろ?場所同じかもってな」
「ふふ・・・心配してくださってるのですか?」
「まあ、そりゃな」
子供相手にギャーギャー騒ぐ男が素直に返し、それが面白く笑ってしまった。
「あの場所はもう放棄するつもりです。・・・母と祖母が眠っていますが、問題ないでしょう」
「あんたも親を・・・」
「ええ。どちらも病気ではありましたが、幸せのままに召されたのだと信じております」
「こんな時代にしちゃ、マシなのかもな」
2人が話し込んでいる中、ぬしちゃんがイスから降り出した。分けていた小皿の上は何も無く完食だ。
「お?部屋戻んのか?」
「うん、おねんねするんだ」
いつもであれば咲ちゃんと一緒に本を読んでいたりと遊んでいただろうが、今はいない。
「サキちゃんとあしたもあそぶから、おねんねである」
「あら!偉いですね」
「そうでもしねーと昼まで寝ちまうもんな!」
「うん」
「・・・何お昼まで寝かせてるんですかあなたたちは!」
「いいじゃねーかそんくらい」
「よくありません!もう!」
剣士も笑いながら部屋を出る準備をし始める。いつもであればシスターの誰かや咲ちゃんが起こしに向かうが、今日は教会が慌ただしくなってしまったために彼らに任せたら、これだ。
「しっかり早起きしてもらいますからね!」
「がんばる」
まったく、といった感じに聖女は叱るようにぬしちゃんへと宣言し、小さな食事は終わる。
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ぬしちゃんは宣言通りに早めに眠り、そして目覚める。
咲ちゃんの真似をして両手を上に身体を伸ばすと気持ちよく起きることができた。
窓はカーテンが閉め切られて、明かりが入ってこないが闇をも見通す不思議な目を持つ黒髪の少女の力を持てば何不自由なく部屋の中をいつものように見渡せる。
ここの時計は不思議な形になっていて0から23までと数字が幅広く、持ち運んでいる時計も少しだけ大きめだ。
「おお、あしたなんだ」
咲ちゃんと一緒に剣士達から時計の見方を教わったからばっちりだ。
黒髪の少女はカーテンを開けると明かりが入ってくる。
それは青き輝く、月明り。
時計の針は、1、を差している。
早寝早起きもしっかりできた。早く寝て明日に起きれば早起きなのである。
咲ちゃんは夜になると寂しくて泣いているとお城で聞いた。
「咲ちゃんに、あいにいくんだ」
ぬしちゃんは咲ちゃんを泣かせないように・・・夜に会いに向かうのだった。
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