43話 近衛
命を懸ける兵ほど恐ろしいものは無いという
死んでも襲い掛かってくるほどの忠誠心を持つ者はそういないだろう
上に立ち 命の危機に脅かされる者であるほど
命を懸けてくれる手駒が必要となってくる
では その辺にいる 普通の子供ならどうだろう
死に急ぐ者達を どう思うのだろうか
泣いて 心配するのではないか?
城と言う名は伊達ではなく、部屋の数だけで圧倒されてしまいそうだ。メイドや豪商と呼ばれた貴族の男の案内を借りなければ子供達で無くても迷子となってしまいそうな長い廊下で聖女は考え事をしながら立っていた。
場所は調理室の扉の近く。中では教会での食生活の説明を受けた豪商と調理をする者達で話し合っているのだろう。
「なんてことなの・・・」
聖女の心には悲しさと不甲斐なさという暗雲で立ち込めていた。
修道院はともかく、教会での食事では野菜や果物、パンといった質素な物を主軸にスープやシチュー、時々お菓子を2人に与えていた。
一応、剣士達の話では王国外でも肉を与える事が無かったようではあるが・・・これらは全て、自身達の食生活とそれ以外の思考の偶然が重なっていただけに過ぎない。
精神的外傷。2人のため、2人を中心、そう深く刻んだ心構えすらも浅かった。
想像以上の恐怖を感じ、辛く悲しい思いで頑張って来たのだろう。
早くに気づくべきであった。まだ足りなかった。
調理室の扉が開かれる。
「お待たせしましたな!」
「いえ、こちらこそお手を煩わせてすみません」
出てきたのはでっぷりとした貴族の男、豪商だ。
「おや浮かないお顔でありますな。先の件でありますれば気にせず気にせず!お綺麗な顔が台無しですぞ!」
「は、はい・・・これじゃ、いけませんね」
聖女は自身の両頬を手の平で軽めに叩き気を持ち直す。
気は晴れない、それでもだ。咲ちゃんとぬしちゃん、2人の為に行動し続けるべき、そうあるべきなのだ。
「その、お心遣いありがとうございます。もう大丈夫です」
「はっはっは!それならよいよい!」
本当に、意外ではあるが王の側近とは思えない寛容さだ。玉座で隣に立っていた知将と呼ばれた男の方が側近らしいといえばらしい物言いに対し、貴族のイメージが良い意味で崩されてしまうのはきっとこの男が特別なのだろう。
「まあ、そうですな。聞きたい事があるご様子ですな?」
「え?」
「吾輩の想像では、うーむ。黒髪の少女と引き離したくない、そんな顔しておられましたしな!」
なるほど。抜け目がない。
豪商、つまり商人であるからして人を読む力に長けているのだろう。玉座の間でのやり取りだけでこの男は気づいていたのかもしれない。
「驚きました・・・。そこまでわかってしまうのですね」
「はっはっは!気を悪くさせたならばすまないすまない!伊達に王の傍におるわけではないのだよ!」
恐らく、この男の前では嘘や隠し事を通すのは片手で針の穴に糸を通す事と同義。国に立つ者であれば友人で無くとも重宝したくなるだろう。
「先に謝っておこう。をことぬしという黒髪の少女をこの王城に住まわせることは危険なのだ」
「な・・・!?」
危険。その言葉に熱を持ちそうになるが、その流れすらもこの男は分かっているように持っていた杖を地に突き立て、話を続ける。
「馬車の中で話されましたな。処刑された賊の事である」
「・・・はい」
「実はそれ以外に紫鉱の遺跡に住まうという強大な蛇、それからー・・・ここ最近、衛兵達がひっ捕らえた悪漢達の事ですな」
・・・聖女は言葉を発しようとしたが、出てこない。
「心当たりは・・・ありましょうな」
「・・・その、それは」
「わかっとるわかっとる!どれもこれもろくな者じゃないことくらい、吾輩もわかっとるわい。先の食卓でよーくわかったとも」
豪商の手の上で逃げ出そうとして、落ち着かせられるような奇妙な感覚に捕らわれる。
「聞いておったのは白髪の少女だけではないのだ。ここは王城であるぞ?吾輩の身分であれば衛兵達から現場の事も聞けるとも」
豪商の金貨数枚程度では足りないような豪華の上着から取り出した物を見て、聖女の視線は釘付けとなった。
「特に遺跡に送られた部隊が不思議がって居ったよ。この変哲もない紙細工が落ちておったと聞くでな」
それはぬしちゃんお手製の紙手裏剣。
到底権力者が持つことはあり得ない。
「どんな魔力を秘めているかは吾輩も分からぬ。故に・・・まだ一部ではあるが、怯えている者が少なからずおるのだ」
「あ、あの子はサキちゃんや皆を守っているだけです!闇だからなんだと」
「あなたも・・・同じ事考え無かったとでも?」
「・・・!?」
ここまで貴族とは思えない寛容さを持つこの男が・・・聖女は突如として怖く感じてしまった。
それでも悪意をまるで感じられない、そして堅実で準備が良く合理的で口も上手い。
「をことぬしという少女を王が招かなかったのは、吾輩が王に進言したからである。食卓での出来事には流石に驚いてしまったのだが、より理解できたよ」
「・・・理解、ですか」
目を伏せ、首を振った豪商は聖女に告げる。
脂肪に塗れた顔には悲観な者を見るようだ。
「サキという少女にこのままついてしまえば剣・・・そう、力を持つ事になる。失った形すらも戻す癒しの奇跡を野放しにすることもできん!」
「それが、いったい・・・?」
すると、豪商の男は聖女へと顔を近づけて耳打ちをするように話しかけてきた。
「この王国領内に・・・帝国の間者が潜んでいるやもしれぬのだ・・・!」
絶句。
王の言った、お前の方が知っている、という真の意味。
目の前の豪商の男が頑なに説明をし、ぬしちゃんを拒む理由。
それは・・・
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「おお!ご登場ですな!!」
長く端が遠く見えるはずの廊下でも、闘将と呼ばれる男の大声が届いてしまうのは驚異だろう。
一室の扉の真ん前に立つ大鎧へと豪商と聖女の2人は近づいていく。
「なんと!?闘将自ら護衛とは、王の警護はどのように?」
「兵の数を倍に増やし務めを各々果たしておりまする!」
「それほどとは・・・いやはや!納得ではあるのですがな」
先ほどまで自身を手玉に取るように語っていた男とは思えない動揺を見せる豪商に聖女は真意が気になってしまった。
「あの、こちらの鎧の方は王の私兵なのでしょうか?」
「むむ?王国に住まう者であれば・・・おお!もしや森の修道院にいたという修道女のお1人でしたかな?」
「はい、名誉を汚すような発言でしたら申し訳がありません」
「なるほどなるほど!それならば致し方ないですな!」
豪商は部屋へと案内する前に、大鎧の横へと立ち紹介をしてくれた。
「呼び名はもう聞いておるな?王国の闘将と言えばこの者よ!この御仁ただ一人おるだけで戦争で負ける事が無いと言われるほどの王国最強の男だ!」
「お褒めに預かり光栄!!」
ビシッ、いやガチャッ、か。頭の先から足先まで白銀の鎧に包まれ、特に体格はその辺の男より二回りもでかい。
たしかに豪商が言う様に、いざ近くに立つと敵う要素が塵1つ見つからない。食卓で聞いてはいたが、自身で最後の砦と言う以上の迫力がそこにはあった。
そこまで思い至って、豪商の動揺にも納得できた。
「王命に従い!戦時を除き!拙者がサキ殿を守護する盾となります!!」
「そ、そうなのですか・・・!?」
この闘将と呼ばれる大鎧。この男がいるから王の身は安全が保障され、国をも守られている。
そんな国を守らなけれなならない盾が王の元から外れ、咲ちゃんの護衛となってしまったのだ。
正直、この待遇にこの上ない感謝しかないが、疑念は話すべきだ。
「王の寛大な配慮に大変嬉しく思う、のですが・・・王の身は、その」
「ふーーーむ・・・まさか、これは・・・そこまでのものと・・・」
ある意味、この国の情報網とも言える男ですら困惑を隠せないとは相当の事態だ。ブツブツと1人で考えを巡らせている。
「にて!サキ殿と御友人にお話では!!」
「お、おお!そうであった!」
思考の渦から離れた豪商は聖女へと顔を向けて扉へと どうぞ と指し示す。
「今の内に話すべきを話なさい。・・・お気持ちは、察しておりますぞ」
「そう言っていただけると・・・幸いです。あの子を、どうか・・・よろしくお願いいたします」
「うむ。吾輩は王の元へと向かおう。闘将よ、後は任せたぞ!」
「はっ!!」
深く頭を下げた聖女に豪商は深く頷いた。
白銀の大鎧が扉から離れ、聖女はドアノブへと手をかけ、扉を開けた。
「ふぇんふぇいきた!」
「ふぇんふぇいなんだ」
「ふふ・・・遅れました、寂しくなかったですか?」
貴族の令嬢が好みそうな屋根付きベッドの上でほっぺを摘み合っている咲ちゃんとぬしちゃんだ。口が上手く動かせず少しお間抜けな声で先生と呼んでくる。
「ぬしちゃんいるからだいじょうぶだよ!」
「ブリキのおじさん、おっきなこえ」
開いた扉の先で待機をしている闘将がガシッと大槍を上に突き立て敬礼の姿勢で返答だ。
静かにします!
身体でそう体現したブリキのおじさんはやはり ぬしちゃんと相性が良いのだろう。
本当に問題があるのだろうかと、もう一度説得を試みようと彼女は考えるが・・・聖女は覚悟を決めた。
「サキちゃんとぬしちゃんに、お話があるのです」
「なーに?」
「おはなし」
お城にいられるのは咲ちゃんだけということ。
ぬしちゃんは一緒にいられない事。
時間とお城の都合が合えばいつでも一緒に遊べること。
咲ちゃん達の力の事は難しくて砕いた形で伝える事となったが・・・固く何重にも結ばれた仲の良い2人が離れると知った咲ちゃんが大泣きすることは火を見るよりも明らかであった。
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「はぁ!!?離れるってどういうこったよ!?ふざけてんじゃねーぞ!!」
衛兵から教会へと伝令が飛んでいたのだろう。
日が少しずつ赤く染まる頃、城門の前で騒ぎ立てる赤き鎧を身に付けた剣士がいた。八つ当たりをするように深い事情を知らない哀れな門兵の1人の胸倉を掴んで怒鳴り凄む姿は悪漢と勘違いされても致し方ない醜態だ。
このままでは事件になりかねない。
剣士達に同行してきた年長女性のシスターが彼をなだめるが為に間に入る。
「暴力をねぇ、すぐに振るうんじゃないよ。この人にねぇ、文句を言っても仕方ないだろう・・・?」
「わ、わりぃ、ってか・・・あんたも納得してねぇだろ」
「そうなんだけどねぇ・・・あの娘は何をしてるのやら・・・」
どうにか剣士の腕を言葉で振りほどかせるが、納得がいかないのは彼だけではない。年長女性のシスターは中にいる金色の同行人が何をしているのかが不安で致し方が無かった。
「そーよ!なんでこの紙にぬしちゃん載ってないわけ?1人増えたくらいいーじゃんケチ!!」
「・・・」
剣士が火なら、風使いの彼女は油と言ったところか。手には伝令が持ってきたと思われる手紙がシワが付くほどに強く握りしめられている。
手紙の内容は大まかに言えば・・・
白髪の少女の力を野放しにすれば大きな危険が及ぶ為、今後は城内で保護をする。
後は同行者2名の帰還する時刻、つまり今に時間に帰って売るのだが・・・要点を上げるとこれしかない。
この同行者2名に彼ら、主に剣士と風使いが腹を立て今に至る。
もちろん、弓使いもついて来ているのだが・・・ただ一人、静かに何も言わず様子を眺めているだけだ。
そうしていると、格子状の城門先から兵を連れた一団がやってくるのが見え、剣士達はそちらに注意を向けた。
「あれ、ぬしちゃんじゃん!?おーい!こっちだよー!」
「まじか!おぉい!どういうこったよ!」
近づいてくる姿の中に、黒髪の少女を抱きかかえた金色の女性も紛れており、それに気づいた風使いが大きく手を振り、剣士は大声で叫ぶ。
城門へと近づく頃には格子状の扉が開き・・・兵士の一団の中から巻きひげが特徴的な男が前に出る。
「騒がしい。品性が疑われますね」
「・・・誰だ、お前」
「ほう?威勢は良いな。口だけなら闘将とも渡り合えるだろうよ」
「あ!?てめ・・・っ!?」
兵士の一団が一斉に槍を剣士へと構え、威嚇する。風使いも開こうとした口を勢いよく閉じ、持っていた手紙を落としてしまう。
「お、おやめください!この方たちは子供達を守っていただいていた者達です!大変失礼なことを・・・」
「・・・いいでしょう。お前達、槍を下げよ」
矛先が剣士に集中する中、巻きひげの男の近くにいた聖女が説得を試み、どうにか事なきを得た。
「もう会うこともないでしょうが、一応。知将、そう呼ばれているものです」
金髪の巻きひげ、全身が白と青の装飾が施された服を身に付け冷たい言動の男。
先ほどからカンに触る物言いに剣士はまた熱を帯び、怒鳴ろうと怒りをぶつける。
兵士たちも流石に失礼を重ねる剣士に黙っておらず、身体が身構え始め、緊迫した空気が流れだし聖女も、風使いも、シスターもどうにか剣士を止めようと動こうとするが・・・
「っは!知将だ?冗談は髭だけ」
「やめろ」
真っ先に剣士の肩を掴み止めたのは・・・弓使いだ。
「再三続いている帝国との競り合いを戦略だけで止めた、王国の頭脳と呼ばれる男がいる」
「それがこいつ」
「口を慎め。困るのはお前じゃない」
「っ・・・わかった」
剣士達は前までの3人組ではない。教会に与する者なのだ。
すると、弓使いは胸に拳を当て知将と呼ばれる男に頭を下げだした。
「仲間が失礼をいたしました。・・・気分を害させ申し訳がございません」
「ふむ・・・礼儀のなっている者がおるようですね。こちらも少し物言いが過ぎていたようです」
「いえ、お気になされず。自分は元はこの王国の一部でしたもので」
「元衛兵・・・なるほど、掴めました。何故身を落としているかは存じませんが覚えておきましょう」
彼は元衛兵という経歴が生きたのだろうか。
弓使いの言葉に緊張で走る空気が静まるどころか知将の物言いも心なしか柔らかい物へと変わっている。
「とまあ、このように納得のいかない者がいると判断して足を運び赴いたわけです。ここまで騒ぐ愚か者がいるとは思いませんでしたが」
「・・・ご足労、ありがとうございます」
「そうなのか」
ぬしちゃんを抱えながら聖女は落ち着いた空気の中、剣士達の元へと歩いていく。
「そ、その!理由を、いいですか?」
少し声が震えてはいるが聞き取れる声で風使いが知将へと質問をする。
知将は巻きひげを左手で丁寧に触れながら話しだす。
「理由はご存じの通り、国の・・・我々の常識を揺るがしかねない奇跡を扱う者の保護です。それも未成熟の子供という異例中の異例」
髭を触る手つきを癪に感じながらも、剣士も大人しく話を聞いていた。
「仮に、帝国側から見て、この少女が敵側にいると知れたらどうなるでしょうね?聞きましょう、戦場の鉄則はご存じで?」
答えたのは弓使い。
「一命を刈り取らず、二足を落とせ」
「なんだそりゃ?」
「1人を殺すより、負傷させればもう1人に連れ返す手間を増やせるだろう」
ああ、なるほどと、剣士達にも合点がいった。
弓使いの答えに満足し、知将は話を続ける。
「では、その連れ帰った者達が何事も無かったかのように戦場に舞い戻り、それが繰り返されればどうでしょうか?」
「あ?そりゃ、そいつらを殺すっきゃねぇだろ」
「その通りです。ああ、あなたは良き帝国の兵士となれますね」
「っち・・・嫌味かって・・・ん!?」
回りくどい説明に風使いは何が言いたいかがわからずチンプンカンプンだ。
ぬしちゃんは話続けている知将をじっと眺めているだけ。
咄嗟に言ってしまった正解に茶化すように返した知将に剣士は一瞬腹を立てるが、何かに思い至り考え始める。
シスター2人、そして弓使いは静かに話を聞いていた。
「そうです。この場合・・・コザクラサキ、彼女の力が原因で我が兵は殺されるのです」
剣士と風使いは知将の言葉に耳を疑った。何を言っているのかと。
「ん、んなわきゃねぇだろが!?怪我治すだけだろ!?」
「・・・実際に、あったのです」
「うそ・・・」
考えてみればあり得る話だ。
過去に咲ちゃんほどでないにせよ、奇跡の力に長けた者はいるはずなのだ。
両目両腕両足を切り落としても復活するようなら、頭を飛ばせばよい。それで事足りる。
「恐らくですが・・・これは帝国も同じ、戦争に置いて両者は治癒士を求めません。もちろん残忍な者もおりますがね」
知将、この男は何が言いたいか。
「興味はありませんが・・・そこにいる黒髪の少女は大変お友達想いのようですね。これまでも身体を張って守って来たとか?」
「咲ちゃんまもるんだ」
どんなに身体が吹き飛ばされようと、
矢が刺さろうと、
致命傷の身体となったとしても。
ぬしちゃんは咲ちゃん絶対に守り通すだろう。
「どんな重症でも立ちどころに治してしまう少女に最も近い者」
ああ、そういう考え方か。
「その子は、コザクラサキの力に・・・殺されるのです」





