40話 王の目
腕利きの医者も匙を投げた
失明など 奇跡でも治らないというのに
そう藁でも縋る思いで頼った男が連れてくるは 3人の女性
その内2人はまだ子供らしい
さて 今の自分には何もすることができないのだ
足を運ぶだけでも大変だが それくらいは働ける
行ってみよう
王国内で走る馬車の小さな旅はとても新鮮なものだ。
外が見える窓ガラスに手を当てて外を眺める景色は人の足ばかり見えていたいつもの景色とは違い、大人よりも高い目線で見ることができ世界が広く、自身がどれほど小さかったかが面白いくらいにわかるのだ。
それも遊園地にあるような作り物ではなく、本物だ。本物なのだ!
遊園地は楽しくて大好きであり、そこに出てくるキャラクターは可愛いくて大好きであり、建物やアトラクションも綺麗で大好きとは思ってはいるが、それでも作り物なのだ。
「すごいすごい!せかいがいっぱいだよ!」
「せかいがいっぱい」
「あまり騒いではなりませんよ?」
「うん!」
子供ならではの語彙力と言うべきか。咲ちゃんのはしゃぎ様を少し心配そうに聖女は声をかける。
「あら?あんな露店まで・・・今度一緒に見にいってみましょうか!」
「ほんと!?」
「わーいなんだ」
気が浮いているのは彼女も同じではあるが。何せ森の中で十数年生活しており王国の教会とも文通でのみでしか彼女は関わった事が無いのだから尚更だ。
知識で知っていても現物を見た途端鮮やかに塗り替わる興奮は20歳を過ぎていても隠すことはできなかった。
世界が広い、そういう意味を言葉にしようとした咲ちゃんに貴族の男は機嫌の良さそうに話しかける。
「おおそうかそうか!この馬車は下々が使う安い馬車とは違っておってな、魔石の力で揺れもまったく無く実に快適であろう!」
「ませき?」
「ほれ、そこかしこに飾ってあろう?」
指を差された先を見れば宝石だと思っていた物だ。その宝石は魔石であり内包された魔力のおかげで家屋同然の揺れの少なさで外を眺めていられるという。
「おかねもちなのか」
「ああそうだとも!と、いっても我が父によるものが大きいがね!はっはっは!」
「そうなのか」
その彫像面から興味があるのかは定かではないがカバンの中から何かゴソゴソと何かを取り出し始めた。
「これもおかねになるのか」
「ほう?これはおもちゃ・・・!?」
ぬしちゃんが取り出したのは金製のメダル、それもガーネット、サファイア、ダイヤで創られた装飾が中心を囲むようにはめ込まれており、金銭では無く何かの飾りに使われていそうな一品だ。
貴族の男はそれを見た途端に目の色を変えて懐から白い手袋を取り出してはそのメダルをぬしちゃんから受け取った。
「お、おお、おおお!これは凄い・・・!このような一級品は我が生涯でもそう見た事がない!」
「あのときのぴかぴかだ!」
宿屋の女将にぬしちゃんが見せていたあのメダルだ。価値が計り知れず、返って使えなかったのは半月前の記憶だ。
そして驚く者は1人ではない。
「ま、まってください、どこでそれを?」
「わるいおじさんたちがもってたんだ」
「しゅうどういんにいたときにひろったっていってた!」
「あの時、ですか!?いつの間に・・・ですが・・・」
倒れていた賊達にぬしちゃんによるトドメお願いした時には一緒にいたはずだが、まさかそれ以外に勝手に行動でもしたのだろうか。
王国に来てからの騒ぎの件も合わさって、ぬしちゃんの手癖の悪さに頭を抱えだす聖女に貴族の男が話しかける。
「この3つの色を示すのは、もしや三神を意味しておられるのですかな?」
偶然でも無ければ白、赤、青とくれば死を司ると言われるこの三神以外に想像がつかない。
「・・・この装飾と文様はまさしく三神を象った物です」
「やはり!ではもしや修道院とやらで保管していたものが、ということですかな?」
その問いに首を横に振り、聖女は答える。
「亡くなった義理の祖母から教わったことですが・・・これは帝国に在住する神官が所有するものです」
「な、なんですと!?」
その答えに身を乗り出しそうな勢いで男の脂肪で膨らんだ顎が揺れる。
ただ事ではない。
咲ちゃんでも理解できるほどに目の前の男は慌てていた。
「そ、その連中はどうなったのだ!?まさかこの王国に!?」
「お、落ち着いてください!衛兵の方々に連行された後、ここ・・・王国で処刑されたと存じております」
「ふ、ふう・・・ゴホン!・・・そうか・・・心臓に悪いものだ」
そういえばと考え込んだ貴族の男の顔にも納得がいき、落ち着きを取り戻す。今の一瞬で一気に汗をかいてしまったため、空いた左手でレースのハンカチを取り出し額、頬、顎とせっせと拭いていく。
「私も驚いています・・・帝国にはもう教会は存在していないはずですから」
「ふ、ふむ・・・確か武力国家だと話では伺っておりますからな。怪我をした者は問答無用!という噂も事実では・・・」
「そんな・・・!」
「え、えと」
メダルの正体を知った馬車内の空気は突如黒いものが渦巻き、咲ちゃんはどうすればいいのかわからずにあたふたしている。
「をことぬしもおかねもちなのか」
「ぬ、ぬしちゃん・・・」
そんなこと知らんとばかりにぬしちゃんはお構いなしだ。
「う、うむぅ・・・これはちと、難しいですな」
「そうなのか」
お金どころの話ではなくなってしまい、曖昧な答えで貴族はどうにか返すが、動揺は残ったままだ。
「にしても帝国のとは・・・気になりますな」
「驚かせてしまい、大変失礼いたしました」
「気にせず気にせず!・・・まぁ、ちと驚いたですがな!ともあれこれは、どちらにお返しすれば?」
「をことぬしなんだ」
伸ばした小さな両手にメダルを手渡そうとするが、そうはさせまいと聖女の手が黒髪の少女の手を遮った。
「いけません!こんな危険な物は没収です!」
「ぬしちゃんぼっしゅーだ!」
「うわんなんだ」
拾い物、そして奪った物を我が物顔でいるぬしちゃんに叱咤しながら聖女の手に渡る。
問題の種をこれ以上持たせるわけにはいかないのだ。
そうこう騒いでいる内に、外の景色が馬の鳴き声と共に止まる。
「到着しましたな!」
「ここが・・・!」
馬車を降り、目の前に広がるのは遠くからでも大きく見えた灰色がかった白亜のお城。
「うわぁ!うわぁ!ほんもの!ほんもののおしろだ!」
「おっきいんだ」
門のように大きな城塞の扉が開き、手入れの行き届いた庭園を歩いていくが、子供の足では驚くほど遠い。
目の前で走りまわる2人の少女を眺めながら貴族の男は聖女に不思議そうな顔で口を開く。
「ふーーむ?ほんものとは・・・本でしか見た事がなかったのですかな?」
「教会にいた時に聞いたのですが、遊園地という娯楽施設があるみたいなのです」
「娯楽施設とな?」
まるで答えるのを躊躇うような仕草をする彼女の答えを少し待ち、答えは返ってくる。
「それが楽しむ為だけにありあらゆる乗り物があり、動物の姿をした住人達がいて・・・そこにお城もあるとか。それも全部訪れた者達を楽しませる為だけに存在し全てまがい物、だと・・・その、はい」
沈黙が流れる。
「まるで、夢のような・・・そんな国ですな」
まー、信じていないだろう。
遊んで楽しむ為だけの国、あるとすればそれ自体まがい物だ。5歳児の語る夢だ。うん、ない。
自分で説明をしておいて恥ずかしくなり聖女は顔を背けるしかなかった。
「いやぁすまない!恥じらわせるつもりではないのだが、まあ・・・そんな国が存在しているのであれば、今の世は平和であろうとは思うのだが」
「す、すみません。何分この子達の証言だけが今は頼りでして、その・・・ないですよね」
「う、うむ。実際に獣の住人など、どう言葉を交わせばよいのか・・・む?何を言っておるのだ・・・」
「・・・はい」
目の前で楽し気に走り回る白髪の少女のもつ、底なしの想像力に彼らはちょびっとだけ恐怖した。
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本物の甲冑。旗。絨毯。扉。窓。そしてシャンデリア。
「ふぁ・・・」
「咲ちゃん」
「・・・」
「咲ちゃん」
「ふぇ!?ぬ、ぬしちゃんどうしたの?」
「ぼーっとしてるんだ」
「ぬしちゃんじゃないもん!」
「そうなのか」
「おしろのなか、すごいね!」
「すごいんだ」
お上りさんのように周囲を見渡しながら貴族の男についていき、到着したのは客間と呼ばれる部屋の中に3人は案内されていた。
本来であれば王室に招くべきではあるが、それでも部外者だ。無害とはいえ直接案内することができなかったのだろう。
この場に連れてきた貴族の男は相当信用がされていること他ならない。
客間は塵1つ無く、豪華絢爛と言わざるを得ないほどに徹底された一級の家具ばかり。
用意されていた椅子に座れば、重さでどこまでも沈みそうに錯覚するほどに柔らかく、それだけでも驚くほどだ。
「もう・・・気持ちはわかりますが静かに話しなさい。ここには偉い人達がたくさんいるのですよ?」
「やっぱり!せんせいはきたことがあるの?」
「・・・私も初めてですが、この客間の近くに王室があるようですよ。騒いでしまっては周りに迷惑をかけてしまいます」
「わかった!」
「うん」
今では院長という言葉は抜けて、咲ちゃん達の先生のような彼女の説明に2人はまた静かになるが、いつまで興奮を抑えれるかは不鮮明だ。
というよりは、落ち着きが無いのは咲ちゃんだけでぬしちゃんはその様子を見て真似をしているだけのように見えてしまい、逆に不安が深まってしまう。
実際は合わせているだけで、この子に感情はあるのかと。
静かになった客間のドアにノックがかかり、そのまま扉が開かれる。
開いたのはここへ連れてきた貴族の私兵であり、廊下から声が聞こえてくる。
「お待たせしたな。ささ、王よ、扉が開かれました。どうぞお通りください」
貴族の男に続いて、恐らくこの城のメイドだろう。メイドに手を引かれて現れたのは・・・。
「うむ・・・」
赤いローブのように厚いマントを身に付け、服その物が金ではないかと思わせる豪華な服、長く伸びた白い髭にシワだらけの顔、そして・・・大きな王冠。
この国の王、その人だ。
目が見えないというのは本当のようで、王はヨタヨタと歩きゆっくりテーブルを挟んだ向かいの席へとメイドに誘導されて静かに腰を降ろす。動作の1つ1つが手探りであり、聖女はその姿から盲目に慣れていない事に気づく。
貴族の男は王の横へと座るが、その顔は馬車で見せたような笑顔はない。
「姿は見えないが、余の目を治せる者がおると聞いた・・・」
「い、いえ、その・・・」
権力という名の力が作用しているのだろう。本来であればこの客間どころか、城すら入る事が許されなかったはずなのだ。
どうにか子供達の代わりに声を出そうと努力した聖女ではあるが、言葉が思いつかない。
「その通りです、王。噂で聞いた限りではあり、大変勝手ながら王城へと招き入れたのです」
「・・・ほう。どんな奇跡も通用しなかったが・・・」
貴族の男からの声かけに救われた。今の内に言葉を考えなければと考えた矢先。
「こんにちは!」
「こんにちはなんだ」
咲ちゃん達が元気に挨拶をしだす。
「む?・・・子供が、おるのか?・・・はは、こんにちは。元気な声が聞こえる・・・」
覇気の欠片もない力の弱い声で咲ちゃん達に挨拶を返す。ここに来た目的を思い出し、剣士ではないが聖女は思い切って会話に切り込んだ。
「ただいまより癒しの奇跡を発動させます。サキちゃん、王様の目をどうか・・・治してあげてください」
「え!あ、そっか。ごめんなさい!」
「いいのです。いつものように、ね」
「うん!」
王は言葉から誰が行うかに疑いを持った様子ではあるが、問答無用だ。
できるかは・・・咲ちゃん次第。
王の足元までトテトテと小さな足音を立て近寄った咲ちゃんは両の手をかざし、いつものお願いをはじめ、聖女は白髪の少女への願いを込めて祈りをはじめる。
それを見たぬしちゃんもちっちゃな手と手を合わせて座りながらお祈りの態勢に入った。
願うのは、今日のご飯はなんだろう、だ。
『おうさまのおめめをなおしてください』
淡い光と共に白髪の少女の背中に翼が宿る。彼女達に取っては最早いつもの光景ではあるが、そうでない者は声が出ない程に驚愕している。
咲ちゃんの『癒しの奇跡』が終わりを告げ、役目を終えた光の翼が消える。
「お、王よ。・・・どうでございましょうか?」
口を開いたのは動揺が隠せないまま安否の確認をする貴族の男だ。
閉じていた王の目が、開かれる。
「・・・!!」
「どうで・・・ございましょうか?」
王は喋らない。
まさかと一同は思ったが・・・それは杞憂だ。
「み・・・見える・・・!見えるぞ!見える!!」
両手が震えるほどに歓喜をした王の声が客間に轟く。何度も顔や瞼に手を当てて確認をしている姿に安心して、咲ちゃんは喜んだ。
「ほんと!?なおってよかったね!」
「お、おお・・・!まさか、お主が、やったのか・・・?」
「え?おぬし?」
慣れたようで聴き慣れない呼び方が気になって咲ちゃんは親友の方へと走っていく。
「ぬしちゃんはこっちだよ!」
「をことぬしなんだ」
「む?おこと・・・?む?」
そうじゃない。彼らの心の中の叫びに王は知る由もない。
少女達を知らない王は困惑してしまう。
「あ、そうではなくてですな・・・はっはっは!ともあれ、噂は本当であったか!よかったですな、王!」
「ああ、本当に、よかった・・・!地獄から持ち上げ引き上げてくれたような気分だ!それに不思議と、若返ったように力も湧いてくるようなのだ!なんという魔法の力!」
「確かに・・・肩の疲れもどっと抜けたようですな!」
無事、治すことができたようだ。客間の中は歓喜と驚愕に包まれる。
「サキちゃん、いつものことですがお手柄ですね」
「うん!まだがんばれるよ!」
「咲ちゃんすごいんだ」
「すごいでしょ!えへん!」
咲ちゃんは王様の目どころか体中の老廃物や汚れも不調も治すことに成功した。
白髪の少女の癒しの奇跡の活躍に満足した聖女は、これで安心して帰ることができる、と心の中に安堵が募らせているばかりだ。
そして・・・この一連の出来事はまだ、序章に過ぎない事に、この場にいる誰もが想像できなかったのである。





