38話 闇の軌跡
魔法の力には5つの属性が存在した
炎を扱う者 水を操る者 風を読む者 地を鳴らす者 雷を轟かす者
この5属性は才能が無くとも 学習することにより得られる魔の力である
しかし 光と闇 この2つはまるで違う
5つの属性とは違い
その者の本質であり 心根から育まれる特殊な力なのだという
だが 力の有無に関わらず
人は光を愛し 闇に恐れる生き物だ
市民街では教会に突如現れた少女達の噂で持ち切りだ。
特に表立って広まっているのは白髪の少女が扱う癒しの奇跡、どこもかしこもこの話題ばかり。
力の大小はあるが本来の癒しの奇跡は原型さえ留めていれば腕が切断されていようと繋げる事ができる力があるが、病や毒などの肉体の損傷以外に効果が無く、同時にそれらを治す奇跡は無い。
そんな中、白髪の天使が舞い降りる。
腕や足などを失い奇跡を扱う者達が力を合わせても治すことのできない大怪我やその傷跡や生涯治る見込みのなかった不治の病をも治してしまい、疲労や魔力の使用による擦り減った精神をも回復することもできてしまうその力に誰もが目を疑い、そして驚いた。
それも対象は1人ではなく少女の周囲にいるだけでその恩恵を受けることができ・・・淡い緑色に輝く魔力が天使の翼のように広がる姿を見た者は誰もが感動のあまりに言葉を失ってしまうほどに人知を超えていたのだ。
だが、力が強すぎるあまりに問題もある。いや、出てきてしまったというべきか。
元々教会では低額の寄付金を貰う事でお礼という形で癒しの奇跡を神官やシスター達が扱うのだが、それも子供のお菓子が買える程度。
そもそもこの力は咲ちゃんの子供ならではの善意から人々に使っているだけであり、そんな幼い少女の気持ちを汲んだ教会のシスター達は商売で扱うつもりは当然無い。
そして剣士達は お金は多めに取るべきだと意見を述べるが、教会側はそれを良しとせず、普段通りにやった結果・・・大した不調ですら無い者達ですらやってくる始末となった。
中にはもちろん感謝する者も大勢おり、中には感謝のあまりに泣き崩れる者もいるくらいであり、不心得の者の方が極少数ではあるが、それでも困るものは困る。
手軽な金銭で行えるからの事態。その点においては剣士達の意見が正しかったと言えようが、それでもシスター達は良しとしない現状であった。
では黒髪の少女、ぬしちゃんはというと・・・。
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「ぬし、これで3件目だ。・・・何故言う事を守ってくれない?」
「ふぁぃう」
神官や修道女達の住まう宿泊所の一室、咲ちゃん達の部屋の中で弓使いが床に胡坐をかいて座り、ベッドを椅子代わりにしているぬしちゃん。
「まー、あたしはスカッとしたけどね。いい気味っていうか?」
そして縦に重なった太ももがぬしちゃんの背もたれになるようにベッドで寝っ転がっている風使いの3人が話し込んでいた。
楽し気に話す風使いに眉を曲げ恨むような目線を流し弓使いへと静かに返す。
「そこが問題ではない。相手が暴れでもして怪我を負ったり、誰かに恨まれでもしたら不味いだろう?」
「そーだけどさ、だからってぬしちゃん責めたら可哀そうじゃん。ってかなんも間違って無いし。見てるだけの奴らは何様よって」
普段は冷静なはずの彼は若干怒り気味だが、口論しだしたのは黒髪の少女を挟んだ風使いであり、ぬしちゃんを庇うように諭す彼女も少々不機嫌だ。
「半月でぬしが力を使い眠らせた輩が4人・・・どういうことだ」
をことぬしという珍妙な名前をしている黒髪の少女が男共をおねんねさせたという噂はどこに出歩いても聞いてしまうほどに広まってしまっていた。
もっとも問題なのは、このどれもが周囲への迷惑行為及び犯罪者なのだ。
「おねんね、だめだったのか」
「いや、悪いとは言っていない」
「ほーらトンガリも同じじゃん」
「うるさい。俺が担当していない時にばかり起きているのはお前達の管理不足が原因だろう!?」
「そ、それはー・・・ごめんなさい」
1つ目。
「宿屋の飲んだくれの男の件だな」
「咲ちゃんにいじわるをした、わるいひとなんだ」
この男は宿屋に居座る迷惑な輩の1人で何度も衛兵を呼ばれては罪が軽いからとすぐに出てきてはまた同じ事を繰り返し、出禁にしても店回りをウロチョロとうろつくゴロツキにも等しいガリガリの中年男だ。
咲ちゃん達とも面識のある女将さんが切り盛りしている宿屋だが、その旦那さんの腰痛を咲ちゃんが治した事でお礼にと食事に招待されたのだ。
ちなみに彼ら一行が以前頼んだような安物だけでなく果物や野菜をふんだんに使ったヘルシージャングルとなっておりお昼時なのに冒険帰りの晩餐のような食卓となっていた風使いの彼女も少女達に混じってつまむことができたという。
そう、少女達に混じって・・・つまんでいたのだ。
「咲ちゃんとおねえさんといっしょに、おやさいいっぱいたべたんだ」
「ほんっとあんな安いお店でも出せるのかーってぐらいいっぱい果物とかあって、あ!パンに果物ぎゅうぎゅうに詰まったのもあってさあれがもーねー!ね!」
「ねーなんだ」
姉妹のようにウキウキと声を合わせる2人に、片方は涎を垂らすだけだが、溜息を吐きながら弓使いは続きを聞いた。
結果だけを言えば・・・彼女達の好待遇に無粋にもケチをつけてきた酔っぱらったその男が横から咲ちゃんの食べようとしたパンを強引に横取り泣かせたのだという。
泣かされる羽目となるとは思わなかっただろうが。改心でもしたのか数日後に子供達と宿屋の女将に謝罪をし、今では働きに出ているという。
「それは・・・」
「これからおしごとがんばるっていってたんだ」
「泣きながら謝りに来てたよね・・・何日か後だっけ?」
「・・・ふむ」
2つ目。
「スリの件は・・・無事でよかった」
「おばちゃんのかばんをどろぼうしてたんだ」
おもちゃが欲しい。絵本が読みたい。
咲ちゃんとぬしちゃん、2人の幼児がもじもじしながらおねだりをしてきたのだ。
最近教会の庭に遊びに来るようになった子供達が持っているボールや子供用のちいさな木剣を見て咲ちゃん達も欲しくなったという。
咲ちゃんの口から今まで家族でなかったがためにお願いを躊躇っていた事を知ったシスター達が断る理由は雲一つも無いわけで、むしろ親元へと帰れない中でよく我慢できていたものだと感心するほどだ。
「確か同行した買って出たのが確か・・・またお前か」
「ちょっと!?これはほんと偶然だって!あたしに問題あるみたいに言わないでくれる!?」
「そうなのか」
「そうなのよ!」
咲ちゃんとぬしちゃん、この2人を信仰対象としてから募った寄付金は銅貨とはいえ馬鹿にならない額となっており、子供達の為であればと快く商店街へと向かった先に問題が起きた。
商店街の1つに革製の品を露店で販売している者がおり、植物の油や金属の粉末などを使い皮を鞣しながら販売をしていたのが珍しかったようだ。
弓使いも愛用している大小様々な雑嚢カバンや鎧の素材など革だけでも多くの物が揃えられていたのだが・・・。
「スリの現場に居合わせたという事か」
「そんなもんじゃないよ、あれもう強盗だね。すぐバレてるし」
「ごうとう」
「そそ。人の物を無理矢理取っちゃう事だから、絶対真似したらだめよ」
革製の商品を見に来ていた中年女性が取り出そうとしていた財布を掠め取る輩が現れ騒ぎとなった。
・・・のだが、逃げようとした輩に回り込む1つの小さな影。飛来する白き紙細工。
「ぬしちゃんが脳天にバシッとやっておしまい。ほんと一瞬よ」
「どろぼーはいけないんだ」
「相手が武器でも忍ばせていたらどうするつもりだ・・・」
そして困惑している中、幼児を前に倒れ込む名も知れない輩の身体をまさぐり、奪われた財布を女性へと手渡し、すぐに衛兵達に意識が無いまま運ばれていく。
一部始終を見ていた周囲の人々は風吹く林の中のような静けさのまま黒髪の少女を傍観していたという。
「コタコタもおもちゃも、かってもらえたんだ」
部屋の中をよく見ればそれらしい小さな木琴や輪投げなどのおもちゃ
「・・・そうか。護衛、も形無しだな」
「馬鹿にしてんでしょ!?あんたがいたって同じだったわよ!たぶん!」
「うるさい」
そして3つ目。
「あ、それリーダーのせいだから。口が悪くって逆なでして喧嘩。最近ぬしちゃん達とよくいたから落ち着いてたんだけどね」
「あいつは子供を前に何をしている・・・」
「けんかをしていたんだ」
日本と呼ばれる国の情報を得るがために子供達を連れて市民街を周ったる内にガラの悪い2人組が絡んできたのだと言うのだが・・・。
「この国は・・・治安が随分と悪くなってしまったものだな」
「ちあん」
「戦争前はもう少しマシだったんだっけ?あたしはその辺知らないし・・・」
ゴロツキ同然な男二人組が少女達へと不快な発言をしたらしく頭に血を登らせた剣士が挑発で返答し殴り合いに発展、ぬしちゃんが闇の力で制裁。
これらの出来事は日こそ違えど期間は短し。
だが、少女達が訪れていないところでも似たような話を聞くのだ。最近では金属類の装備が高騰しており、剣士も未だ大剣を買いなおせないでいるのもそうだ。
近々・・・帝国との大きな戦争となるかもしれない。
「ぬしの力は・・・何のためにあるのだろうな」
「をことぬしなのか」
汚れを知らない艶やかで柔らかい黒髪。澄んだ湖に吸い込まれてしまうかのように済んだ青き瞳。彫像のように変わらないその無表情。垂れる涎。
「サキちゃんを守るためでしょ?あたしらだって助かってるけどね!」
「がんばる」
黒髪の少女の本質は、守り、助ける。形こそ子供の思考のようにまとまらないが、行動原理は至って単純でありおかげで助かっている者もいる。命を救われた者もいるのだ。
「ぬし・・・もうその力は使うな」
「ふぁぃう」
「トンガリ、それって・・・」
それでも、噂で飛んでくるのは酷いものでしかない。
「やはり・・・闇の力は評判が悪い。事情の知らん奴らが子供相手に怯えている」
咲ちゃんの光が強すぎるがために、影がここまで伸びてしまったか。
世界に存在する悪しき者、モンスター、中には生贄を媒体とし呪術なる力も存在しておりどれもこれも闇ばかり。
「あ、あたしらは違うでしょ?」
「当然だ。それでも世間の頭は固い。このまま馬鹿な噂が流れたらぬしの身が危ないと思わないか?」
「それはあたしらが」
「守れていると本気で思うか・・・?」
弓使いの言葉に、いつの間にかベッドの上で身体を起こしていた風使いが言葉を詰まらせた。
・・・守れていない。
まあ、子供達は守れてはいるのだろうが、行動まで読み切れず許してしまっている。
「恐れも力だ。サキへの力目当てに来る奴らの抑止としてどうにかなってはいるが、これからどうなるかは俺も分からん」
「じゃあ・・・ニホンが見つかるまでどうするっていうのよ」
「・・・それは」
弓使いが何かを言いかけたその時。
入口から聞こえてくる大きく叩きつけられる物音に3人は顔を向けた。
荒々しく開けられた扉を警戒しながら弓使いは懐に忍ばせた短剣に手を伸ばそうとするが、白い修道服を見た瞬間にその手を止めた。
「な、何?」
「せんたくのおばちゃんなんだ」
教会からここまで走って来たのか息遣いの荒いシスターの姿を見て風使いは少し驚き、幼い呑気そうな声も聞こえてくる。
「ぬ、ぬしちゃんは!ああ、よかった!はぁ・・・よかった!」
「どうした?何が起きている」
体格の細いシスターが床に膝を付き息を整える様を見て弓使いが歩み寄る。
「サキちゃんが、お城へ、連れていかれそうなんです!はやく!はやく来てくださいぃ!」
慌てて主語の無い説明に状況は読めないが、想像はパンを千切るように難くないものだ。
「ぬしちゃんがまだここにいるのに!?」
「予想はできていたが・・・どうなるか」
「咲ちゃん」
疲れを休めるシスターを後に、黒髪の少女を連れて3人は即座に立ち上がり、教会へと急ぎ、駆けた。
以前から何度も理解できていたはずだ。
白髪の少女、咲ちゃんの扱う奇跡の力は国宝級なのだと。
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