22話 輝く石に照らされて
遺物を解明することができるのは 未来に生きる人である
であれば 未来に生きる人がいなくなればどうなるか
遺物とは 遺物のままである
過去は取り残されるのだ
白髪の少女の言葉を借りるならば、石橋を叩いて渡る・・・声の大きさなぞ気にもしていなかった先ほどの彼らとは違い、探索は慎重に慎重を重ねて行われた。
探索を続けていくうちに、遺跡の構造と特徴が少しずつ彼ら、主に3人の頭に叩き込まれていく。
鬱々と湿っていた先の遺跡とは打って変わり、生ぬるく不自然な温かさが立ち込めており、まるで違う場所にでも飛ばされたかのように乾燥しているのだ。
壁は煉瓦で積まれており、煉瓦の隙間に杭を打ち光の魔法石を結ばれた紐が杭に絡ませ、壁の奥へ奥へと伝うように繋がっている。
中には落ちて割れてしまっている物も多いが、この遺跡の重要性が増すほどに魔法石の数が尋常ではなかった。
まず彼ら、一般市民が主に使われる明かりというのは暖炉、ロウソク、ランタン、カンテラ・・・火が主流だ。
色、明るさ、質によって千差万別ではあるが、1カ月明かりを灯す事ができる魔法石の相場は、金貨五枚。
二人の少女、というより黒髪の少女がくすねた金貨がたった1つで吹き飛ぶ勢いだ。
恐らく、祖母の世代よりもずっと前に作られたこの遺跡に今でも輝きを保っている、そんな魔法石が数えきれないほどにここで扱われているのだから、この時点でもう宝の山だ。
しかしながら、冒険をするにあたって助言をするならば・・・洞窟や遺跡で見つかる財宝とは日の光が届くから輝いて目に映るのだ。
日の当たらない、それ即ち 変える保証がない事を意味する。
2つの意味で光を通さないこの遺跡にぶら下がっている大量のお宝は、脱出を最優先としている彼らには命綱でしかない。
突き当りで左右に道が分かれていたため、まず左からと始まり 剣士、風使いに並んで歩く2人の少女、弓使いの同じ順で彼らは進んで行く。
「んで、トンガリ。他に思いついた事あんだろ」
「ああ」
予想の1つ。剣を納め代わりに弓を構えている彼がそう言っていたのだから、まだ続きがあったのだろう。
「害獣共はなぜ初めからあの数で襲い掛からなかったのか」
「・・・遺跡にいたのは誘き出すため?」
答えたのはすでに落ち着きを取り戻した風使いの彼女だ。暗黙で頷いた弓使いが話を続ける。
「とすると、壁画が開いたのは奴らにとって都合が悪いのではないか?」
「あ?・・・まさか俺らを追い込むためか?」
「それはない。踏むならともかく、床に空気を送り込んで持ち上げる仕掛けが奴らに扱えるとは俺は思えん」
待ち伏せる程度の知恵は働かせる奴らではあるが、賢人でもあるまい。わざわざ想定して動けるものだろうか。
「何より、この乾燥具合は妙だが・・・奴らが住処とするには向いていないように見える」
「あ、そうかも。変な絵が描かれてるくらいだもんね」
彼女が指で空気をなぞる先には壁画とは違う塗料で壁に描かれた植物の根っこのように描かれた抽象画とも言えない作品だ。橙色と黒を合わせたような色合いで、注視していると具合が悪くなってくる。
どのくらい歩いたかは地図に書き足している彼女ですら大体でしかないが、至る所に描かれているのだ。
「ふぇ」
正直、咲ちゃんにはチンプンカンプンで彼らが暗号で話してるような気になり頭の中でぐーるぐるになる。ぐーるぐる。
「仮定ではあるが、害獣共は壁画の仕組みとは関係無く俺達を追い込む頭があった・・・そう考える事もできないか?」
「お?それっぽいな。つーことは、ぬしの言う通りだわな」
「をことぬしなのか」
もう1つの彼の予想。
「風っ子、お前がいなきゃ詰んでたって事じゃねーか」
「おねえさんすごいってこと?」
「ほ、ほんと?あたし凄い!?」
偶然ではあるが、もしかしたら彼女の力で壁画が開かなければ・・・クレイジーラットの大群とご対面していた、のかもしれない。
「ってトンガリ。それ先に言いなさいよね!無駄に怒っちゃったじゃん」
「・・・良くない話から上げるのが普通だろう?」
「そこで話終わったらどうすんのよっつってんの!衛兵やってた時もそれで失敗してんじゃないの?」
まあ、そもそも幼い彼女達を巻き込んだ事に対しての謝罪のため、という建前にしては荒い導入だ。結果的に言い争いにまで発展したのだから実直過ぎた弓使いに問題があっただろう。
「・・・・・・・・」
返事が来ない。
「アホか」
「なーに図星喰らってんのよ!」
「おじさんかっこわるい」
「かっこわるいのか」
どうやら剣士と風使いと出会う前から思いやりが下手くそだったようだ。
「・・・うるさい」
カッコ悪いイケメンのおじさんにはそう返答するしか逃げ道はなかった。
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新しいと思えた遺跡は、正直言ってしまえばまったく変わらない。
「なんか、ぐるーーって進んでる・・・感じ?」
風使いが地図を作ろうにも羊皮紙の右側が全く埋まる気配が見えない。
彼らの選んだ左側の通路は右に向かって湾曲こ曲がってこそはいるが、緩やか過ぎて真っ直ぐ進んでいるのと変わらず、だ。
未知の構造としてはシンプルで助かるが、反対の通路も同じような作りになっているとすれば中央に円形の大部屋か入り組んだ構造になっているのでは?そう思ってしまうのは彼女でなくても同じだろう。
「お、横に道ができてるぜ」
ようやく変化が訪れる。
というのも、環境や材質そのものが違うが、モンスターが出てこないどころか小部屋すらない。
「わるいねずみさん、でてこないね」
「そうなんだが・・・」
咲ちゃんの言う通り、未だ危険と遭遇こそしていないが・・・武器を常に構えている彼らはそう思い切る事ができない。
何も起きないのが、返って不気味でしかない。
そんな時に左へと曲がれる通路を先頭の剣士が発見し、そこを曲がるか、まだ続く直線に見える先へ進むか選択を迫られる。
「なんか、暗ぇぞ」
「ここ、やばいんじゃないの?」
ここまでの道中、破損している物も含めて魔法石が無い場所なぞ無かったのに、その通路はやけに暗い。風使いが言うまでも無く、明らかに怪しすぎる。
ピリッ
まただ。
咲ちゃんの背筋に怖気が走る。本当になんなのだろうか。怖いのは大嫌いなのに。
しかし、白髪の少女は賢い。
こんな時、絶対に嫌な事が起きるのは小さな頭の中に叩きこまれていた。
「そっちにいっちゃだめ!」
「なんでわかる?」
「わかんないけど、だめなの!」
確かに通路の光が差し込むだけであり、光源も無いまま進むのは厳しい。
それはわかってはいるが、咲ちゃんには明らかな危険だと判断できた事が気にかかる。
こんな時は・・・
「ぬし、見るだけでいい。頼めるか」
「うん」
「ほんとにありがとね、すごい助かってるからね」
「がんばる」
青い瞳に頼るべきだ。彼ら3人は心体共にほとほと幼い彼女達に救われている。
お団子の様に重なっている少女達に危険が及ばないように1人は矢を番え、1人は杖を構え、1人は腕にはめ込んだ盾で元の通路の警戒に行動を移す。
「きたないんだ」
「どう汚い」
「きたないんだ」
「・・・どういうこった?」
やまびこのように同じ事を呟く、汚い、という言葉。
だがその表情と変わらず表現力の乏しい単語から答えを導きだすのは難関を極める。
「俺らにも見えりゃな・・・付け直せるか?」
彼の握っていた松明はすでに熱は残っておらず焦げた跡を残しており、弓使いの松明は、今や壁画の向こう側。
風使いのランタンでは雑に扱う事もできない。
ただの木の棒に新しい布を巻きなおそうとした彼の姿を見て、咲ちゃんは閃いた。
「ひかりならあるよ!」
「なに?」
「あれ!ぴかぴかしてる!」
文字通り今の彼女はおんぶをされていて頭一つ背が高くなっており、彼女の目線の先には、魔法石の1つ。
「なるほど・・・!」
「それだ!めっちゃあんじゃねぇか!」
気を回し過ぎて盲点であった。弓使いが来た道の1本の紐を剣を使い切り落とし目当てのいくつかの魔法石を手に入れる。
別に街頭など根付いてるわけではないのだ。手に取って使ってしまえばいい。
重さは片手のコップ2杯分であり、見た目ほど重くない非常に使い勝手のいい照明ではないか。
「咲ちゃんあたまいいんだ」
「・・・!えへへ!ありがと!」
下から聞こえる声の主に褒められて、咲ちゃんの気分がもう元通りだ。ついさっきまで嫉妬をしていた事なぞ忘れるほどに親友の言葉は彼女にとって大きい物なのだ。
細く頼りなく感じた紐は、くたびれてはいるもののロープのように丈夫であり、消えた松明の先にそのままくくり付ければ消えない松明の完成だ。
「っへへ。良いんじゃねぇかこれ」
「ちょっと勿体ないけど、別にいいよね」
通路の一部が暗くはなったが、一か所に絞らなければさほど問題も無く一直線なことが分かった今憂う必要など毛頭ない。重くはなったが剣士の筋力の前では端数でしかなく、使い勝手の確認で新しい松明を軽く振り回す。
「あ、じゃあ1つ投げてみる?」
「衝撃には弱いだろう。紐を使って転がしてみるのはどうか?」
「じゃあ光が鈍らないように二カ所に巻いてみっか」
使えるとわかった途端に彼らの頭がフル稼働する。咲ちゃんの閃きを起点に後は小細工の得意な3人の出番だ。
余った魔法石の中心に紐を二重になるように短く結び目を作った弓使いが剣士に手渡し、そして。
「おらよ」
魔法石が転がっていき辺りが暗闇の通路が明るくなっていく。
「ころころ」
「ぜっってぇ追いかけんじゃねぇぞ?」
「がんばる」
転がる物に反応し咲ちゃんごと付いていきそうになる阿呆に釘を打っておいて正解だ。「お前は猫か」と言いたげな剣士に「善処してます」とお返事をしたその面が少し腹立たしい。
魔法石が止まり奥まで良く見えるように照らされたのは・・・何もない。
正確には、壁しかなかった
「行き止まりだと?」
「道じゃなかったの・・・!?」
少なくとも6メートル先まで見渡せたのだが、少なくとも出口などとは程遠い行き止まりだ。
もっと言えば、行き止まり一帯が擦り、削られたように色が薄くここだけ砂ぼこりが酷い。
・・・本当に砂ぼこりなのだろうか。白く砕けた何かが入り交じっている事に気づいた彼らの喉奥に込み上げて来る異物が、気持ち悪い。
壁には風使いの気にしていた文様も施されておらず、その擦れ具合はここの入り口、壁画と似ているのだ。
施されているのはいつの、誰の、何の跡かも分からない液体を含んだ・・・ものの成れの果てか。
黒髪の少女の「汚い」とは恐らくこの一帯のことを指していたのだろう。
咲ちゃんは汚れにしか見えておらず、発想に至っていないのが幸いだ。もう1人の少女にも、そうあってほしい。
「・・・トラップか」
「クソッたれが」
罠の可能性が濃厚。闇雲に入らずに正解だ。
それゆえ、謎も増えてしまう。害獣の群れの時もそうだ。
なぜ白髪の彼女は事前に反応できるのか。奇跡の魔法を扱えることといい、彼女の才能も底が知れない。
だが、奇跡を扱うことのできる風使いには心当たりがあるようで、2人の少女に語り掛けようとする。
「ねぇサキちゃん、もしかして」
「っ・・・待て!」
そう切り出そうとして、彼女は声を引っ込めた。
「おね」
「ッシ・・・!」
返事をしようとした咲ちゃんの口が弓使いの手の平に塞がれ、その拍子にぬしちゃんの体が揺れる。
剣士の彼が盾の装着された腕を抑えるようにこちらに伸ばし、制止の合図。
シュルシュルと重い物を引きずって運んだ時のような音が、微かに聞こえてくる。
同時に細い物で床や壁をはたいたような音も入り交じり・・・普通じゃない。
音が鳴るは、彼らが来た方向とは真逆、後に地図に記そうとした場所。
緩やかな湾曲を描く通路の端から、ついに・・・音の正体を彼らは目の当たりにする。
頭から首だと思える高さだけで、大人ほどであろうか。
皮膚は朽ち果てた土のような色をした鱗に覆われており、手脚となる部位が存在しない。だが奴にはそんな物は必要が無いのだろう。
両目の瞳孔は半月のように細く、咲ちゃん達であれば一飲みしてしまうほどの大顎に、肉食としか思えない鋭い牙。毒を持っているかはわからないが、とても温厚とは思えない。
全長は、人で測るならば3~4人は必要だろう。太く、長い尾を持ってすれば手足なぞ不要か。
「戦闘態勢っ!!でけぇ蛇が来るぞっ!!!」
「後方は無事か?!?」
「あたしが見てる!!2人はこっち!!」
「ひぇ・・・!?」
「へびさん」
モンスター、そう思いたくなるほどに大きく成長した・・・大蛇。
少なくとも、情報の追加に彼らは嘆きたくなる。
いつからか、それとも初めからか。少なくとも人が造ったであろうこの場所。
遺跡とは過去の遺物の総称であり、どう扱われたかは未来の賢人達が判断するのだ。
紫鉱の遺跡、彼らは確信する。
ダンジョン。
生物を・・・人を殺しに来る場所だ。





