88話 黒の使徒
天使を守護する 矢と成り放て
天使を守護する 弾と成り穿て
天使を守護する 石と成り砕け
進め 攻めろ 打ち砕け
最強の矛とは守る為に非ず
黒の加護をその身に纏い
全ての敵を 迎え撃て
唖然。
まさにその言葉が相応しい。
「ぬし、秘密基地と・・・言っていたな」
「ひみつきちなんだ」
「基地・・・基地?」
秘密基地の特徴を聞いた時に一度疑問符を浮かべ、到着した瞬間に凛とした美しい表情から色が抜けたのだ。
「ねえ、ほんとにここ・・・?」
「うん」
彼女が奇妙に感じ始めたのは、ぬしちゃんがその秘密基地へと案内ができたこと。
見間違えそうな木や草花ばかりが生い茂り、経験による土地勘や日の高さによる方角、最低でも地図が無ければ迷ってしまうほどの鬱蒼とした森なのだ。
「いやぁこれってさぁ、まぁ秘密基地ってのはあってるのかなぁー?」
「・・・隠れ蓑としては、まあ、予測しにくいな・・・」
石で作られた建造物。屋根の先端に十文字。塀に外には厠。
近づけば近づくほど脳裏に鮮明に映し出される思い入れの深い場所。
「私達の・・・修道院?」
「うん」
「おいマジかよ・・・!?」
木陰に隠れた彼等の目に映ったのは天上へと祈りを捧げる神聖な場所。それも放棄してから月の満ち欠けが約一周しか満たされていない。
だが、塀の周囲には出てくる時には無かったはずの木製の大きな荷箱が複数並べて積まれており、塀の内側から天幕の先端がはみ出すように見えている。
森の中の修道院・・・その成れの果てが彼等の目には映っていたのだ。
「入り口に見張りがいる、一旦下がるぞ」
「了解ー」
近づくのは危険と判断した弓使いの先導に合わせ彼等はその場から離れて行き、僅かに兵士の見える茂みへと隠れ出す。
「んまぁ、使ってねぇ建物があるんだから使わねぇ手は無いけどよ・・・あの黒い鎧、帝国連中のもんだわな」
剥き出しになっている自身の腹を右腕で抱えて身を屈めた剣士の見立てでは、見張りの兵士の鎧は先に出会した帝国兵士達の物と変わりがない。
「ここは王国領土に近いはずなのですが・・・」
「外にまである荷の量、数日で持ち出すには多すぎる」
「あいつら、結構前から来てるってこと?」
「中まで見ない事には分からん。だが・・・」
多少混乱をしている聖女の話に続くように語る弓使いが顎に手を当て考え込む。
「・・・有力者の隠蔽、この場を経由するならば・・・」
「武器とか防具、お腹いっぱい溜め込んでるんじゃなぁぃ?」
「うわ・・・あり得そう」
しゃがむだけで大岩へと変貌する熊男とその影で戯れる猫のように座り込む女豹の話には風使いが眉を曲げて苦々しげに言葉を吐き捨てた。
「繋ぎか、なるほど」
「読めたぜ?王国の兵隊様と争ったあと、内緒で溜め込んだ物をここで補給するつもりだったんだよ」
「え?でも、まだ見張ってるってことは・・・」
剣士、弓使い、風使いの視線が重なり、やがて聖女の膝上に座る幼児へと顔が向く。
「だーれかさんに足止め食って来れなくなったか、潰されたんだろうよ」
「だれかさんなのか」
「っはは、お前だよお前」
この男らしい人相の悪い悪辣めいたニヤけ顔。気分を良くした剣士の左手が、ぬしちゃんの頭をポンポンと優しく乗せる。
「俺らの事なんざ気にしてる場合かってーの・・・ったく」
とは言うが、その顔の口元は若干にやけていることを野次馬は見逃さない。
「は?嬉しいくせに」
「隠しても無駄です」
「素直じゃないな」
「馬鹿牛ぃ」
「・・・モテんぞ・・・」
ジトりとした視線を一身に受け乗せてた腕がピタリと止まる。
「そうなのか」
「ち、ちげーっての」
「ちがうのか」
「・・・違わねぇよっ」
「おお」
本質を誤魔化そうと照れ隠しに頭を掻き始めるがこのままでは微笑みをもたらす優しいお兄さんになってしまう。
「とにかくっ・・・!ここが中継点なら兵数は少ねぇかもしんねーが、中が見えねぇのはどうすっかね」
気を取り直すために話を戻した剣士の言葉は攻め込む気満々であり、議論の火を付けた。
「ちょちょまってまって、突っ込む気!?あいつが中にいるって確証もないじゃん」
「ぬしちゃんは今まともに歩ける状態じゃありません。戻ってこの場所を伝えるべきです」
「リーダー、あんたも本調子じゃない。小隊規模は確実、一度戻り 咲とぬしを合流させるべきではないか?」
「はぁ?流石に時間掛けすぎじゃぁなぃの?岩になんだちゃん任せてウチが全員処刑してやったるわよぉ?」
「・・・奴らは許せん・・・が、人数を割くには・・・」
物資防衛、盗難の被害、塀から見える天幕の様子から考慮すれば帝国兵士は50人前後。元凶の有無は不明。
地理や内部構造は元住居者がいる為、問題は敵の配置。物見櫓こそ無いが、偽装の一環であれば無策は危険。
「トンガリ、あのクソ爺ィ・・・死ぬ前になんて言って引いたんだっけか?」
「手遅れと。奴は自らの首で誤魔化そうと俺に断たせた」
「っつーことは・・・中の連中も遅れてるって気付くんじゃねぇか?」
「その最中の可能性もある」
すでに来ない味方を悟られる前が勝負。
だが、をことぬしという少女を思うのであれば離れるのが必然。遺恨を残すだけで安全に終わるのだ。
「・・・ん!?ちょい待てよ?」
剣士は帝国兵士の武装を思い出す。
質より量を優先されたであろうその装備は頭、胴、腕、腰、足に至るまで徹底されており、肘や膝の可動域には革布と鎖帷子で防いでおり、露出が無かった。
「ぬし、・・・どうやってあいつらを寝かしたよ?」
「タッチなんだ」
「たっち?」
ぬしちゃんは座布団へとぺチリとお手手を当てて教えてくれる。
触れるである。
剣士は自身の腕に身につけた籠手へと視線を移し、ぬしちゃんの目の前へと掌が見えるように手を差し出した。
「その力、俺の籠手にも使えるか?」
「うん」
「・・・頼むわ」
「うん」
動揺。
特に紫鉱の遺跡でどうなるかを学んでいた2人は剣士の奇行を止めようと動こうとしたが、案の定ぬしちゃんは躊躇う姿も見せずに両手で剣士の手をギュッと握った。
「あ、あれ?」
「何も、起きていない?」
だが、何も起きない。
闇の爆発が起きるわけでも弾かれるようなこともなく、幼児が男の手を物越しに触れているだけだ。
「おい風っ子、ぬしの触れたところを斬ってみろ」
「は、は!?本気?」
「ぶつけるだけでいいんだよ、とっととやれ」
「・・・わかった」
渋々とローブの裾へと手を伸ばす。張り付くように付けられた特殊な短剣を鞘から引き抜き、剣士の籠手へと触れるように突きつけた。
キィンッ
見事に弾かれた。
「うっそ・・・!」
腰の入れていない触れただけの短剣が籠手へと直撃する直前で弾かれたのだ。
「・・・っはは!わかってきたぜ、ぬしの力・・・!」
「そうなのか」
「おう、おう!よし、よっしゃ・・・!」
念願の玩具を買ってもらった子供のように嬉々とする剣士の表情は目論見通りと言ったところか、不思議と満足気だ。
「ちょーい?ウチらにも話してくんない?」
「・・・どういう状況か・・・?」
「これは・・・!」
女豹と熊男は怪訝そうに、聖女は彼の本意を察したかのように様子を眺めている彼女達へと剣士は胡座をかいたままに振り向いた。
「ぬしの力を利用すりゃあ突破できるかもしんねぇ・・・!ちょい準備手伝え!」
腕力と何かを利用することに関しては右に出る者はいない男による修道院制圧が始まろうとしていた。
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拠点へと続く塀の入り口。
幅は狭く 石造りの塀の高さは大の大人1人分。
「予定より遅れているが、こちらの動きが読まれたか?」
「先の定時連絡には敵方の数は想定内、敗北する方が難しいだろうな」
配給されている短槍を右手、小盾を左腕に身につけた兵士2人の対話は続く。
「にしても楽な配置で助かったよ。このしょぼくれた場所を張ってるだけで済むんだし」
「楽な仕事とはいえ、暇で仕方ない」
「軍の連中が来たら嫌でも攻め込むことになるさ。それまで楽をさせてもらおうかね」
不情な会話と変わらない不情な姿勢。
「交代まであと少しだ。それまでにぃっ!?」
キィンッ
鋼同士が衝突し合うかのような静かで高い音が鳴り響くと同時に、帝国兵士の1人が腰から地面へ転げ落ちる。
「ぐっ!?」
「おい!?何やっどっ!??」
言葉もまともに言わせずもう1人も音と一緒に強い力で圧されるように頭から吹き飛んだ。運が悪く塀へと兜ごと頭が直撃し、鎧の重さに抗えずに転けてしまう。
「ばぃばーぃ・・・!!」
「死んじゃえっ」
楽な守備だ。そう思っていたのに。
「ギャっ!???」
「ヒゥがっ・・・!??ごぼっボ・・・」
1人は胴体ごと両断されて即死。
1人は首へと差し貫かれ窒息死。
三日月斧と鋭利な小剣によって兵士2人が絶命した。
ーーーーーーーーーーーー
「て、敵襲ぅぅぅっ!!!!」
その兵士が奇襲に気付き、悲鳴のように声を挙げられたのは天幕の外に仲間が吹き飛ぶ姿が見えたから。
「てきぃっぎっっ!??ギィいっ・・・!??」
自身の身体が明るみに出た瞬間に体が吹き飛ばされると同時に、首から芯に触れるほどの激痛が迸っては彼の世界が赤に染まる。
首へと手を当ててみれば、突き刺さっていたのは木製の矢。同じように射抜かれ絶命している仲間を視界に捉える最期の時の中、あり得ないものを見た。
「ぶっゴっぼぁっ・・・だ、んで・・・?」
その矢はただ射抜いただけではなく、人をも吹き飛ばすほどの人知を越えた剛弓。
それは味方の放った魔法すらも射ち祓う、矢の軌跡。
飾り気もない木の矢を相手に重装備が容赦無く吹き飛ばされていく事を見届ける間もなく・・・彼は喉から血を流して死後の世界へ溺れていくのであった。
ーーーーーーーーーーーー
「うぉおおおおおおおああああああっっっ!!!!」
例えるのなら、紙袋で包装された果実だろうか?
「どぁっびっ・・・っ!???っ!!???」
「ぎっっ・・・!???」
完璧なまでの重心移動からの強引なぶん回し。
赤き闘牛の繰り出す腕力と切れ味の悪すぎる鉄の塊を持ってすれば、紙袋で包まれた果実ごと押し潰すのも簡単であり、2人は木箱や天幕へと吹き飛んで再起不能となっただろう。死んだ方が楽になれる程に。
だが化け物級の力は致命的に厄介だが、振るった後の隙は大きい。
「ぅおおっらぁぁああああっっ!!!!!」
「くそぉおお!!」
迫る死を予感して怯えながらも、彼はせめて刺し違えてでもと右腕で伸ばした槍が足の付け根へと当たった。
当ててやった。
そう感じたのも束の間、己という存在を否定するが如く、槍は鉄でも革でもない、衣きれに弾かれた。
「ぁ」
布に見えたそれはどれほどの強度を持っていたのだろうか?魔術によるものだろうか?なら仕方ないのではないか?
だから トマッテ ヤメテ アテナイデ
死神によって果実のように潰される寸前まで、彼の頭の中は現実逃避で締まったまま・・・実が爆ぜた。
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結果を言ってしまえば、帝国兵士達による防壁は紙屑同然であり、をことぬしという名の少女の力は村々を巻き込むほどの濁流をぶつけてやったに過ぎない。
「ひがっ!?」
風が舞う。
「ぐぁっ!?」
砂塵が襲う。
「ぁっ!?・・・ぁ」
闇の爆発。
「何っ!?」
風が舞い。
「ぐくそぉっ!!」
砂塵が襲い。
「ばっ・・・ぁ」
闇の爆発。
敵襲と判断して扉を開き、室内で待ち構えていた帝国兵士達を襲ったのは風。
風が運んできたのは・・・砂であり、絶望の始まりだった。
一粒当たれば鎧も武器すら吹き飛んで、鎧の隙間に入り込めば、闇の爆発と共に次々と帝国兵士達は意味もわからずに倒れていく。
コシコシと聖女と共に森の中で土いじりをしているぬしちゃんの産物を風使いの魔法によって飛び回らせてるだけの大打撃。
仮にも敵が近寄ろうとするならば、奇跡による防壁に刃の通じない完全武装の大岩が待ち構えているのだから質が悪い。
黒髪の少女による異様な力は【物】だと判断できればなんでも使える。
大蛇ですらパン粉を前に怯んだではないか。
それが仲間には安全と分かったなら簡単だ。
装備から矢の1本1本全てにぬしちゃんの力を付与させた剣士、弓使い、女豹による凶悪過ぎる囮に遊ばれている間、お手軽過ぎる集団殲滅兵器が修道院の外から流れ込んで来ていると、誰が気付けるのだろうか。
黒髪の天使の触れた物は全てを穿つ矛と成った。
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