閑話:思い出のオルゴール
前回のあらすじ
エリーゼが先生に就任した事と、これからワドの誕生節という所で、暴走が始まります。
ep.「建国祭」~ ep.「はじめての誕生節」までのエリーゼ視点となります。
朝は日課となった日記の確認から始まります。
国を興される事になってからは毎日が忙しく、日記に綴られている内容も膨大です。候補地を巡る世界中の旅では、明日の綴られている内容を想像していました。予想通りだったり、意外だったりと、想像との答え合わせだけでも楽しめましたわ。
旅の途中でもう一人のわたくしと協力し、奴隷から開放したリッツという少女がいます。
ワールドン様にお願いされて、勉強を教える事になりました。ワールドン様からお願いされたのですから、全力で徹底的に教えますわ!
もう一人のわたくしが、昨日教えた内容が綴られています。文字の読み書きと、武器の価値や目利きについて教えたみたいですわ。書くほうは、まだ課題が多いと綴られています。
今日の講義は、各国の主要都市や地理を書き取り形式で教える事にしましょう。それと美術品の価値と作家も、書き取りにしようかしら?
(最近はリッツも明るくなりましたわ!)
最初はリッツに笑顔がありませんでした。
でも、リッツは飲み込みも早くて一生懸命だから、元気になってきて良かったですわ。わたくしは今日の講義内容と、ワールドン様とお話しした内容を日記に書きました。
もう一人のわたくしからお返事が来ていますわ。
今日のお返事には建国祭が催される事と、メコソンというスパイについて綴られています。なぜすぐにスパイを始末しないのでしょう?わたくしには理解できません。
ただルクルの指示でワールドン様のお望みと綴られていました。ワールドン様のお望みであれば勝手な始末はできません。
それから、もう一人のわたくしから護衛のお願いがありました。ルクルとリッツを、守ってほしいとの事です。
建国祭の宴でどさくさに紛れて、襲われる危険性が綴られていました。当然ですわ!全力で守りますわ!もしもあの2人が害されたなら、ワールドン様は御心を痛めてしまいますわ。それだけは避けなければなりません。わたくしは承諾のお返事を書きました。
そこでふと気付いてしまいます。
どうしてもう一人のわたくしは、わたくしと協力して守ろうと綴っていないのかを。
(建国祭の参加をわたくしに譲るつもりですわ!)
こうしてはいられません。もう一人のわたくしが参加できないなんて、あんまりではありませんか!わたくしは即座に行動に移し、ワールドン様にお願いを申し上げに行きました。
「ワールドン様!建国祭と誕生節のお祝いについて聞きましたわ!」
「えと、マイティから聞いたの?」
「もう一人のわたくしからですわ!」
(全力でお願いして、参加をもぎ取りますわ!)
「ワールドン様!建国祭は2日間開催でお願いしますわ!これは譲れませんわ!」
「え?初年度だから催し物も少ないし、1日だけってルクルの話なんだけど?」
「わたくし、今からルクルを説得してきますわ!全力ですわ!」
ルクルはフウカナット村です。わたくしは全速力で村まで駆けました。井戸水で洗顔していたルクルに大声でお願いをします。
「ルクル!建国祭は2日間開催にしなさい!これは絶対に譲れませんわ!」
「うわぁ!?エリーゼ様!?」
「もう一人のわたくしの為にお願いしますわ!」
「あ……そうか……リゼのやつ自分だけ我慢するつもりだったのか……いいよ!2日間やろう!」
ルクルは話が早くて助かりますわ!わたくしはそのままの勢いで、ワールドン様へ報告に戻りました。
「ワールドン様!ルクルの説得完了ですわ!建国祭は2日間でお願いしますわ!」
「待って、待って……ルクルは許可したの?」
「もう一人のわたくしの為と伝えたら、即答で快諾でしたわ!」
「分かったよ。2日間お祭りを楽しもう!」
やっぱりワールドン様は慈悲深い御方ですわ!わたくしは2日間開催になった事と初日をお譲りする事を書きました。それにサプライズでワールドン様を喜ばせましょうと。
次のお返事が来ています。
2日間開催について「ありがとう、嬉しい」とだけ端的に綴られていました。
ふふっ……もう一人のわたくし、字が震えていますわ。凄く嬉しくて色々書きたいのに、我慢したのが伝わってきました。わたくしの心まで温かくなりましたわ。
それからワールドン様へのサプライズプレゼントについて触れられていました。どうやらルクルとリッツとマイティとで協力して、異世界のスイーツを作ってプレゼントするみたいですわ。
ルクルとマイティを取られてしまいました。
……どうしましょう?
暫く考えて、風の最高級マナ鉱石があるのを思い出しました。カルカンのマナ回路の知識なら、きっと作れますわ!これならいけますわ!そうと決まれば即行動ですわ!
わたくしはダフ村まで全速力で駆けました。代表のスタチオに入口で止められ「エリーゼ様が近くまで駆け寄ると、崩落事故が起こりかねない」と、事前にルクルから通達があったと告げられます。
ワールドン様の地下鉱区を、崩落させる訳にはいかないので待ちました。呼び出されたカルカンがやっと駆け寄ってきましたわ。
「カルカン!遅いですわ!さぁ行きますわ!」
「エリーゼ様?どこに行くのにゃ?」
カルカンを捕まえて、高く掲げながら運搬しました。当然、全速力ですわ!
「エリーゼ様、速いにゃ!揺れるにゃ!それにどこに行くのにゃ!?」
「当然、ボンの所に決まってますわ!」
「なにが当然なのか分からないにゃー!」
騒ぐカルカンをボンの所まで運びました。
「お嬢!?どうしてんでやすか!?」
「ボン氏、説明して欲しいにゃ!」
「あっしもなにがなんだか?ですぜ?」
「建国祭までに作る物がありますわ!2人とも全力で取り組むのですわ!」
わたくしはルクルから聞いていたオルゴールの再現を2人にお願いしました。
「通常業務があるから建国祭までに新しいマナ回路は厳しいにゃ……ワールドン様に伝えてお休みを頂いてもいいかにゃ?」
「お嬢、あっしも期間がギリギリでさぁ」
「これはサプライズプレゼントですわ!ワールドン様にお休みを申請する事は許しませんわ!」
わたくしが、これだけ丁寧にお願いしているのに「無理」「期間が」とか軟弱な事を言っていますわ。
「業務休まないなら7日間徹夜作業にゃ!絶対に無理にゃ!」
「厳しいですわお嬢」
「人は1ヶ月程度は寝なくても死にはしませんわ!」
「そんなの無理にゃ」
「あら?わたくしはやり遂げましたけど?」
2人とも顔色が変わりました。わたくしの本気がどうやら伝わったみたいですわ。
「お嬢に言われると説得力が違いやすね……」
「説得力ハンパないにゃ。でも無理にゃ……あんなの常人にはマネ出来ないにゃ……」
「ワールドン様の為ですから、必ずできますわ」
これ以上の文句にわたくし……我慢できませんわ。
「わたくし、是かより早い是しか必要ありませんわ」
「でもにゃ……」
「寝ないで作業する。簡単な事ですわ。そんなに眠りたいのなら永眠させてあげますわ!」
「全力でやらして頂きやす!」
「はいにゃ!寝ないで全力でやるにゃ!」
それから休憩も惜しんで2人は作業しています。なんとか間に合いそうでホッとしました。もう一人のわたくしにも良い物が出来そうと報告しますわ。
今日のお返事は楽しみですわ!
先日はオルゴールの完成とスイートポテトの完成を報告しあって、昨日は建国祭初日だったのです。わたくしはウキウキしながら日記をめくりました。
(やりましたわ!)
もう一人のわたくしがワールドン様から「ありがとう」と「嬉しい」も言われましたわ!本能が昂ってトイレに籠って必死に耐えたと綴られていました。睡眠薬に何度も手が伸びかけたとの事です。同時に2つも嬉しい御言葉を頂いて、我慢するのが大変だった様子が目に浮かびます。
わたくしは居ても立っても居られず、すぐにワールドン様へお礼を申し上げに伺いました。
「ワールドン様!ありがとうございます!もう一人のわたくしがあと一歩で、わたくしを頼る所でしたわ!」
「朝から唐突だね。なんなの?」
ワールドン様はどれだけの幸せを、もう一人のわたくしに与えたのか全く自覚していませんでした。もう一人のわたくしがわたくしを頼ろうか迷ったのですよ?凄く幸せな事です。ワールドン様はやっぱり素晴らしいですわ!
それから2日目の催し物に参加しました。
ルクルから試作品のガントレットを預かっています。緑の最高品質マナ鉱石を使ったものだそうです。別の用途の実験の前段階と聞いています。用途がなんであれ、わたくしの拳圧で発生する風の力を増幅させるようです。
教えられた掛け声で拳圧を飛ばします。大木が破壊できましたわ。ルクルが言うには、本採用される頃には20倍以上に出力を引き上げると言っていました。それなら対軍兵器として使えそうです。
夜になって、ワールドン様の誕生節のお祝いになりました。
「ワールドン様!こちらわたくしとカルカンとボンの合作のプレゼントですわ!」
「開けてみるね」
ワールドン様が麻袋から取り出してオルゴールの蓋を開けました。わたくしが大好きな騎士の歌が流れます。大成功ですわ!ワールドン様が驚きと喜びの表情をなさっていますわ!
「緑のマナ鉱石を使って、ルクルの前世のオルゴールを作ったにゃ!ボンの匠の技がいきてるにゃ!」
「ありがとう、一生大切にするよ」
ワールドン様が大切そうにオルゴールを抱きしめながら、わたくしの目を見て仰っていました。
「~~~~~っ!わたくし、御前失礼しますわ!」
わたくし、ダメでした。もう一人のわたくしを頼りました。あのままだったらカルカンとボンに不眠不休で何個も作らせたはずです。どうにか本能の暴走を止める事ができましたわ。
目覚めてから日課への手が重いです。
お叱りのお小言が綴られていると思いながら日記をめくります。でも綴られていたのは祝福の言葉でした。「一生大切にする」と言われたら仕方ないと共感してくれましたわ。もう一人のわたくしも来年は形の残る物にすると綴られていました。
わたくしも、来年の誕生節が待ち遠しいですわ!
数ヵ月単位で起きてるのを、基準にされると困りますよね。
カルカンは気づいてないけど、ボンは追加の暴走が来なかった事に、胸を撫でおろしています。
次回からは新章「ドラゴン内閣府発足」となります。
次回は「ドラゴン内閣府」です。




