閑話:向かない転職事情
前回のあらすじ
カービル帝国から送られてきたスパイのメコソン兵士長。
彼から見たワールドン王国での現状とは?
ep.「建国祭」~ ep.「お城建設開始」までの視点となります。
私はドウエン将軍に命じられて、ワールドン王国にやってきた。
「じゃあ、メコソン兵士長にはポロッサ村の警備をお願いできるかな?」
「はい!精一杯頑張ります!」
世界は神託を受けた。
以前、私が応対したエターナルドラゴン様ことワールドン様が、神託を行った神様ご本人だった。身内や周辺の全ての人に同じ内容の神託が届いている。本当の神様であり、本物の神託であった。そのような御方に応対していた事は畏れ多くもあり、また誇らしくもあった。
そんな御方に対して私の行いは、天罰が下るのでは無いかと気が気ではない。あの吸い込まれるような瞳で見つめられると、何もかもを見透かされている気がするのだ。
そう、私はドウエン将軍の密命を受けてスパイ活動を行っている。本当はこんな事はしたくないし、だいたい向いてもいないと思う。だが、妻と娘を人質に取られてしまっては、私に選択肢は無かった。
いっそワールドン様に全てを打ち明けて、妻と娘を救って貰おうかと何度も考えた。しかしドウエン将軍の冷酷さを思うとどうしても決断できない。ドウエン将軍なら見せしめとして妻と娘を殺し、私の同僚を次のスパイとして送り込む際の、脅しの一助ぐらいにはしそうだからだ。
(さて、今日の定時報告をしなければ……)
私は伝書鳩から指示を受け取り、調査報告を足に縛りつけて伝書鳩を返す。今はポロッサ村の警備だけで特に動きはない。指示に従って噂を流す事だけに注力していた。
「ポポロさん、聞いてくれ。ザグエリの民がポロッサの利益を盗もうとしてるって噂があるんだ」
「噂は噂ですよ。だいたいワールドン様がそんな事をお許しになる訳ないです」
温泉組合の若旦那であるポポロから取り込もうとしたが、あまり感触は良くない。双子の女のほうにも噂を流してみた。
「テトサさん、ザグエリの民がポロッサを狙ってる噂があるんだ。ここの温泉を奪われるかも知れないぞ」
「噂を言ってるのは貴方だけです。貴方が発信者ですよね?ワールドン様に不敬を働くのは許しませんよ」
ダメだ。
噂を流せば流すほどに私の言動が疑われていく。
このままでは信用を失い孤立するかも知れない。その懸念を今日の定時報告で報告した。だが返答は噂の流布の続行だった。
(ドウエン将軍は一体何を考えておられるのか?)
一兵士である私には分からない。だけど妻と娘の為に続けるしか無かった。噂を流し続けて、ポロッサ村での信用が地に落ちた頃、建国祭の話が舞い込んだ。
ワールドン様の居住区の近くの大広間で、国民全員が参加する催しらしい。定時報告で報告した所、指示に変化があった。
(は?内容の意図が良くわからないな……)
指示の内容はザグエリ王国出身の村人達に、ワールドン王国の素晴らしさを説くと言うものだった。さらには彼らの知人や親戚の心配をしろとも指定されている。讃美と心配は必ずセットで交互に喧伝しろとまで指定されていた。
(分からないが、やるしかない)
私には全く理解できなかったが、やる事は単純だし心も痛まない。何故ならワールドン王国は実際に素晴らしい国だからだ。妻と娘を連れて本当の意味で移住できたらどれほど良いか。そう考えた事は一度や二度では無い。
良い点はたくさんある。
何より税がほとんど無い。無税と言ってもおかしく無いレベルだ。幹部が来訪した時に無償で接待するだけで、それ以外は納めていない。寧ろ生活改善の為に食料品の支給があるくらいだし、マナ鉱石も村々へばら撒かれている。
それに暮らしている民が皆笑顔だ。神様に守られているという絶対的な安心感もある。衣食住に関しては手厚い保護がある。生活にゆとりがあるから自然と笑顔が増えて、人に優しくなれる。今のところ好循環しか見当たらない。
私はどう素晴らしさを表現するか何日も考えて、建国祭の当日を迎えた。
歓談の時間帯になり、フウカナット村の村人達の和に飛び込んだ。そして用意していた讃美の言葉を垂れ流す。当然のように賛同が得られた。
「せやせや!ワールドン王国は素晴らしい国やで!メコソンさんもっと飲みや」
「ワイらもこないに笑顔で毎日いれるんは、ホンマ感謝してるんや」
「ウチも税金なくて大助かりやわ!このビール旨いからもっと飲まんか?」
讃美が浸透したのを見計らって、知人や親戚の心配の話題を振る。
「ですが、周辺のザグエリ王国の村々は困窮してると聞きます。お知り合いや親戚さんは大丈夫ですか?」
「確かにな……ホンマ親戚に申し訳ない気持ちやわ。ザグエリ王国の税金はクソ高いからな」
「ホンマホンマ!それでいて国境紛争は絶えんからキツいんや。ワイの友人もな、紛争に巻き込まれて怪我したんや」
「ウチの親もバンナ村におるから心配やわ」
心配が伝染したのを見計らって、再び讃美に会話を戻す。それを交互に続けていたら、村人達の会話に変化が訪れた。
「せや!やっぱ他んとこもワールドン王国に入った方がええで!」
「ワイもそう思っとったんや!ミカドのクソ野郎より、ワールドン様にお仕えした方が幸せやで!」
「ホンマやで!ウチも親を呼んでみるわ!」
指示の通りに交互に話題を繰り返しただけだが、村人達の会話は他の村を勧誘する事で染まっていた。別のグループにも同じように話をしては、村人の会話は勧誘一色になっていった。喧伝した内容が面白いぐらい簡単に拡散していく。
(ドウエン将軍はこれを狙っていた?)
将軍は恐ろしい人だ。一気に人口が増えれば無税では厳しくなるだろう。そういう狙いなのか?いや、学の無い私では読みきれない。
それに……
私の工作にワールドン様だけで無く、幹部の誰も気付いていない。ドウエン将軍の知略の方が何枚も上手という事だ。私はワールドン様に全てを打ち明けて、庇護を請う案をそっと捨てた。
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それから月日が流れて、ワールドン王国は大きく変貌を遂げている。これを誰が予想できただろうか?
ポロッサ村では川魚が豊漁で、サツマイモの栽培が盛んになっていた。温泉の効能には疲労完全回復が加わった。国境林ができて魔獣は近寄らないし、通過すると地面が光る為に夜の連絡は取れなくなっていた。
昼間に伝書鳩をやり取りすると目立つ為に、わざわざ国境林の外に出て連絡している。
(私は、明らかに怪しまれてるな……)
ポロッサ村の住民は私がスパイだとほぼ確信しているようだ。まさかこのような守り強化が行われるとは、私も考えて無かった。ワールドン王国での諜報活動は、今後困難になるだろうと思われる。
報告も恐らく幹部に上がっているだろう。なのに何故かホリター公爵家の観光案内で、護衛役に指名された。ルクルとか言う幹部のガキにだ。なんであんなガキが幹部をやっているのか全くの謎だったが、他の村の変貌ぶりが全てそのガキの発案だと言うから驚きだ。
革新的なマナ鉱石の量産体制、以前と比べ物にならないほどに豊富な食料。酒の量産はただの量産では無く、飲酒以外の用途での活用に取り組んでいるらしい。聞く所によると、まだ13歳だそうだ。
信じられない。どれもこれもが偉業だった。
ポロッサ村に戻ってからは、住民の私への当たりが緩和されている。どうしてだろう?と訝しんでいたら、ジャックさんから温泉宿への呼び出しを受けた。
ジャックさんについていき温泉宿の一室に通される。そこには例のガキが居た。
「やあ、メコソン兵士長。君の奥さんと娘さんの安全は保証するからさー、二重スパイ……やってくれないかなー?」
そこから聞かされた説明に、私は驚愕する。
最初から私は泳がされていたらしく、私が得られた情報は、カービルに流して欲しい情報だったと聞かされた。やり取りしていた内容も指示の詳細も全て見事に言い当てられ、掌の上で転がされていた事を知った時、私の衝撃は驚きを超えて畏怖に変わっていた。
(ワールドン様の右腕と評されるのは、正しかった)
こんな化け物を相手にしようと考えていた自分が、愚かだったと今なら分かる。私は全てを吐露した。
断言できる。
ワールドン王国で一番恐ろしいのは、一見子供に見えるこの化け物だと。
「ルクル様、私の全身全霊を持って仕えます。何でも命じて下さい」
それから二重スパイ生活が始まった。
ドウエン将軍からの指示はあらかじめ数パターンに予想されていて、それぞれの対応案が示されている。やり取りをすると、すぐに次の対応案が提示された。
会ったこともないはずのドウエン将軍の行動が、全て見透かされている。ルクル様が怖くて胃が痛い毎日だ。
私はスパイなんて柄じゃないし、向いても無い。そんな私が二重スパイなんてやらされている。最高幹部であるアルフォート様から「ルクルは鬼畜ですから大変ですよ」と言われた事が骨身に染みる。
この仕事だけは向いていない自覚があるが、転職してしまってもう抜け出せない沼にハマっていた。
(まさかここまで計算なのか?いやまさかな……)
転職して胃が痛いと思っていたら、再転職でさらに胃が痛くなったメコソン。
誰か胃薬を届けてあげてください。
次回はリッツ視点の「閑話:二人の先生」です。




