先代大公の来訪
前回のあらすじ
王都予定地にワドの居住スペースができました。
常に浸水している欠陥住宅に不満を言うワド。
レジャー施設を得るのと引き換えに、プライドを投げ捨てました。
「はじめまして、ロワイト殿」
僕はずぶ濡れのままで挨拶した。
握手しようにも手が濡れているし、どうしようか?と思っていたらリッツがタオルを持って駆けてきたよ。
「ありがとうリッツ」
リッツに感謝を述べて、手元だけは拭いてから握手の手を差し出す。
「ようこそ、ワールドン王国へ」
「もしかして、お取り込み中でしたか?」
僕にとっては、慣れた日常風景になりつつあるんだけど、やっぱ初めて見た人は何事かと思うよね。僕は軽めに説明する。
「これ?これはルクルに言われてやってる事だから気にしないで。あ、ルクルは僕の親友だよ」
「ルマンドから聞き及んでおります。なんでも異世界の知識を持つ者であると」
お、流石に話が早くて助かるね。諸々の説明が省けそうだと思った。手っ取り早く用件を聞いちゃおうと口を開いたよ。
「あー、諸々ご存知?なら率直に聞くけど、今回の訪問の用件は何かな?」
「ワールドン様にお会いする事と、王国の観光に御座います。つきましてはルクル殿にも会ってみたいと思っております」
入口付近で、僕らのやり取りを聞いていたエリーゼとアルが、一瞬で青ざめた。な、何事?
「お父様!ルクルは危険ではありませんわ!安全で信頼できる殿方ですわ!」
「父上!私もルクルは安全で信頼に足る人物だと保証します!何卒、思い留まって下さい!」
なんだか、エリーゼとアルが必死になってルクルが安全&信頼と謳っている。
そういう謳い文句の会社は大体怪しいってルクルが言っていたなぁ。そんな事は置いといて、このままルクルが美化されすぎるのは頂けない。
「いやいや、ルクルはすぐに僕を騙す危険人物だよ?こないだのボドゲでもハメられたしさ。ある意味、絶対に信用しちゃいけない人だよ。ロワイト殿も気を付けてね!」
僕が言い終わる前に、エリーゼとアルが高速で首をブンブンと横に振っている。エリーゼがすかさず大声をあげた。
「お父様!ルクルに手出しはさせませんわ!もう一人のわたくしからも守るように言われてるのですわ!全力で止めますわ!」
「ふぁ?手出し?」
僕は事態が飲み込めず、ロワイトから目を離してエリーゼを見た。そうしたらロワイトがいつの間にかエリーゼの背後に立っている。
(え?いつ動いたの?)
「全く……お転婆は治らんのか、出来損ないが。別にルクル殿を処分しようとして来た訳ではないぞ」
(処分!?どゆこと!?)
僕は慌ててアルに【伝心】を繋いだ。
『アル!ルクル処分ってどゆことなん!?』
『……父は暗部を長年束ねてきた猛者です。姉がなす術無く背後を取られた事からも、分かりますよね?』
『僕も動きが見えなかったよ!?』
アルが口元に拳を当てて考え込んでいる。
ちょっと!それよりも返事が聞けて無いんだけど!
僕はしつこく返事を催促した。
『……すみません。簡潔にご説明します。父が会った事もない平民を訪ねる場合、危険視をされていて処分対象なのです』
『ルクルはロワイトに何もしてないじゃん!なんでいきなり処分対象なのさ!?』
『実家での……兄の提案に似てませんか?兄は父譲りで、危険が育つ前に摘む考えを持っています。当然、父の判断はもっと早期から下されます』
ルクルが将来的に危険人物と思われているって事?
だから、エリーゼもアルも安全って主張していたのか!
(僕、やっちゃった!)
『今から訂正すれば大丈夫かな?僕、こんな事になると思ってなくて……』
『大丈夫です。処分の為に来た訳では無いと言ってましたから。父は大公当主なので、軽々な発言は致しません』
『そ、そうなの?良かった~。あれ?でも大公当主はルマンド君じゃないの?』
僕の問いかけを最後に、アルは顔面蒼白のままフリーズした。いくら呼びかけても反応がない。
エリーゼに【伝心】は……事態が悪化しそうなんでジャックに繋ぐ。
『ごめんジャック、端的に確認させて。もしロワイトが処分に動いたら、ルクルはどのくらい危険?』
『……ワールドン様は、ロワイト様がお嬢様の背後を取った動きを分かりましたか?』
あの動きは全く見えなかった。早いとかじゃない。風も動かないのは変だ。
(マナも……って、あーーー!)
『動き分からなかった。あと彼のマナが感知出来ないんだけど!?』
『やはりワールドン様にも効くのですね……先ほどの問いですが、ルクル殿は確実に処分されます』
それを聞き、僕の中で急速に何かが膨れあがった。リッツとアルは苦しそうにその場へ倒れ込む。でも気にしていられなかったんだ。
「ロワイト……ルクルに手を出すのなら、許さない」
床を流れる水は、完全に金色へと変わり発光していた。辺りのマナ濃度が、通常の10万倍くらいに跳ね上がっている。
慌ててロワイトが跪き、弁明を述べ始めた。
「ワールドン様の御心を、ご不安にさせてしまい申し訳ありません。私奴にルクル殿を害するつもりは一切御座いません。ご安心を……」
その言葉に冷静さを取り戻し、マナを抑え込んだ。ロワイトとエリーゼ以外の全員が、やっと呼吸できたように口で荒い息をしていたよ。
(リッツ……怖い思いさせて、ごめん……)
アルの提案で一旦外の広場に出て、そこで食事をしながら話をする事になった。村の力自慢達が、テーブルや椅子をあっという間にセッティング完了させていく。
マイティがロワイトとエリーゼにお茶を出している間に、リッツに手伝われ濡れていない服に着替えた。
「……さっきはごめんね。僕、ルクルが危険って思ったら冷静じゃ無くなった……」
「いいえ、ルクルの事を守ろうとしてくれた事が……嬉しかったです」
リッツが気を遣って言葉を選んでいる。僕はダメダメだ。こんな幼い子にまで気を遣わせるなんて。
着替え終わって外に出ると、アルが近寄ってきて【伝心】のサインを出してきた。
『ごめん。ちょっと取り乱した』
『いえ、私達が早とちりしたのがいけないので、ワールドン様のせいではありませんよ』
『それで?』
僕は、話をしたい理由の説明を求めた。
『ルクルに伝令の早馬を走らせてます。それからカルカンも呼びにいってます』
『手配が早いね』
『それと、女神の黄金の聖水ですが……濃度が濃くなり過ぎたので、暫く水に浸かるのはお控え下さい』
その言い方、ヤメテ欲しいの。(割と切実)
何度言っても呼称を改めてくれないの。別の意味あるの知っているのはルクルだけだから、あいつは面白がって公文書にその呼称で記載しやがったんだよ……マジふざけんな。
とりあえず、暫くはホームステイ……じゃないな、ホーム水浸しをお役御免で卒業となったよ。久々の乾いた服は逆に落ち着かないな。
スカートがめくれないように注意しながら、挨拶をして席に座る。
「先ほどは失礼したね、ロワイト殿。そろそろ準備が終わるので、一緒に食事を楽しんでくれると嬉しいな」
「光栄です。勿論ご一緒させて下さい」
今日の昼ご飯は、ブールボンの郷土料理であるニンニクバターミルク煮込みを、アレンジした料理だ。
昨夜の残り物にチーズをたっぷり加え、それをピザ生地に塗り、バジルソースをかけて焼いたピザだった。
お肉は鶏肉に加えて、鹿肉も投入されている。硬さが違うので、2つの食感が楽しめる。癖はニンニクとチーズで全く気にならないね。
「ほう……これは我が国の郷土料理にひと工夫加えたものですな。大変美味しゅう御座います」
「それ、基本はリゼ……じゃない、エリーゼ嬢が作ったのだよ」
ロワイトが驚いたようにエリーゼへと視線を移す。
「わたくしではありませんわ、お父様。もう一人のわたくしの手料理ですわ!」
「……二重人格はまだ治らないのか?どれ、治す薬を処方してやろう」
「不要ですわ!わたくしともう一人のわたくしは仲良くやってますわ!それにワールドン様の御不興を買いますわ!自重して下さいませ!」
ロワイトは心底驚いたように口をすぼめた。少し間を置いてから苦笑いと共に零す。
「……まさか愚かな娘から、自重しろと言われるとは思わなかった。ワールドン様の御不興を買うような言動は慎むとしよう」
確かに。自重と言う言葉が最も似合わないエリーゼから言われたら、普通にビビるね。それにしても今日の会話で思い出した。
ホリター大公当主だけが製法を知る、禁断の秘薬の数々。その恐ろしさはどんな生物にでも効くという事だ。神である僕ですら例外ではない。先ほどの移動手段は何かしらそれに関わる事じゃないだろうか?
(ルクルの対策案を聞かなきゃ……って、あーー!)
「あーー!」
「どうなされたのでしょうか!?ワールドン様!」
「何でもないよエリーゼ、ちょっと思い出した事があって……ロワイト殿にも申し訳無い」
ロワイトは軽く会釈して、僕の無作法を流した。
それよりも、ルマンド君から【伝心】で読み取ったこの情報を、ルクルに伝えるのをすっかり忘れていたよ!
(なんで忘れてたんだ?思い……出せない……)
ホリター大公当主だけは、僕にも効く薬を作れるんだ。忘れずにルクルへ伝えなきゃ!
食事を終えて、お茶休憩を取ってもまだルクルとカルカンは来なかった。時間を埋める為に、ロワイトへ温泉を勧めたよ。
家族風呂で、エリーゼが一緒に入るらしい。成人しても親子で入るの!?って思ったけど、現在の戦力でロワイトを抑えられるのが、僕かエリーゼしかいないからって理由だと。
「ワールドン様、素晴らしい温泉でした」
温泉を終えたロワイトは終始笑顔だった。
でも、エリーゼもアルも最大級の警戒をしている。余程な人物なんだろうなロワイトは。
風呂上がりの談笑をしている所に、ルクルとカルカンが到着した。
「お初にお目にかかります。ロワイト様、ルクルと申します」
ルクルは跪いて挨拶をしている。カルカンは突っ立ったままだ。カルカンが警戒しつつ問いかける。
「……マナ認識を誤認させる空気が充満してるにゃ。ルクル氏が向いてる先にロワイト様は居ないにゃ」
「ほぅ!これは驚いた。マナ心眼の持ち主か!」
ロワイトは、楽しそうに弾んだ声をあげていた。
やっと伝え忘れていた事を思い出したワド。
忘れてたのは色欲エリーゼをどうにかできるかも?
って浮かれてたからですね。自業自得かと。
次回は「心眼の所持者」です。




