閑話:先代としての忠告
前回のあらすじ
ワールドン王国が誕生した裏側で、ホリター公爵家は混乱していました。
相談や事前連絡が無かったことで、情報面で後手を引いています。
前大公は老婆心から動き始めました。
ep.「ドラゴン建国する」の直後からのロワイト・ホリター視点です。
その日、世界は神託を受けた。
神が人の国を作るという、前代未聞のことである。
ロワイト・ホリター大公としては既に隠居の身だが、息子に大公当主としてどう動くかを問わなければならない。
私は応接室のソファーに腰掛けて、対面にいる現当主に問いかけた。
「ルマンド、今回の神託をお前はどう見てる?それにワールドン様と直接面識を持っている現大公当主としての意見を聞きたい」
「……父上」
目の前にいる息子は困り果てた様子で、手を組み項垂れている。反応を見るに想定外の事態であり、事前に情報を得られていなかった事が推察できる。
才はあるが、気の弱さは相変わらずで、今もハラリと抜け毛が落ちた。私の年齢になる頃には、心労で無くなっているのではないだろうか?
暫くの沈黙の後、意を決したようで口を開く。
「今回の神託による建国については、先日のザグエリ王国からの指名手配発布による所が大きいと思われます。ザグエリ王国王都の事件はご存知ですよね?」
「あぁ、知っている。なんでもワールドン様の大切な所有物を盗んで、返還要求を拒絶したどころか、補償要求を逆に突きつけたのであろう?寧ろ亡国になっていない事が不思議だ」
私の回答に驚いたのか、息子は大きく体を仰け反らせた。私もホリター公爵として長年に渡り、表と裏を牛耳ってきたのだ。この程度の情報収集は朝飯前だ。
私がお茶の香りを楽しんでいる間に、少し落ち着いたのか、息子は私に対し姿勢を正してゆっくりと頷いた。
「ザグエリ王国の対応に対し、ワールドン様の意向とそれを誘導した者の結果であると考えております」
「誘導だと!?」
神であるワールドン様を、誘導している愚かな存在がいるのか?下手をしたらザグエリ王国の惨劇以上の事が、各国で起こりかねない事態だ。
私はゴクリと喉を鳴らす。
「父上、どうか安心して下さい。お茶を飲んで少し気分転換をしましょう」
そう言うと、従者を呼んでお茶を入れ替えさせて、すぐに従者へ退室を命じた。私は息子の配慮を受け取り、お茶を一口飲んで人心地つける。
私の落ち着きを確認して、息子が再び語りだす。
「父上が考えている事と逆です。誘導した者の思惑は、ワールドン様を想っての事……ついては世界の脅威になる危険性を、取り除く意図からと思われます」
「それほどの賢者がワールドン様のお傍におられるのか?しかし誘導の事実が発覚すれば、其の者も世界もやはり危険ではないのか?」
私の所にある情報との乖離が大きい。
エリーゼとアルフォートがついている事と、エリーゼの従者が付き従っている事は把握している。それ以外は、学を持たない平民ばかりだ。元奴隷も数名いると聞く。
エリーゼを賢者と呼ぶにはおこがましい。
アルフォートは優秀ではあるが凡人の域を出ない。
という事は、ワールドン様を誘導しようとするアルフォートに、アドバイスをする存在がいる。
つまり……
「ルマンド、お前がワールドン様の知恵袋なのだな。やっと腑に落ちた。だが危険だぞ?あまり神を思い通りに動かそうとするな」
私は老婆心から息子に忠告をした。なのに、目の前にいる息子は目を閉じ「違います」と首を横に振る。
「違います、父上。私ではありません。私以上の智者が、ワールドン様にはついております。ルクルという名の者です」
「……確かリアロッテ生まれの平民で、奴隷としてザビケット自治区に飛ばされていたものだった認識だが……合っているか?」
「はい、其の者で間違いありません」
ワールドン様に近づけて良い存在かは、ホリター公爵家が総力をあげて調査している。彼の者は学び舎に通った経験もないはずだ。植物の生育を早める不思議な力を持つ為、農奴として自治区に飛ばされている。
「ワールドン様やアルフォートに接して才能を開花させたのか?しかしワールドン様に会ってからまだ半年くらいであろう?」
「前世からの知識……いえ、異世界の知識を有する賢者です」
私は驚きのあまり椅子の音を立ててしまった。革張りのソファーが軋む音を立てる。
ソファーで無ければひっくり返っていたであろう。
異世界の知識を持つ者は、100年で数名発見されるくらいの希少な存在である。
300年前の異世界知識を持つ賢者により、汽車という移動手段の革命が起こった。私が知るだけでも、ここ300年で12名の存在がいる。
「まさか近代で13人目の存在とはな……その者がワールドン様の下についているという訳か……」
「……違います父上」
私の考察を否定した息子は、暫く無言で私を見つめていた。その瞳が、この先を聞く覚悟を問うている事を感じ、姿勢を正して静かに言葉を待つ。
「……主従関係は逆です。ルクルが主であり、付き従ってるのがワールドン様です」
私は驚愕のあまり言葉を失った。息子が血迷った訳でも、巫山戯ている訳でも無いのは、真剣な眼差しを見れば分かる。
「主従というよりも、親と雛鳥に見えました。そして親であるルクルは、私以上に頭が切れる存在です」
全ての得心がいった。
親は雛が暴走しないように見張り、導いているのだろう。雛も親に導かれている事を受け入れているのだと。その推察を念押しで確認する。
「雛であるワールドン様が導かれる事を、善しとしているのだな?」
「その通りです、父上」
それほどの人材であれば我が国に欲しかった、と思いつつも疑問を口にする。
「ならば何故、我が家に相談や報告が無いのだ?」
「……そこが分からないのです」
ようやく冒頭の困り果てた表情に繋がった。相談や報告が無い事が、予想外で困惑しているのだろう。
「予想外なのは、直接会ったお前だから感じる部分か?我が暗部が情報を掴みきれなかった事か?」
「……両方です、父上。2人の人となりを見た私としては、報告が無かった事に驚いています。それに各地へ密かに潜入させている暗部からも、有用な情報を事前に得られませんでした」
私は息子の解答を吟味する。
今回の騒動の詳細を、改めて紐解き考えた。
ザグエリ王国、カービル帝国、メイジー王国……そうして不可解な引っ掛かりを見つけた。だが憶測の域を出ない。これを口にしても良いか悩んだ。
(いかんな、長年の癖だ……)
それからフッと息を吐く。
そうだ。私はもう当主では無く、発言に対する重責も既に無い。長年の癖で、憶測を口にするのを控えてしまうのは、すぐには治りそうにもないな。
「ルマンド……モンアードに注意しろ」
「モンアード殿?金銭による和解も成立してますし、我が家への干渉や接触も全くありませんが……」
息子は私の言葉を吟味するように、顎に拳を当てて考えていた。
私は息子の考えがまとまるまで、ミルクティーの香りを愉しみつつゆっくりと喉の奥に流し込む。
「メイジー王国からの干渉や接触の背後にモンアード殿がいる?……という事でしょうか」
私の謎掛けに、正解を出した息子へ笑顔を向ける。
「確かにモンアードからの干渉や接触がない。……しかも全く。メイジー王国の、不穏な貴族との繋がりも全く見られない。普通に貴族として動いているのなら、全く無いのは逆に不自然です。そうですね父上?」
「そうだ。全く無い事が違和感だ。それに、新年祭の時の動きを知っているか?」
息子は眉をひそめた。どうやら新年祭の時の動きまでは、把握していなかったようだ。まだまだ青いな。
「自領で療養と対外的にはなっているが、リアロッテ王国に行っている」
「本当ですか父上!?」
私は頷く代わりに、笑顔を深めて言葉を続ける。
「そして会っていたのはラコア将軍だ。あの女が、エリーゼを目の敵にしているのは知っているな?」
息子は驚愕のあまり言葉を失っていた。
私もやられっぱなしでは癪だから、意趣返しができて満足だ。
「……御忠告ありがとうございます、父上」
息子が頭を下げて、謝意を示そうとしたのを、片手を上げて止める。
「まだ憶測の段階だ。しっかり裏を取れ、新当主よ」
そう言い残して、私は席を立つ。
(ワールドン王国、それとルクルか……)
ルクルとは13歳の少年だと聞いている。それが神を従えているというのは……信じ難い。
それでも、ルマンドが現当主として、そう判断するだけの何かがあるのだろう。
(ふむ、会いに行って見るか)
私が当主として認めたルマンドから、自分以上と評されるのだ。私も会って見極めてみたい。単純な好奇心からくる興味だけで、動ける今の身分は気楽だ。
私は、ワールドン王国への旅の準備を始めた。
ルマンドの心労は肥大化する一方のようです。
建国での混乱の余波は暫く続いているのですが、渦中にいるワド達はあまり気づいていません。
※その為、本編ワド視点では暫く見えてきません。
次回からは新章「ドラゴン王国の基盤作成」となります。
いよいよ第7章。本格的に内政パートが始まります。
次回は「建国祭」です。




