閑話:浴場持ち込みと必死の説得
前回のあらすじ
カービル帝国領のポロッサ村にやってきたワド達を、おもてなしする温泉組合の視点でのお話です。
ep.「物件下見・前編」~ ep.「ドラゴン建国する」までの温泉組合の若旦那ポポロ視点となります。
私はカービル帝国のポポロ。
双子のテトサと共に、ポロッサ村の温泉組合に所属している。私が温泉組合の若旦那に就任してから、もう少しで1年になる。不慣れな初年度を、周囲の支えで何とか乗り切れた。
相棒でもあるテトサの協力は、とても大きい。
双魚節も中旬になり、木々には春の花が咲き始めている。そんなポロッサ村に、金色の巨大なドラゴンが襲来した。
「はじめまして、僕の名前はワールドン。この倉庫を置くのに、良いスペースはあるかな?」
ドラゴンを実際に見るのは初めてだった。
金色に光輝き、神々しさも感じさせるその巨躯から、気軽な雰囲気で語り掛けてくる。
それに「ワールドン」という名は、国際指名手配された名前だった。
(逆らったら、殺される……)
私は、少しひらけた小丘の場所を伝えた。
「南南東の小丘はどうでしょうか?」
「丘かぁ……ちょっと傾いちゃうよね?」
「この辺りですと、一番緩やかな斜面かと思います」
「オッケー!ありがと」
大量虐殺をしたドラゴンは、気さくな態度で接してくれている。だけど、いつ私達に牙を剥くのか気が気で無い。震える私を、そっと後ろから抱きしめてくれたのは、双子のテトサだった。
「大丈夫。あのドラゴンは悪い感じがしないよ」
「テトサ……ありがとう」
抱きしめてくれているテトサからは、薫衣草の香りがした。幼い頃から2人いつも一緒だったのだが、最近は色気づいたのか、香水を使っているみたいだ。姉であり、妹でもあるようなテトサが、女らしくなっていくのは少しむず痒い。いずれお互いが結婚すれば、一緒にいる事も少なくなるのだろうか?こうして支えてくれるテトサと、距離が出来る未来は想像したく無かった。
1kmほど先にある小丘に、巨大な倉庫が置かれた。
倉庫からは複数人の男女と、猫魔族が出てくる。
彼らの様子は和気藹藹としたもので、とてもドラゴンに攫われて来たようには見えなかった。
(な、なんだアレ!?)
ドラゴンは突然、人の姿になった。
手慣れた様子で、女性物の服を身に纏う。彼らはそれに驚いたようには見えない。彼らにとって、それは普段通りの光景なのだと、なんとなく察した。
「さっきはありがとう。君の名前と、後ろにいる彼女さんの名前を教えてくれる?」
「私はポポロといいます。それで彼女は……」
「ウチはテトサです。ポポロとは双子です」
「ほら!当たったのにゃ!似てるから絶対に双子だと思ったのにゃ!」
ドラゴンが姿を変えた女性は、この世の存在と思えないほどに美しかった。どうやら、私とテトサが恋人だと勘違いしたようだ。20歳くらいの猫魔族は、私達が双子だと気付いていたと主張している。
彼らが、やんややんやと言い合っているのを、黙って聞いていた。下手に口を挟んで、機嫌を損ねる訳には行かなかったからだ。
「あ、ごめんごめん。紹介するね」
お連れの面々を紹介してもらい、ドラゴンの正体や訪問理由も明かされた。ザグエリ王国のミカド陛下は愚かと聞いていたが、まさかエターナルドラゴン様に反逆している程だとは……想像以上だ。
それに、ホリターは聞いたことがある家名だった。
(たしか、北国の貴族令嬢だったはず……)
貴族に疎い平民の私ですら、知っている。
噂がカービルまで流れてくる程の有名人で、且つ悪評が絶えない人物だ。移住候補地として目をつけられたのは、胃が痛い問題でもあった。
彼らを歩きながら宿に案内する途中で、テトサが小声で耳打ちしてくる。
「ポポロ。ここを選んで貰えるように、誠心誠意もてなすよ」
「最低限で良いと思うけどな……厄介ごとに巻き込まれそうだし……」
「ウチの直感。信じられない?」
テトサの勘には、助けられている事が多い。
私には無い感覚を持っている。信じるかどうかで聞かれると、答えは1つしか無かった。
「信じる……」
私達のやり取りは、聞かれてはいないだろう。
だけど、ワールドン様が私の心を、見透かしたような事を言い出した。
「ポポロ。テトサ。直感は大事にしなよ?あと、答えは1つでも、正解は1つじゃないよ?」
「え?……あ、はい。直感は大事にします」
「お、新しい宿発見!探偵お宿ホームズ!」
「この宿のお酒は何があるのかにゃ?楽しみなのにゃー!」
ワールドン様とカルカン様が、はしゃいで探索を始めた。ルクル様もそこに加わっていく。
私の宿紹介を、熱心に聞いてくれているのは、アルフォート様だけだ。そして何故か、噂の問題令嬢が私に話し掛けてきた。
「この辺りの宿の女湯で、転写の魔術具の撮影が映えるのは何処かを教えなさい!」
「えっと、転写の魔術具を浴場に持ち込むのは、禁止なんですが……」
「問題ありませんわ!わたくし、その宿の責任者と全力で交渉しますわ!」
「エリーゼ様、撮影でしたらウチのオススメの宿を紹介します」
私の代わりにテトサが案内を申し出た。
確かに、女湯はテトサの方が詳しい。
でも、転写の魔術具を浴場に持ち込むのだけは、流石に見過ごせない。
私は慌てて2人の後を追った。
「女将!本日、この宿を全室貸し切りますわ!お代に加え心付けとして、マナ鉱石をお譲りしますわ!」
「はいっ!喜んで!」
「貸し切りですから、転写の魔術具を許可しなさい!」
「勿論です!」
宿の女将はご機嫌で許可していた。
全室を貸し切りとは、「お貴族様のお金遣いは豪快だな」と思った。それにマナ鉱石が尋常では無い。私の目利きでも、10万カロリくらいしそうに見える。心付けの範疇を、完全に逸脱していた。
「「「またのお越しをお待ちしてます」」」
怒涛のようなワールドン様達の訪問は終わり、翌日には飛び立っていった。完全に見えなくなるまで見送った後に、テトサと軽く相談をする。
「凄い沢山お金を落としてくれたから、最高のおもてなしをするのは……いいんだけどさ」
「何?ポポロは懸念があるの?」
「いや、国を作るなんて無謀だし、ここが選ばれると思えないし、帝国も裏切れないし」
「ふーん……でもウチの直感では、ここはワールドン様の国になるよ。絶対に」
「……」
反論が思いつかなかった私は、ワールドン様が見えなくなった空を眺め続けた。
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それから白羊節の下旬までは、穏やかな日々が続いた。
だけど、それに終わりを告げる光景が空に広がっていく。
夜の闇が金色に照らされている。
空一面を覆っていたワールドン様がゆっくりと小丘に降り立った。
(テトサの直感が正しかったのか?)
「ね?当たったでしょ?」
「ま、まだここに決まった訳じゃ……」
「そんな事より、おもてなし!」
それから大慌てで歓迎の準備を始めた。
転写の魔術具を持ち込めるように、客を追い出して、貸し切りにしたりと大忙しだ。
翌日の早朝。
テトサはワールドン様が泊まられた宿の、浴場清掃を手伝っていた。
「ごめん。なんか体が火照って体調が悪くて……」
「いいよ。テトサは体調治るまで休んでて」
浴場に残っていた変わった香りを嗅いでからは、体調が悪いらしく、無理はさせられなかった。ワールドン様からの御命令で、温泉組合の全員が村の広場へ招集された。だが、浴場清掃に携わった仲居達は、参加を見合わせている。
その仲居達の様子に村の男性陣は警戒し、ワールドン様の国への転属に否定的な者もいた。
そして、集められた時に事は起こる。
「というわけで、この村を僕の国として治める事にしたんだ。悪いけど協力してくれるかな?」
「しかし、我々は帝国臣民として……」
否定派が反論しようとした瞬間、凄まじい突風が吹き荒れた。そこには、構えを取った問題令嬢が立っていた。
「ワールドン様の御言葉には、是とより早い是しかありませんわ!どうすれば、より良くお仕えできるかのみを考えるのですわ!」
「エリーゼ、物理での説得はダメだよ?」
「わたくし、殴ってませんわ!風しか当たってないので、これは寸止めですわ!」
(あれで寸止め?こ、殺される……)
「ちゃんと反対意見も等しく取り上げて民主主義として……って聞いてる?」
「わたくしがワールドン様の御言葉を聞き逃すなんて有り得ませんわ!お任せ下さいませ!否を唱える前にちゃんと消しますわ!だから反対意見は存在しませんわ!」
否定派の意見は正しかった。
反論も拒否も許されない、そんな恐怖統治が始まるのだと悟る。足が震え、歯の根が合わなく、手にも力が入らなかった。
だが、違った。
ワールドン様は女神様だと気付かされる。紡がれた言葉の数々に私達は打ち震えていた。
ーーーワドの必死の説得VTRーーー
「とにかく、危ない行為はダメ!僕は、国民全員が大切なの!大事なの!」
「どんな身分でも関係ないよ!皆が安心して笑って暮らせる国が作りたいの!」
「暴力は絶対ダメだから!ちゃんと話し合って解決していこうよ。平和が一番だよ!」
「皆の意見をちゃんと聞くの!そこに身分とか関係ないから!皆で一緒に幸せになるんだよ!」
「皆で協力しあうんだよ!暴力は僕が許さないし、どんな理不尽からも、全てを守って見せるから!」
ーーーワドの必死の説得ENDーーー
なんて慈悲深い御方なんだろう。こんな女神様にお仕えできるのは、とても光栄な事だ。
私達は気づけば全員が平服していた。
「ワールドン様にお仕えさせて下さい。こんな私達を大切に扱おうとする神様に、お仕えする事が出来て光栄で御座います。これから、宜しくお願い致します」
困惑された表情のワールドン様と、満面の笑顔のエリーゼ様が、私達の参加を認めてくれた。
ポロッサ村の村人達はワールドン王国民として、この日から生まれ変わるのだ。
この世界でも、浴場への撮影道具(魔術具)の持ち込みは原則禁止です。
エリーゼはマネーパワーでゴリ押ししました。
次回はロワイト・ホリター視点の「閑話:先代からの忠告」です。




