物件下見・後編
前回のあらすじ
建国する土地を、下見する物件巡りの旅に出ました。
ルクルが奴隷として働いていた国を訪れた際に、ルクルの失われていた記憶が、突如繋がります。
そして、ワドが虚無の女神について語る事になりました。
虚無の女神を、この世界の人々は見たことがない。
あの御方が人前に出る事は無いから。
万物、法則、輪廻の全てを超越する力を持つと言われている。それはある意味で正しい。万物を消し去る力、法則を失わせる力、輪廻を外れる力がある。
だから厄災を鎮める神として、崇められている。
それ以外は全てを消し去る神として、畏れられる恐怖の対象となっていた。
でも、そうでは無い。
誰もが意識しないだけで、虚無の女神の御力は生活の至る所にある。記憶は魂に紐づく為、輪廻の女神の管轄だ。思い出は紡がれていき、逆に恨みや憎しみも、感情と記憶の輪廻として続いていく。虚無の女神は記憶を、その輪廻を断ち切る力を持っている。それは人が、いや人だけではなく全ての生物が、生きていく為に必要な加護だ。
生きていく上で辛い記憶は、悲しみや憎しみだけで無く、強い喜びも失った後では重荷になるだろう。生きていく上で重すぎる荷物を、消してくれる優しい女神なのだ。荷物が重すぎて、生きる歩みを止めてしまわないように。
人は抱えられる記憶の重荷の、総量が決まっている。ルクルがケタの記憶を取り戻したのなら、本来のルクルの記憶を失うのは必然とも思えた。本来のルクルの記憶も残っているので、それがケタの記憶の欠損となっているのだろう。
僕は、抱えていた懸念と推論を全て伝えた。
「……そっか。忘れてたのはそういう事か……」
「リゼは虚無の女神の事を、誤解していましたの。記憶の忘却も、恐ろしい力の一端と思ってましたの」
ルクルとリゼは理解してくれたみたいだ。
僕は、虚無の女神が誤解されたままなのは、少し嫌だったんだ。誤解が解けて良かった。
皆の所に戻り、アルとカルカンにリッツを紹介する。リッツは少し不安そうに、周囲を伺っていたよ。
「彼女はリッツ。ワールドン王国の国民になる人だよ。皆もよろしくね」
「よろしくなのにゃ!」
「ワールドン様、彼女を迎えて大丈夫なのですか?」
僕はアルの言葉に少しカチンと来たので、強めの言葉で返した。
「救いたいと思う人一人すら救えなくて何が神だ。僕の王国は、僕が救いたい人を国民にするんだ。アルは何か文句がある?」
「いえ、御心のままに……」
アルは、あまりに見窄らしいリッツに最初は懸念を示したけど、僕の意思が変わらない事を知って受け入れてくれたよ。
リッツは、お風呂に入れて綺麗にすれば、可愛いと思う。健康的に少し焼けた薄い小麦色の肌も、燃えるような赤い髪も魅力がある。でも、紅緋色の瞳からは……まだ希望が感じられないな。
「皆、僕はザビケット自治区で、うまくやっていく自信が無いよ。だから、ここは候補から外したいんだけどいいかな?」
僕は皆を見渡した。皆が力強く頷いてくれる。
(ありがとう。僕の我儘を聞いてくれて……)
奴隷解放の手続きが終わるまで、村に滞在したよ。
村長にマナ鉱石をプレゼントした。
村長は「これで翼竜族からの被害が減りますじゃ」と喜んでいたね。多めにあげて良かったと思う。
「ワールドン様!わたくしと、もう一人のわたくしが全力で手続きを終わらせましたわ!」
エリーゼが合流した事で、ザビケット自治区を離れ、カシーナック大陸のモナリーガ王国へ向かった。
季節は白羊節に移っている。
カシーナック大陸へ南下した事で、鮮やかな春の彩りが眼下に広がっていた。
上空でも春の香りを満喫できたよ。モナリーガ王国の木々には、青い花や黄色い花が多く、山ごとに色合いが変わる。異世界の桜である、ソメイヨシノに相当する花は無いらしい。代わりに青紫桜が咲いていた。
緯度的にはザグエリ王国と同じくらいだけど、海に面しているモナリーガ王国は、温められた南風で温暖な気候だったね。
カービル帝国以外とは同盟関係との事なので、カービル帝国との国境に近い村を探した。
候補として、チマタ村を発見したよ。
メイジー王国やザグエリ王国と違って国境近くの資源が乏しく、カービル帝国からも侵攻を受けていないようで、平穏そのものだった。
カービル帝国は、大陸の東側では海洋方面に、進出しているらしいね。
チマタ村は畜産業で生計を立てている村だった。
チーズやバター、牛肉などは確かに良い品質のものがあったけど、流通が少ないのか絶対的に生産量が足りていないかな。若い人手不足はバンナ村と同じだった。
流通が少ない為か宿も空き家も無かったので、即席で倉庫を住めるように改良したよ。流通が少ない≒人の出入りが少ないので、あまりよそ者は歓迎されない村の風潮もあった。
モナリーガ王国の王都は、煌びやかな摩天楼のような王都だ。ザグエリ王国と同じように、重税をかけているのかと思ったがそうでは無いらしい。
僕も忘れかけていたけど、かなり昔にこの地域に住んでいた事がある。人族が生まれる前だ。住んでいた期間は3000年くらいだろうか?銀は今でも住んでいるのかも知れない。引っ越したのかも知れない。正確には分からない。
だけど確かな事は、古い地層から金と銀の高純度のマナ鉱石が出るという事だ。それで王都が潤っているみたいだね。国王は金の聖剣と銀の聖剣を、二刀流で扱う剣聖だそうだ。国民からの人気も高い。
チマタ村に滞在していた期間で、半分は雨が降っていたな。南で温められた海洋水が雲を作るとの事で、1年の半分は雨が降るらしい。
農作物としては、結構品種が絞られそうだったね。
ま、他の村ならそうでも無いのだろうけど、気候に恵まれた村は価値が高く、候補から外しているから仕方が無い。
ただ、晴れた日の朝日だけは絶景だったよ。
水平線から陽が昇るにつれて、水面が輝き始めて、全ての色が次第に鮮やかになっていく光景は、素晴らしい物だった。凪いだ海は、空とまるで映し鏡のようになっていて、ルクルとリッツはとても感動していたな。
「天候は手が出せないので、改善が難しいですね。他に比べてやれる事が限られそうです」
僕もアルの見立てに同意だ。一応、他がダメだった時の、最終候補で考えておく方が良さそうに思った。
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続いてパウス王国に向かったんだけど、ここは無いかな。他の大国に比べて圧倒的に国土が小さい。所謂小国だ。豊富な資源があるので国は豊かだけど、国土は小さい。猫魔族の国と同じぐらいだ。他の国と比べると国と呼べる面積では無いね。
だから村という感じの村落はなくて、王都とその衛星都市だけがあるという形の王国だった。この国から国土を分譲してもらうのは、諍いにしかならないのでスルーして次に向かったよ。
(ま、いつか観光では来てみたいかな)
最後の目的地であるトーハト王国は、ザグエリ王国、ブールボン王国、リアロッテ王国等と隣接している。ブールボン王国とリアロッテ王国は関係良好なので、ザグエリ王国との隣接地域で特に貧しい村を探した。
候補はロイクブーケ村だ。
ここは資源もほとんどなく、若い人手も少ない村だった。女性比率が多くて機織りなどで衣類を作って主産業にしているみたいだ。
数少ない青年のヴェストという村人に、色々と村の事情を教えて貰ったよ。
「ソルティーバ婆さん、お客様を案内してくるぜ」
「……ちゃんと案内しなよヴェスト」
ここの村長は女村長でかなりの高齢だった。流石に歩くのにも難儀している村長に、村の案内をさせるのは気が引けたのでヴェストに頼んだ訳だ。
ロイクブーケ村で僕らはかなり歓迎された。
国際指名手配の事は、村の皆が知っていたよ。流石に隣国の国境付近の村だしね。
この村ではザグエリ王国の評判がすこぶる悪い。
ザグエリ王国騎士団に家族を殺された人も多く、また盗賊まがいの被害もあるらしく、皆が目の敵にしていた。
そんな訳で僕らは歓迎されていたよ。なので心情的には村に近くて親近感が湧いたね。
残念なのは資源の少なさだ。鉱山も無く、温泉なども無い。開拓しないと農業に適した平面もない。麻や絹が多少取れるが衣類に仕立てるくらいしか活用法が無いという所だ。
「ワールドン様、たいした持て成しが出来なくてすみません……」
ヴェストが用意してくれた村自慢の甘味が、林檎に蜂蜜をかけただけのものだった。「どこの〇ーモントカレーだよ!?」ってルクルと一緒になって、ツッコミをいれたね。
麦の農作を始めるには、まずは平坦な農地の開拓から行う必要があり、前途多難な村だった。
僕らは、ロイクブーケ村の空き家を借りて暮らしていたけど、どこにするかを決める為に、協議を始める事にした。
ヴェストからは「是非うちを選んで下さい」とゴマすりされたよ。お礼にプレゼントした、ルクル特製ビールがお気に召したようだね。
(でもなぁ、僕的にはやっぱり温泉欲しいんだよ)
あと二つ大きな国がありますが、本編で触れる主要な国は一通り出揃いました。
次回は「不動産相談」です。




