物件下見・前編
前回のあらすじ
ルクルが「国を作る」という爆弾発言を投下し、建国する土地を検討する為、物件巡りをする事になりました。
回る国とルートを決めて、いざ物件巡りの旅に出発です。
まずは、カービル帝国の国境沿いの農村を探した。
2つの村を見つけたよ。僕らの評価はどちらも高い。どちらも温泉があったからね。
1つ目の村はポロッサ。
国境が近いのもあって、砦がしっかりしていた。
こちらは、村にしては割と大きくて町に近い、温泉宿も複数件あったんだ。これって温泉街っていうんだっけ?宿毎に趣が違って面白いね。
でも、国境沿いという立地な点もあいまって、観光客はほとんどいないみたい。どの宿も、経営は苦しいと言っていたよ。チップとして僕のマナ鉱石を渡したら、女将さんは凄く喜んでいた。
カービル帝国とザグエリ王国、そしてメイジー王国の国境に近くて、小競り合いが常に行われているみたいだ。カービル帝国の兵士が、湯治としてくるのがメインのお客との事。
温泉としては豊富なのに、勿体ないと思ったよ。
2つ目はシオトベ村。
国境からは海側に少し離れている。こちらは完全な秘境だ。温泉宿は1つだけだったけど、大自然の中に数種類の露天風呂があった。夜は満天の夜空が湯に映り、まるで星空に浸かっているようだった。
僕もリゼもマイティも、あまりの美しさに言葉に出来なかったくらいだよ。
この村の欠点は、交通の便が悪すぎる点かな。ほとんどけもの道で、およそ人が通れると思えないような数々の道を抜けてやっと辿り着ける。まさに秘境だったね。人との交流が少ないので候補にあげにくいけど、圧倒的大自然の露天風呂はとても魅力的だった。ここにするなら、交通面の改善が急務だね。こちらの宿へは食材を提供したよ。
どちらの温泉も非常に捨てがたいね。
マイティのマッサージも香油を新しくしたらしく、とても気持ち良かった。だから、温泉後も気持ちよく体をほぐして貰って「もう、ここでいいじゃん?」って、どちらでも思ってしまったよ。
「いやいやー、ちゃんと他も回らなきゃダメダメ~、ほらワドー、頑張れー」
ルクルに強く促されて、名残惜しいけどカービル帝国を後にした。
サトウ=ゼイノフル連合国まで僕は飛んだ。
皆があまりにも口うるさく言うから、ゆっくり目に飛んだので丸3日もかかったよ。おかげで悪天候の中で、丸1日も飛ぶ羽目になった。
カイナ諸島というだけあって、かなり小さな島が幾つもある。正確に数えて無いけど、40くらいかなぁ?
小さな船で行き来するみたいだ。今回の条件としては、島を一つ貰い受ける形で、いい感じの落としどころに出来そうではあるかな。他の国まで遠い所も良い点。ゼイノフル連合国と良好な関係を築ければ、煩わされる事も少ないように思えた。
でも温泉は無かった。
噂通りサウナ文化のようだよ?あとカルカンが寒いって騒いでいる。
異世界での3月に相当する双魚節で、氷点下は寒いのかもね。
幾つか島を巡ったけど、キスイブ村が気に入った。
サウナだけど砂に埋まるサウナで、風変わりではあったんだ。砂サウナではリゼが特に興奮していたね。
(よほど気に入ったのかな?)
キスイブ村では、ステラさんに凄く良くして貰ったよ。
古くから伝わるお菓子を出して貰ったけど、とても美味しかったな。
(それにさ、ここは人が良いよね!)
ゼイノフル連合国は、平民も貴族もとにかく人がいいんだ。とても心温まる歓迎を受けたよ。外は氷点下だけど、人々の心はとても暖かかった。
国際指名手配も、まだここまでは届いていない様だ。
ハート侯爵という貴族に、とてもお世話になったので「実は国際指名手配されている」と打ち明けたんだ。だけど笑って受け入れてくれたよ。
【伝心】を使って確認したから間違いない。
まぁ覗いたら「ミカド王の悪評は本当らしいな」と思っていたので、ミカド王よりも僕を信じてくれているみたいだ。
ハート侯爵は島間の船を手配してくれて、お代は要らないといってくれた。ここまで裏表が無い貴族当主はモンアード君以来だよ。ルマンド君ですら、腹の底に黒いものを幾つも抱えていたってのにさ。
当主じゃない貴族には、裏表無い人も結構いるよ?
その筆頭はエリーゼだね。思考を読むとマジで怖いから【伝心】はもう使わないと決めている。
1~100まで僕の事しか考えて無かったから。
(これって軽くじゃなくて、凄くホラーだよね?)
「寒いから早く次にいくにゃ!」
今度はカルカンに急かされて、慌ただしくゼイノフル連合国を後にしたよ。
次の目的地である、ルクルと出会ったビスコナ大陸へ。
カイナ諸島からビスコナ大陸までは1週間かかった。本気で飛ばせば1日で行けるけど、倉庫内が大変なシェイク状態になるからね。
(僕は自重を学んだよ!)
村を探す予定だったけれど、気が付いたらルクルがいた村に来てしまった。
……無意識って怖いよね?
「村長!久しぶりだね」
「これはこれはワールドン様、お久しぶりですじゃ」
「農奴がいるみたいにゃ。やっぱり自治区は奴隷が多いにゃ。扱いも酷いにゃ」
「ルクル、どしたん?」
「ちょっと、用事ある……」
ルクルは用事があると奴隷区画に一人で向かう。
僕はリゼに目配せしてルクルの後を追った。リゼもルクルの行動が気になったみたいだよ。
気づくとルクルは駆け出していた。その先には一人の少女がいる。ルクルよりも更に幼い。
「リッツ!」
「……ルクル?」
少女の名前はリッツというみたいだ。
僕とリゼは気配を殺して様子を伺う。ルクルと少女は駆け寄り、強く抱きしめ合っていた。
「リッツ、無事だった!?」
「うん。まだ11歳だから。来年はもうダメかも……」
「俺がなんとかする!」
「なんとかって何?……無理だよ……あたしはもう運命を受け入れてるんだ……諦めてよ……」
「諦めるな!俺が絶対に何とかする!」
ルクルは少女の両肩を強く掴んで、説得している。
ルクルが別人みたいに激昂していた。ルクルと少女の関係はどういったものだろう?
僕は気持ちが抑えきれなくなり、2人の前に出た。
「ルクル?そちらの赤髪の女の子は?」
「あ……ワド……この子はリッツ。俺を庇って一緒に奴隷落ちした」
「庇って?」
僕は話の流れが分からなくて首を傾げた。リゼも近づいてきて、少しかがみリッツと目線を合わせ語りかける。
「何があったのか分かりませんの。でもルクルが大切にしている貴女が、簡単に諦めるのは許しませんの」
「あたしだって!……あたしだって諦めたくはないよ!本当は……」
このやりとりの後で話を聞いて知ったのだけれど、奴隷の女の子は12~13歳くらいで性奴隷として扱われるようになるらしい。タイムリミットが近づいた少女は、自分の運命を受け入れて諦めていたのだと後から知った。
「できる!助けられる!ここには神様がいるから!」
「神様?あたし何度も神様に祈ったよ?でも助けてくれた事なんて一度も無いよ!」
吐き捨てるような、叩きつけるような少女の叫び。
それは縋り続けた希望の分だけ、彼女を傷つけていたように思えた。
強く握り込まれた両拳は震えていたよ。
「……僕が助けるよ。ルクル、詳しい事を教えてくれるかな?」
少女はバッと顔をあげ僕を見た。僕は目をそらさない。この少女が祈り続けたのなら……僕がその希望の光になる。その決意を瞳に込めて、見つめ返した。
「……ほんとう?あなたが助けてくれるの?」
「例え四大神に逆らってでも……君を助けるよ」
「うぅぅ……」
決して差し伸べられなかったのだろう。その少女がどれだけ願っても。だけど僕は手を差し伸べた。その手を両手で掴んだ少女は、大粒の涙を零していた。
彼女が落ち着くのを待って、ルクルが事情を説明してくれたよ。
彼女はリッツ。11歳。3年半前に奴隷落ちした。
彼女がまだ7歳の時だ。リッツは戦災孤児として孤児院で暮らしていた。リッツが4歳の頃から、ルクルとは幼馴染だと聞いている。
孤児院に傷ついた小鳥が迷い込んだ時に、ルクルが治した事があって、それからリッツはなついていたそうだ。ルクルが父親から奴隷に売られた時、リッツは庇うように奴隷商の前に立ちふさがったらしい。
それで奴隷商に目をつけられて、孤児で幼かった彼女は成す術なく奴隷に落ちた。
ルクルはここに来るまで、リッツの事を忘れていた。
ケタの頃の記憶が大量に戻った後は、ルクルの幼少期の記憶が逆に薄れているとは聞いていたけど、こんな大切な事を忘れているなんて思わなかったみたい。
(ケタの記憶も怪しい部分が多いけど、ルクルの幼い時の記憶もおかしい。虚無の女神の御力かな?)
一先ずはリッツの状況を改善しなければと思い、僕はリゼに頼んだ。
「リッツ、奴隷契約は解消するし、僕が身元を引き受けるよ。リゼ、手続きをお願いできる?」
「リゼを頼ってくれて嬉しいの。キッチリ対応するから、任せて」
そして前々から、少し懸念していた事を伝える。
「それから……ルクル。君の記憶の欠損は虚無の女神の御力かも知れない」
「ワド?どういう事ですの?」
「虚無の女神のご慈悲だよ……」
リゼに問われたので、僕が知っている虚無の女神の御力を詳しく教えた。
ケタにも教えたけれど今のリアクションを見るに、ルクルとしては覚えていないみたいだね。
人と関わる事で初めて知ったのだけれど、この世界の人々は虚無の女神を恐ろしい女神として認識している。
僕から言わせれば、あの御方は本当に優しい女神だ。
僕は虚無の女神について、静かに語った。
ルクルの記憶の欠損が明らかになりました。
ケタ記憶もルクルの記憶もそれぞれ半分ぐらいを失っています。
何かを思い出すと、心太式に何か忘れるので、思い出すのが良い事かどうかは微妙ですけど……。
次回は「物件下見・後編」です。




