物件巡り前夜
前回のあらすじ
国際指名手配されて、今後の身の振り方を相談していたら、ルクルが「国を作る」という爆弾発言を投下しました。
一同は、譲れない物件情報と回るルートを相談して、物件巡りに向かう予定です。
日をまたいで、今日は生憎の雨であった。
村を出るタイムリミットの明日に向けて、行き先とルートの最終確認を詰めていたよ。
春が近いのもあり、外は強風が吹き荒れている。明日の天候を祈るばかりだ。ビール醸造所も湿気が立ち込めていた。
「ビールの管理があるから、残りたいんだけどさー」
「ダメだってルクル、君も指名手配に載ってるよ?」
「分かってるよ。しょうがない。村の人にプレゼントするしか無いかなー……」
カルカンが切なそうに、ルクルの袖を掴み懇願した。
「ルクル氏、出来る限りは持ってきたいにゃ。この美味しいビールは革命なのにゃ。渡すのは惜しいにゃ」
「ホップは確保したし、新しい土地でまた作るさー」
渋っていたカルカンに、出来立てビールを渡す。残り少ないので、両手で大事そうに抱えて、ちびちびと飲んでいたよ。
カルカンが黙ったのでルート確認だ。
「では、まだ行ってない人が多い国から優先して回るので、最初はカービル帝国に向かいます」
アルが進行を取り仕切り、世界地図を広げてカービル帝国を指さした。
僕はルクル探しの旅で、カービル帝国の港町へはドラゴンの姿でいった事がある。メイジー王国の、モンアード領の南に位置する港町だ。
ドラゴン形態だったので、海に浮かんでいただけで文化交流はほとんど出来なかった。ポケットマネーを献上してくれた兵士長には、個人的にお礼をしたいとは思っているよ。
カービル帝国は、ザグエリ王国よりも南側の全域を支配している。カシーナック大陸の最大領土を誇る国家だ。立地的には赤道が通っている為に、亜熱帯気候らしい。南半球も領土に持っている為に、他の国とは季節感が大きく異なるのが特徴だ。
アルの話だと、カービル帝国は全ての国家の中で最も火山が多いとの事。赤道付近を中心に火山帯があり、地震も比較的多い地域との事だ。
「地震が多いのはちょっとアレだけどー、温泉が多いのは魅力かもなー」
「え!?カービル帝国って温泉多いの!?」
「ええ、同盟国でないので、私も行った事はありませんが秘湯・名湯の噂をよく聞きます」
港町で温泉の話題は無かったから、知らなかった。
「リゼも聞いたの。噂は有名よ」
「温泉が多いから、サウナが無いと聞いたにゃ。サウナ苦手だから、温泉の方が有り難いのにゃ!」
アルが世界地図に置いた指をツツツと北上させて、別の大陸の諸島群を指さした。
「こちらのカイナ諸島が、サトウ=ゼイノフル連合国です。盟主サトウの元に、複数の国が集まってる連合国です。多様な文化が混ざっているのが特徴ですね」
「ブールボンより北なのにゃ……絶対に寒いのにゃ」
「ん、そうね。でも双魚節になって寒気もかなり和らいだと思うの」
カルカンは寒いと動きたくないって言っているから、寒い国は嫌なんだろうなと思った。だけど、僕は結構興味あるよ?だって、僕は寒くても平気だし?
「多様な文化ってのには惹かれるなー」
「僕も。カイナ諸島は行ったことないから楽しみ!」
更にアルが世界地図の上の指を動かして、東の大陸を指さした。ルクルと再会した大陸だ。
「こちらのビスコナ大陸が、ザビケット自治区です。旧マキヤス王国と、旧ビスコナ王国が崩壊した後の、民衆主導の自治区になります」
「へー、俺が農奴として働いてた所は、民主主義だったのかー……知らなかったなー」
僕は人差し指を顎に当てて、思い返す。異世界と、この世界の民主主義は、かなり違っていたはずだ。
「僕が勉強した範囲では、ルクルの前世と比べてかなり劣悪みたいだよ?」
「ふぇ!?そうなんー?」
「リゼも頭から民主政治を批判するつもりは無いの。でも、あの自治区は最悪ね。秩序が機能してないから奴隷が横行してるし、奴隷の扱いも底辺ですの」
リゼが補足してくれた。アルも民主主義について思う所があるみたいで、詳細な事を述べ始める。
「姉上の言う通りです。貧富の差が激しく、全てが自己責任の為に、自衛が出来ないものは生活が苦しいと聞きます。ただ、身分制度が無い事の利点や独自文化もありますね」
「なるほどねー。まだまだ未成熟な民主主義って訳か。そりゃー大変そうねー」
ルクルが納得した所で、次の候補地に話題が移る。
アルがザグエリ王国の東側を順に、3箇所をトントントンと指さした。
「モナリーガ王国、パウス王国、トーハト王国です。ここまでを今回は候補として回りましょう」
「リアロッテ王国は何故いかないのかなー?あとさ、カービル帝国の南にある大陸はー?」
「リアロッテ王国のラコア将軍と、あの子が揉めてるから避けた方が賢明ですの」
(思い出した。やたらと好戦的な女の人だったな)
「あぁー、僕、あの女将軍さん苦手だよ」
「ワドのやらかしの巻き込まれた人かー」
「ちょっ……僕は悪くないし!エリーゼが勝手に暴走したんだから!」
「ワド……ごめんなさい」
僕が弁明していると、リゼが深く頭を下げて謝罪した。
「リゼは悪くないよ。やらかしはエリーゼだからね」
「あの子の事は、リゼの責任だから。ごめんなさい」
ふたたび頭を下げられて、僕は少し困った。
「これからは気を付けてくれるんだよね?」
「勿論、約束しますの」
「なら、これでこの件は終わり!いいね?」
リゼは軽く口元に手を当てて微笑んだ。そうだよ。リゼには笑顔のほうが似合うんだから。
カービルの南にある大陸は人よりも、狐魔族などが国を作っていて治安が悪いので、今回は見送るとアルから補足説明があった。
「今回は建国の土地の下見なので、王都などの観光は省きます。あくまで、貧しい農村を中心に幾つか見て回る事になります」
「質問ある人いるー?」
僕は首をフルフルと振った。皆からも質問は上がらなかった。
「じゃあ、俺から少しだけ補足するねー。今回はあくまでも下見。候補選定が主だからね。あと、気楽にね。建国した後に遷都も出来る訳だし、消極的になるよりは、積極的に良い点を評価していこー!」
「「おー!」」
「ん、分かったの」
「確かに、遷都も可能ですね……」
明日の出発に向けて、早めに休みを取る事になった。
夜には雨もあがっていたから、明日は晴れるだろう。
解散した後の夜更け。
リゼが井戸の所に移動していたので、コッソリ後をつけた。井戸水で何かを洗った後は空を見上げている。僕はゆっくり近づいて声を掛けた。
「リゼ、こんな遅くにどうしたの?」
「ワド!?驚いた……いつから見てたの?」
「……何かを洗ってた所から」
「ちょっと、あの子のお気に入りを汚しちゃったの。あの子にはナイショにしてね?」
そういうと顔を赤らめたリゼは軽くウインクして、視線を満天の星空に戻した。
何か、物思いにふけっているみたいだ。
「旅の事で何か気になるの?それともこの村の事?」
「バンナ村の思い出も、これからの旅の思い出も……リゼとあの子は皆と違って、半分ずつしか得られないんだなーと思ってたの」
そうか。言われてみればそうだった。世界を回っても半分しか見れないのか。
「良ければ僕が伝心で伝えるけど?」
僕がそう提案したら、リゼはビクッと体を震わせた。暫し無言の時間が流れる。
(気まずい……余計なお世話だった?)
「どうしても知りたくなったらお願いするの。今日はもう寝るね。おやすみワド」
「う、うん。おやすみリゼ」
何故か、急に話を切り上げられてしまった。
(あ!)
そういえば【伝心】した時に、エリーゼと楽しそうにしている僕を見るのが辛いと言っていたのを思い出した。
僕ってば、無神経な発言しちゃったよ。今度、リゼに謝ろうと思う。
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夜が明けて清々しい朝が来た。
雨上がりの春の香りが心地よい。朝食を摂った後、村長や、リベラさんに、別れの挨拶を済ませた。
「ワールドン様!安全飛行でお願いしますにゃ!」
「ワドー、今回はマジで頼むよー?」
「ワールドン様、御手柔らかにお願いします。何卒」
「ワールドン様!わたくし全力で物件下見しますわ」
僕は前回やらかして、皆からの信用が失墜していた。
そろそろ名誉挽回しないとなと思いながら、ドラゴン形態にメタモルフォーゼする。今回は光タイツでガードして、トリプルアクセル込みの変身ポーズを決めてみた。
ルクルが左手を顔面に当てて、フルフルと頭を振っている。
(あれ?結構いい感じの変身バンクだと思ったんだけどなぁ……)
皆が倉庫に乗り込むのを待って、ゆっくりと倉庫を持ち上げる。
今度こそは安心&安全の旅を心掛けるよ!(あくまで予定だよ)
リゼは、エリーゼとワドが楽しそうにしてるのは、微笑ましいと思っています。
単に伝心を受け取るのがトラウマなだけです。
恐怖で震えてるのがバレたくなくて、早めに会話を切り上げてます。
ま、ワドは勘違いしたままですけどねw
次回は「物件下見・前編」です。




