新しく生まれたもの
前回のあらすじ
ルクルの暴走により、新しいビールが爆誕。
(ついでにカルカンの誕生節のお祝いもしました)
そして、ザグエリ王国からの発表で、妊婦のリベラは夫の訃報を知りました。
凶報というのは、連続でやってくるようだ。
リベラさんの夫の訃報、その翌日には王都崩壊で死者約7000人の発表(負傷者は0人)
その翌日に王都再建の為、さらなる増税の発令。
特に酒税は、これまでの3倍に跳ね上げるとの通達だよ。
そして、ワールドンを名乗るドラゴンに、国家転覆罪での国際指名手配が発令された。
リベラさんの夫は、騎士爵を手に入れたらしい。
従騎士からの出世だ。でも年金や慰労金などが出る訳ではなく、単に名誉として与えられるそうだ。
(リベラさん……大丈夫かな?心配だよ……)
リベラさんの体調が良くないのもあって、まだ会いに行っていない。
会っても何と言っていいのか、僕には分からないんだ。
(それにしても……)
王都の死者数も、予想以上に多かった。全て癒したので、負傷者はいない。寿命が尽きた人が、死者として計上されていた。王都の人口は約25万人との事なので、約2.8%の人が寿命を迎えてしまったみたい。
増税も深刻だった。今までから30%増との事だ。ザグエリ王国は、ミカド王の治世になってからは増税に増税を重ねて、5割の税金になっている。今回の再建増税で、6割5分まで引き上げられた。村長は立ち行かなくなると嘆いている。
それに酒税の方も深刻だ。バンナ村は酒の売上が収入の大半を占める。今回の酒税では、一般の財布の紐が固くなる。バンナ村としては、大打撃になるのは必至だった。
(そして、国家転覆罪……)
「まさか、指名手配されるとはねー」
「懸賞金の額が凄まじいですね。300億カロリですよ?払う気は無さそうですが……」
「ミカドというお馬鹿さんを、今から始末しておきたいの。ワド、許可してくれる?」
「ダ、ダメだよリゼ、落ち着いて」
「ザグエリ王国は、神様に逆らってどうするつもりなのにゃ?」
僕らは指名手配に対し、どう動くかを決めかねていた。そこに、村長や村の代表団がやってきたよ。
「ワールドン様。村のために、色々骨おってもろて、ホンマ恐縮やけど……これ以上、匿う事はできまへん……近いウチに出てってくれまへんか?」
「わかりました。村長をはじめとした村の皆さんには、大変お世話になりました」
ルクルが僕らを代表して、村長に回答したよ。
3日後には出て行く事になった。どうして、こうなってしまったのか。悔やんでも悔やみきれない。
ただ、国際指名手配は悪い事だけでも無かった。
ブールボン王国やメイジー王国をはじめとした北側諸国は、僕の受け入れを表明したんだ。懸賞金はどの国でも有効だから、ハンターには狙われるけど、匿ってくれる国があるのは救いだった。
「村長!大変や!リベラが……」
こちらに駆けてきた少女が、リベラさんの容態が急変したと叫んだ。
「産気づいたんか!?村の女衆を総出で集めな!男衆は声掛けに出てくれな!」
「「任せや!」」
凄い勢いで、散り散りに動き出す。僕は村長に声をかけた。
「僕も出産に立ち会っていいかな?」
「リゼからもお願いしますの。従者のマイティは、赤子を取り上げた経験もあるの」
「経験者は有り難い。村に残ってるんは、足腰の悪い年寄りばかりやで……先ほど出ていけゆうた手前、心苦しゅう思うけど、手伝ってくれまへんか?」
僕らは快諾して、リベラさんを連れて近くの小川まで移動した。家の中での出産は禁忌とされている為に、大自然の中での出産だ。ルクルが、しきりにあり得ないと言っていたよ。
出産の立ち会い未経験の僕とリゼは一歩引いて、道具の用意や消毒を手伝った。消毒はルクルの指示だよ。マイティはリベラさんに張り付いて、励ましの声を掛け続けている。村の老婆達は神に祈っているだけだ。
日が沈み辺りが暗くなったので、灯りの魔術具で光源を確保した。
「……逆子ですね」
マイティが苦い顔でポツリと呟く。お腹を切り裂いて取り出さないと、母子共に危険との事をマイティに伝えられた。
「お腹を切り裂くって、リベラさんは大丈夫なの?」
「ブールボン王国の王都病院なら手術の実績もありますが……ここでは難しいでしょう」
マイティが、リベラさんの助かる確率を述べている。どうにかならないの!?
僕は慌てて遠くで待機中のルクルに【伝心】した。
『お腹を裂いて赤子を取り出すんだって!リベラさんの生存は絶望的だって!なんとかならない!?』
『落ち着けワド』
『だって!だって!リベラさんが!』
『落ち着け。お前には癒やしの力があるだろ?ガンバレよー神様!』
『そ、そうだった!僕やるよ!』
マイティに赤子を取り上げた後、傷口をできるだけ合わせられないかと頼み込んだ。
「それ……リゼがやりますの。最近はワドの為に編み物や裁縫をしてたから……出来ると思う……いえ、出来ますの」
「……お嬢様、時間との勝負ですよ?」
「マイティ、リゼを誰だと思ってるの?」
マイティとリゼは頷きあったよ。
そして、帝王切開が始まった。僕は祈る気持ちで見守る。どれだけ時間が過ぎただろうか?辺りはリベラさんの血で染まっていた。
「オギャー!オギャー!」
赤子が取り出され、少しすると勢い良く泣き出した。赤子は老婆に預け、リベラさん救出に全神経を注ぐ。
「ワド!今ですの!」
リゼから合図があり、僕は慌てて光のブレスをリベラさんに当てる。焦ってしまい、力が入ってしまった。不安を押しやって、リベラさんの様子を伺う。
「お、おおきに……おおきにやで……ワールドン様」
リベラさんは一命を取り留めた。良かった。僕でも役に立てる事があって、本当に良かった。これまでの凶報続きで、心に渦巻いていた焦燥感が久々に消えていたよ。
「ワールドン様、この村を出ていかれる前に、この子に名前をくれへんか?ウチ、一生懸命育てるさかい」
「僕?僕でいいの!?」
「命救ってくれはったワールドン様に頂きたいんや」
「わ、分かった。考えるよ!」
「えらいおおきに」
その日は、リベラさんを連れて村まで帰った。リベラさんは産後であるにも関わらず、自分の足で元気に歩いていたよ。ちょっと癒やし過ぎたみたいだね。
翌日の朝御飯時に、僕は名前についてルクル達に相談した。
「ワールドン様がつけられた名前ならどんな名前でも喜ばれますわ!絶対に大丈夫ですわ!」
「俺もエリーゼ様の意見に同意だよー。ワドがこれと思った名前にしなよー」
「でも、僕ってさ……少し、そう少しだけ常識知らない事があるかもだし?」
皆は笑顔で応援してくれるけど、僕、本当はちょっとだけ、そう……ちょっとだけ常識に自信がないんだ。
「ワールドン様、[サケ]はどうですにゃ?私はどっちの意味でも大好きにゃ!」
「カルカン!一生ものの名前でネタに走らないで!」
「キラキラネームもありじゃないー?」
僕は[がんばるぞい]ジェスチャーを、細かく何度も繰り返して抗議した。
「ルクル!ちゃんと!真剣に!考えて!」
「ワールドン様、候補の一覧を用意しますか?その中から検討されては如何です?」
「アル!流石、常識担当だよ!有り難い!」
ザグエリ王国の平民に使われている、一般的な名前のリストを、アルが作ってくれた。ありがたや。
(うーん、結構候補が多いなぁ……)
僕は、取り上げられた赤子を思い返していた。
とても小さかった。小さ過ぎて、ドラゴンの頃は見ることも無かっただろう。マイティの指を掴んだ小さな手が、印象に強く残っている。
(よし、決めた)
僕は、お昼過ぎにリベラさんの家を1人で訪問し、子供の名前を告げた。とても喜んでくれたよ。
結局、旦那さんの死の真相は伝えられなかった。
その後、ビールの醸造施設の所に皆で集まったよ。僕は気が抜けたのか、突っ伏して寝そべっていた。
酔ったカルカンが、隣でぐーすかぴーと寝ている。
「ワドー、結局どんな名前にしたんー?」
「ワールドン様!わたくしも知りたいですわ!きっと素敵なお名前ですわ!」
「ワールドン様、リストは役に立ちましたか?どんな名前を選んだのですか?」
皆に口々に質問されて、僕は恥ずかしい気持ちを抱えながら、名前と選んだ理由を話した。
「アルに用意して貰った一覧から選んだよ。名前は[ビット]にした。ルクルの前世の電子情報の最小単位だったよね」
「へー、ビットかー。いいじゃんかー」
僕は目を閉じ、赤子を思い出しながら語った。
「理由はね。今は小さな手だけど、いつか大きな事を成し遂げる手に……なって欲しい思いを込めたんだ」
「素敵ですわ!本当に素敵ですわ!」
「リストがお役に立って良かったです」
僕は数千年もの時を生きてきて、初めて生命の誕生に立ち会う事が出来た。
それは僕の中に、温かな気持ちを与えてくれたんだ。
(この感情に名前はあるのだろうか?)
僕の中に、何か新しい気持ちが芽生えていた。
寿命や生殖機能を持たないワドは、これまで出産に立ち会う事がありませんでした。
億単位で生きているワドの初めての経験。
新しい感情をまた一つ得ます。
次回は「国を作っちゃう?」です。




