閑話:コレクション奪還失敗と約束
前回のあらすじ
住処に隠していた、ワドの大切なコレクションは、全て盗まれていました。
奪還作戦を実行し、交渉は決裂しました。ルクルはその事をリゼに追及されます。
この閑話は、ep.「転写の魔術具」の直後から、ep.「妊婦のいる村訪問」までのルクル視点です。
俺はどうするか悩んでいた。
「僕のコレクションを取り戻したいん!協力ヨロ!」
強く肩を揺さぶられながら相談された内容は、大切なコレクションを取り戻す事。だけどそれは単純ではない。
昨夜遅くから今朝まで、騎士団と激戦を繰り広げていた。その相手から取り戻すのである。
騎士達から集めた情報だと、エターナルドラゴンと知った上で、財宝を盗みに入っている。
あれでも神様だ。そんな相手に盗みを働くとは正気の沙汰ではない。
まともに交渉できるかも怪しかった。
(理詰めでの交渉は裏目かな?)
相手の行動原理を理解しようとしても、よく分からなかった。たかが少しばかりの財宝と、国家の存亡を天秤にかける行為が、どうにも理解できない。
(クソッ、思考の迷路にハマってるな)
そのままでは上手くいかないと考え、発想を変えるべく前提条件を崩してみる。
3つの前提を変えてみて検討し直した。
・国家では無く一個人が利益を求めた場合。
・財宝が世界中に影響する価値を持つ場合。
・盗む対象が神では無く単なる魔獣の場合。
個人が利益を求めたケースは、それだけでは整合性が合わなかった。
関わっている人数が多すぎる為、実行に移すにしてもハードルが高い。周囲全てがリスク度外視で動くとは思えなかった。
財宝が世界を一変させるほどの価値を持つケース。
それを1つの国家が手に入れたのなら、間違いなく戦争の火種になるだろう。神と同時に他国も敵に回すなど、愚行にも程がある。それに俺は、コレクションの大半が、ガラクタだと知っていた。
ワドにとっては大切でも、ほとんど無価値だろう。
俺と遊んだ時に作った物が、大切なコレクションといって他のと同様に扱われていた。
囲碁やオセロや将棋などだ。
ワドのお手製で、マナ力場を工夫して作っていた。
かなり不格好だったが、苦労して作ったそれらをとても大切そうにしていた。
ワドが単なる魔獣だったケースはどうか?
それでも国をあげてガラクタを盗みに入るのは、不自然に感じる。労力の割にリターンも小さく、他の事に注力した方が有益に思う。
そこまで考えて、ふと気付く。
(……もしも3つとも前提が崩れたら?)
全てが綺麗にハマった。
国の命運をかける価値の財宝があり、相手はただの魔獣である。付随する面倒事を考慮せずに、個人が決定を下したのなら……あり得る。
ワドの常識にはおかしな所がある。無造作に扱われていた物の中に、高い価値を持つものがある可能性は否定しきれない。
キッカケが個人の独断だったとしても、ローリスク・ハイリターンであれば周囲も積極的に反対はしない。
(とすると変えるのはワドへの認識か……)
要はナメられているのだ。神といっても大した事はしないだろうと。
尋常では無いリスクを犯している自覚が無いのだ。
この大陸の北側諸国で温厚なドラゴンと認識されているのも、ナメられている原因の一つかも知れない。
奪われた財宝も、既に起こした行動も変えられないが、ワドへの認識を改める事ならできる。その為には、犯した罪には毅然と対応する神である事を示す必要があった。そうで無いと今後もこのような事態が相次ぐだろう。
俺は、神である事を前面に押し出し、神罰も与えるプランで作戦を立てた。
─────────────────────
リゼにもアルにも問題無しとの評価を貰う。どうやらリゼは独自で動こうとしていたみたいだが、この作戦なら別口で動くのは逆効果と判断したようだ。
(神がコソコソと裏工作するのはイメージ悪いもんな……で、問題は……)
問題はワドの好みとは違う作戦と言う事だ。
力でねじ伏せるなんて考えてもない。
エリーゼ様に付きまとわれていた時も、ワドの力ならどうとでもできたのにそうしなかった。怪我しないように大切に扱っているその姿を見て、ワドがエリーゼ様に好意を持っている事に気付いたんだ。
人との交流が少ないワドは、人に嫌われるのを恐れている。
本人に自覚は無いが、これまでの言動からも確実だ。
だが意を決して、作戦を伝える。
「これが作戦の全容なんだけどー」
「僕がやるの?ねぇ僕じゃなきゃダメなのかなぁ?……こんな事したくないよ?」
やっぱりやりたくないと言い出した。
ザグエリ王国とも仲良くして行きたいのだろう。だけど、ナメられたままでは芳しくない。
今回の襲撃では、幸運にも仲間から死亡者が出なかった。それがいつまで続くかは分からない。親しくなった友達を失ったワドが自暴自棄にでもなれば、それこそ世界にとっての脅威に成りうる。
たとえ俺が嫌われ役になってでも、その芽を摘んでおきたい。
「建物は被害でるけど、すぐ癒やすだろー?なので怪我人すら出ないよー。だから安心しなよワドー」
「うーん、でもロアンヌちゃんの宿みたいな、貧乏な所は困るんじゃないの?」
今日は鋭いな。
貧乏人にとっては家が無くなるという最悪の天災だ。しかもまだ1月で凍える寒さ。
中にはワドを恨むものも出るだろう。でもここで引く事はできない。
「大丈夫。こんな時に補償したり、民の為に動くのが国家なんだからさー。蓄えた財産から分配されるはずだよー」
「だといいけど……僕、やだな……」
渋るワドに人的被害は出ない事を強く推して、無理矢理飲み込ませた。俺とワドで行く事になり、皆が見送りに来ている。
「ルクル……ワドをお願いなの。無茶だけはしないでね?……約束なの」
リゼを安心させるよう、俺は笑顔で言葉を返した。そしてワドの背中を叩き出発を促す。
倉庫なしで空を飛ぶのは久しぶりだ。
凄く怖い。だけど、俺が支えてやらなきゃ。
─────────────────────
王都での流れは用意していたパターンBの通りに進行していく。すぐに返却してもらえるパターンAは虫が良すぎるから無理とは思っていたが、ワドは期待していたみたいだ。
『ね、ねぇ……ほんとにやるの?』
『仕方ないよ。あ、王宮の脇の方を狙ってー。なるべく市街地には影響少なくねー』
『や、やるのかぁ……』
次の指示を出して、咆哮を撃たせた。
それは世界が割れる音だ。咆哮が大地を粉々に破壊するうねりとなって一瞬で駆け抜ける。威力を最小限に抑えるように指示していたが、それでもここまでの被害になってしまった。眼下に広がるそれは、まさに地獄かこの世の終わりに見える。
体の震えが止まらない。
これを俺が指示したのか?頭が真っ白になった。それを引き戻したのはワドだ。
眼下で泣き叫ぶ人々から目を背けようと身じろぎして、俺は振り落とされそうになる。その恐怖が俺を現実に引き戻してくれた。慌てて次の指示を出す。
『ボケっとするな!やり過ぎちゃったのはしょうがない!早く次を!』
予定通りに光のブレスが放たれた。王都を全て覆う規模のブレス、これで本気じゃないとは畏れ入る。火災も収まり、人々が癒やされ歓声が次々とあがる。作戦通りに死傷者を出さずに済んで、心底ホッとした。
だが……
『ルクル!僕のせいで寿命が尽きた人達がいるみたい!どうすればいいの!?』
ワドから【伝心】された共有内容は、俺の想像を遥かに超えていた。目の前で家族が息を引き取る光景と、泣き崩れる遺された家族が幾つも……幾つも共有された。数百?数千?尋常ではないイメージ共有の海に溺れそうだ。
俺はワドに謝罪した。
なんて浅はかだったんだ。全て読みきった気になっていた。ワドに大量殺人をさせてしまった。俺の心の中は後悔でぐちゃぐちゃだ。でもそれを悟らせる訳にはいかない。
『大丈夫!リカバリーは任せてー』
極めて明るく振る舞った。
ワドは被害者の人々から【伝心】するのに夢中だ。幸いな事に、俺の深層心理を読む余裕はないようだ。
なんとか予定通りに、王を交渉の場に引きずり出せた。だけど、考えられないほどに愚かな王だ。
王宮からだと、市街地の被害が見えていないのだろうか?
国を滅ぼせる存在を前にして、行う交渉としてはあり得なかった。
(ここまでのは、流石に想定してないぞ……)
駄目だ……さっきのイメージ共有が強烈で頭から離れない。冷静な思考が出来ないので、問題を先送りにして引き上げる事にする。
復路の空は、高所恐怖症を忘れていた。
とにかく今後のワドのメンタルケアと、リゼにどう謝罪するかで頭がいっぱいだった。
(帰ったら、リゼに怒られるな……)
皆のもとに帰ると、事情を話す間もなくリゼに2人きりで話がしたいと連れ出される。
薄暗い部屋で経緯を話すと……リゼは荒れた。
日没まで責める言葉が続く、寧ろ責めてくれて助かった。誰からも責められなかったら、俺は罪悪感で立ち直れなかったかも知れない。
責められる事で、ワドやリゼのケアをちゃんとしなければと自然に思えた。
アルからエリーゼ達がもうすぐ誕生節だと聞いていたので、それを使おうと考えて提案したら、リゼから思わぬ返事がくる。
「信頼してるの。ルクルなら私の望みを叶えてくれるでしょ?」
正直、ドキッとした。
ほとんど真っ暗に近い部屋の中で、至近距離に近付いたリゼから囁かれて。
内心の動揺を抑え、必ず叶えると約束をした。
その後、皆に合流して宴会に参加すると、ワドに妬かれてからかう言葉をかけられる。リゼはしれっとした顔で軽口を返した。
「……ええ、リゼとルクルはとてもいやらしい事をしていたの。とても人には言えないの。やらしい秘密だから、ね?ルクル」
近くに寄った時のリゼの良い香りが、まだ鮮明に焼き付いている。心臓の鼓動がうるさい。
俺は動揺を悟られないように軽口を叩いた。
トランプの時もそうですが、ルクルがゲームなどを用意する時は、ワドの為です。
ワドが自分自身の行動の罪悪感で、押し潰されないように……気持ちを整理して受け入れられるまで、時間を稼ぐようにしています。
とはいえ、傷口をグリグリもしますw
ワドは皆で遊ぶのに夢中で、そんなルクルの配慮なんかは、いざ知らずです。
次回から新章「悠久のドラゴンは自国を建国する」になります。
次回は「ビール造り」です。




