閑話:夜の戦いと負けられない遊戯
前回のあらすじ
ワドの住処に王国騎士団が、盗みに入っている所を見つけて戦闘になりました。
そこからザグエリ王国との交渉決裂を経て、村の改善からボードゲーム作成&対戦へと物語が進みます。
この閑話は、ep.「泥棒騎士」 ~ ep.「ボードゲーム作成」までのリゼ視点です。
銃声で目が覚めた。
隣にいたマイティに状況を尋ねたけど、マイティも状況が飲み込めていないようだ。
すると、倉庫の外からカルカンの大声が届いた。
「ボンが撃たれた!マイティ!ボンの手当てを頼む!ジャックは敵の増援を妨害!……にゃ!」
よほどの緊急事態なのか、従者を普段は敬称を付けて呼ぶのに、今は呼び捨てだった。
(本当に、緊急事態のようね……)
マイティはボンを倉庫内に運び込んで、ジャックは敵の増援の妨害に出ていった。
どうしてあの子が私を頼る状況になったのか気になるけど、それを確認している余裕はない事が分かるの。
私は2丁の銃を用意して、弾をこめる。カルカン程ではないけど、かなり高性能な銃だ。成人の誕生節に、お兄様からプレゼントされた大切な銃。
それを握りしめると、ひんやりとした鉄の質感が手に広がった。
マイティが、ボンの応急処置を終わらせたのを見計らって、私達は倉庫から出る。
「カルカン、敵襲ですの?状況を教えて欲しいの」
「こいつらワールドン様の敵にゃ!さっきもワールドン様に銃弾を当ててたにゃ!今、無力化中にゃ!」
「そう……わかったの」
ワドの敵は1人も逃さない。そう思った時には、既に走り出していた。
(やっぱり、リゼもあの子と同じね)
どれだけ冷静になろうとしても、大切な事に触れると本能で行動する事を止められない。
でも、ワドの敵はどうしても許せなかった。
何も言わなくても、色々と汲み取って並走してくれるマイティ。本当に信頼できる優秀な従者ね。逃走する敵を倒す事も分かっていて、敵の逃走ルートの先へと牽制弾を撃っている。
マイティのサポートで、敵の逃走速度が鈍ったのを見逃さない。私は懐に飛び込んで掌底を鳩尾に叩き込む。すると騎士は吹き飛ばされて、木々を3本ほどなぎ倒した所でやっと止まった。
(威力があり過ぎるの。手加減しないと……)
ワドの近くに居続けた事で私達は進化して、人が持つには大き過ぎる力を有している。手加減はしたのに今の威力だった。もっと手加減する必要を感じたの。
ワドは優しいからなるべく殺さない方が喜んで貰える。殺してしまうと、申し訳なさそうな顔をいつもするから。
(全員を生け捕りにして、ワドに攻撃した事を一生後悔させるの)
私に殺到する騎士を左右の腕の腹で薙ぎ払う。
裏拳は威力があり過ぎると思った為、肘も手の甲も避けて中腹で払い飛ばしたの。それでも木を1本なぎ倒す程度には、騎士達は弾き飛ばされた。
銃に狙われたのを感じた私は、反対側の敵に当たる立ち位置にそっと微調整をする。射撃の瞬間だけ最小限の動きで躱すと、面白い様に同士討ちをしてくれた。
左手の銃と格闘術で敵を倒していく。小剣も右の回し蹴りで叩き折りつつ、同時に数人をまとめて薙ぎ払った。銃で狙われる時は、同士討ちを狙えない時だけ銃で反撃し、弾数を節約していく。
(危ない!)
何度目かの同士討ち狙いの時に、この射線では対角線上の敵が絶命すると悟る。私は咄嗟に銃弾を掴んだ。高い身体能力のおかげで弾は止まったけど、手に傷を負ってしまう。
(傷を知られたら、ワドが気に病むかも知れないの)
そう考えただけで私の中の何かが弾ける。
その瞬間、マイティが大声で叫んだ。
「お嬢様!攻撃は当てず風圧だけで充分です!」
何故かその声は良く聞こえた。
(マイティを信じる!)
私は右回し蹴り、左後ろ回し蹴り、右足刀蹴りと素振りをする。すると風圧だけで周囲の騎士や木々が吹き飛ばされて、爆心地である私の足下はクレーターのようになっていた。
(あの子のリミッター解除状態は、凄いの……)
いくら人を超える力を手に入れても、人の記憶が邪魔をするし、自分自身を傷付けないようにセーブしてしまうもの。でもあの子はそれを、自分の意思で取り払う事ができる。だから規格外である人外の力を、遺憾なく発揮していた。
私には意思で外す事ができない。ワドの為に動く時に無意識で作用する。
(マイティに、後でお礼言わないと……)
私のリミッターが解除された事を感じ取ったマイティがいなければ、辺りはとっくに血の海だったと思う。私は細心の注意を払い、[当てない]攻撃を、敵に浴びせ続けた。
地形が変わってしまったけど、逃走する敵を全て制圧できた。
既に拘束を始めていたジャックと、マイティに追加の拘束を依頼して、先にワド達の元へ戻る。
「リゼ!マイティは!?」
「無事よ。ジャックと一緒に敵を拘束してるの」
(掌の傷は、絶対に気付かれないようにしなくちゃ)
「こ、殺してないよね?」
「まぁね。あの子だったら今頃その辺が血の海よ?」
「た、確かに……」
手をキツく握って、ワドとの会話を不自然にならないよう軽めに切り上げる。するとルクルが近寄って話しかけてきた。
「今回の件、どうしようかー?」
「ルクル、大事にはしない方がいいのね?」
ルクルがワドから見えないように立ち位置を調整して、私の手を両手で包んだ。ルクルから癒しの力が流れてくる。
(まいったな……なにもかもお見通しなの?)
傷を癒し終えたルクルは、ニカッと笑って軽い口調で普段通りの振る舞いをする。
「うん、流石に皆殺しにして口封じする訳にもいかないし、今回の件は穏便に伏せておきたいかなー」
「だったらリゼに任せて欲しいの」
会話の途中で、ワドが私とルクルの間に割り込んで来た。焦ったその表情はいつものワドだった。
良かった。全く気づいていないみたい。
(ルクル、ありがとう)
ワドに注意されたから、穏便な秘密の共有をしたの。その後にワドの撮影をコッソリしていた事がバレて、マナ石を没収されたのと撮影禁止が、とても悲しかった。
それから、ザグエリ王国の王都に乗り込んで、ワドの私物を返して貰う話になったの。私も動こうと思っていたのだけれど、ルクルの提案内容だと動かない方が良さそうね。
「ルクル……ワドをお願いなの。無茶だけはしないでね?……約束なの」
「分かってるよーリゼ、任せてー」
ちょっと過激な案だったから少し心配ね。ミカド王は良い噂を聞かないし、交渉が決裂する事でワドが悲しまないかが心配なの。
心配しながら待った。そうして帰ってきたワドは、いつもより大量の光ガードを出した事に驚いた。
(ワドが、今の自分を見られたくないと思ってる!どうして!?)
ワド自身は気づいて無いけど、引け目を感じている時には光が多くなるの。
私は真実が知りたくて、ルクルだけを呼び出した。
「ルクル、こちらに来て……リゼと二人きりでお話ししますの」
ワドが同席したがったけど断った。そうじゃないと本当の事を聞き出せないから。
ルクルから真実を聞かされた私は取り乱した。
「貴方がついていながらワドを落ち込ませるなんて!どうして慎重に動かなかったの!」
「ごめん……配慮が足りなかった……」
完全に八つ当たりだ。
作戦を聞いて寿命の問題点を指摘できなかったのは全員なのに、それをルクル1人に責めるのはフェアじゃない。そんな事は分かっているけど、ルクルを責める言葉が止まらなかった。
一方的に責め続けて、謝らせ続けた。酷い女だ、私。
いつも助けて貰っているのに。
そして、ルクルからお詫びの提案があったの。
「ワドの気持ちを楽しい事で上向きにしつつ、リゼのご褒美も獲得するのはどうかな?」
「ワドが楽しむリゼのご褒美?」
ルクルの前世のゲームで遊んで、優勝賞品にご褒美をつけるという提案だった。
「俺が勝ったら、リゼの誕生節のお祝いをするように話するよ。とはいえ、まだ優勝賞品の提案が通るかは半々だけどさ」
「信頼してるの。ルクルなら私の望みを叶えてくれるでしょ?」
半々と言っているけど、通せる自信が無ければ期待させるような事は言わないの。それほど長い付き合いじゃないけど、そのくらいは分かるの。ワドを手玉に取って、思い通りの結果に導くでしょうね。
でも、やるからには自分で勝ち取ってご褒美をおねだりしたいの。
私がおねだりして、それにワドが応える。それを想像しただけで体が熱くなるのを感じる。絶対に負けられない。
戻ったら、ワドにヤキモチを妬かれたの。
(……凄く、嬉しかった……)
「……ええ、リゼとルクルはとてもいやらしい事をしていたの。とても人には言えないの。やらしい秘密だから、ね?ルクル」
「え!?そこで俺にふるのかよー!ま、まぁ秘密だよなー」
ワドが【伝心】しにくいように、ヤキモチを刺激するような言葉を使う。
(ふふっ、妬いてるワドも可愛い)
数日後。
いよいよ決戦が始まった。2日に分けて開催するから、私が介入出来るのは初日だけね。
絶対に負けないと意気込んだけど、カタソはダイス運が悪くてうまくいかないの。そしたらルクルからわざとらしい演技をされた。
「あー、あー、とても欲しい資材があるんだけど、これと交換してくれる人いないー?」
「そんな不利な貿易には応じないにゃ!」
「あら?なら私が出すの。これでいい?」
私とルクルがグルだと、ワドは騒いでいるの。
事実だけど、知らんぷりで黒い笑顔を振りまいておいたの。
だって絶対に負けられないもの。
私の勝ち星を全てルクルに譲ってでも、ご褒美が欲しいの!だから許して!
コムトで深夜遅くまで対戦して、あの子に日記で伝え後を託す。あの子はちゃんとできるかしら?
私はその夜、ありのままを受け入れてくれるワドと過ごす夢を見た。とても幸福な夢だった。
いつか正夢になると……いいな。
純粋な戦闘力はエリーゼ>>>>リゼです。
エリーゼ…恐ろしい子!
光ガード多め時の引け目を知っているのは、リゼとルクルだけです。
次回はルクル視点の「閑話:コレクション奪還失敗と約束」です。




