閑話:英雄の子
前回のあらすじ
ワドの住処に王国騎士団が、盗みに入っている所を見つけて戦闘になりました。
ep.「住処への帰郷」の直後からのアルフォート視点です。戦闘描写はep.「泥棒騎士」のものです。
※ようやくまともな戦闘シーンです。
私達は今、襲撃されている。
(どうして、もっと警戒しなかったのか……)
私は、ザグエリ王国騎士団の野営地を確認しておきながら、日をあらためる進言をしなかった。ワールドン様がいらっしゃるのなら荒事にはならないだろうと、楽観視してしまったのだ。
銃声が近くで聞こえ、私は慌てて身を低くする。振り返ると、隣には肩から血を流すルクルがいた。
「ルクル!大丈夫ですか!?」
闇夜の戦闘時に大声を出すなど、居場所を告げるだけの愚行でしかないが、初めての戦場に動揺していた。
「大丈夫……早くワドと合流しよう……」
そうだ。
ワールドン様がいれば、この程度の事は窮地でもなんでもない。急いでワールドン様と合流した。
(……これで安全です)
ワールドン様が、触れるか触れないか分からないくらいの刹那の接触で、ルクルの傷口は綺麗に治ってしまう。
私は驚きで、ゴクリと喉をならした。
「ご、ごめん……こんなつもりじゃ……」
「いいよーたすかったー」
ワールドン様とルクルが、普段通りのやりとりをしている。私は冷静を装いつつ、状況を伺う。
「ワールドン様、何があったのですか?」
「カルカンが戦ってた。イキナリ攻撃されたって」
その後もワールドン様が、状況を説明されている。
しかし、カルカン1人で戦うとは無謀だ。相手は騎士団で、人数も100人を超えている。カルカンの身を案じて進言してみたが、ワールドン様は笑って答えた。
「カルカンなら大丈夫。心配要らないよ」
そう言われ視界を戦場に向けると、遠目にカルカンが1人で戦っている所が見える。
私は目に映る光景が、信じられなかった。
(カルカンが騎士団を圧倒しているだと?)
カルカンが最高級の銃を、幾つも所持しているのは知っている。ただ、ファッションとかハッタリの意味合いが強いのだろうと思っていた。宝の持ち腐れだと。
だが、カルカンは普段とは別人の立ち回りを行ない、戦いの中で銃を完全に使いこなしている。
それから姉上とマイティが倉庫から出てきて、逃走する敵を倒す為に闇夜に消えていった。
倉庫内にいたボンを癒やすルクル。私は銃を構えようとしても、手が震えて出来ない。
敵の騎士が私に向けて銃を撃ってきた。銃声に身が硬直し、私は恐ろしさから思わず目を閉じてしまう。
しかし銃弾は私に届かず、空中で静止していた。
(ワールドン様の御力?)
私は守られているだけで、何も出来ない。すぐさま敵は、カルカンによって無力化されていく。
(不甲斐ない……)
私は悔しさを胸に、カルカンの戦闘をしっかりと目に焼き付けようと決めた。今は役立たずだが、カルカンと同じくらい戦えるようになりたい。勉強になるだろうと、必死に観察し始める。
カルカンは4丁の銃を華麗に扱っていた。銃は一発撃つと、マナの充填の為に一定時間撃つ事が出来なくなる。一般的には2丁の銃と、小剣を帯刀しているスタイルが普通だ。隠れて撃つ、接近したら小剣で戦うというセオリーがある。
銃が得意な者でも、4丁以上の銃を扱って再充填時間の隙を無くす戦い方をするのは稀だ。そういえば姉上も幼い頃に真似ていた。猫魔族の国を1人で守り抜いて果てたという伝説の英雄。
その人が「4丁の銃を鮮やかに使いこなす」という逸話があった。
(英雄の子?まさか本当に?)
カルカンの主観を【伝心】された時に、カルカンが猫魔族の王から英雄の子と呼ばれている事を知った。しかし、普段のカルカンを見ていると、昨日までは、その英雄との接点が無いように思ったのだ。
戦闘は凄まじかった。
カルカンは両手の銃から同時に発砲すると、すかさずその銃を少し上に放り投げる。腕を交差させ、脇にあるホルダーから銃を取り出し、2発同時に発砲した。
そのまま、軽く前に一歩ステップしながらホルダーに両手の銃を格納し、左手を地面につけてコンパスのように半回転する。
先ほどまでカルカンが立っていた所に、複数の銃弾が飛び交い、今もカルカンの頭上を銃弾が1つ掠めた。
体を低くして対空時間を稼いだ銃を、右手で回収すると、右手の中でクルリと回転させて背後の敵を撃つ。同時に左手でもう一つの銃を回収し、そのまま正面の敵を牽制しつつ、走り出し距離を詰めていく。
走りながら右手の銃先で、器用に左脇のホルダーから銃を抜き取る。抜き取った銃が、右手の銃と交差した瞬間に持ち替えて、正面の敵を撃った。
(カルカン危ない!)
だが、私の心配は杞憂だった。
撃つのと同時に、空中の銃をすり替えつつ体を半身に入れ替えて、ややブリッジ体勢で空を見上げる。
すると、先ほど心配した敵の銃弾が、カルカンの頭上と背中のスレスレを掠めた。
そのまま両腕を交差させ、左右の敵を同時に攻撃。
すぐに宙に浮いていた銃と、手持ちをすり替えつつホルダーにしまう。
体勢を素早く戻し、前方に宙返りで飛び敵弾を回避しつつ、背後にいた敵を2人同時に無力化する。
逆さまの体勢でも見事に命中させ、着地の瞬間は隙どころか、銃の入れ替えまでもが完了していた。
(凄い……)
猫魔族は、夜目が利くとは聞いていたが、そんなレベルでは無い。未来が既に分かっているかのような立ち回りだ。無駄弾は一切なく、全て敵に命中して確実に無力化している。
敵の位置だけではなく、射線や思考までも全て読みきって無ければ、説明がつかない動きをしていた。位置取りも秀逸だ。最小限の動きで、雨のように飛び交う銃弾を回避している。
(美しい……)
戦場で殺し合いをしているのに、純粋にカルカンの動きに見惚れた。その美しさに、まるで時が止まったかのように感じたのだ。
1人、また1人とカルカンに倒されていく。
その光景を追っていると、次第に銃声すら遠くに感じた。
四方八方からカルカンを倒すべく、騎士達が殺到する。敵は同時波状攻撃に、活路を求めたようだ。
だが、カルカンは最小限の移動だけで、ほとんどの敵が味方の射線で攻撃できない状況を作った。小剣で斬り掛かってくる敵だけを、確実に無力化している。
同士討ちを避ける為、逆に身動きが取れなくなった敵は射線の確保に動く。
しかし、後退の隙を見逃すカルカンでは無かった。
後退先にいる後方の、遠い敵を狙い撃つ。
悲鳴に動揺した後退中の敵は、背後を見てしまう。その間に、カルカンは位置を変えて別の敵を倒す。
一度カルカンから目を離した敵は、見失い続けてその場で回っていた。
その敵を生きた盾として、カルカンは突き出した左手を軸に発砲して敵を減らす。
右手は器用にホルダーとの入れ替えを行ないつつ、左腕の上に乗せて発砲していた。持ち替えた瞬間の持ち手の角度を、軸とした左腕で微調整している様だ。
盾としていた敵を、前蹴りで蹴り飛ばすカルカン。
唐突なその行動は敵を救う行為だった。何故なら敵の頭が合った位置を、銃弾が通ったからだ。
そして私は異常な事に気付く。
これだけの敵と1人で相対して、1人も殺していないという神業をやってのけている事実を。伝説の英雄と見紛う程の存在がそこにいたのだ。
(……あまりにも、遠い……)
私はカルカンに追い付く為に、必死で戦闘を見ていた。だが、どれだけ研鑽を積んでも届くとは思えない。それほどに遠い。
そして、全ての敵を無力化したカルカンが、ワールドン様に告げた。
「ワールドン様!敵の制圧完了ですにゃ!」
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そこには全く疲れを感じさせない、普段通りのカルカンがいた。あまりにも信じられなかったので、後日カルカンへ尋ねてみた。
「敵と戦って全く疲れなかったようですが、一体どんな修練をしてるのですか?」
「ワールドン様のおかげなのにゃ」
カルカンが言うには、ワールドン様の近くは癒やしの力を持つ金色のマナで溢れている。だから、常に疲労が癒やされる状態になるとの事だった。
確かにこれまでの旅で、疲労感を覚えた記憶がない。それに姉上の、旅中での異常なまでの睡眠拒絶も、疲労が回復されていなければ説明がつかない。
ワールドン様は、今回の戦闘で役に立たなかったと嘆いていたが、ワールドン様の神髄は、疲労させない所にあると思われる。
本当の役立たずは私だ。
あの夜のカルカンに少しでも近づきたくて、ワールドン様とカルカンに教えを請う。すると2人は簡単だと言い切った。
「マナの流れを見れば簡単にゃ!」
「そうそうマナを見ればいいよ(ドヤァ)」
どこにいるかもハッキリ分かるし、銃の芯にもマナが使われている為、射線の予測は簡単との事だ。動く際のマナの流れで攻撃のタイミングも分かるし、フェイントの場合もマナの淀みでバレバレだと2人は言う。
私にはマナの流れどころか、マナを見る事も感じる事も出来ない。だけど、あっけらかんとなんでもない事のように言うカルカン。
後で知った事だが、カルカンは猫魔族最高のマナ鉱石職人であり、マナ回路の作成にも精通していると聞いた。ワールドン様のマナを初見で看破したらしく、ワールドン様からの指名で付き人になったそうだ。
ドラゴンの風貌や巨躯への恐怖では無く、世界を統べるマナを見て畏怖したのだと。それをワールドン様は褒めていた。普通は気づかないとおっしゃって。
(英雄の子か……)
英雄の子は、今も目の前で酔っ払っていた。
カルカンの強さの秘密に、本編で触れるのは結構先になる予定です。
ちゃんと万全の状態で戦闘してもらう為、酒瓶を全て割りましたw
次回はリゼ視点の「閑話:夜の戦いと負けられない遊戯」です。




