妊婦のいる村訪問
前回のあらすじ
盗まれたコレクションを取り戻しにいったワド。
ですが、ザグエリ王国とは交渉決裂してしまいました。
僕らは倉庫を置いた村まで、足早に戻った。
この村はバンナ村と言うらしい。
村人の言葉がザグエリ語な事から、この辺りはザグエリ領土なのだと思われた。
リゼ、アル、カルカンに出迎えられ、人形態にメタモルフォーゼする。今日は、なんとなく光ガード多めだよ。すぐにリゼが血相を変えた。
「ルクル、こちらに来て……リゼと二人きりでお話ししますの」
帰ってきた僕らをみたリゼが、ルクルと2人だけで話をしたいと言い出した。2人が村の空き家の中に入っていく。僕もマイティも同席を遠慮された。
リゼの真剣な表情に、とても茶化す気分にはなれなかったな。
うん、僕、嫉妬している……自覚あるよ。
ルクルにも嫉妬している。
リゼにも嫉妬している。
(やだなぁ……僕、自分が嫌いになりそうだ)
気分が落ち込んでいる所に、カルカンが陽気に話しかけてくる。両手にお酒を持っているな。
「ワールドン様!王都のお酒はいいのありましたかにゃ?うぃっく!このバンナ村はお酒の名産地のようですにゃー、この村好きにゃー」
「カルカン、昼から飲み過ぎですよ。あ、ワールドン様、ザグエリ王国との交渉はうまくいかなかったのですね」
交渉が上手くいかなかった事を指摘されて、僕は少し動揺した。
「アル、なんで報告してなくて分かるの?」
「お二人の表情を見れば分かりますよ」
「か、顔に出てたかな……ごめん」
必死に取り繕っていたのにダメダメだった。
「いえ……しかし、ミカド王も残念な選択をしましたね。誠に愚かな」
「え!?そんな事まで分かるの?」
僕は驚いて、食い気味に聞き返してしまった。
「ルクルの作戦で挑んで、その表情という事で分かりますよ。神に対し反発を見せた事くらいは。どの程度愚かな行為をしたかまでは分かりませんけどね」
アルは何も言わなくても察している。恐らく、リゼも察しているのだろう。
だとすると上手く行かなかった事を、ルクルに責めているのかも知れない。とても気になる。僕にナイショ話している内容は後で【伝心】して確認しようと思った。
気持ちを切り替え、努めて明るく会話を切り出す。
「この村ってお酒の名産地だっけ?僕もたまには飲んでみたいかな。村の人とお話しできる?」
筆頭従者のジャックに連れられて、村長の所に案内された。村長の所に向かう途中ですれ違う村人達が、妙に痩せているのが気になったね。
「ようこそバンナ村へ。エターナルドラゴン様、お越し頂き光栄に存じます」
「ああ、僕の名前はワールドン。そんな畏まらないで、言葉もカシーナック共通語じゃなくて、普段通りの喋り方でいいから」
気を遣わせるより、ザグエリ語で気軽に話してほしかった。
「ほな言葉を崩させて貰いますわ。ようこそおいでなさった。歓迎しますわ、ワールドン様」
「うん、よろしくね」
王都での出来事の罪悪感が少しだけ薄まった。村長は何かしら汲み取ったのか、言葉を出来るだけ崩してくれたよ。有り難いね。
村を案内して貰いながら、村の事やお酒の事を尋ねる。どうやら生活はかなり苦しいらしい。
「今のミカド陛下になられてからは、税金が苦しゅうて苦しゅうて、村の若いもんも出稼ぎにではって畑の管理も厳しいんですわ」
「出稼ぎ……それは王都に?」
僕はゴクリと喉をならして返事を待った。
「ええ、王都に商人として出たり、兵隊に入ったりと色々ですわ。あ、あそこん居る妊婦の所の旦那は、出世して騎士団に入ったん村自慢の旦那ですわ。ほな紹介しますわ」
(き、騎士団?……何か嫌な予感がするよ……)
「おーい、リベラ!こっち来て挨拶せえ!」
「村長さん、お客様きとったの?」
リベラと呼ばれた女性は、かなり大きなお腹だった。
確か、妊婦だとお腹大きくなるんだよね?そして、この人の旦那さんを殺したのは……僕だ。
住処に来ていた騎士の1人が、目の前にいる彼女の姿を思い出していた。僕がマナ力場で制御しそこなって潰した騎士が、その人だったよ。
僕は彼女に謝ろうと、口を開きかけたけど……
「ウチの旦那、今は南西の洞窟に遠征に出とるんですわ。来月には戻ってくるんよ。予定日に間に合いそうで良かったわ。ほなら、お客様はゆっくりしてってや」
(リベラさん、ごめんなさい)
彼女の笑顔の前に、僕の謝罪は声として出る事は無かった。気持ちが押し潰されそうだよ。
「村長、僕もこの村のお酒を、大量に飲みたい気分なんだ。お礼なら弾むから」
「ワールドン様からお代を頂戴するわけにはいかん。お気持ちだけでええですわ」
タダ酒の空気を嗅ぎ取ったカルカンが、近寄ってきた。お酒が飲める事にニコニコとご機嫌だ。
村長はお礼を要らないと言う。でも、それじゃ僕の気が済まない。
「村長、先に畑を見せてくれる?」
「どうぞどうぞ、こちらですわ」
案内された先では色々な果実が生っていた。葡萄、林檎、蜜柑と様々だったな。
異世界の品種と全く同じというわけでは無いだろうが、似た見た目の食材は概ね同じ系統の味がする。これらもそうだろう。
作っているお酒は果実酒のようだ。
「村長、実が無い……というか苗木に近い畑はあるかい?」
「あ、あるにはありますが?」
「案内して」
かなり小さな苗木ばかりの所に案内された。
村長は、こんな所で良いのか不安気だな。僕は、本当に僅かだけの光のブレスを吐いた。
「か、神の息吹や!ほんまもんや!」
畑一面の苗木達はスクスク育ち、立派な木々に成長した。実もつく一歩手前までの急成長だよ。
村長は驚愕して、涙を流している。
「ワールドン様!素晴らしい御業ですわ!おおきにおおきに!村あげてお礼しますわ!」
「ワールドン様、これは本当に凄いですね」
「アル……悪いけどさ、マナ鉱石もこの村に分けてあげて……」
僕は罪滅ぼしの為に、せめてマナ鉱石での魔獣除けだけでも拡充させてあげたかった。
アルは全て汲み取ってくれて、微笑んでいたよ。
「はい、御心のままに」
「ワールドン様!お礼貰えるってお酒なのにゃ?今日は宴会かにゃ?楽しい日なのにゃー!」
こんな時はカルカンのKY力が羨ましいよ。
今日は僕も飲むぞ。辛い事は、飲んで忘れるのが異世界サラリーマンだろ?
僕も辛いんだ。僕、悪くない……
(誰か、僕は悪くないって言ってよ……頼むよ)
日没が近づくと、小雪がちらつく村では大宴会になっていた。
大量のお酒と食事が並ぶ。村長が奮発したそうだ。
林檎や蜜柑は、惣菜料理になっていた。林檎はお浸しって言ったっけ?菜の花と和えてある料理で、シャキシャキとした食感がアクセントになって、美味しい。蜜柑は芋湯でに合わせられていた。ポテトサラダに酸味が加わった感じで、人によって好みはありそう。
どちらもフルーティーな香りがして、僕は美味しいと感じたよ。
「ワールドン様!ウチの焼いた自慢のパンたべてーや!」
リベラさんが焼き立てのパンを持ってきた。干して乾燥させた葡萄が入っていたよ。レーズンパンが近かったね。ケタ記憶のレーズンパンよりも、凄く酸っぱかったな。
(これじゃ、お返しの方が多いよ……)
そこにルクルとリゼが帰ってきた。多少、酔っていた僕は2人にキツくあたる。
「2人してなんらー?二人きりでいやらしい事でもしてたんじゃ無いの?秘密ばかりで仲がとても良いですもんね~?ヒューヒュー」
「ワールドン様、イケる口なのにゃ!もっと飲むのにゃ!ヒューヒュー!なのにゃ!」
ヒューヒューの意味を理解していないカルカンが、僕に続いた。でも、リゼからは予想外の返答がきたよ。
「……ええ、リゼとルクルはとてもいやらしい事をしていたの。とても人には言えないの。やらしい秘密だから、ね?ルクル」
「え!?そこで俺にふるのかよー!ま、まぁ秘密だよなー」
(え?冗談で言ったのに本当にそんな事してたの?)
な、なんか凄くショックだ。怖くてとても【伝心】出来ないよ。
カルカンが無造作に注いだジョッキを一気にあおる。嫌な事や、心のモヤモヤを飲み干したくて。更に注がれたジョッキも、一気に飲んだ。
「ワールドン様!いい飲みっぷりにゃー、ここのお酒はうまいですにゃ?」
「んんんや?異世界のお酒の方が美味しかったよ?」
「ま、マジですかにゃ?どんなお酒にゃ?」
ヤケ酒している僕に気付かないカルカンだけが、普段通りに接してくるよ。
「冷えてシュワシュワなんだ。僕の好みはね、甘くて苦いのだよ」
「苦いってどんなにゃ?凄く苦いのにゃ?」
今日は酒の話題だから、カルカンがグイグイくる。
距離が近いけど、今日はその近さが嬉しくて……異世界ビールを思いっきり自慢した。
「IBU100なの!凄いでしょ?(ドヤァ)」
「言葉の意味はわからんが、とにかく凄い自信なのにゃ……飲んでみたいにゃ」
そんな話をしていたら村長が話に入ってきたよ。なんの用だろう?
「ワールドン様、バンナの酒があまり好きやないみたいやなぁ。よかったら、その旨い酒ゆうんを教えてくれまへんか?」
「き、聞こえてた?なんかごめんね」
「ワイらも、生活向上させよう必死なんや。お知恵を貸してくれると、えらい助かりますわ」
お酒の改善に村長が食い付いたけど、こういうのはルクルの担当分なんだけどな。でも、なんか今頼むのは癪だし……考えるか。
(うーん、うーん……何か妙案を……か……)
小難しい事を考えていたら、ルクルの怒声が響く。
「こらー!ワドー!寝るなーー!」
普段の「僕、悪くないよ」を、ネタ半分・逃避半分で、ワドは使っています。
リベラの夫の殺害や、王都での大量虐殺。
その現実から目を背けたい、そう考えます。
この日はじめて、逃避100%で使いました。
次回は「より暮らしやすくする為に」です。




