閑話:私と私の文通
前回のあらすじ
新しい人格であるリゼから、エリーゼに暴走を抑える提案が行われます。
エリーゼは別人格や初めて知った真実にどう向き合っていくのか?
ep.「友達の説得」~ ep.「旅先の方針相談」までのエリーゼ視点です。
「お嬢様、秘密箱の中を至急ご確認下さい」
わたくしの忠実な従者が、意味の分からない事を言っています。
「何故?わたくし必要を感じませんわ!」
「ワールドン様をお助けする為の情報が入ってると、言伝を頂いております」
わたくしは一瞬眉をひそめました。秘密箱は登録した本人のマナ以外では開きません。
例え偉大なるワールドン様であっても、壊す事が出来ても中身だけ入れる事は不可能です。
ワールドン様が住民マナ登録メダルを、幾つも壊した事からも確実ですわ。
でも、直ぐに気持ちを切り替えて行動に移します。
「確認しますわ!マイティ、外に出ていなさい!」
「畏まりました」
マイティが嘘を進言した事はありません。そのマイティが「ワールドン様をお助けする為の情報」という、大事な事を断言しました。わたくしが全力で動く理由として充分過ぎますわ。
マイティを退室させ秘密箱を開くと、そこには手紙が置いてありました。急いで確認します。
(わたくしの文字ですわ!)
その筆跡は一番見慣れたわたくしの文字でした。
1枚目に書かれている内容を読みます。
・わたくしが二重人格である事。
・二重人格である事を周囲が伏せている事。
・眠る事で人格が入れ替わる事。
・わたくしを処分する為にお兄様が動いた事。
・ルクルを信用する事。
この中で真っ先に心当たりがあったのは「眠る事で人格が入れ替わる事」だけです。
偉大なるワールドン様にわたくしは請われたのです。
「どうか絶対に眠らないでね、エリーゼ」
請われた事があまりに嬉しすぎて、お望みを叶えて差し上げる事以外、何も考えられなくなりました。
請われてからおよそ4ヶ月もの間、わたくしは2回しか眠っていません。
温泉宿、モンアード領主館の2回。
ワールドン様から「本邸の自室についたら眠ってよい」と言われたわたくしは、全力で頑張りましたわ。
いえ、気合いが足りず、2回も眠ってしまいました。
わたくしは後先を考える事が苦手です。
考えるよりも先に動きます。ワールドン様からのおねだりが力を与えてくれて、ワールドン様の「大好き」で限界を超えて頑張りました。
きっとあの御言葉がなければ、わたくしは初めての挫折を経験したと確信しています。わたくし自身が決して折れないように、ワールドン様が励まし続けて頂けた日々は、わたくしの幸福の全てですわ。
お兄様もアルフォートも後先を考えるように言い、妥協を学べと言います。折れろと言います。でも、わたくしはわたくしを曲げる事がいつも出来ません。
決して折れるなとの御言葉に、どれだけわたくしが救われたか分かりません。
ワールドン様は偉大ですわ。わたくしが一番欲しい御言葉をたくさん頂きました。
わたくし「大好き」と言われたのは初めてでした。
お父様からもお母様からも言われなかった。
ですから、命に代えても叶えると思いましたわ。
「信じられないのなら、ルクルに確認しなさい。そして頼りなさい」
そう綴られていました。ワールドン様に対して、不敬な言動が目に余る殿方を頼る事はできませんわ。
これを書いたのは本当にわたくしでしょうか?
不可解に思いながら2枚目に目を通します。そこに書いてある事が本当ならば、決して許せません。許されません。
もう一人のわたくしが、ワールドン様を傷つけた事が書いてありました。
詳しく色んな事が書いてあります。でも不愉快で頭に入ってきません。もう一人のわたくしは、何をしているのでしょうか!?
わたくしは3枚目を手に取りました。そこから4枚に渡って綴られていた事をみて、これを書いたのは紛れもない、わたくし自身だと感じました。
激しい憎悪、自分自身を殺してしまいたい程の自分への激しい憎悪。
強い後悔、決して許されない大罪を犯した事に対する強い後悔。
わたくしがその立場なら、そう感じる事が延々と書き綴られていました。
(もう一人のわたくしは、心が折れてしまったのですわ)
決して折れる事なく在りたかった。それが崩壊したのだと悟ります。
わたくしにはとても耐えられない。
7枚目に目を通した時、全身が震えました。そこに綴られていた内容が、恐ろしくて力が入りません。呼吸が出来ず、浅く早く早く繰り返しても息が苦しい。
わたくしがワールドン様を、傷つける未来がただただ恐ろしくて。
そんな未来にわたくしが関わるのが恐ろしい。でも、わたくしが死ぬ事は許されない。わたくしが死ぬ事が、ワールドン様を傷つけるのですから。
こんな事が起こるのでしょうか?
何も考えられなくなりました。震える手を伸ばし、縋る気持ちで8枚目を手に取ります。
そこにあったのは……一筋の希望とわたくしの否定でした。
わたくしが折れずに、わたくしのまま在り続ける事を辞める。それが「ワールドン様を傷つける事を回避できる唯一の道」として詳しく綴られていました。
無条件でその道を選びます。
でも折れ方が分かりません。どうすればそれが出来るのかを知りません。確かに具体的な方法が綴られています。でも、わたくしがそれを実行できる姿が見えないのです。
不安が止め処無く押し寄せて来ます。
本当に出来るのか、もし出来なかったら?
怖いです。本当の恐怖が、すぐそこにありました。
恐る恐る、9枚目に手を伸ばします。
そこにはもう一人のわたくしと、ルクルの全面協力の約束が綴られていました。
(いけない!)
不快で読み飛ばした2枚目を読み返します。
ルクルが、ワールドン様をお救いする協力をしてくれるのなら頼りましょう。頭を下げて縋りましょう。
どのように傷つけたのか、それをルクルがどう見ていたのか。
これを良く知っておかなければなりません。
わたくしは、もう一人のわたくしに感謝しました。わたくしが大罪を犯す前に、気付かせてくれた大恩に感謝していますわ。直接会ってお礼したいのに、出来ないのがもどかしい。
(でも、日記で伝えられる。伝えたいわ)
協力の内容に、日記を交換する事が書いてありました。わたくし、もう一人のわたくしと日記を交換するのが楽しみですわ。決して会う事の出来ない人と、文通が叶った夢心地です。
(あら?)
手紙を戻そうとしたら、他の紙とは大きさの異なる紙がありました。
そこにはわたくしに対する励ましと、憧れが綴られています。とても胸が苦しいです。こんなにももう一人のわたくしは素晴らしい人なのに。
わたくしはもう一人のわたくしを尊敬しています。わたくしはワールドン様の「お友達になって欲しい」とのおねだりにお応え出来ませんでした。そんな畏れ多くてだいそれた事は出来ません。でも、もう一人のわたくしは、そこに踏み出した勇者です。
心から尊敬していますわ。
貴女は誇りなさい。未だ折れずに生きている事を。
貴女は誇りなさい。女神様と一緒にいる事が許されている事を。
貴女は誇りなさい。女神様から多くを請われている事を。
貴女は誇りなさい。女神様からこの世で唯一「大好き」を告げられた事を。
わたくしは涙が止まりません。もう一人のわたくしの憧れは……もう一人のわたくしが、それを持って無い事の裏返しです。誇れるものが、もう一人のわたくしには無い事が悲しいのです。
犯した罪の重さに心が折れて砕かれ、ワールドン様と一緒にいることを望まれず拒絶され、ワールドン様から請われた事もなく……
一度も「大好き」と言われた事の無い、もう一人のわたくし。
わたくしは沢山頂きました。もう一人のわたくしが不憫です。
わたくしは心に誓いました。
もう一人のわたくしに、ワールドン様の大好きを届けると。
直接お願いを申し上げると、ワールドン様はお優しいからきっと言ってしまうわ。わたくしにお願いされて叶ったなら、きっともう一人のわたくしは傷つくわ。ワールドン様に直接お願いをせず、お願いを申し上げましょう。
(あら?なんだか凄く難しいです)
わたくしは考えるのが苦手です。でも、きっとワールドン様なら気付いてくれますわ。
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そうして、わたくし達の文通がはじまりました。
わたくしはもう一人のわたくしの素晴らしい所を沢山知っています。それを沢山書きました。お返事が待ち遠しいですわ。
今日のお返事に、ワールドン様から「ありがと」を言われた事が、本当に嬉しかったと綴られていました。
まるでわたくしが言われたように喜びます。
でも、その後に「自分の心を押し殺し続けた事が辛かった」と綴られていて、胸が張り裂けそうですわ。
そうですわ。ルクルにお願いしましょう。
ルクルも、もう一人のわたくしが、ワールドン様に受け入れて貰えるよう協力していると聞きました。
もう一人のわたくしにも、ご褒美が必要ですわ!
(……わたくし、失敗してしまいました)
宿屋で自分自身を抑えられなくて、もう一人のわたくしを頼りました。
お返事にも、そのお小言が書いてあります。
わたくし、まだワールドン様と一緒に過ごす事に、自信が持てませんわ。
ワールドン様が部屋にお越しになられたのに……お応え出来ませんでした。わたくしが変われない事で、傷つけるのはとても怖いです。
ルクルへ、ご褒美のお願いを伝えるのが精一杯でしたわ。
もう一人のわたくしは本当に凄いです。ワールドン様が与えてくれる幸せに、喜びを表現しないで内に秘めて耐える……わたくしにはまだ難しいです。
もう一人のわたくしはその事を誇って良い、そう思う事をお返事に書きました。
お返事がありません!一体何があったのでしょうか!?
前回はワールドン様との新年祭を、心から楽しみにしている事が綴られていました。お返事が楽しみだったのに、ありませんわ!
わたくしは、急いでワールドン様にお伺いしに向かいました。
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わたくし、はじめてもう一人のわたくしから頼られました!凄く嬉しいですわ!
でも頼られた事以上に、頼らなければならない程に、嬉しい事がきっとあったのですわ!あれほど我慢強いもう一人のわたくしが、感情を抑えられない程の出来事が!その事が、どうしようもなく嬉しいですわ!
お返事が待ち遠しいですわ!わたくしも今日は頑張る!そう誓いましたわ!
わたくしは転写の魔術具用のマナ石を、今日も新たに追加で用意しました。
マイティからの伝言で、もう一人のわたくしに欲しいとお願いされたのです。わたくし、嬉しくて沢山用意してあげたくなりました。
新年祭のは、本当に素晴らしいです。わたくし、何回も眺めてしまいますわ。
今年のはじまりの日は、もう一人のわたくしが、はじめてワールドン様に求められて、指を絡め手を繋いだ記念日になりました。
わたくしは、もう一人のわたくしが沢山の記念日に巡り合うよう、心の中でワールドン様にお祈りしました。
転写の魔術具については次の章で説明が入ります。
次回はアル視点の「閑話:イカサマ対策」です。




