閑話:裏取引の密談
前回のあらすじ
色欲エリーゼの暴走を抑え込む為に、伝心で現実を突きつける事にしたワド。真実を突きつけられて傷ついたエリーゼ…その時のルクルはどう見ていたのか?
ep.「ガラスハート・後編」~ ep.「対策会議」のルクル視点です。
俺は、ワドとマイティさんが退室した後も、エリーゼ様の傍にいた。
喉が張り裂けるような絶叫を、無理矢理に押し殺しているエリーゼ様。ワドに聞こえないように必死だ。
でも聞こえただろうな。これ程に悲痛な嗚咽は。
辛い。この場にいる事が。
全てを放り出して逃げたくなる。だが逃げる事は出来ない。
(これは、俺への罰だ)
ワドはエリーゼ様を嫌ってはいない。
距離感がバグってるエリーゼ様に対し、うまい接し方が分からないだけだ。懐いてくれているエリーゼ様が、離れていくのが怖くて、強く拒絶できなかった。
後回しにしたツケがこれだ。
こうなる事を知っていて、そう仕向けた。もう少し良いタイミングは無かったのか?と後悔が残る。だが公爵邸という安全圏で無ければ、エリーゼ様の自殺を止められるかが不安だった。
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ただ泣き疲れるのを待つ。二時間くらい経ったがまだ止まらない。
更に泣き疲れるのを待つ。もう四時間経っただろうか?声が掠れて出なくなっていた。
「……エリーゼ様、死んでは行けません。ワドが悲しみます」
「……ぁ……ぅ……」
エリーゼ様がこちらを見た。その瞳には絶望を宿している。エリーゼ様はワドに【伝心】を解いてもらう為に嘘をついた。
俺は確認の為に嘘をつかせてしまった。
エリーゼ様が本当に辛かったのは、泣いていたワドにあれ以上【伝心】を使わせる事だ。
(退室する時も、そうだった)
ワドは退室する時、エリーゼ様の視線を求める表情をしていた。ワドを見なかったんじゃない。泣いていたワドを見れなかったんだ。二人共傷付いている。
「エリーゼ様、ワドが大切ですか?」
エリーゼ様が震えながらも強く頷いた。少しでもエリーゼ様に希望を与えるには、どんな言葉を紡げば良いのか?俺が間違った言葉を選んだら、取り返しがつかないのではないか?
(……どうしても、迷いが消えない)
俺の手も震えている。声だけは震えないよう気合いをいれる。
「どうして避けられたか分かりますか?」
エリーゼ様は震えながら、怯えるように首を横に振った。本当に分からないのか判断が難しかった。
「貴女が辛いのは避けられた事ですか?」
エリーゼ様は動かない。
肯定しないのはそれよりも辛い事実がある為だが、しないのか、出来ないのかの判断がつかない。出来ない場合は深刻だ。より慎重に進める必要がある。
「貴女が辛いのは傷つけた事ですよね?」
エリーゼ様が震えながらも大きく頷き「これが全てだ」という意思が読み取れた。
先ほどの質問は、肯定をしなかった可能性が非常に高い。少し希望が見えてきた。
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・「しない」と「できない」は明確に異なる。
・「しない」には本人の意思がある。
・「できない」には本人の意思で、自分を制御できない部分が含まれる。
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意思でコントロールできているのなら理性的に判断できる事が格段に増える。
取り乱す事なく取り引きできるかも知れない。
「何故、傷つけたか分かりますか?」
これも力強く頷いた。念の為に確認する。
「貴女を傷つけた事が、ワドが傷ついた理由ですか?」
エリーゼ様は動かない。
否定も肯定もしない所は、自信が無いのか?それとも別の理由が、重いと捉えているのか?別の質問をぶつけてみる。
「避けていた事実を突きつけた事が、ワドが傷ついた理由ですか?」
エリーゼ様は頷いた。エリーゼ様の認識は、概ね分かった。
俺はエリーゼ様の瞳をまっすぐ見つめ「貴女の認識違いを先に正します」と、強く宣言し語りだす。
「避けていた事実を突きつけた事が、ワドを傷つけた理由ではありません。ワドは避けていた事実を突きつける事で、どのくらい貴女が傷つくのか、正確には分かって無かった」
そう。事実を突きつける案を出した時、うまくいきそうだと無邪気に喜んでいた。ここまで傷つける事も知らず、またその覚悟も無かった。
「そして友達が、自分の行動で傷ついた時に、自分自身も辛く傷つくという事を、知らなかった」
それはそのまま、エリーゼ様にも当てはまる。ワドを傷つけた事実が、途轍もない傷になっただろう。自分自身を、殺してしまいたいと思うほどに。
更に、傷ついたエリーゼ様の存在が、再び強い傷としてワドに突き刺さる。
「知らなかったのは、エリーゼ様が初めて傷つけた友達だったからです」
知らないから覚悟も持てない。ワドはこれに臨むまで現実を突き付けて、エリーゼ様に少し辛い現実を知ってもらうだけの感覚だっただろう。本来なら幼稚園児までに経験する事を、ワドは知らなかった。
「貴女は肯定しませんでしたが、避けられた事を知って傷ついています。それとは比較にならない事があったので、相対的に避けられた事は大したことでないと認識しています」
少し動揺をして、薄布を掴むエリーゼ様。俺は「もう一度聞きます」と、強めに念押しして再度問う。
「どうして避けられたか分かりますか?」
エリーゼ様が体を起こそうと動いた。水差しからコップに注いだ水を渡す。
エリーゼ様が喉を潤す間、暫く待った。
「……教えてほしい。私の行動が避ける理由だと思ってたけど……それよりも大きい理由があるの?」
「貴女との距離感や接し方が分からなかったのです。だから問題を先延ばしにしていたし、ワドはエリーゼ様に嫌われるのを恐れたから避けていた。つまり、エリーゼ様に嫌われたくないのが理由です」
エリーゼ様は下を向いて、両手の拳を握りしめながら、強い口調で言い切る。
「私がワドを嫌うなんてありえない」
「でしょうね。だから理由の候補に、思いつきもしなかった」
「……」
「貴女はワドの為に生きて下さい。そしてもう一人の貴女を救う為に協力して下さい」
「……あの子を救う?」
再び視線をあげたエリーゼ様に、俺はルマンド様とのやりとりを詳しく説明した。暴走を制御出来なければ、最悪の事態になる事を。
聞き終えたエリーゼ様は不安を吐露する。
「……自信は無い。私は嫌われる事をしないように出来るけど。嫌われてないあの子がとまるの?」
「いえ、なんとしてもやって下さい。エリーゼ様は、最悪の事態を勘違いしています。その状況になれば、今回と比較にならない程に、ワドを傷つけます。それが最悪の事態です」
エリーゼ様は自分が死ぬ事より、ワドを傷つける事が辛いと思うはずだ。だから、エリーゼ様は生きる必要がある。それは精神部分も含めてだ。全てを押し殺して生きる事は、ワドを傷つける。それを伝えなければならない。
「……分かった、やる。これ以上ワドを傷つける事だけは耐えられない。私は、あの子のストッパーとして生きる」
「それではダメです。ワドは貴女にもそのままで生きて欲しいと思ってる」
「私は拒絶されたのに?」
「ワドは接し方が分からなかっただけです。だから避けていたし、先延ばしにしていた。嫌われてはいません」
エリーゼ様は俯いた。分からないとでも言いたげにフルフルと首をふる。嗚咽は出るが涙は既に枯れていた。相反する望みを出されて、困惑する様子が見て取れる。
「だったら、どうすればいいの?私のこの欲情は」
「ワドにはナイショでお願いしますね。当面は抑えて下さい。時間をかけて受け入れられるボーダーを、ワド自身が分かるようになるまで。そして時間をかけてボーダーを動かして下さい」
やっとエリーゼ様の瞳に生気が戻った。
俺がエリーゼ様の本能を黙認する発言で、あっけにとられたみたいだ。
「そんな事をワドにナイショにして進めていいの?」
「仕方ないよー。だってワドはエリーゼ様が自分を押し殺してずっと生きてるのは耐えられないだろうし。貴女達はワドが傷つくのも気に病む事も嫌でしょ?だったらコッソリ進めるしかないよねー。何だったら媚薬でも使うー?」
エリーゼ様に笑顔が戻ったので、思わず口調を崩してしまった。
「そっちの喋り方のほうがいい。分かった、ワドが受け入れても構わないと思うまで我慢する。それまではコッソリ頑張る」
「俺も受け入れられる為に手伝うと約束する。ワドの心の為に頑張ってー!」
俺が口調を崩したのは、エリーゼ様に生きる希望を与えられて、ほっとして気が緩んだからだ。
この時に致命的な失言をしていた事を、後で知る事となった。
本編・閑話で触れる事はありませんが、ルクルも傷ついてます。
ワドを傷つけないように、それを表に出す事はありません。
リゼが真実を突きつけた事が傷ついた理由と考えたのは、ワドが優しい為、残酷な現実を突きつける事に心を痛めたと思い込んでいた為です。
次回はエリーゼ視点の「閑話:私と私の文通」です。




