暴走の元凶
前回のあらすじ
王都見物でロアンヌちゃんの宿に止まる事にしたワド達。
郷土料理を食べたり、平民から見たエリーゼのイメージを聞いたりしていました。
夜が明けた早朝に、エリーゼが声をかけてきた。
「ワールドン様。わたくしご提案がありますわ」
いつもより声量をかなり抑えている。
マイティを起こさない為かな?でも、なんの提案だろう?僕はなるべく近づいて聞いた。
「どうしたの?エリーゼ?」
「ワールドン様、ち、近いですわ。あのその、わたくしの名前ですわ……」
「んん?名前?」
エリーゼに近いって言われたの初めてかも?いつもは寄ったら嬉しそうなのに何でだろ?
「この宿や下町の間、わたくしの名前は伏せて頂きたいですわ」
「え?なんで?」
名前を伏せるとか意味不明だよ?
「わたくし、この宿の従業員や下町の者に……その……嫌われているのでしょう?」
「どうしてその事を知ってるの?」
「……わたくしに教えて貰いましたわ」
いつの間に双方の人格で、会話できるようになったんだろう?明らかに昨日のやりとりを知っていた。
それにしても、エリーゼが平民に配慮するなんて……初めてでは?
「別人格と会話とか出来るの?……それに、平民に配慮するってらしく無いけどなんで?」
「はい……少し、やりとり出来ますわ……あ、平民に配慮は今までもしてましたわ。でも、わたくしの配慮は……足りてませんわ」
驚いた。
配慮が足りていないと認めた事よりも、相手の理解に介入しようとしないエリーゼが不自然だった。
本来のエリーゼは「配慮が足りていると相手に理解を強要する」はずだ。
変わってしまったエリーゼは、とても不自然に感じてしまう。
「確かにそうだけど……なんかエリーゼらしく無いよね?」
「……わたくしが変わらなければならないのですわ。ワールドン様が御心のままに、お過ごし頂く為に必要ですわ」
「へ?僕の為なの?」
全く状況が飲み込めなくて、僕は目を白黒させた。
「わたくしがワールドン様にとってお邪魔になるのは……耐えられないのですわ」
「だ、大丈夫だよ!邪魔じゃないよ!」
僕は声を少し荒げてしまった。あ、マイティを起こしてしまったよ。
「ワールドン様が身分を伏せられて、平民に御慈悲をお与えになるのに、わたくしの評判はお邪魔ですわ」
「あれ?いつものエリーゼなら『身分を伏せる必要なんかありませんわ!』って思わないの?」
流石に1年も一緒にいれば、考え方くらい分かるよ?
「……思いますわ……思っていますわ……でも、このような安宿にお泊りになられるのが、ワールドン様のご意思だったのでしょう?」
「う、うん。ブールボンの下町の生活を体験してみたくて」
エリーゼはポロポロと涙を零した。僕は慌てた。
ほんとにらしくないよ?どうして?
「わたくし、最低な信徒ですわ……ワールドン様に相応しくないって考えを周囲にも、ワールドン様にさえも押し付けていましたわ……本当に最低ですわ」
「大丈夫!邪魔じゃないし、最低でもないよ。エリーゼがエリーゼのままで、らしくいてくれるのが僕は一番嬉しいよ?」
僕は慌てて邪魔じゃないと強く主張した。
そしたらエリーゼは、感極まったような表情でいきなり立ち上がり叫びだした。
「~~~~~~~っ!そのお言葉、嬉しいですわ!とても、とても嬉しいですわ!」
「うん……うん」
「わたくし、少し御前失礼しますわ!」
ゴッ!……バターン!
そういうとエリーゼは思いっ切り自分の顔を殴った。突然の出来事に僕は混乱して焦る。
「マイティ!エリーゼが倒れた!助けて!」
「……思ってたよりも早かったですね」
マイティが説明してくれた。
エリーゼは自分の感情が振り切れそうになった時、もう一人の人格であるリゼに頼るそうだ。
頼るのって、物理なのかよ。
ルクル達やロアンヌちゃんが音を聞きつけ、部屋に駆け込んできた。
「リゼさんどうしたの!?」
「だ、大丈夫……転んだだけだよ?」
「転んだ!?顔が変わるなんて、どんな転倒なの!?危ないよ?お医者さん呼ぶね!」
医者を呼ぼうとしたロアンヌちゃんを止めて「大丈夫」と何度も伝えて退室して貰う。
残った皆からは、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「この惨状は何なのにゃ?」
「ワドー、なんで事故物件になったんー?」
「こちら……全部が姉の血ですか?」
「ルクル、悪いけど治してくれる?」
僕だと加減が出来ず、必要以上に寿命を削りかねないから、ルクルに治療をお願いした。
皆の質問には首を振って返す。
「僕もわからないんだ。本人に聞こうよ」
「お、流石はエリーゼ様だ。普通なら全治数ヶ月に見えるのに4日で治りそうだよー」
ルクルが明るく振る舞いながら、影響を教えてくれる。
寿命は4日分で足りるみたい。良かった。
「……ん」
「大丈夫?どういうことか説明できそう?」
「……全くあの子はダメね。ワドが喜ばせるような事を言ったんでしょ?」
「え?僕、何か言ったっけ?」
僕、全く心当たり無かったけど、マイティがフォローしてくれた。
「確か、そのままのお嬢様が良いというような事を仰られてました」
「それね。マイティ、ありがとう」
体を起こして姿勢を正したリゼが、真剣な表情で口を開く。
「ワド、あの子に元のままで良いと伝えるのは、暫く控えて欲しいの」
「ど、どうして?」
「あの子はその言葉が嬉しすぎて『それなら直ぐに行動しなきゃ!』って感極まってしまうの。でも、それじゃダメだって思ったから私を頼ったの」
元のままのエリーゼでいいのに、ダメと言われるのが分からない。
「ダメじゃ……ないよ?」
「ダメよ。あの子の思ったままに行動したら、ロアンヌ達に別の豪邸を与えてそこを宿にするように言うわ。この宿は見栄えが良くないって全壊させられたかもね?」
僕はフォローしようと口を開きかけたけど、指摘に思い当たる事がありすぎて無理だった。
「そこまでは……するかも知れないね」
「リゼはこの宿が好きよ。あの家族の思い出が詰まったここを、取り上げたくは無いの」
その場の全員が押し黙った。ロアンヌちゃんは純粋で裏表が全く無い。あの家族とこの場所がそれを育んだ事を、短い時間でも理解できた。
部屋の値段も破格だ。
ケタの世界だと4人で泊まれば1人当たり3500円で2食付き相当だ。料理は味も量もしっかりしている。儲ける事じゃなくて、安く提供しようとしていると、昨夜ルクルが言っていた。
「はぁー、ワドは言葉に注意が必要だね。ここの家族に迷惑が掛からなくてよかったー」
「ですにゃー」
「私も安心しました。姉の暴走が未然に防げた事に」
「うん……少し寂しいけど、元のままで良いって事を伝えるのは控えるよ」
早朝だったから、まだ朝食までは時間があった。
マイティがお茶を用意してくれたよ。
お茶を飲んでいたら、唐突にカルカンが質問を始める。
「あ、リゼ氏!ちょっと思ってたけど、他にも暴走の禁句ってあるのにゃ?」
「ワドを軽視した言動全般だよねー」
「それは勿論ね。リゼも平静ではいられないもの。あの子が我慢できる訳ないの」
ルクルが禁句候補をあげたよ。
アルも頷いていて、その禁句に遭遇する機会を避けるように言う。
「ですね。そういった機会はなるべく避けるようにしましょう」
「そうじゃないにゃ!リゼ氏しか分からないような禁句はあるかにゃ?」
カルカンの追求に、明らかにリゼの表情が苦いものへと変わる。
それを僕は、知っておかなきゃいけないと思ったよ。
「えっと……リゼ、あるなら教えてくれる?」
「あの子との会話を避けないってワドが約束してくれるなら……」
「そんなの当然だよ」
「……ん、ワドを信じる。……あの子を喜ばせるワドの言葉の全てが禁句ですの」
大好きとかかな?旅行中は眠らないように連呼したけど……暴走しなかったような?
「多分、ワドが考えてる言葉より、もっと沸点が低いの。旅の時はずっと起きるという暴走状態だったの。普通じゃまず耐えられないから……」
「確かに、姉の起きていることに対する執念は、狂気じみてました」
(励ましてただけのつもりだったんだけど?)
「あれってずっと暴走状態をキープしてたって事?僕、気付かなかった……」
「ちなみにー、リゼが喜ぶ沸点と同じなのかなー?」
「同じね。『ありがとう』だけでも喜ぶの」
(え?そんな事で?)
「ありがとうって言ったら暴走するのにゃ?」
「そうよ。リゼも昨夜言われて、暴走しないように必死に耐えたもの」
「日常会話だよね?ねぇアル、僕、間違ってる?」
僕は不安になって、常識担当のアルに話を振った。
「私の認識でも日常会話の範疇ですよ」
「でも、あの子の暴走はほとんどそれが起点なの。何もなければ暴走はしてないの」
「えっ!?でも何もなくても暴走してたし」
「布教活動もありがとうがキッカケなの」
(ふぁ?なんですって?)
そこから語られた驚愕の事実に、僕は言葉が出なかった。
僕の「ありがとう」での喜びを、他の人も享受できるように布教を。
僕の「助かった」なら、もっと多くの人が僕を助けて、喜びを分かち合えるように更に布教を。
僕の「美味しい」を何度も聞けるように、暴走して料理人を拉致したと。
なんと僕の発言が全部の起点だった!
「『もう少し見ていたい』ってワドのおねだりが嬉しくて、汽車も止めたの」
「やっぱ、ワドが原因だったんかー」
「先に飛んでいくのも、早く追って来てねって意味で解釈してたの」
「大嵐もワールドン様にゃ……」
(な、なにそれ?会話できなくない?)
「ワド、リゼとの約束守ってね。あの子との会話を、避けたら嫌よ?」
(さ、先回りされてた)
その後のロアンヌちゃんの宿の朝食は、頭真っ白で何を食べたか、どんな味かも分からなかった。
エリーゼは、ワドに近寄られるだけで暴走しそうになるので、はじめて近寄られる事に戸惑った感じです。
もし、暴走していたら……大変な事になったでしょうね(苦笑)
次回は「新年祭・前編」です。




