対策会議
前回のあらすじ
ルマンドから、エリーゼ対処案を聞かされて、取り乱したワド。
それから色欲エリーゼへ真実を突きつけて、傷つけてしまいました。
エリーゼの部屋を出た後、マイティからパンデピスのお土産を貰ったよ。
それを両腕で抱え、滞在しているゲストルームに戻った。部屋に入ると、留守番をしていたカルカンとアルフォートが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「ワールドン様!どうしたのにゃ!?」
「ワールドン様、何があったのですか!?」
「……ん」
あれ?……僕、泣いていたのか?
いつの間にか泣いていたみたいだ。
(……どうしてだろう?)
カルカンとアルフォートが僕の様子を気遣って、アタフタしながら明るく語りかけてくる。
二人共、作り笑いが下手だなぁ。
「ワールドン様、パンデピス切り分けますよ。甘いものでも食べましょう」
「そうにゃ!食べたり、お酒飲んだりすれば楽しくなるにゃ!」
僕の分だけ大きく切り分けられたパンデピス。追加でかける蜂蜜もいっぱい用意してくれている。
甘い香りのそれを、僕はそっとフォークですくって口へと運んだ。
(今は……全然、美味しくないよ……)
久しぶりに食べた甘味は、味を感じない。
【伝心】で読み取ると2人は、僕が泣いていた原因が分からず混乱していた。
(どうしましょう……ルクルが帰ってこない事には、何もわかりませんね……)
(ワールドン様もしかして、ワサビかカラシを食べ過ぎたのかにゃ?)
見当違いの心配をしているカルカンに、フッと笑いが出た。
「だ、大丈夫ですか?」
「いっぱいお水飲むといいにゃ!」
「ふふふ、もう大丈夫。ありがとう」
気持ちを切り替え、エリーゼを救う為の会議を始める。
「ルクルが帰ってきてから本格的に相談する訳だけど、それまでに案を出しておこうよ」
「はい、ワールドン様」
「了解にゃ!」
僕らは色々と案を出してみたけど、どれもエリーゼの暴走を止められる気がしなかった。
「私ではお役に立てなさそうです。姉を止めれた事がありませんし……」
「私の案は如何でしたかにゃ?」
「僕も、想像の中で信者エリーゼの暴走が止まらない……色々と考えたけど……」
「無視しないで欲しいにゃ!」
いやだって、部屋で毎日お酒ベロンベロンに飲ませて動けなくするって……それ君を隔離する案だよね?
あんまりな案だったからアルフォートもスルーしていただけだよ?
その後は碌な案が出ないまま、時間だけが過ぎていく。
お昼の時間になり、ルクルが部屋へ戻ってきたよ。
「おまたせー、何か良い案でたりしたー?」
「おかえり、ルクル。遅かったね」
「良い案は出てませんね」
「ぷしゅる~、旨いにゃー!うぃっく」
無視され続けて不貞腐れた猫は、酒に逃げている。
ルクルを交えての延長戦となった。
「どうせ、どうせ大した案も出せないへべれけですにゃー」
「機嫌なおしなよ、カルカン」
「私も大人げ無かったですね」
カルカンが、酒瓶を振り回しながら抗議する。
「年下のアルフォート氏に大人げとか言われたく無いにゃー」
「いや、俺はカルカン君の案、悪くないと思うよー」
「同情はいらないにゃ!それよりお酒のお代わりくれにゃ!」
「同情じゃなくて、至って本気だよー」
ルクルがカルカンをフォローしている。話進まないからちゃんとやらなきゃ。
「ルクル、カルカンを慰めてる場合じゃないよ。ちゃんとエリーゼを助ける案を出さなきゃ」
「だからー、さっきからカルカン君の案は悪くない、って言ってるのー」
「ふざけてないで」
「ふざけてないからー、ちゃんと聞いてー」
ルクルが基本方針と対策案を語りだした。
「暴走の兆しが見えたら人格を入れ替える。これを基本とするねー」
「それはそうだね」
ルクルは「で、避けられない突発的な暴走は……」と、言葉を切って少し溜めている。
僕とアルフォートはゴクリと喉を鳴らした。
「他人の俺らでは対策するの無理だし、効果的な対策案も出ないって結論だよー」
「はぁ?ルクル、真面目にやってる?」
「では、カルカンの案が悪くないと言ってたのは?」
僕とアルフォートはルクルに詰め寄った。
「本人を抑え込むのは、本人にアイデア出して貰うのが一番って事」
「だからね、ルクル。そういう理屈とか理論とかって通用しないよ?」
僕の考えを伝えると、アルも頷いて同意する。
「ですね。ワールドン様が仰るように、姉は本能で暴走しますから……」
「いるじゃん、1人だけ。エリーゼ様の事を一番理解出来る人がさー」
「あ……」
アルフォートは何か気付いたみたい。
でも、僕はエリーゼが理論的に考えるなんて……無理だと思う。
「色欲エリーゼ様に信者エリーゼ様の抑え方を考えて貰うの。既に打診はしてきたよー」
ルクルの戻りが遅かったのは、色欲エリーゼに今回の打診をしていたからのようだ。
でも本当に暴走を止める案が出せるのかな?
「本人だからって本能を止める案って出るもんなのかな?僕、半信半疑なんだけど」
「え?だって元々は信者エリーゼ様の人格から分離したんじゃんー?女神への信仰心を抑え込んで生まれた人格だよー?」
コン、コン……
確かに言われてみれば……と考えた所にノックの音が響く。
直ぐに「お、スペシャルゲストが来たみたいねー」と反応したルクルが、入室許可の返事をする。
ガチャリと開いた扉の向こうにエリーゼがいたよ。目の下は真っ赤なままだった。
「ワド……」
「エリーゼ……」
直ぐには入室せず、暫し無言で向き合う。するとエリーゼが頭を深く下げた。
「ワド、今までごめんなさい。これからワドの嫌がる事はしないと約束しますの」
「エリーゼ、僕のほうこそ……ごめん。その……本当にごめんよ」
「謝らないで……リゼの事、許してくれるなら……リゼって呼んで欲しいの」
「わかった。リゼ、よろしくね」
顔をあげたエリーゼの顔には、笑顔があった。
まだ無理をしている様子だけど、あだ名で呼ばれて嬉しそう。
「ルクルもカルカンも、リゼって呼んで欲しいの」
「リゼ様、分かったにゃー」
「敬称も敬語もいらないの。友達と同じように接してくれる?リゼは友達だと思ってる」
エリーゼが、敬称は要らないと首を緩く振っていた。
「分かったよー、リゼ、よろしくー」
「了解にゃー、リゼ氏、よろしくにゃ!」
「……ありがとう」
色欲エリーゼの雰囲気がとても柔らかくなっていて、このエリーゼも大切に思えた。
(今まで避けてて、ごめん……)
エリーゼも交えて、対策会議の続きを進めたよ。
従者にお茶を淹れて貰っている間に説明をすると、エリーゼは積極的に意見を出してきた。
「自分の事だから、あの子が何を一番大事にしていて、何がキッカケで暴走するかはわかるの」
「難しそうにゃ」
「単純よ。今はワドが全ての中心なの」
「僕が注意しても止まらないけど?」
僕がそう指摘するとエリーゼは顔を赤くして、とても恥ずかしそうに少し顔を伏せた。
エリーゼは、カップに視線を落としたまま言葉を続けてくる。
「自分の事だから良くわかるの。ほんと嫌になる……ワドの事を思って、喜んで貰えると思って、行動してるの」
「う、うん」
顔を再びあげた時、エリーゼは困った表情をしていた。僕は言葉に詰まったよ。
「自分の行動がワドに迷惑をかけているなんて、1ミリも考えてないの。こんなにワドの事を思って、行動してるのだから絶対大丈夫って」
「僕、困ると伝えても止まらないよ?」
「ワドが優しいから……傷つけるように拒絶するまではしないでしょ」
そういえば……そうかも知れない。エリーゼの暴走は困ると思いながらも、初めてできた女の子の友達に……嫌われたく無かったんだ。
僕が知らなかった、僕の心を言い当てられた。エリーゼって本当に僕の事をよく見ているんだなぁ。
「だから遠慮してるだけだと思い込んでるの。ワドが遠慮してるからリゼが頑張らなきゃ……って。あの子も根っこは同じなの」
「リゼ氏はどうして気づけたにゃ?」
またも空気読まずに爆弾投下したよ。
無神経な言葉に、場が凍り付く。
(今は空気読むタイミングだよ!カルカン!)
エリーゼは心を押し殺すように、悲しげな表情をし「リゼは真実を教えて貰ったから」と呟いた。そんな表情を見るのはつらい。
エリーゼがこちらを伺うように、控えめな提案を口にする。
「……どうするの?あの子にもリゼと全く同じ事をすれば、自分のしてる事が迷惑だって伝えられ……」
「それはヤダ!リゼを傷つけて、エリーゼまで傷つけるのは、僕は嫌だ!」
僕は大声を出して、エリーゼの言葉を遮った。
あんな思いをもう一回するのも、あんなにエリーゼを泣かせるのもしたくない。
「わかってる。ワドがそれをしたくないって事はわかってる。安心して欲しいの」
「姉上……それでは、どうするのですか?」
「アルフォート、お兄様が具体的に苦慮しているのは他国の貴族とのトラブルよね?」
エリーゼが、アルフォートに真剣な眼差しを向ける。
その眼差しに「そうです、姉上」と返すアルフォート。
「それなら何とかなると思うの。あの子も私であるのだから。他の暴走も多少は緩和させられる。任せて欲しいの」
なんだかエリーゼは自信があるみたいだ。
でも何か思いつめたような表情をしていた。
見ていると今朝の事を思い出して胸が苦しくなる。
するとエリーゼがルクルを見つめてから口を開く。
「ルクル……リゼとの約束守ってね?」
「あぁ……必ず守るよ」
(……約束?)
とても気になったけど、エリーゼの表情を見ていたら、【伝心】で思考を覗く気にはなれなかった。
エリーゼに指摘されて、ワドは自分自身の本当の気持ちに気づきました。
次回は「友達の説得」です。




