ガラスハート・後編
前回のあらすじ
ルクルからの提案で、色欲エリーゼを抑えられる可能性が見えて来ました。
可能性を知ってワドはとても喜んでいます。
翌日、再びルマンド君との会談の場が設けられた。
私人としての相談との事で、客間に案内されたよ。
その日のルマンド君の表情は凄く真剣だった。その菖蒲色の瞳には、覚悟が宿っていたと思う。
「ワールドン様、ルクル殿、カルカン殿、愚妹の被害を抑えられるよう、お力を貸して頂きたい」
「ルマンド様はどのような案をお考えですか?」
「分かりました。これはあくまでワールドン様の安全が、確保できた後の提案となります」
ルクルが質問した事は、僕も気になった。具体的な考えが無ければ、あのような雰囲気では無いだろう。
僕の安全?嫌な予感にゴクリと喉を鳴らす。
ルマンド君は、顔の前で手を組み、静かに語り始めた。
「ここまでの旅路とは逆に、愚妹の主人格を入れ替えます。元の人格は極力、表に出さないようにする事も考えています」
「主人格を入れ替える……なるほど……[事も]というのは、別案もあるという事ですか?」
「……はい、いささか賭けの要素が強いですが……最終手段としての案はあります」
(え?……色欲エリーゼとずっと一緒って事?もし安全が確保出来てても……ちょっとヤダな……)
ルクルが「お伺いしても?」と追求しているけど、ルマンド君の表情は固く、言葉も言い淀んでいる感じ。
「……軽蔑して頂いても構いません。とある薬を、元の人格の時に投与する予定です」
僕は詳しくないけど、軽蔑とは穏やかじゃないな。
薬は何かとてもヤバそうな雰囲気がした。
僕が言葉を失っている間、ルクルとカルカンの質問に、ルマンド君が応じる形で進んでいく。
「ルマンド様、その薬とは?」
「……暗部で使用している記憶の消去や混濁の効果がある薬です。それの副作用を利用します」
「ふ、副作用とはどんなのですかにゃ?」
「長い期間の記憶へ影響させるには大量投与が必要です。……ただ、副作用として記憶が破壊されて、廃人になるリスクがあります」
思っていた以上の副作用に、僕らは目を丸くした。
「……上手くいけば、新しい人格だけは助かるかも知れません」
「でもでも、今までのエリーゼが壊れちゃうって事でしょ!?僕はヤダよ!」
「確かに最終手段ですね……」
(ルクル!最終手段でもそんなのヤダよ!)
「信者エリーゼの時は、僕と2人で大人しく部屋にいる。そういった形でどうかな?」
「そうです。それが表に出さない案ですね」
僕が「じゃあそれを」と言いかけると、ルマンド君が強めの口調で遮った。
「ですが、ワールドン様の負担がとても大きいと思います。一瞬の隙も与えず相手をするのは大変でしょう?」
「僕が一緒にいてと言えば大丈夫だよ!」
「……何かの拍子に暴走して、飛び出していく可能性がありますよね?」
(う……それは、あるかも……)
というより実際にあった。「ダメだよ?」って言っても「大丈夫ですわ!」って聞く耳持たず、暴走した記憶が幾つもある。
「実は処分も検討しました。ですが、今はワールドン様のマナを浴びて進化している為、並の暗殺では返り討ちでしょう?」
「しょ、処分?暗殺!?」
「同じく強制投与も困難ですが、ワールドン様が服用しろと命令すれば、愚妹は劇毒でも飲むでしょう」
僕は頭が真っ白になった。エリーゼを廃人にする為の薬を、飲むようにお願いする?僕が?
僕はテーブルを叩いた。テーブルは木っ端微塵に粉砕され、宙に粉塵が舞う。
「ふざけるな!僕は友達にそんな事をお願いしないぞ!」
「ワド、落ち着け」
「エリーゼは僕の友達だ!女の子で初めての友達だ!絶対に嫌だ!」
「ワド!いいから落ち着け!」
完全に我を忘れていた僕の肩を、ルクルが両手で強く掴んだ。
「これはルマンド様の考えてる案だ!俺達はエリーゼ様が廃人にならない案を出せばいい!」
いつものナヨナヨした喋り方では無くて、オタネタの口調でも無くて、貴族相手の取り繕う話し方でも無くて、真剣に発せられたルクルの言葉だった。
僕は少し冷静さを取り戻したけど、心の中に渦巻く焦燥感が消えない。
そんな中、空気をぶった斬るゆるい言葉。
「エリーゼ様は困った人にゃ。でも食事の恩にゃー、一肌脱いでやるにゃー」
フンスと両腕をあげガッツポーズを取るカルカン。
その場にあった、緊迫した雰囲気が霧散する。アルフォートは少し吹いていた。僕の中の焦燥感も霧散して、肩の力が自然に抜けていく。
(相変わらず空気読めて無いよ……無いけど……君が友達で、良かった……)
「ワールドン様、ルクル殿、カルカン殿、愚妹の……エリーゼの友人になってくれてありがとう」
そう言ってルマンド君は頭を下げた。彼の覚悟は分かった。僕らは助ける覚悟を持てばいい。
エリーゼの対策は、一度持ち帰らせて貰う事にした。
─────────────────────
それから僕らはルマンド君の元を離れ、エリーゼの自室に向かったよ。今は色欲エリーゼとなっていて拘束されているらしい。
カルカンとアルフォートに今回は遠慮して貰って、僕とルクルだけだ。
「マイティさん、状況はどうですー?」
「マイティ、僕が入っても大丈夫?安全?」
「はい、ルクル様の依頼通りにしています」
依頼の内容が気になって、揺さぶりながら尋ねた。
「ルクルルクル、依頼ってなんなん?」
「拘束に加えて、目隠しと猿轡をお願いしただけだよー?」
(え?何そのアブノーマルなプレイ……ルクルってそういう趣味が?)
「ちょっと、ちょっと、何か失礼な誤解してないかなー?」
「趣味は個人の自由だけど、無理矢理に強要するのは良くないよ?」
「ちっがーーーう!お前の為だよ!ワド!」
「僕、そっちの趣味はちょっと遠慮かな……」
ルクルが慌てて説明を始める。
「今回の伝心は長丁場だろ?エリーゼ様の視線とか、発言とかでワドが動揺するのを避ける為なんー」
「動揺しても仕切り直せば良くない?」
「仕切り直したら明日は信者エリーゼ様だよー?それに日数かけ過ぎて、ルマンド様が最終手段に踏み切ったら?」
僕は言葉に詰まった。
確かに、そんなにリトライの時間は無さそうだ。
「分かった。早めに伝心を終わらせよう」
「それに……これはワドにも酷な事になるから、先に謝っておく。……ごめん」
「なんで?なんでルクルが謝るの?」
「終われば分かるよ……」
ルクルのごめんが何故なのか疑問に思いつつ、僕らはエリーゼの部屋に入った。くぐもった声と、拘束の鎖の音が激しくなったよ。
席についたルクルが、説明を始めていく。
「エリーゼ様、貴方は二重人格になっています。そして別人格の記憶がありません。記憶がかけている期間が長い事に、少しは疑問をお持ちでは無いですか?」
「……」
心当たりがあるのか動きが止まった。
「眠る事で人格が入れ替わるようです。眠らないようにお願いします」
「…………」
「では、ワドから伝心で、別人格の共有をしますね」
僕は色欲エリーゼと再会した時から後の、信者エリーゼとの思い出を共有した。
僕らだけで相談していた、エリーゼ対策なども共有したよ。
僕が色欲エリーゼを拒絶している、その全てを。
【伝心】の共有が夜に差しかかった所で、ルクルが目隠しと猿轡、拘束を解除していた。寝ていないかを確認する為にだ。
拘束を外された、エリーゼの様子は……
そのエリーゼは呆然と目を見開き、天井を見つめたままだった。色欲エリーゼの視線が、僕で無いのは初めてだ。
─────────────────────
夜通し【伝心】を行って2日目も続いている。期間が長いので、伝える内容が多い。
2日目の夜に差しかかったら、エリーゼの瞳からは涙が流れていた。
エリーゼは一言も喋らず【伝心】を受け入れ続けている。
(なんだか、心が痛くなったよ……)
更に夜通し続けて3日目の朝になった時、エリーゼがポツリと呟いた。
「……もう……いいわ……わかった」
「エリーゼ様、まだ靴を選んでプレゼントするシーン等が残っていますが?」
「……わたし以外の……わたしと……楽しそうにしているワドを見るのは……つらいの……」
「そう……ですか。ワド、もういいよお疲れ。先に戻ってくれるー?俺は少し、エリーゼ様と話をしてから戻るよ」
僕は【伝心】を止めて、席を後にし扉の前まで進む。
部屋を出る前に、一度振り返りエリーゼを見る。
涙を流し続けるエリーゼの瞳が、僕を見ることは無かった。
ルクルからの指示でマイティも連れて退室したよ。
扉が閉じた直後、せきを切ったエリーゼの嗚咽が廊下まで響いた。
(ごめんよ、ごめんよ……エリーゼ)
僕はこの日、初めて友達を傷つけてしまった。
友達を傷つける初めての経験をしたワド。
知識として知っている事と、自分自身で体験する事の違いを学習しました。
次回は「対策会議」です。




