ガラスハート・前編
前回のあらすじ
ブールボン王都に辿り着き、大公当主との面会しました。そしてエリーゼの問題行動を報告したら、当主が倒れました。
ルマンド君との話し合いは、夜遅くまで続いた。
それにしても気になるのは、本邸は外観の立派さに比べて、美術品や調度品が極端に少ない事。これなら港町の高級宿のほうが充実しているくらいだよ。
「所でルマンド君に聞きたいんだけど」
「何でしょうか?ワールドン様」
「美術品や調度品が極端に少ないのは、どうしてなのかな?」
僕はストレートに聞いてみた。ルマンド君もアルフォートも同じように苦い顔して、胃の辺りを押さえている。なにか訳あり?
「……愚妹エリーゼの後始末の為に、売却したりお詫びとして献上したりで、代々の品々までほぼ全て手放しております」
「ふぁ!?」
僕が驚いていると、アルフォートも追加情報を投下してきたよ。
「私が子供の頃には、たくさんありました。姉のせいで寂しくなりました。今では準男爵位よりも少ないでしょうね」
そんなに金銭的に大変だったの?僕、かなりのお金を使って貰っているけど?
返せとか言われないか僕、ドキドキしてきた。
恐る恐る聞いてみる。
「ひょっとして金銭的に困窮しているの?」
「いえ、そこまでではありませんよ」
僕が「なら、どうして?」と問うと、遠い目で答え始めるルマンド君。
「どうせ家に置いていても壊されるか、勝手に売られるかなので諦めたのです」
「あはは……」
僕、乾いた笑いが出ちゃったよ。
ルクルとカルカンも引きつった顔で絶句している。
子供の頃のエリーゼが、壊したり、勝手に売ったりしていたらしい。暴走癖は昔からなのかぁ。
「愚妹は子供の頃から、手が付けられないお転婆です。壊れやすい物は、いつ壊されるか気が気でない日々でした。それに愚妹はお小遣いが足りないと思えば、勝手に美術品などを売り飛ばしています。元の価値からすれば端金で売られた時は、ストレスで倒れましたよ」
ルマンド君の菖蒲色の瞳には、苦労が滲み出ていた。
物凄く老けて見えるけど……お兄さんなんだよね?
一体何歳だろう?僕だって少しは空気を読むから、とても聞けないよ。
そう思って躊躇したら、カルカンが色々とズバっと質問し始めた。
「あの、従者が屋敷の大きさに比べて少ないのも、金銭的なご都合ですかにゃ?」
「いえいえ、各地へ出張らっている為ですよ。カルカン殿」
更に「エリーゼ様の後始末ですかにゃ?」と質問を続けるカルカン。
それにも、ルマンド君は特に警戒する様子もなく、丁寧に返していたよ。
「それもありますが、基本的には我が家系の問題です。ワールドン様には隠し事出来ないので、お話ししますよ」
アルフォートから【伝心】の事は聞いているみたい。ルマンド君が代々の役割を語りだした。
「我が家系は傍系王族です。公爵位となる際に、性をホリターに改名しております。元々は親族ですので、王族として名を連ねておりました。ですが、王族も綺麗事だけでは国がたち行きません」
ルマンド君は一息いれてから、そのまま続ける。
「王族の中で、汚れ仕事を請け負う暗部が構成されていました。その暗部を王族から切り離す形で、我々の先祖が大公となりました。この国の表と裏を掌握するのが、我が家系です」
おぉう、嘘が全く無かったよ。びっくり。
ルクルもカルカンも青い顔をしている。
「そんな国家機密を、話しても良かったのですかにゃ!?」
「ハハハ、問題ありませんよ。どうせ聞かれたら愚妹がホイホイ話すでしょうし、それに……」
言葉を切った上で、一部を強調し伝えてきた。
「知られた所で、我が暗部をどうこうする事は出来ませんよ」
相手に知られても、警戒をされた上でも、その上をいく絶対の自信があるみたいだね。
ん?【伝心】で読み取ったら、結構恐ろしい情報が出てきたな。後でルクルにも伝えておこう。
「ただ愚妹の対応だけは、頭が痛い問題なのです」
「兄上、二重人格の件の報告は受けましたか?」
「……基本的な報告は聞いた。それも頭が痛いな」
そう言いながら、ルマンド君は軽く被りを振った。
「あの、ルマンド様。差し支えなければ、エリーゼ様の二重人格で、お困りの内容を教えて頂けますか?」
「あぁ、勿論。構わないともルクル殿」
ん?ルクルが質問したけど、色欲エリーゼの被害って僕限定じゃないの?何か他にもあるのかな?
「それ、僕も凄く気になる」
「ハハハ、ワールドン様は愚妹の被害を一番受けていらっしゃいますしね。温泉の件は、とても申し訳無く思っております」
(マイティーーー!?そんな事まで報告してるの?ちょっとーーー!僕のプライバシーは?)
「愚妹の二重人格は、お互いの記憶がありません」
「確かにエリーゼ様の人格は、記憶を共有できていませんね」
ルクルが肯定を示したので、僕も便乗しておく。
「うん、僕もそれで助かってる部分ある」
「しかし記憶が無い事で、新たなトラブルが生まれております」
僕らと合流する前から、トラブルを起こしていたとの事で、ルマンド君が詳細を説明してくれた。
「元の人格で揉め事などトラブルを起こした翌日には、別の人格になっていて記憶がありません」
「被害者が翌日に詰め寄った時に『知らない』『そもそも誰?』みたいな事がありまして……必要以上に拗れてるのです」
あー、なるほど。被害者側からすれば昨日の事なのに、色欲エリーゼは全く知らない事だから、完全にシャットアウトしたんだろうな。
それは揉めるね。かなり感じが悪そうだ。
「……そちらの問題につきましては、解決可能かも知れません」
「ほぅ……ルクル殿はワールドン様の御力を借りて、愚妹に真実を突きつけるつもりか」
ルクルが「はい、流石ですねルマンド様」と返し、何やら理解し合ったような雰囲気を醸し出している。
そこにルマンド君から、追加の質問があった。
「両方か?それとも元人格には伏せて……」
「はい、新しい人格側です。勝算は高いと思います」
ん?そんな話は聞いて無いんだけど?
ま、後で相談があるんだろうな。もし、僕の生贄計画だったら……断固拒否だけど。
「ところで兄上、私が持ち帰った最新のトラブル情報が御座います。今、報告しても宜しいでしょうか?それとも後日が良いでしょうか?」
少しの逡巡の後、「どの道、同じだ。今、申せ」とルマンド君は促した。
ルマンド君は覚悟を決めたのか、悲壮な青い表情をしている。
(なんか……あんなに顔色悪いのに大丈夫かな?)
「姉は、モンアード侯爵の領主館の一室を半壊させました」
「ぐっ、胃が……」
「その部屋のかなり高額の美術品や調度品、高級食器などが全損しております」
あまりの被害の大きさに、胃の辺りを押さえながら目を丸くするルマンド君。
「ガハッ!痛たたたた……そうか……」
「いえ、報告はまだあります」
ルマンド君は「な……んだと……」と声を絞りだすと、これ以上無いってくらいに目を見開く。
僕は他の被害を思い出せずに小首を傾げていた。
アルフォートは「ココ伯爵両家の全ての船を全損させました」と淡々と報告。
それを聞いて「ガハァァア!」と盛大に吐血するルマンド君。
抜け毛だけじゃなくて、吐血して倒れたけど大丈夫?ルマンド君は繊細なのかな?
ルマンド君が倒れたので、その日の面会は終了したよ。
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んで、僕らはゲストルームに案内された。
革張りの一人掛けソファーにそれぞれ腰をおろす。
そして、僕は直ぐに本題を切り出しルクルを問い詰めていく。
「ルクル!色欲になにかするって話聞いてないよ!」
「あぁ、それなー」
「ちゃんと説明して!」
「ふはぁ~旨いにゃーしみるにゃー」
僕の貞操がかかっているのに、カルカンは暢気に晩酌している。マジで自重して?
「伝心で信者エリーゼ様の状態を見せて、記憶の共有が出来てない事を突きつける作戦だよー」
「それがなんになるの!?」
僕は身を乗り出して、食い気味に問う。
おどけた素振りのルクルは、ソファーに深く体を預けながら言葉を返してくる。
先に「まぁ、細かい交渉が上手くいくかはこれからだけどさー」と前置きをしながら語りだすルクル。
「色欲エリーゼ様は、ワドの前以外では割と普通だとジャックさんに聞いてるのねー」
「それは僕も知ってるけど、僕に対してはブレーキ無いから意味ないよ!?」
ルクルは「違くてー」と言いながら、頭をかいて思案顔をしていた。
けれど、なんか要領を得ない……なんなの?
にしても酒臭い、カルカン邪魔!なんかムカツク!
にゃっにゃ言いながら1人楽しそうに飲んでいる。空気読め!
「現実を突きつけてさー、ワドの安全を確保する為だよー。1番の理由はねー」
「だからどうやって安全を?」
「今の色欲エリーゼ様ではダメって現実をだよー?」
「んんん?」
ルクルは「鈍いなー」と言いつつ少し姿勢を変え、テーブルに肘を乗せて口の前で手を組んだ。
(あの司令のモノマネかい?)
「ワドが全力で避けてるという紛れも無い現実を……だよ。現にブールボン王国の王都まで、自分とは違う人格と一緒にいる。それをワドが選択してるからねー、動かぬ証拠だよー」
(あーーー!そういう事か!)
「大好きな友達に避けられてるって結構クるからね。当面は大人しくさせる事も出来ると思うよー」
「確かに!」
僕は柏手を打って強い同意を示す。
更に後のフォローまでルクルが申し出てきた。
「あとは信者エリーゼ様の情報を流す事を条件に、色々と交渉もできると思う。ワドだと荷が重いからそれは俺がやるよー」
「ルクル、マジ神!救世主!」
即、「神はお前じゃんかよー」とのツッコミだよ。
正直、僕にも良心の呵責があったから、信者エリーゼの負担は気に病んではいたんだ。でも、貞操の危機になりふり構ってられなかった。
安全さえ確保出来れば、エリーゼに睡眠をとってもらう未来が来るかも知れない!
そうして、ルクルはおやすみといって眠りにつく。カルカンはかなり前からぐーすかぴーだ。
ふぅ、ルクルに任せておけば大丈夫だ。
興奮していた僕は、ルクルに大事な情報を伝える事を失念していた。
この情報を伝え忘れた事を、後に強く後悔したよ。
ワド「僕にも良心の呵責があったから…」
ルクル「はぁ?」
カルカン「にゃー?」
…ザワッ…ザワザワ…
…審議中(しばらくお待ち下さい)…
ワド「ちょ…ほんとだよ!?」
次回は「ガラスハート・後編」です。




