閑話:安心できない女神との出会い
前回のあらすじ
ワドとアルフォートの港町ワイナッカでの出会い。アルフォートからどう見えていたのか?
ep.「港町巡り・前編」の頃のアルフォート視点です。
私は各所で問題を起こしている姉上を連れ戻す為、港町ワイナッカまで来ていた。
兄上は気苦労が絶えないみたいで、最近はやつれたように見える。私に連れ戻す依頼をする時も、体調は芳しく無さそうに見えた。
「アルフォート、なんとしてもあの愚妹を連れ戻してくれ。俺は当主になってからまだそれほど経ってないので、王都から動けん」
「分かりました。私が姉上を連れ戻します」
「頼んだぞ」
兄上に頼まれて行方を追っているが、姉上は神出鬼没で国内のあちこちを点々としている。
姉上がワイナッカにいると情報を掴み来てみれば、姉とは入れ替わりになったようだ。
改めて私は、姉を追いかける計画を立て直す。
(仮に会えたとして、どう連れ帰るかが難関ですね)
ここまでの旅で姉上に会う事が出来ても、毎回こちらの言い分を聞かずに去ってしまっている。
会う事のハードル、話し合いに応じてもらう事のハードル、家に連れ帰る事のハードルと3段構えでどれも非常に難易度が高い。
しかし、姉上が陸路で移動しているという情報は朗報だ。今は急ぎの用事が無く、帰りたくないから放浪している状態という事である。
このチャンスは逃せないと考えていた。
明日の出発まで暇を持て余した私は、街を散策していて、ひと際目を惹く女性を見かけた。
どうしても視線が引き寄せられるその美貌は、うっすらと光を帯びていてどこか神聖さを感じさせる。私は無意識の内にその女性へと引き寄せられ、気づけばすぐ近くまで来ていた。
私が後ろ姿を見つめていたら、ふいに彼女はこちらへ振り返る。
(美しい……)
その目を見た瞬間、そのあまりの美貌に言葉を失う。この世の存在と思えない程の美しさの彼女は、吸い込まれるような金色の瞳をしていた。私は気恥ずかしくなり慌てて視線を下に反らす。
(不躾な視線を女性に向けるなど、紳士の行為では無い……)
そう考えていた時にふいに目に入り込んだのは、私に背を向けている彼女の素足だ。何故か靴を履いていない。これほどに美しい足が、小石でも踏んで傷つくのは見過ごせなかった。
「金色の髪のそこの君!何故、裸足なのですか!?靴は!?」
私は咄嗟に声をかけてしまう。すると彼女は去ろうとした足を止めて、改めてこちらへ向き直り言葉を紡いだ。
「はじめまして、僕の名前はワールドン。君の名前はなんて言うのかな?」
彼女は唐突に語りかけた私に対しても、誠実に対応してくれた。
女性の名前としては風変わりだったので、一瞬驚いたが、その違和感のおかげで私は冷静さを取り戻す。
靴を履いていない事情が、何かあるのだろうと考えた。
気持を落ち着けて、丁寧な言葉遣いで改めて質問する。
「私はアルフォートと申します。靴はどうなされたのです?」
「靴はお金が足りなかったから、買えなかったの」
彼女は会話の最中に、少しずつ地面から浮かび上がっていた。今では私の視線の高さに、彼女の腰辺りが来ている。その不思議な浮遊現象を見て、やはり何かの事情があるのだろうと思い、重ねて問おうとしたら、ふいにスカートがフワリとめくれた。
「何か事情がお在り……ウエェッ!?あ、あの……し、下着……いや……あのその……」
「どうしたの?」
私は慌てて下を向いて視線を反らす。
偶然とは言え、女性の大切な所を凝視する訳にはいかない。私は今、凄く顔が赤いという自覚があった。何故なら顔から火が出ると思える程に火照ってしまっている。
光で細部はハッキリと見えなかったが、下着を着けていなかった。
「……どうか、長いスカートと靴をプレゼントさせて下さい……」
「え!?僕お金無いよ?」
「プレゼントですから、お代は私が払います」
彼女は見られたという自覚すら無かった。
この様子では、いつ男に襲われてもおかしくないが、男である私から下着を贈るなんて、流石に恥ずかしくて出来ない。せめて長いスカートだけでもプレゼントしたいと思う。
「わぁラッキー!君は良い人だね」
「……さ、流石に目のやり場に……困ります」
彼女は自分がどれだけ危険な格好をしているか、自覚が全く無かった。私が危ないから長いスカートを選ぶように伝えても、手に取るのは短いスカートばかりだ。「防御力は大して変わらない」と言っていて、どこか常識や感性がズレている。
これは彼女に任せておけないと判断し、私の好みと独断で服を選んで贈った。
「ありがとう。服の贈り物なんて初めてだから嬉しい」
「……あ、暗くなる前に早めに宿へ戻って下さいね」
服を選んでいたらだいぶ陽が傾いて、そろそろ日没の時間が近付いている。彼女のような存在はとても心配だ。早く宿に戻って欲しいと思っていたら、全く予想して無かった返事が帰ってきた。
「僕、お金が無いから宿は取ってないんだ。心配してくれてありがとう」
「宿を取ってないのですか!?」
「うん。夜は適当にその辺りを散策してるよ」
「女性1人で夜ウロウロするのは危険です!」
なんてことだ!彼女は常識がなさ過ぎる。これだけ美しい女性が、夜に1人でうろつく危険性をまるで理解していない。とても放っておけないし、あまりにも心配だ。私が助けなければ。
「君は心から僕を心配してくれてるんだね。でも、僕はドラゴンだから危険は無いよ」
「ダメです!ご自分がどれだけ魅力的な女性かを理解していないのです!心配ですから宿代は私が出します。宿を取って下さい!」
(本当に心配です。世間知らずの箱入り娘の家出なのでしょうか?)
やはり、常識とズレた返事を彼女はしてきた。
「ありがとう、なら言葉に甘えるね。宿代が高い所は悪いし、雑魚寝の宿か相部屋の宿でいいよ」
「良くありませんよ!自分を大切にして下さい!宿は私が選びます!」
(ああ~もう!こんな女性を1人にするなんて心配すぎます!)
「でも、1人部屋の所は高いしさ、同じ金額分でスイーツ食べた方が絶対にいいよ?」
「甘いデザート付きの食事も私が奢ります!それなら文句はないですね!?」
(気にする所が違うでしょう!年頃の女性で1人なのですから、まずは身の安全からでしょう!?)
私がご実家に案内するまで全額面倒みると決めた。
心配すぎて放置などとても出来ないので。
食事を奢り、1人部屋の宿に押し込んで、翌朝も朝食後のスイーツをご馳走する。
そのように心配して世話を焼いていると、彼女が光の一柱であるドラゴンだと聞かされた。
神秘的な雰囲気を持っていて、どこか浮世離れした感性の持ち主。ですが、神様の一角のドラゴンと言われても、すぐには信じられない。
私が信じていない様子を悟った彼女は、港町の外でドラゴンの姿に戻って見せた。
人の姿の時と同様に美しいドラゴンだ。
その神々しい光に輝く、金色の竜鱗を見て、彼女が神様であると、自然に信じる事ができた。
「……ワールドン様は本当に美しい女神様ですね」
「そ、そうかな?アルフォートが良い人だから明かしたんだよ。なので、実家からの家出でも無いからね。それに僕は、人を探さないといけないから……」
ワールドン様は港町ルモイに行く予定だと仰った。ちょうど姉上がいる港町だ。
私が勝手に家出娘と決めつけていた為、ワールドン様は神様だと明かしてくれたようだ。
私の心配は杞憂だったが、助けになりたいと思っている。目的地が同じなので、同行を願い出てみた。
「ワールドン様は俗世に慣れておりませんので、これからもご助力させて下さい」
「アルフォート、色々と助けてくれてありがとう」
「はい。ワールドン様。是非とも旅にご同行させて下さい」
姉上は神話や英雄譚をこの上なく愛するので、ワールドン様を確実に気に入るだろう。それに美しい物にも目がない。私から衣服や靴を贈り過ぎるのもあまり良くないが、同性である姉上なら問題ない。
下着も姉上に買って貰うのがいいのだが……下着を持っていない事を、何故知っているのか姉上に知られたら……私が殺されそうだ。
「今、港町ルモイには私の姉がおります」
「へえー、お姉さんがいるんだね。僕もこれから行くから奇遇だね」
「姉は神話が好きで、美人も着飾るのが好きだから姉に色々と買って貰うと良いですよ」
ワールドン様は「流石に悪いよ」と仰っているが、靴一足と衣服一着では不便だと説得した。なんとか買い物に行く気になってくれて一安心だ。
確実に姉上を呼び出す為、伝令に「女神と一緒に会いに行く」と伝えるよう指示する。
(自然な流れで、姉上と下着も購入していただけると良いのですが……)
「貰ってばかりでは心苦しいよ。何か欲しいものある?マナ鉱石とかいる?」
「……欲しいもの……すぐには思いつきませんね」
「思いついたら気兼ねなく言ってね!」
そう言われて旅の間、ずっと欲しい物を考えたが思いつかなかった。
(物では特に……あ!)
「ワールドン様、お返しの件ですが、姉が自宅に戻るようお口添えを頂けませんか?」
「そんな事でいいの?」
「はい。そんな事が重要なのですよ。……姉は私の話を聞いてくれないので」
私の話を聞いていたワールドン様は、小首を傾げて不思議そうに聞き返す。
「ふーん、僕は落ち着いて話をすれば、聞いてくれるんじゃない?って思うよ」
「……姉は私と違って、少々落ち着きがないのです」
「ふーん、そうなんだ?僕、想像できないなぁ」
なんか騙しているようで心苦しい。
そんな話をしていたら、姉がこちらへ全力疾走でやってきた。
「ふぅーーー!女神様は僕っ娘でしたわ!」
それからは大変な事になった。
姉上が家の全財産を持ち出して、ワールドン様についていき、私は後始末の応援をするよう兄上から帰還命令が出た。
(……どうしてこうなったのでしょうか?)
やはり、ワールドン様に姉上の暴走癖を、ちゃんと説明しなかった事に対する天罰なのだろう。
私は謝罪や資金繰りの相談で、各所に忙しく回っている最中、心の中でワールドン様に陳謝した。
他の人はワドの顔ばかりみているので、裸足に気づいたのはアルフォートだけですね。
本文中に一つだけアルフォートの嘘があります。
(そういう事にしたい気持ちなのでしょう)
この頃は発光量もかなり抑えが効いてるので、バッチリ見えてますよ!
次回から新章「大公の提案への抵抗」になります。
次回は「ガラスハート・前編」です。




