分家と分家のお家騒動・前編
前回のあらすじ
宿題となっていたトラブルへの対応を、急遽突きつけられたワド達。
港町モンアードにやってくる、ココ伯爵達の対策を検討していました。
結局、勝負内容を何にするかについては、決定することが出来なかった。
一応の候補として快適性などの案は出たけど、どのように差をつけても、相手が納得しないだろうとの意見が出て決定打に欠けた。
船の速度は差が明確なんだけれど、前回エリーゼが「ワールドン様より遅いのに、速度で競っても意味ないですわ!」と言い切っているからボツ。
明日にはココ伯爵家がモンアードに訪れるので、「それぞれにアピールをさせてから考えよう」というルクルの無難な案が採用された。
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翌朝。
日が変わると土砂降りになっていた。
昨日の時点でどんよりとした曇り空だったので、雨が降る予想だったけど、思っていた以上の豪雨だ。
(ココ伯爵は船で来るって話だけど今日来れるかな?)
「おはようございます!ワールドン様!」
「おはよ、エリーゼ」
信者エリーゼが復活している。でも、ココ伯爵相手に暴走しないか不安だ。
エリーゼは、久しぶりに睡眠を充分採って、とても元気ハツラツだよ。
逆にマイティは凄くお疲れモードだった。
「マイティ、お疲れ様」
「ええ……ワールドン様、お気遣いありがとうございます」
夜通し掃除をしていたみたいで「まさか嫌がらせに本当にするとは……」と言うマイティの呟きは聞こえなかった事にした。
「これだけの豪雨だと操船は無理じゃないかなー?」
「今日は来ないかもね。パンデピスあるから皆で食べよう」
朝食後のデザートに甘いものを堪能しながら、僕らはゆっくり過ごしていた。
そこに慌ただしく衛兵がやってくる。
「ココ伯爵両家が来訪されております。ワールドン様を呼んでおられる為、謁見の間にお越し下さい」
「あーあ、来ちゃったよ」
「る、留守番を希望しますにゃ!」
面倒事から逃げようとするカルカンを、むんずと捕まえて謁見の間に向う。カルカンは掴まれた猫のように、だらんとしてされるがままだ。
「おぉ!ワールドン様!お久しゅう御座います!」
「おぉ!ワールドン様!相変わらずお美しい!再会を心待ちにしておりました!」
「ハン!早速、お世辞で点数稼ぎか!浅ましいな!ノサト卿」
「世辞ではなく本心です。そういう見方しかできない方が浅ましいのでは?ノヤマ卿」
早くもバチバチとやりあっているね。モンアード君の前だってのに良くやるよ、全く。
ひょろっとしている長身で細身の男性が、ノヤマ・ココ伯爵。
どっしりとした恰幅の良い中背の男性が、ノサト・ココ伯爵。
本人達も従者達も、既に皮肉や牽制が始まっている。ほんとなんなの?
モンアード君が軽く手をあげ、仲裁の言葉をかける。
「事情については少し伺っております。ワールドン様とお話しできる部屋をご用意しました。そちらで構いませんか?ノヤマ卿、ノサト卿」
「はい、構いません。ありがとうございます。モンアード卿」
「モンアード卿。依存はありませんが……何故、ノヤマ卿から先に名前を呼ばれたのですかな?」
「これは失礼しました。他意は御座いません」
相変わらず面倒だ。すんごい小さな事でも自己主張が強い。
将来に丸投げした、当時の王様の気持ちがちょっとだけ分かるよ。
僕らは話し合う為に、別室へ移動した。
「それでワールドン様、何で競いましょうか?」
「即、本題に入るとは、がっつき過ぎではありませんか?ノヤマ卿」
「ノサト卿のようにふっとり……おっと失礼、おっとりしていては時間が掛かりますから」
「技術が無いからって、人の見た目でしか批判できないとは品がないですなぁ?ノヤマ卿」
「喧嘩を売ってるのか!?」
「その言葉、そのままお返ししますよ!」
あぁもぅグダグダだよ。ストレスゲーだなこれ。「ワドの忍耐力が1上がった」と、脳内でこんなことしていないと耐えられないよ。
(ん?なんか隣から寒気が……)
そこには笑顔を貼り付けたまま、静かで深い怒りを貯めているエリーゼがいた。
ヤバい……暴走しそうだよ!どうしよ!?
「ワールドン様を前にして、このような醜い言い争いを行うなんて不敬ですわ!」
「わわっ、エリーゼ様、落ち着くにゃ!」
あーやっぱり、マジでキレる5秒前だった。
ルクルに目配せしてみたけど、目を閉じて天を仰ぐ感じで、諦めの境地のようだ。
今、ジェットコースターは天辺を過ぎた所だよ。もう、走り切るまでは止まらない。
「それに後ろで、険悪な雰囲気を出している従者達は邪魔ですわ!全員退室しなさい!」
「いえ、我々は護衛ですので離れる訳には」
ブォーン!バリバリバリ!パリパリーン!
「文句お在りなら力尽くで排除しますわ!護衛と言うのなら実力で示しなさい!」
空気を切り裂く音と、放電したような音が部屋に響き、次いで窓ガラスや調度品が割れる音が響いた。
エリーゼが正拳突きの素振りをしたら、窓ガラスと調度品や食器が、風圧で全て割れたよ。
あの調度品は高そうだったなぁ。モンアード君、ごめんよ。後で僕の財布が弁償するよ。
「……くっ!それでも!」
ブォーン!バチバチバチバチ……
放電したようなではなく、放電している音が響く。エリーゼは一瞬で護衛の目の前に移動して、正拳突きをしていた。
うひゃあ、拳を当ててはないけど顔の横を通り過ぎているよ!
(護衛さんは耳が無くなってるじゃん!髪の毛も焦げてるじゃん!ていうかカーテンが燃えてる!消火しなきゃ!)
「二度は言いませんわ!この部屋から退室するか、この世から退室するか選びなさい!」
(あ、護衛は立ったまま気絶して無い?)
エリーゼの本気を悟ったマイティ達従者3人組が、大急ぎでココ伯爵達の従者を部屋の外に連行した。
あと数秒遅かったら、トマト祭りが開催される所だった。
(ギリギリセーフ!)
カルカンが手早くカーテンを消火していた。
彼は魚と酒さえ絡まなきゃ優秀なんだよ。
ココ伯爵達は完全に固まっている。
(ん?なんか匂うな……って失禁してるよ!)
とりあえずルクルに【伝心】で相談した。
『いやー、間一髪。ギリギリセーフ』
『いやいやいや完全にアウトでしょー!?』
『え?エリーゼ暴走ではセーフ枠だよ?』
『どうみても取り返しがつかない事故だよーー!?』
『あはは、面白いジョークだね』
僕のやらかしを追求するより、エリーゼの暴走を追求したら?死人が出なきゃ全部セーフ枠だよ?
さっきのも、エリーゼに対する口答えだったから顔の横で済んだ。僕に対する口答えだったら直で顔の正面だっただろう。
「では、話し合いを再開しますわ!もし、ワールドン様に対し不敬と取れる言動がありましたら、わたくしが黙らせますわ!」
「エ、エリーゼ殿!これは国際問題ですぞ!」
「そうですぞ!メイジーを敵に回すおつもりか!?」
あ、ヤバい。今のエリーゼへの反論はアウトだよ?エリーゼの雰囲気がガラリと変わる。
「ワールドン様の敵であれば、それが何百万、何千万であっても、わたくし、全力で駆除しますわ」
目がマジだ。普段よりテンションも声のトーンも落ち着いているけど、本気なのは伝わってくる。
ルクルとカルカンが2人抱き合ってガタガタ震えている。あの目を見たらなぁ。
うん。メイジー王国全軍に1人で立ち向かって、無双ゲーするエリーゼが僕も想像できた。
ココ伯爵達も震えている。心は完全に折れたっぽい。
「はい!ぜ、全身全霊、真摯に対応致します!なぁノサト卿?」
「はい!我々は誓ってエリーゼ殿に逆らいません!そうしようノヤマ卿!」
「わたくしではなくて『ワールドン様に逆らわない』ですわ。次は許しませんわ」
「「はい!ワールドン様に逆らいません!」」
ふぅ~なんとか平和的に解決しそうだね。
暴走エリーゼの「黙らせる」は物理なので、永遠の沈黙を強要する感じです。
次回は「分家と分家のお家騒動・後編」です。




