閑話:カルカン君の苦悩
前回のあらすじ
猫魔族の国を訪れたワールドン。それを猫魔族のカルカンが対応します。
ep.「港町巡り・前編」の頃のカルカン視点です。
国の平穏は、ある日突然に破壊された。
それは、空を覆い尽くすような大きさだ。
空を覆う国最大の防御結界が、大きな音を立てて壊れた。住人の悲鳴で、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
(ドラゴンだ。しかも、この偉大なマナは……)
国の総力をあげても、歯が立たない事を瞬時に悟る。理屈じゃなく本能で感じるのだ。
足が震える。逃げろと本能が警鐘を鳴らすが、その場から一歩も動けずにいた。
(トスィーテ、無事逃げてくれてるかな……)
妹が逃げられる事だけを祈る。私は、逃れられない自分の死を受け入れていた。
ドラゴンが大地に降り立つ。あれ程の巨体であるのに、音も立てずフワリと降り立った。
『僕の名前はワールドン。紺青色のそこの君、名前はなんて言うのかな?』
目の前にそびえ立つ、巨大なドラゴンから名前を問われた。
歯の根が合わない。ガチガチという音がやけに響いて聞こえる。
「カルカンと申します!」
恐怖をねじ伏せて、震えないように声を絞り出し叫んだ。心臓の音がやけに大きい。
この国の英雄である亡き父との思い出が、走馬灯のように駆け巡る。英雄の子に恥じない態度でありたいと、必死に勇気をかき集めた。
「ワールドン様、何か御用でしょうか!?」
『うん、ちょっと教えて欲しい事があって来たんだ。いやー追い返されて困っちゃってさ』
目の前の巨大なドラゴンは、やけにあっさりとした口調で語りかけている。総動員した勇気が霧散しそうになるのを、気力で留めて尋ねる。
「ご質問は何で御座いましょう?この国に害をなすような事はお教え出来ません!」
『そんな堅苦しくなくていいよ。何か見た目にそぐわない喋り方だね。語尾に「にゃ」とかつけたら萌え力があがるよ?』
真面目に問答をする気が無いのか?
その気になればこの国ぐらい即座に滅ぼせるという事の暗示だろうか?
私は困惑した。
そして意図が読めず、無意識に警戒する。
『うーん、警戒されてるなぁ……じゃあ、一番偉い人に伝言お願いできるかな?』
「伝言で御座いますか?」
『うん。エターナルドラゴンと呼ばれているドラゴンが敵意は無い事と、交渉を望んでいる事を伝えて欲しい』
エターナルドラゴン!?最高位のドラゴンの一角で伝説上の存在だ!御伽噺の存在では無かったのか!?
私は驚愕していた。
御伽噺では神にも等しい存在と言われている。
逆らう事など考えられない。敵意は無いという言葉を信じて国王様に進言する事にした。
「そうか、エターナルドラゴン様か……余が赴こう。案内してくれ。英雄の子、カルカンよ」
父はこの国の英雄だった。父が現役の頃から国王様には良くして頂いている。
今、実力以上の要職につけているのも国王様のおかげであった。
足が悪く、視力も衰えている国王様の手を取りながら、大広場まで案内する。
「この国の国王をやっております。この度の訪問はどのようなご用件で御座いましょうか?」
『はじめまして、国王殿。僕の名前はワールドン。人への変化を学びに来た』
伝説の存在が人に変化したいとは何事だろう?
何を考えているのか、凡人の私では理解できなかった。
『そうだ、そこのカルカン君に教えてもらえればと思うのだけど、どうだろう?』
「それは……人の姿で神託をお告げにいかれるので御座いましょうか?」
『言葉遣いがまだ固いかな。警戒されてる?やっぱりお願いには誠意が必要そうだなぁ』
何やら独り言のような思念を送ってくる。ドラゴンの【伝心】とは、頭の中に直接聞こえてくるので非常に落ち着かない。
『危ないからもっと離れて』
離れるように指示があった。言われるままに距離を取る。
すると、天地を引き裂くような轟音が走った。土砂が跳ね上がり煙で視界が覆われている。
何が起きたのか理解できず、混乱の最中にいた。世界の終わりかと思った。
『これが僕の精一杯の誠意を示した土下座だよ!教えて下さい!オナシャス!』
煙が晴れたそこには、すり鉢状の巨大なクレーターが出来ていた。すぐに恭順の意を示さなかった事に対する怒りを表したのだろう。
猫魔族の国に【土下座】がはじめて投下された日だった。
国王はすぐに恭順の意を示し、国の総力をあげて人の変化を教える事が発令された。
それから3ヶ月経過して、人の変化と人語(カシーナック共通語とメイジー語)を習得したワールドン様が旅立つ日になった。
この3ヶ月間は怒涛の忙しさだったと、振り返りながら思う。
ずっと、付きっきりでワールドン様の相手をしていて、かなり仲良くなった。
話をして分かった事は、ワールドン様に一切悪気は無かった事だ。
結界を破るつもりもなく、【土下座】に至っては心から誠意を示しているつもりだったとの事。
いや、いつ【土下座】が落ちるか気が気ではない日々で、私は胃痛に悩まされていた。
三度の【土下座】は軽くトラウマになっている。
結界を壊されるのは困る事、【土下座】はやめて欲しい事などを丁寧に伝えると、ちゃんと聞き入れてくれた。
『ごめんよ。これで代わりになるかな?』
修復用にマナ鉱石を提供してくれた。今まで見たことも無い濃度のマナで、以前のものより桁違いの品質で大いに助かっている。
修復に時間はかかるが、以前よりも遥かに強固な結界が張れるだろうと思われた。
また、治癒薬の製作にも協力してくれた。副作用の代償は大きいが、瀕死の重傷から命が助かる奇跡の品物である。
その価値は計り知れない。
「ありがとうございますにゃ!色々と助かりましたにゃ!」
「うんうん、喋り方も慣れてきたね。そのまま定着させて萌え力を鍛えるんだよ」
萌え力が何かは分からないけど、この喋り方に反発したバカどもは【土下座】を落とされた。
バカどもはどうでもいいけど【土下座】は困ると、私は改めて念押しした。
そして国王勅令で語尾を改善する事になった。
「それじゃそろそろ僕は行くね」
「ワールドン様!御召し物なくて平気ですかにゃ!?」
「大丈夫(キリッ)」
なんだかとても自信ありげな表情だ。
特別な衣服のアテがあるのだろう。
私はワールドン様の為に人用の衣服を用意していた。
頑張って選んで用意しただけに、不要となった事は少し残念に思っている。
だけど、妹が人の変化を覚えたプレゼントにすれば、無駄にはならないと思い直す。
ドラゴン姿のワールドン様が、陽気に別れの挨拶をかけてくる。
「じゃあまたね」
「ワールドン様!お達者で!次にお越しの際は、ある程度離れた所に降りて下さいませにゃ!」
「わかってるよ、カルカン君も元気でね!」
最低限の挨拶を済ませると、ワールドン様は跳躍をして、その翼を広げた。
空を覆うようなワールドン様の大いなる翼。
一つの羽ばたきで周辺一帯の木々が大きく揺れる。
そして光をまき散らしながら天高く飛びあがり、その姿はあっと言う間に見えなくなった。
次に来るのは数年後らしい。
それまでに結界再建をしっかりやろうと、私は決意を新たにしていた。
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その翌日。
泣きながらワールドン様が帰って来た。
「全裸がダメなら先に教えてよ!このベッドシーツ借りていい?いいよね!ダメなら土下座するよ!?」
「え?あの、衣服はありますけど……シーツですか?土下座は困るのでそちらがよければ差し上げますにゃ!」
「ありがとう!恩にきるよ!カルカン君!」
怒涛の勢い過ぎて、衣服を渡しそびれている。
(しかし、あのシーツで大丈夫なのだろうか?)
私は、また胃痛に悩まされるのであった。
土下座が3つも投下されました。
悪気が無い分、余計にタチが悪いです。
次回はガルド視点の「閑話:ホッドケットの門番達」です。




