人助けの旅路・後編
前回のあらすじ
立ち寄った村でおじいさんの家に泊めてもらったワド達。
ワドはエリーゼからのスキンシップから逃げて、なんとか危機を乗り越えました。
今日は朝から慌ただしい。
旅立ちの準備の為、従者3人組は早朝から食材調達に奔走していて、僕らは広場にある井戸で水汲みの手伝いをしていた。
おじいさんの所の子供と一緒に水汲みをする間、色々と話をしたよ。
「僕らが落ち着いたら、コウカ君の顔を見に行くよ」
「コウカ君ー、引き取りにくるお貴族様のお名前わかるかなー?」
その子供の名前はコウカ君。両親を亡くしてからは無口になったみたい。
彼は少し俯いてフルフルと首を振りながら答える。
「わかんない……」
「お貴族様の名前知らないのー?」
「僕、おじいちゃんと離れたく無い……」
消え入りそうな声で答えるコウカ君。
どうやら希望は村に残りたいらしく、ルクルは困った顔をしながらコウカ君をあやしている。
「この子の祖父に契約書を確認してきますわ!その貴族に里帰りもできるよう説得しますわ!」
エリーゼが爆速でおじいさんの所へ向かった。
恐らく、僕の布教が説得のメインで、里帰りがオマケだろうけど。
「おじいさんを安心させる為にも、強く生きるのにゃ!これ運んできますにゃ!」
「……うん。猫さん、ありがとう」
カルカンも励ましの言葉をかけて、水桶を抱えて家の方に向かった。家族がいない僕としては、こういう時どんな言葉をかければいいか分からない。
一先ず、生活の苦労話などを聞きながらせっせとお手伝いをしていた。
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「ありえませんわ!」
突然、家の方からエリーゼの大声が聞こえてきた。
何かおじいさんとトラブルだろうか?
こっちのエリーゼは、他者とのトラブルが多いのが困りものだ。
僕らは急いで家へ向かったよ。
そこには、契約書と思われる紙を握りしめて激怒しているエリーゼ、エリーゼの顔色を伺ってオロオロしているカルカン、青くなって項垂れているおじいさんがいた。
「おじいちゃんをいじめるな!」
「エリーゼ、とにかく落ち着け!」
おじいさんを庇うようにコウカ君が割って入った。僕もすかさずエリーゼの目の前に割って入る。
「ワールドン様!こちら従者契約書でなくて奴隷契約書ですわ!」
「な、なんだってー」
詳しく聞いてみると、内容はめちゃくちゃだった。
貴族の名前は一切載っていなくて、紋章もリコム家の物に似ている紛い物。
そして無償で奴隷として、売却する旨が記載された奴隷契約書であった。
「おじいさん、どうして?」
ルクルはおじいさんを問い詰めている。僕も何がなんだかわからない。おじいさんが慌てて喋り出した。
「そんな……そんなはずは無いですじゃ。リコム伯爵の使いと仰られてました。それに従者契約書だと説明され……」
文字を読めないおじいさんは騙されていた。
だけどマナ登録部分に血判が押されているので、正式な契約になってしまっている。
そして同様の契約は、コウカ君以外の他の家族の子供にも何人かいるそうだ。
「エリーゼ、どうにかならない?助けたいんだけど」
「お任せ下さいませ!ワールドン様!わたくし全力で対応致しますわ!」
「エリーゼお嬢様、背後関係の確認が先です」
「関係ありませんわ!ワールドン様の敵は全て叩き潰しますわ!」
なんか頼もしいけど、筆頭従者の意見はエリーゼに瞬殺されていたな。
その辺りをルクルが細かく従者に確認している。
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・今回の件に貴族が絡んでいるのか。
・その場合、どの程度の権力を持つ貴族なのか。
・他国の勢力の可能性は無いのか。
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これらの確認が急務だと筆頭従者は言う。
貴族で無ければ叩き潰すだけとの事。貴族でも子爵までなら金銭で揉み消せるけれど、伯爵以上だと厄介らしい。
「詐欺だと指摘してー、追い詰める事は出来ませんー?」
ルクルが質問しているけど、口頭の約束事だと意味が無いと返されていた。
それに「食費や養育費の削減の為、奴隷に出されてたのを引き取った」と言われればそれまでとの事。
幼く労働力としても、すぐには使えない場合、タダ同然な事は珍しく無いそうだ。
他国の関与の場合はもっとややこしくなるとの事。
二重契約のケース事例だと、貴族から大金を借りて、その担保として奴隷を差し出している事などがあるらしい。
返済期間を過ぎても当然返済は無い為、貴族と民衆の関係に亀裂が生まれる。
資金調達と内政悪化が狙え、一石二鳥の手法だと言っていた。
あくまでも一例であって、他国関与は狙いが複雑なので絞り込むのは難しいそうだ。
エリーゼは何かを決意したように、飛び出していく。
ドドドドドドドド……!
エリーゼが「気合いですわ!」と叫びながら何処かへ走り去った。何が何でもどうにかするだろう、そんな信頼感がある。
「明日、引き取りに来る相手を確認しよう」
ルクルの提案でもう一泊して明日の引取現場を確認する事になった。
しまった!明日はエリーゼが色欲バージョンになるじゃん!寝るのを止め忘れた!
焦ってすぐ相談したけど「ワドが我慢すればいい」と、ルクルは取り合ってくれなかった。
(どうして僕だけ、こんな目に……)
コウカ君の他の子供は、3人が奴隷契約の対象だった。どの家庭も文字が読めなくて、いずれも片親だったりと、何か訳アリの家庭だ。
従者が言うには、他国関与の線は薄まったらしい。訳アリ家庭ばかりだと担保の価値が低く、亀裂も期待できない。
足が付きにくい点を利用した、奴隷売買の金銭目的が濃厚ではないか?との事だ。
それからはルクルが会話の中心になって、それらの情報を詰めていった。
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背後関係毎のケースシミュレーションを行っていたら、既に日が落ちはじめていたよ。
……ドドドドドドドド!
あ、エリーゼが戻ってきたな。夜は寝ないようにちゃんと言わなきゃ。
「ワールドン様!リコム伯爵をお連れしましたわ!」
「エリーゼ公爵令嬢、これは国際問題ですぞ!?」
リコム伯爵とかいう貴族が、エリーゼの両手でショルダートゥオーバーヘッドされて連行……もとい、1人連れてこられた。
見覚えがあるなと思っていたら、リコム伯爵は港町ホッドケットで兵士を指揮していた貴族だった。
「エ、エリーゼ様、ホッドケットと往復だと500km程あると思うのですが……日帰りですか?」
「と、とても人間技じゃないですにゃ……」
ルクルとカルカンが驚愕しているけど、500kmって遠いのかな?
良くわかんないけど、僕についてこれるエリーゼの身体能力なら余裕だと思うよ?
「リコム伯爵の名を騙る者が、このような契約書を用意しています」
筆頭従者が奴隷契約書と、リコム伯爵家に酷似した紋章を見せて、丁寧に説明している。
「これは、我がリコム家を陥れようとしているのか?……許されぬぞ!」
真相を知ったリコム伯爵もかなりお怒りである。仮に相手が貴族であっても、リコム伯爵を味方につけれたのは大きいと従者が言っていた。
(やっぱり、信者エリーゼは頼りになるね!)
国際問題云々は聞かなかった事にしてスルーしよう。その方が精神安定上はいいはずだ。
話をしてみると、リコム伯爵は凄い人格者だったな。
明日の現場を抑える為、「騎士団と連絡を取りたい」と眼光をギラリと光らせながら、リコム伯爵は要望を出していた。
「僕が送迎してあげるよ!」
「おぉ!ワールドン様、かたじけない」
「わたくしも同行しますわ!」
「伯爵も空の旅を楽しんでね!」
ルクルとカルカンが声を揃え「ご愁傷さま」と言っている。失礼だな!
小うるさいルクルとカルカンはお留守番として、港町ホッドケットへ向かうことにした。
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僕とエリーゼと伯爵で、港町ホッドケットへ快適な空の旅を終えて、とても気分爽快だよ!
「……空の旅怖い、空は怖い……」
「流石、ワールドン様ですわ!片道1時間なんて素晴らしいですわ!」
なんか伯爵やつれてない?エリーゼは普段通りだし、伯爵も高所恐怖症だったのかな?
騎士団の詰め所まで連れて行き「さぁトンボ帰りだ」って所で伯爵から待ったがかかった。
「騎士団は全権代理で数名貸し出します。儂はここに残ります!」
一緒に行こうと誘っても「絶対に空の旅は拒否します!」と駄々をこねている。全くいい大人なのにね。
仕方ないので騎士団6人を乗せてトンボ帰り。
着いたら着いたで、騎士団も空の旅はお断わりと言い出した。高所恐怖症が多いなぁ。
そうして紆余曲折あった翌日、犯人は盗賊団と判明した。
エリーゼは往復500kmを半日で走破です。しかも復路は人一人抱えています。
人間やめていますね。
ちなみに、ワドはゆっくりめに飛んでいるつもりです。
次回は「盗賊団撃滅」です。




