回るレーンと動けない将軍
前回のあらすじ
マナ鍛冶師のホールンが、サブロワの才能に惚れ込むもすげなく断られました。
ワドとホールンは結託し、内緒のサブロワ君育成計画を始める事に……。
(結構、いい感じの育成計画で満足だよ!)
ホールンとの悪だくみは、今後コッソリと水面下で遂行していく予定。
皆があっと驚く未来を思い浮かべると、なんだか顔がニヤけちゃうよね。
それはそうと、最近は観光客が多すぎてトラブルも多発している。なんでもオーバーツーリズムって状態らしくて、何だかんだでポポロがテンパっていたな。
(ポポロって、テトサのフォローが無いとダメダメなんだよなぁ)
ポポロが頼りないのはまぁ仕方ない。
でも、どこもかしこも人だらけで、並ばないと入れない店が続出していて、ちょっと困っている。
ザグエリ王国からの観光客には、とにかくお寿司が人気。海に面していないザグエリでは、生魚を食べた事が無かった人が多く、一度食べるとハマるようだ。
ザグエリ王国出身のクラッツとストローも、大の寿司好き。そんな好きが行き過ぎて、二人ともお店のオーナーまでやりだす始末だよ。
ライバル視を隠そうともして無くて、店舗は並んでいるらしいし?店内設備も競うように、新型魔術具が使われているらしいし?回転するレーンが完全再現されているんだって!
そんな訳で、オープンにこぎつけた二人のお店に僕は食事に来ていたんだ。
同伴者はルクル、エリーゼ、カルカン、ガトーだよ。
んで、お店の前でどっちに先に入るか協議中。
「なんってーかさー、色んな意味で問題だし、すんごい攻めてる店名だよねー」
「それな。僕もちょうど思ってたとこ」
「何が攻めてるんだにゃん?」
カルカンは「どっちでもいいから早く入りたいにゃー」と騒いでいて、エリーゼは買い占める気マンマンの笑顔をしているよ。
回転寿司ストローに入るべきか、クラッツ寿司に入るべきか、凄く悩む。
(ん?名前がギリギリだって?あーあー聞こえない!)
それにしても魚介が苦手なガトーが、ここに来ているのは理由がある。
どっちの店も、サイドメニューやデザートに力を入れているんだ。ここでしか食べられない新作デザートが多数あるって話。それをストローに営業されたって感じ。
まぁルクル仕込みの営業だからさ、騙されて高額契約させられそうな営業文句だったけどね。
「吾輩、回転寿司ストローから行きたいぞにゃん。ストローは親友だから、売り上げに貢献するぞにゃん」
「そだね、僕も回転寿司ストローかな?」
エリーゼは勿論僕と同じ。
ルクルとカルカンは、クラッツ寿司に行ってみるんだとさ。
二手に別れ、いざお店に突撃してみた。店内はルクルのイメージを完全再現しているみたい。要は日本の回転寿司のお店と遜色ないって事だ。
(おぉ、回転してるよ!ちょっと感動!)
ガトーは回っていないデザート各種を全部オーダーしていた。僕が食べたいと一瞬でも思った物は、エリーゼが超速でお皿を取っている。
つまり、もうレーンの上には何も回って無いよ。
店員さんからも苦言を貰ってしまった。
(僕、反省……じゃない!エリーゼが反省すべき!)
お寿司はめちゃ美味しかった。ストローが好きな光物や貝類が凄く充実していたよ。
他のも満遍なく揃っている。創作スイーツ各種は自慢するだけあって、完成度が高くて大満足だ。
僕らが食べ過ぎたせいで臨時休業になってしまった事は申し訳なく思うけど、売り上げにはめちゃ貢献できたと思う。
「いやー、旨かったにゃん」
「最高でしたわ!御二人とご一緒できて幸せですわ!」
「次からはちょっとだけ食べる量に気を付けようね。他のお客さんに迷惑だしさ……」
僕らは満足しすぎて、危うくそのまま帰ってしまう所だった。
けれどお店の外に出たら、隣のクラッツ寿司の事を突如思い出す。そんで、そっちにも突撃してみた。
「ふはー、旨いにゃー染みるにゃー。うぃっく!」
「カルカン君、そろそろ飲むの控えなよーーー!」
店内に入って探さなくても、カルカンとルクルの位置は一発で分かる。凄い量の空きグラスがテーブルに並んで、もとい積みあがっているからね。
そのテーブルにお邪魔して、ワイワイと楽しんでカルカンをいじり倒していた。
(ん?なんだかカルカンの反応が悪くなった?)
ガトーは「嫌な予感がするぞにゃん」と素早くお店を出ていき、僕もそんな気がしたからカルカンを遠ざけようとレーンの方にずいっと押しやった。
すると。
「気持ち悪いにゃ……うぷっ、ゲロゲロゲロー」
レーンが大惨事になり、オープン初日に僕らは出禁を食らった。
(ほんと、うちのKYが申し訳ない……)
逃げ帰るように撤収撤収。
それから暫くは平穏な日々。
なんにせよ観光が盛り上がりすぎてはいるけれど、ギリギリで賄っている状況。
天蠍節(11月)の誕生節のお祝いもしていた。
リッツが独房に入っているので、マイティだけのお祝いになったけどね。
だけど、寮のリッツの部屋の前に、大量にプレゼントを積んでおいた。皆も帰ってきて欲しいみたいで積み上げている。
(皆、待ってるよ。早く刑期あけるといいな)
あとリッツの所には、レオ達が毎日通っているみたい。
ノワール君が「ま、なんとかなってる?感じです」と言っていたし、リッツも大丈夫なようだ。
それからは線路作りに勤しんでいたんだけど、ラザから「寂しい」と言われてしまう。
『う~、ここのとこリゼが全然こない~さみしい~』
「あれ?そういやリゼを見てないね?」
「吾輩も見てないぞにゃん」
ラザから言われるまで気づかなかった。
最近は傷つけていないと思うんだけど?でも、不安だな。
僕は作業を中断し、着替えてから事情を聞くためにルクルの所へ向かう。
ついて来ようとしたラザは、必死にガトーが押さえているよ。
そんでルクルの執務室前にきたんだけど、既に中に誰かいる様子だった。
「ドアを壊そうと考えてたら、ドアが無いんだけど?ってマイティどうしたの?」
「ワールドン様……」
「ワドが壊すからドアを外したんだよー!こんなオープンな部屋は俺だってヤだよー」
僕のおかげで(物理的に)風通しの良い職場になったみたい。
マイティが一人で来ているのは珍しいと思って、どうしたのかを尋ねてみると、思わぬ返事が来た。
「お嬢様が……目覚めないのです」
なんと、4日前からエリーゼは眠り続けているという事だった。
なんでもクシマが手がけた新しい睡眠薬を飲んでいたら、そうなったらしい。
クシマが「新しい助手の腕が良かったので成功したニャ」とご機嫌で報告していた事を僕も覚えている。
でも流石に異常事態すぎるので、クシマに依頼し、診てもらう事になったよ。
それでマイティとルクルをお供に、クシマをエリーゼの寝室に案内する。エリーゼは穏やかな様子でスヤスヤと眠りについていた。
診察を終えたクシマが、怪訝そうな顔をしながら見立てを教えてくれる。
「効果期間が100倍に引き伸ばされた睡眠薬を服用したみたいニャ。助手がミスったのかも知れないニャ」
「命に別条は無いのでしょうか?」
マイティが真剣な様子で容体を尋ねる。すると「問題ないニャ。栄養の投与はこれで行うニャ」と注射器をマイティに渡していた。
でも、僕も思う所があって強めに非難する。
「こんな医療ミスを犯すなんて、一体どうなってるのさ!再発防止策はできてるの!?」
僕の追及にタジタジになったクシマ。見かねたルクルが仲裁に入る。それから、ここまでの経緯を説明してもらう流れになった。
元々は薬不足が発端。不足していた時期に麻酔薬の代わりにホリター家特製の睡眠薬を提供してもらっていたそうだ。
それをベースに、クシマが錬成してある程度の増産に成功。それには新しい助手の貢献が大きかったとの事。それがご機嫌の報告にも繋がっている。
新薬の完成品をエリーゼに感謝と共にプレゼントしたそうだ。
次はマイティからの事情説明。
ここの所は睡眠薬を服用する事もなく、穏やかに過ごしていたんだと。
だけど、マイティの誕生節のお祝いの翌日に、事件は起こる。
クシマの新しい助手から、「ボカロの魔術具を外交用に調整してみたので意見が欲しい」と魔術具を貰ったそうだ。
僕は気になって食い気味に質問する。
「僕の声でどんな歌が入ってたの?教えてマイティ」
「入ってたのは歌ではなく、ワールドン様からのお嬢様への感謝の言葉の数々でした……」
(ふぇ?歌じゃないの?)
どうやら、これまでエリーゼが睡眠薬を服用するハメになった僕の言葉の数々が、収録されたセリフ集だったって話だ。
それを聞いたエリーゼは耐え切れず睡眠薬を服用しようとしたけど、手持ちがクシマの助手から貰った睡眠薬しか無かったとの事。
それで現在に至る。
(もう、エリーゼはしょうがないなぁ……)
僕がその流れを聞いてエリーゼに呆れていた時、ルクルが凄い苦い顔でクシマを追及し始める。
「クシマっち、その新しい助手はカービル帝国出身かな?」
「そうニャ。良くわかったニャ?俺っちも、ちょっとカービル訛りがあるって言われないと分からないくらいなのニャー」
「助手に入った時期は、帝国からの亡命事件の頃?」
なんだかルクルの雰囲気が重い。
そんな空気を読み取ったのか、クシマも神妙な面持ちで頷いていた。僕もマイティも居住まいを正す。
「クシマっち、その新しい助手はスパイだよ」
「ニャ?ニャんだってー!?」
虎柄の猫魔族は、全身の毛を逆立てて驚いていた。
有能な助手だって自慢をいつも聞いていたので、僕も正直、驚いている。
でも、驚きはそこで終わらなかったんだ。
「近日中にカービル帝国からの大攻勢があるはずだ」
「「ニャんだってー!?」」
僕とクシマの声は完全に被った。ちょっとクシマの口調が移ってしまっている。
ルクルが僕の方を見て宣言した。
「緊急会議やるからねー、人馬節は大変な事になるからワドも覚悟しといてねー」
(急にそんな事言われても、心の準備がまだだよ)
海に面していないザグエリ王国にとって、生魚は大変珍しいものです。
店名……アーフかセウトか……ギリギリですかね?
次回は「海と陸からの同時侵攻」です。




