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ドラゴンの人生探求  作者: 元毛玉
育児はトラブルの連続

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閑話:不夜城の灯りが消えた日

前回のあらすじ

ワド暴走による王都崩壊。その光景に自責の念を強めていたリゼ。

ワドが知らなかった薬を飲む理由……リゼは不安に揺れ続けます。

ep.「不利な交渉テーブル」~ ep.「王都リトライ!」までのリゼ視点となります。

「ワドをお願いしますの」

「皆を守れ、ワドは吾輩が止める」


 私のせいだ。


 優しいワド。大好きなワド。そのワドが、完全に我を失っている。

 ホリター家にある秘薬の一つ。

 ワドに、その気になって欲しかった下心が半分。

 私の重すぎる不安から、逃げる事がもう半分。

 私とワドは媚薬を使っていた。ここ最近のワドは、もう後戻りできない程に溺れてさえいた。


 私の不安は、愛するルクルが取り除いてくれる。

 じゃあワドは?ワドの不安は誰が取り除いていたの?


(姉、失格ね)


 ワドの不安を取り除くのは、いつだってルクルとカルカン、ガトー様。

 それからアル。弟のアルフォートは、ワドの不安を取り除いていた。

 常識にちょっぴり不安があるのか、ワドはいつも、新しい事をする時はアルの意見を聞いていた。

 そして一緒に成長できる存在。それがアル。


 なんでも出来るルクルや、特定の分野では優秀なカルカン。物知りで、時には空気の読めるガトー様。優秀な幹部達。

 そんな彼らに、ワドは引け目を感じていたと思う。


(だから、ワドは……)


 周囲に嫉妬しながら、振り回されながらも共に成長してくれる存在。そんなアルに、少しだけ不安を肩代わりして貰っていた。

 ほんの少し。それがどれほど大きかったのか。


 優秀で役に立つだけが、支えではない。

 心の支えとは、そう言う能力だけでは語れない部分にこそ、真価があるのだろう。

 弟が居なくなって、その本当の意味を知る。


(私では支えになれなかった)


 ワドから頼られる。その事がどうしようもなく嬉しかった。

 だからマイティの諫言も無視して、ワドのおねだりを叶え続けた。ワドの「媚薬のお代わりが欲しい」というおねだりを。

 それを今、私は強く後悔している。


『リゼ~~、早く~~!中に入ってござる~』


 ラザ様から強めの【伝心】(    )が届く。

 私は慌てて自分の役目を全うするべく動いた。

 王都の国民全員が避難できた事を確認し、私も地下シェルターの中へと向かう。


「全員、避難できてますの?」

「はい、お嬢様。一人たりとも漏れておりません」


 最終確認ができてラザ様に連絡を入れると、地下シェルターは銀色の輝きを持ち始める。

 平時であればその幻想的な光景に、心奪われたであろう。だけども、私の心はワドの心配でそれどころでは無かった。


「リゼ、大丈夫。ガトーを信じて」


 ルクルはおどけた素振りも見せずに、私を心配している。

 ちらりと見たガトー様は、苦戦しているように見えた。でも、避難訓練の時に語っていたガトー様は、信頼に値する。


「吾輩は……全てを忘れたワドを見たくない。だから嫌だが……嫌だが殴ってでも必ず止めるにゃん」


 ワドからも聞かされていた、ガトー様の友達に対する思い。それだけは信頼できる。だから信じて待つ。今の私ができるのはそれだけだった。


「むむ、二人共凄いのにゃ!そこだ行くのにゃガトー様!」


 カルカンは、銀色の地下シェルター越しにも戦闘が見えるようで大興奮している。勇者パーティーのピコラが、抱きついているのにも気づかない程の興奮ぶりだった。


 彼女を見て思い出す。

 勇者パーティーからも聞かされたバンナ村の凶行。

 ワドが私の為だけに、独り占めライブをしてくれた思い出の場所。その地に見渡す程の墓が建てられたという事実。

 どれもこれもワドには見せられない。

 優しいワドには、辛すぎる現実だから。


「大丈夫、ワドなら大丈夫だから」


 ルクルが私を励まし続けている。今までもずっと支えてくれる恋人の存在に、少しだけ心が前を向く。


(ありがとう。頑張るの)


 外では物凄い地鳴りや炸裂音がしている。

 けれど、私はすべき事をする為に前を向いた。

 体調不良の人がいないか聞いて回り、不安を感じている人を励ます。

 外ではガトー様が頑張っている音が続いている。それが私の背中を押していた。


「やったのにゃ!ガトー様がワールドン様を正気のマナに戻したのにゃ!」


 カルカンの実況中継に、場の空気が明るくなる。

 私もほっと胸を撫で下ろす。大きな被害が出なかった事に。


 地下シェルターにやって来た全裸のワドとガトー様。光ガードをしての謝罪が滑稽で、皆が笑いを堪えていた。


 笑顔が絶えなかったのは、そこまで。


 外に出た私達が見た光景は、瓦礫と化した王都の姿。美しかったあの夜の光景が見る影もない。

 それが神々の戦いの爪痕を物語っていた。


 それでも、皆は前へと向けて歩みはじめる。

 けれども、私は後ろを向いて歩みを止めた。


 この光景を、眩しかったあの王都の灯を消した、その原因を作ったのは私。その自責の念に縛られて、動けなくなっていた。

 それからワドを慰めようと、何度も慰めの言葉をかけたけれど、ワドの心は晴れないままだ。



(せめて、せめてワドの心に癒しを!)



 私は決死の思いで、ワドに提案してみる事にする。

 リベラさんの事で不安で揺れているワドには、ビットの笑顔が一番の癒しになると思う。

 ビットも母親と離れ離れになって、ぐずっている事が多い。そこにワドの手作りのおもちゃを与えて笑顔にしてあげる。ワドから手渡してビットが笑顔になる、そんな光景を思い浮かべ、私は今日、前を向いて一歩を踏み出す。

 私は、作業着を着て働くワドの前に来ていた。


 勇気。

 惨状を作りだした本人である私は、ワドの前に立つだけで多くの勇気が必要になる。


 勇気。

 それをかき集めるのが、こんなにも大変だなんて。あの子の頃や、まだワドを傷つける前には思いもしなかった。


 心臓の鼓動が早くなり、音がやけにうるさく感じる。息苦しくて、声が出て来ない。

 これじゃダメだ。これじゃワドを不安にさせる。

 いつも通り、何も気にしていない素振りで。震えを止めて、普段の声を出した。


「ワド、お仕事大変そうなの」

「うん、でも皆の為に一日でも早く復興したいんだ」

「ねぇ、少しだけ……少しだけお休みして……ビットに会いに行かない?」

「僕、行かない。そんな事より早く復興したいんだ。リゼ、作業の邪魔だから……」


 私の中の勇気は粉々に砕け散った。

 全てをあの子に任せて、来る日も来る日も自分の世界へと逃げ込んだ。


 朝が来て目が覚める。繰り返すそれは絶望にも似た不安への起床だ。耐えられない私は、ホリター家の媚薬に逃げて、溺れる。そして、睡眠薬で後をあの子に託す。そんな日々だけが続いていた。

 あの子からの日記。もう長い事、返事を書いていない。



─────────────────────

《わたくし、お返事が欲しいですわ。いつまでも待ってますわ》


《もう一人のわたくしが心配です。リッツもマイティも心配してますわ。お返事を待ってますわ》


《一言だけでいいのです。もう一人のわたくしのお気持ちが聞きたいですわ》


《わたくし、お返事が無い事がこんなにも寂しいという事を初めて知りました。もう一人のわたくしからのお返事が欲しいですわ!》


《媚薬のお薬は飲みすぎると負担ですわ。少しお体を大切になさって下さい。いつまでも待ってますわ》

─────────────────────



(……本当に、ごめんなさい……)



 あの子からの日記を読むと涙が止まらない。

 切実な思いを込めた事が、紡がれる言葉の節々から感じ取れる。

 でも、私に返事なんて書けない。こんな薄汚れて、何の役にも立たない私では、住む世界が違い過ぎる。

 この世から消えてしまいたいけど、それはできない。ワドが悲しむから。


「マイティ……媚薬と睡眠薬を……」

「お嬢様、こちらお届け物です。薬のご用意をするまでの間、ご覧になって下さい」

「……届け物?」


 伝心オルゴールの魔術具。記憶の中にある姿や声を完全再現する最高級品が手渡された。むうびいの魔術具よりもクオリティが高く、3Dホログラムで表示される代物である。


(あの子からかしら?)


 きっとお返事が待ちきれなくて、言葉を届けようと思ったに違いない。私は何の気構えも無しにそれを再生した。


ーーーワドからの伝心オルゴールVTRーーー

「リゼ、あの時はごめんね。本当にごめんなさい。僕、リゼに甘えてたんだ。ほんと甘ったれだよね僕……だからごめん」


「リゼ、いつもいつもごめんね。僕が分かって無かったんだ。リゼが優しいから……あのその……別に拒絶してる訳じゃないから!だからごめんね!」


「本当にごめんなさい。僕、何度でも謝るからね。リゼは許してくれる?あ、こんな聞き方卑怯だったね。リゼが許してくれるまで僕、何度でも謝るから」

ーーーワドからの伝心オルゴールENDーーー


 延々と続くワドの謝罪の言葉。心が痛くなる。

 私のせいでワドが負い目を持ってしまった。

 私は本当にダメな女だ。ルクルみたいな素敵な男の子にも相応しくないのかも知れない。


 私はより一層、自分自身と伝心オルゴールの魔術具だけの世界に逃げ込んだ。

 伝心オルゴールの魔術具を使っている間だけは、目の前にワドがいる。ワドに会う資格なんて今の私には無いけど、この魔術具を眺めている間だけが、生きる喜びだった。


 そんな日々の中。

 頻繁に使い過ぎた為か、オルゴールの魔術具に不調を来し始める。私はマイティに頼んで、コッソリとカルカンに来てもらい、修理を依頼した。


「どこが不調なのにゃ?あぁこれかにゃ。半刻もあれば直せるのにゃ」


 カルカンは普段通りだ。マイティですら私に気を遣って、腫物でも触るかのような扱いなのに、カルカンは全く変わらない。

 皆は小馬鹿にしているけど、この図太さは本当に凄いと思う。正直羨ましい。


「ほら、直ったのにゃ。確認するにゃー」

「……ん、大丈夫そうなの」


 私が確認を続けていると、カルカンが懐に近づいて下から覗き込みながら告げる。


「いつまでワールドン様を寂しがらせる(・・・・・・)のにゃ?ワールドン様は信じて待ってて(・・・・・・・)くれてるのにゃ!」


 その言葉にハッとさせられた。


(寂しい思いをしている?……私がさせている(・・・・・)?)


 マイティが「ナイスKYです」と声をかけ、嬉しそうなカルカンがもじもじしながら部屋を退室していくのが見える。



(カルカン、ありがとう……ワドの為なら私、一歩を踏み出せそう。貴方がいて本当に、本当に良かった)

精神的に追いつめられてたリゼに、誰もが言えなかった言葉。

カルカンはあっさり言ってしまいます。


次回はカルカン視点の「閑話:最高のKYになる為に」です。

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リゼだってまだかよわい乙女なんですね、傷ついて動けなくなって…ナイスKY、カルカン
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