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ドラゴンの人生探求  作者: 元毛玉
育児はトラブルの連続

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閑話:神罰と責任の所在

前回のあらすじ

ストローの度重なるミカド陛下への嘆願の日々。それをトカプリコ元帥はどのように捉えていたのか。

ミカド陛下が捕らわれた後のザグエリ王国側はどうなっていたのか。

ep.「第2回船舶コンテスト」~ ep.「辺境伯と騒動の終幕」までのアジャイン・トカプリコ視点となります。

「80億もの命が失われたんやで!」


 目の前にいる元宰相が口にした言葉に、私は戦慄を覚えずにはいられなかった。

 我が家系は祖父の頃から、ワールドンことエターナルドラゴンの住処を訪ねてはマナ鉱石を拝借している。私も若い頃に何度も訪ねた。

 だから知っている。争いを好まない温厚なドラゴンであると。

 王都事件は意外ではあったが、背後で操る存在の仕業だろうと分かったし、ワールドンの性格からして何度もは行えないと考えていた。


(暴走の可能性を考慮せんかったんは、痛手やな)


 リベラという人質の女の存在は、切り札にもなり得るし、全てを失う災いにもなり得る。扱いを慎重にしなければならないだろう。


「元帥、この騒ぎは一体?それとこの女性は瀕死や。猫魔族の秘薬を使わんと助からんで」

「せやな、破風症にもならんよう注意したってや。後を頼むでフェグレー将軍」


 歯車が狂い始めている。その予感が私にはあったが、賽は投げられたのだ。立ち止まる事はできない。

 予想出来なかったとはいえ、不運が続いている。

 バンナ村に罪をなすりつけて、陛下が蛮行に及ぶまでは予定通りだ。しかし、ワールドンがここまで一つの村に、その女に固執するのは完全に予想外だった。


 私が成人したての頃。

 初任務として赴いたワールドンの住処で、私はかの伝説の存在と交信する事ができた。

 そのドラゴンは人に興味を持っておらず、特にこだわりを見せなかった。それに、争いを好まない事。神罰などしたくないと言っていた。故に私は強気でいられたのだ。


 その前提が狂ってきている。私は強い焦りと共に方向転換を余儀なくされ、修正プラン作成に没頭する日々が続く。


(……ミカド陛下を生贄にすればいけるやろか?)


 貴族と民衆からクーデターを起こさせるよりは、ワールドンへの謝罪の品として、陛下の首を用意する方が無難に落ち着きそうに思う。

 どうせ死ぬのは変わらないのだから、問題はないだろう。次に来るのがトカプリコ政権。そこだけが重要なのだ。

 大掛かりな変更に、私は数日を費やした。


─────────────────────


「元帥閣下、ストロー元宰相が帰路につきました」


 ストローは年を越しても交渉を粘っていたが、ようやく一旦帰還する事にしたようだ。

 私は持っていた書類を机に放り投げ、部下に命令を出す。


「すぐに第二陣が来るわ。護衛の連中いたやろ?あれに追手をだしとけ」

「かの四人組は相当な手練れです。軍を動かしますか?それともロイヤルガードを?」


 察しが悪すぎる部下に苛立ちを覚えつつも、詳しい説明と認識修正を行う。


「ちゃうわアホ。単なる嫌がらせや」

「は?何の意味があるので?」

「お前な……まぁええか。敵対するフリを見せるんや。向こうは平民の女を諦める気がないからな。より良い交渉条件を持って再び訪れるはずや。その条件を釣り上げる為のいわば餌やな」


 すると部下は納得の色を見せて、直ぐに行動に移した。早くミカド陛下に退陣頂いて、全体の再教育をしなければならない。今までは無能が多いほど都合が良かったが、私の政権で同じようでは困る。

 予想通りにストローは何度も再来する。


 その度に嫌がらせを続けていたが、双魚節に入ってからの再来は違っていた。

 今度は本気が見て取れる。国に戻って交渉額をかき集めたのだろう。手土産も満足できる内容であったし、かなりおいしい。

 これらが丸っと手に入れば、財政は大きく回復するはずだ。……はずだった。


(やるなぁ、ストロー……いや、ルクルゆうガキか)


 本気の交渉と見せかけて、人質を力尽くで奪還し、ミカド陛下の身柄を押さえてきた。

 交渉の内容が非常に細かい所に行き届いていて、最初は持っていた懸念も、途中から失念させられた。

 実に巧妙な手口だ。ストローの偽装交渉と悟らせない演技も、国にいた時とは比べ物にならない。

 黒幕(ギルドマスター)のルクルが関与している事は明白だ。


 しかも、そのルクルの恐ろしい事は、スパイを泳がせる事だ。その上で握らせる情報と漏らさない情報をコントロールしている。

 どうやっているのか、また、どのような教育を受ければその年齢でそこに至れるのかには興味がある。

 しかしながら、今はそうも言ってられない。


(予定が早まっただけや。貰うもんは貰うで)


 上層部は陛下を引きずり下ろしたかった為に、簡単に説得できた。

 私はストローに陛下の命を献上する代わりに、交渉条件の対価を手に入れる事を望むことを伝える。


「な!?陛下の命がいらんのか!?」

「陛下の口調やないが、いらんもんはいらんな。ストロー殿、考えてもみなはれ、交渉で提示されとるもんとミカド陛下……どっちが重要か言わんでもわかるやろ?」


 ストローは青い顔をしながら「一度持ち帰る」と告げて、早々に帰路へと立った。



 私のこの時の判断は完全に間違って(・・・・・・・)いた。



 王都は現在、かつてないほどの大嵐に見舞われている。止む事はない。何故なら、光の神では無く、風の神の逆鱗に触れてしまったからだ。


『お前らは利己的な行動で、世界を危険に晒した。よって吾輩自ら神罰を下す。吾輩にワドを殴らせたこと、絶対に後悔させてやるぞにゃん!』


 後悔しても、もう遅い。王都は壊滅状態だ。

 その上、何故か王宮だけは風が和らいでいる。恐らく王宮に平民女を捕らえている事までバレているのだろう。

 正直、お手上げだった。


「では、皆さん。交渉は取り下げて、無条件でリベラゆう平民女を解放するで異議ないやろか?」


 会議で私は参加者に問う。異議なんか上がる訳が無かった。満場一致での議決だ。

 ストローと仲の良かったフェグレー将軍を使者として送り出す事が決まり、希望の切り札ではなく、厄災となった女を手放した。


 悪夢は続く。

 陛下は処刑されると思っていたが、ワールドンの名の下に命を保証すると解放されたのだ。

 葬儀の準備をしていた我々は、大慌てで陛下を迎える事になる。


「へ、陛下、良くぞご無事で……」

「国葬か。こんなんやっとる場合や無いやろ?」


 国葬を催そうとする証拠が至る所に残っている為、完全に隠し切るのは無理だった。

 それは、陛下が戻る事になってからの時間があまりに無かった為に、仕方ない部分もある。ただ、戻られた陛下が問題だ。

 人が変わったかの如く……そう表現するのが適切と思えるほどの豹変ぶりである。

 陛下はまるで憑き物が落ちたかのように、穏やかな気性になっていた。


「国民の為に私財の全てを出すわ。余にはもう不要なもんやしな」

「流石です陛下、ようご決断下さりはったわ」


 陛下の行動に、周囲の貴族達が称賛を送っている。


(ふざけとるんかー!)


 その財産は、私が手に入れ、私の名前で、国民に振る舞われる予定の物だ。


(それをこない、こないな形で奪われるなんて……)


 陛下は少しずつ支持率を取り戻しつつある。

 たった一回、たった一度。

 これまでの非道の数々。それと比べたら些細な施し。けれど、疲弊しきった今の民衆に、その施しは神の恵みだ。手放しで称賛されていた。

 当初の計画と異なり、陛下を直ぐには処断出来なかった。それがワールドン王国との条約だったからである。わずかな逡巡の時、その隙間を縫って陛下は支持を得た。


─────────────────────


 そうして信頼を取り戻した陛下に招集され、御前会議が行われる。


「今回の件、誰かが責任を取らなアカンと思う。余はワールドン様から生きて償うよう申し付けられとる。申し訳ないが誰か適任おるか?余としてはな、トカプリコが適任やと思うんやが……」


(冗談やないで!)


 私は、ありとあらゆる手段を用いてその流れに抗った。ようやくの思いで、全ての責任をアモーク辺境伯へと押し付ける事が出来た。

 私の牙城が、まるで砂の城かのように崩れて行く事が分かる。今回の責任逃れでかなりの貴族から信頼を失った。

 暫くは身を潜めつつ、信頼回復に努めるべきだろう。

 それにしても……


(あれは陛下の言葉やない。台本でも読まされとるみたいやった……まさか!?)


 大嵐の神罰も、陛下を無事に返すのも、私が追い込まれる流れも、全てが筋書きでは?その考えが過る。


(……黒幕(ギルドマスター)


 その危険性に思い至る。

 あの国には化け物がたくさんいる。二柱の神をはじめ、外務大臣、防衛大臣。そして、ギルドマスター。

 神と問題令嬢の印象が強すぎて、危うく見落とす所だったであろう、その本当の化け物。

 まだ春の終わりだと言うのに、その存在に冷や汗ばかりが出た。


(ルクル。危険や……やけど)


 ワールドン王国の幹部は、ホリターの暗部が守っている。だから、生半可な戦力では返り討ちに合うだろう。

 しかし、放置は出来ない。

 私は作戦を立て、機を伺う事にした。


─────────────────────


 会議室の中。

 全てのロイヤルガードが揃う。今の私が自由にできる最大戦力だ。

 私は部下に資料を配らせ、行き届くのをゆっくり眺める。もう一度、全員を見回した後、口を開いた。



「では、ギルドマスターの暗殺計画について、詳細を説明する」

立場を失って冷静に見回す事で、最も危険な存在に気づいた元帥。

ロイヤルガードが本格的に動く事になります。


次回はリゼ視点の「閑話:不夜城の灯りが消えた日」です。

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