媚薬の代償と後悔
前回のあらすじ
ビットを救出し、ミカド王と対面したワド。
目の前にはボロボロになったガトーがいます。一体何があったのか?
僕の身に起こった一部始終を【伝心】で受け取った。
ーーーガトーが見たワドの暴走再現VTRーーー
「うぅぅ……許さない!許せない!あぁぁああ!」
ワドの様子がおかしい。まさかあれだけ禁止したのに【伝心】してしまったのではないか?ワドから読み取れる感情は怒りと心配。その二つで塗り潰されていた。
「ガトー!男性の体液がワドに接触してしまった!急いでラザにも連絡入れてワドを抑え込んで!」
「な!?あの唾が原因なのかにゃん!?」
周囲の光が全てワドに吸い込まれ、強烈な光を放ち始めた。明らかにリミッターが外れている。周囲のマナ濃度が急速に高まって行くのを感じた。
「リベラさんが怪我を!僕が……僕が助けなきゃ!」
「待て、ワド!落ち着けーーー!」
ルクルの声も聞こえないようで、ドラゴン形態に戻り始めている。高価な服が弾け飛んでいるし、光ガードを使う余裕すら無いようだ。
事前に聞いていた「万が一プラン」を実行すべく、ラザへ連絡を急ぐ。
『ラザ!王都を全力で守るように力を展開しろ!』
『う~?ガトー語尾ないよござる~』
『緊急事態なんだ!ワドの心を救えるかはラザにかかってる!』
『ボクわかった~がんばる~!ガトー、ワドの心を守って~』
『おぅ!任せろ!』
ワドが全力で飛んだら吾輩では追い付けない。
ザグエリ王国方面に巨大な風の壁を展開しつつ、吾輩もリミッターを解除し、ドラゴン形態に戻る。
ありったけのマナ力場で圧縮した空気弾を、上空から垂直にワドへと叩き込んだ。人の鼓膜なら破れてしまう程の強烈な炸裂音が響き渡り、山びことなって反響している。
(すまん。後で謝るから許せ……)
大切な友達であるワドを、攻撃するのは正直心が痛む。だけど、ここで止めなければワドの心はまたも壊れてしまうかも知れない。
それだけは友達として絶対に止める!
強い意志で追加の圧縮空気弾を叩き込む。
広場は既に変形して見る影も無くなっていた。
ルクル達は、駆けつけたリゼ達が回収してくれたようだ。無事を安心した所に声が響く。
「ガトー様!ワドをお願いしますの!」
「皆を守れ!ワドは吾輩が止める!」
ワドの本気を止められるのは、同格の吾輩かラザだけだろう。ラザが防御に力を回したのなら、王都が壊滅するまでは至らないはず。
後はワドを止める為に事に当たるだけだ。
「待ってて、リベラさん!今行くよ!」
ワドが飛び上がる。
エターナルウィングを発動させる直前に、風の刃を本気でワドの背中に叩き込んだ。
一瞬だけワドの羽を切り刻めたが、ワドの癒しの力で直ぐに回復してしまう。この世に顕現している全ての生物の中で、ワドの自己治癒能力は最上位。吾輩の力では飛行を止めるまでには至らなかった。
だが、バランスを崩したようでワドは真っすぐ加速出来ず、中途半端な角度で飛び出す。
先程用意しておいた風の壁へ斜めに衝突し、突き破れず地表に叩きつけられたワドは、声を荒げていた。
「これ邪魔!僕はリベラさんを助ける!」
「やらせるかーーー!」
ワドが咆哮で風の壁を壊そうとしたので、全力のインビジブルフォームで懐に入り込み、アッパーカットを叩き込んだ。
「ギャヒィ!」
「落ち着け、ワド!」
殴った拳も、心も痛い。だけどワドは、怒りの表情でこちらを睨んできた。
「何するんだ!邪魔をするなガトー」
吾輩の体にワドの爪が叩き込まれる。ギリギリで風の盾を間に滑り込ませたが、その衝撃で吹き飛ばされてしまう。
湖の辺りまで吹き飛ばされて、泥だらけで体勢を立て直す。
だが、ワドはこちらを見向きもしないで、再び飛ぶ体勢に入ろうとしていた。
必死で名前を呼ぶ。必死で殴りつける。必死で……ワドの全力の攻撃を、この身で浴び続けた。
吾輩がクッション代わりにならなければ、この土地がとんでもない事になってしまうから、躱そうと思えば躱せる攻撃も全て受け続けた。
「ワドよ!頼むから聞いてくれ!」
「うるさい!リベラさんが助けられれば他はどうなってもいいんだ!」
ダメだ。このまま暴れたら、自分の国がどうなるかも分かっていない。とにかくワドを王都から離れるように誘導しつつ、ザグエリ王都にも近づかないように戦い続ける。
ブレスだけは絶対阻止、その上で被害が最小になるよう立ち回る。
(まずい!)
防衛は不慣れで油断してしまい、ワドの咆哮を許してしまった。慌てて風の壁を展開したが、見渡す限りの山脈が消し飛んだ。
こちらの攻撃も大量に当たってはいる。風の刃はもう何発叩き込んだか分からない。だが、ワドは無傷だ。全て自己治癒によって無かった事にされている。
吾輩の方は、ダメージは少ないが見た目はボロボロだ。本来は回避特化なのに、体で受け止めるなんて慣れない真似はするものでは無いなとつくづく感じた。
攻撃を受けるよりも、友達を攻撃する方が辛くて苦痛で、正直逃げ出したいが、それでも呼び続ける。
友達の名前を。
だけど、もう耳には何も届いていないようだ。
(それなら!)
『ワド!』
『うるさい!僕の邪魔をするな!』
【伝心】の出力を最大にして、呼び続けた。
……頼む。どうか正気に戻ってくれ!
吾輩は、大切な事を全て忘れたワドなんか見たくない。友達の力に成れなかったあの無力感を味わうのは嫌なんだ!
攻撃を浴びながらも、呼び続ける。
『ワドよ!』
『ワドよ!きけ!』
『ワド!きけにゃん!』
『いいから聞くにゃん!』
渾身の力を右腕に込めて、大切な友達の横っつらを思いっきり殴った。錐揉み回転して飛んで行ったワドは、起き上がるとキョトンとした顔をしていたな。
(良かった。……これ以上殴らずに済んだ……ぞ)
ーーーガトーが見たワドの暴走再現ENDーーー
僕はとんでも無い事をしてしまった。
何でこんなに我を忘れたのか分からない。
分からないけど、今は後悔が押し寄せている。
ガトーはボロボロになりながらも僕を止めようとしてくれた。僕を攻撃する度に心を痛めていた。そんな事をさせてしまった。僕が後悔で泣いていると、ガトーが声をかけてきたよ。普段の明るい声で。
「ワドワド、落ち着いたにゃん?」
「ガトー……」
「落ち着いたのなら戻って、皆にごめんなさいするにゃん。吾輩も一緒に謝ってやるから……」
ガトーからの慰めの言葉と、僕からの謝罪の言葉。
そのやりとりをしながら戻ったその先は……変わり果てた王都だった。
「こ、これを僕が……」
「落ち着け、皆は地下シェルターで無事だぞにゃん」
そう言われても、眼前に広がる光景に……僕は体の芯から震えていた。地下から誰かの人影が現れて、こちらに大声をあげてくる。
「国民は全員無事なの!」
「リゼ!」
ルクルが秘密裏に進めていた地下シェルター。
僕が各国を回って不在の頃に、ラザ&ガトーで頑張って、地下シェルターを用意していたそうだ。
自国の収穫祭の直前、僕とガトーが別の建設していた裏側で、仕上げ作業と避難訓練が行われていたと聞いたよ。
凄いね……僕、全然気づかなかったな。
「ごめんなさい」
戻るなり僕は誠心誠意謝った。
国民の皆は笑顔で許してくれている。でも、僕は申し訳ない気持ちで一杯だったよ。
ルクルからはこっぴどく叱られたな。
媚薬の副作用を聞いた時から、こうなる事態を懸念していたらしい。シェルターが間に合った後だったから良かったけど、そうじゃ無かったら……と言われ、僕は身震いしたよ。
そして謹慎を言い渡された。王都の惨状を見た後では、何も反論出来なかったな。
『ワド~、これおいし~よ~ござる~』
「うん……」
ガトーがリベラさんの救出に再び出向いている間、僕はラザとお留守番だった。
地下シェルターも、僕とガトーの本気のぶつかり合いだと強度的に持たない。ラザが全力で強化し続けたから、国民が誰一人欠ける事なく生還できたんだ。
あの後ラザは『ボクがんばった~褒めて~』と甘えてきたよ。でも僕は、罪悪感から素直に褒める事が出来なかった。
王都再建で重機のお仕事が爆積みされていて、僕は当面の間、休み無しで働く事になったけれど……嬉しかったよ。
国民が生きている。道路や建物を必要としてくれる人が大勢いる。その事実が嬉しかったんだ。
それに……
忙しくしていないと犯してしまった事の後悔と、助けられていない心配で押し潰されてしまうと思う。
リゼからは「ビットに会いに行かない?」と誘われたけど、仕事を理由に断った。今の僕に会う資格は無いって思ったから。
だから、僕は働いた。作業着と作業帽、作業靴を身に着け、今日も気合いを入れる。
リベラさんはガトーがきっと助けてくれる。カルカンが語っていた言葉が今なら良く分かるね。僕の事を思って、殴ってでも止めてくれる友達がいる。本当に心強いよ。
何かあったのか周囲が何やら騒がしいけど、僕は一心不乱に働き続けていたんだ。
……ドドドドドドドドド!
良く晴れた朝、遠くからエリーゼの足音が近付いてくる。僕は作業の手を一旦止めて、作業帽を脱ぎ、縛っていた髪を解いた。
「ワールドン様!一大事ですわ!ルクルが簡易会議室に集まるようにとの事ですわ!」
(まさかリベラさんの身に何かあったの!?)
今まで見ないフリをしていた不安が怒濤のように押し寄せてくる。でも、やつれ切ったストローや、ボロボロになったガトー、叱ってくれたルクルを思い浮かべ、大丈夫と自分に言い聞かせる。
新しいお城が完成するまでの仮設住宅街へ向かい、エリーゼと2人で新設の狭い簡易会議室に足を踏み入れた。
居残り組の幹部の中で、カルカンだけが不在だ。二日酔いでの寝坊だろうか?そんな事を考えながら席に着いた。
ルクルが議長となって会議が始まる。
「えー、それではセトチ村での破壊工作と、港町ナーハでの誘拐事件について対策協議するよー。カルカン君は今その件の対応中だよー」
「え?何それ?僕、初耳なんだけど?」
「そらまー、初めて言ったからねー」
リベラさんの救出もまだなのに、なんでこんな事になるのか分からなかったよ。
媚薬を飲んだことを本気で後悔しているワド。
「僕、悪くない」と一言も発してない事からも明らかです。
次回は「破壊活動と人質誘拐」です。




