閑話:失われた右腕
前回のあらすじ
リベラ救出の密命を受けたストロー。
ワドが銀へ会いに行っている間に、水面下でザグエリ王国へと戻ります。
ep.「銀に会いにいく」~ ep.「民族衣装の提案」までのベコウ・ストロー視点となります。
「じゃー、大俳優ストローの活躍を期待してるー」
「ハハハ、冗談キツイでルクル様は」
ルクル様の依頼を受けて、久しぶりの帰郷の途についた。ワールドン様は、ガトー様が注意を引き付けとる。この間にバンナ村の安全を確保せなならん。
たった一年しか経ってへんのに、久々に足を踏み入れたザグエリの地は、どことなく寂れたように感じる。これは私の心境の変化からやろうか?
「ストローさん、こっちの道であってんのかい?」
「あ、ああ、そっちをそのまま真っすぐやで」
元ビスコナ王国のレオはんも護衛として来てくれとる。なんでも「このクエストは報酬がおいしい」とゆうてはったな。ルクル様が奮発したんやろうか?
ガトー様がおらんし、ホバーバイクも持ち出せんので馬での移動やった。久々に乗るとこんなに尻が痛かったか?て思う。それほどに乗り物に関しての価値観が変わってもうた。
(あぁ、こんなにも景色はゆっくり流れるんか)
弓矢のように過ぎ去る景色に慣れ過ぎたせいか、処女節の景色をのんびり堪能できる時間は楽しいわ。
蹄の小気味良いBGMを背に、秋の香りがし始める山道を進む。そろそろバンナ村が見えるはずや。
やのに、人の気配が全くない。なんやおかしいで?レオはん達も異変に気づいたようや。ノワールはんから「人が一人もいない」と忠告を貰う。んな馬鹿な、そんな事あるんか?
レオはんが先陣を務める中、私も馬に鞭を入れ、急ぎ後を追った。
「なんだこの腐敗臭は!?」
「村の至る所に残る血痕は……剣や槍によるものよ」
「……無常」
「明らかに殺された跡ですねぇ。この高さは子供の血痕かなぁ?……ゆるせねぇ」
先着したレオはん達が、惨劇の跡と思われるバンナ村を捜索しとる。子供好きやと思われるノワールはんは、普段見せない怒りを露わにしとった。
見渡す限りの血痕が、この村で行われた残虐な行為を物語っとる。
(まさか、リベラゆう女性も……いや)
ミカド陛下なら一部を見せしめに、より深い関係者を手元において更に非道な苦しみを与えるはずや。
最低な王やが、その部分は信頼できた。絶対に楽に死を与えるなんてせえへんと確信できる。その事に一縷の希望を見つけて、縋る事にした。そうで無ければやってられへん。
「皆、こっちに来て!墓らしきものを見つけたわ!」
捜索範囲を村の周辺まで伸ばして捜索していた所、ピコラはんが墓を見つけたらしく、離れた小川まで向かう。少し開けた見晴らしのいい場所に、70近くの墓が建てられとった。
(ここは、リゼ様が嬉しそうに語っとった、独り占めライブ会場や無いんか?)
ワールドン様から【伝心】して貰った光景に重なる部分が多い。夜の映像やったが、昼だとこんな風景やと思う。そこにレオはんから「皆こっちこい!」と号令がかかり、見に行った先には墓碑があった。
(あぁ、この墓建てたんはアモーク伯やな……)
大量の墓の脇に1つの大きな墓碑がある。
そこにはザグエリ語で「自ら奪ってしまった私の誇り達、この地に眠る」という文字が刻まれとった。
領民思いで有名なアモーク伯爵らしいと思うし、込められた内容を汲み取ると、残虐な行為を強いられた事が伝わってくる。
(こんなに腹が立つのは、初めてや)
ミカド陛下からの傍若無人な振る舞いに辛酸を舐めさせられとった時にも、ここまでの感情は抱かんかった。せやけど、今は怒りで頭がどうにかなりそうや。
(……落ち着け、役目を忘れたらアカン)
私の使命は、無事にリベラとその子を連れ帰る事や。
それ以外の事は全て無視せえ……自身にそう言い聞かせた。
それにこれは世界の人々を救う為に必要なんや。
(絶対に、ワールドン様に知られとうない)
ガトー様から知らされた真実の数々。
ワールドン様を怒りの本能のままに振る舞わせるんは、世界の終わりに繋がる。それだけは断固阻止せな。
強い怒りを胸にしまい、王都への旅路を急いだ。
1年ぶりの王都。
ある程度の復興は成っているが、市民の生活は激変しとって、スラムが増えとる。治安が悪うて清掃が行き届いて無いんか、不衛生で病気を患っているように見えるホームレスが多い。正直、異臭が酷くて、長く留まるのは難しい程や。
先に元ストロー家のもんと合流して、現状を聞く。フェグレー将軍に預けていた事が功を奏し、彼らまでは被害が及んでいないようや。
(ほんま、将軍には感謝やで)
従者に捜索指示を出しつつ、私自身はミカド陛下への謁見を求める。王宮にも私を支持してくれる兵士は多かったようで「宰相閣下、お帰りなさい」と温かく迎え入れてくれた。ほんま感謝しかない。
諸々の手続きを終えて、謁見の間に向かうが……
「反逆者ストロー!そこで止まれ!」
最強のロイヤルガード12人が、半分も出張ってきとるな。全員が武器を手にしとるし、彼らはトカプリコ元帥の虎の子や。他国の精鋭と比べても上と言える。
レオはん達が前に出て両者は激突した。
(凄いで!)
レオはんが力、ルヴァンはんが手数、ピコラはんが技で圧倒する。ノワールはんは気配消しとったな。
にしても、ロイヤルガードの上位ランクがおらんとはいえ、こうも圧倒するとは。
「双方そこまで!」
戦局が優位に大きく傾いた時、場を制圧する声が響いた。トカプリコ元帥や。計略を用いる頭脳派と思いきや、この場を支配する圧を放っとる。さすがとゆうところか。
元帥は、視線と顎先だけで私らを誘導する。どうやら案内してくれるみたいやな。
そんで、陛下と実に1年半ぶりの再会を果たす。
手土産を渡して矛を納めてもらい、交渉の場を設けるように誘導する。手土産は黄金聖水に竜鱗、それから最高品質のマナ鉱石や。金だけやのうて緑も大量に持ってきた。これだけで10億カロリはするやろ。
「そんなゴミいらんわ」
「陛下、これは交渉してもらう為の手土産や。受け取ってくれるだけでかまへん」
タダと聞いてこれらを欲しがらん訳が無い。
案の定、侍女に持たせて下がらせよった。どちらかゆうとこの手土産は、後ろで控えとる元帥の方に効果的やったと思う。
そしてつまらなそうにした陛下が「で、何用や?」と問う。そこで私は、バンナ村の生き残りがいる前提でカマをかける。
(やっぱりな、当たりや)
陛下は元々腹芸などできひん。良くも悪くも裏表が無いからな。私は笑顔を絶やさんようにして、巧く会話を導く。ほんで、その生き残りの中に母子がいる事が分かった。
(ここがきばりどこやで!)
あの手この手で条件や納められる品々を提案。今のザグエリ王国では喉から手が出る程欲しい物の数々。
それを聞いても陛下は一顧だにせん。
「いらん」
「へ、陛下!待って下さい!」
言葉を繰り返す事で、陛下は釣れんかったが、元帥は釣れたようや。そうや、その調子やで。総額百億カロリ相当と、値段つけれん程のマナ鉱石は逃せんやろ?
元帥が陛下を口説き落とす。そう思っとったけど、陛下は頑なやった。
「いらんもんはいらん!帰れ!」
これだけの物を提示してもダメなんか?
元帥は完全に落とせたのに、悔しいで。
「陛下、また来ますわ」
「けーれけーれ!もうくんなや!」
その決裂後も、日を改めて再交渉に向かう日々。吊り上げられる交渉条件。
せやけど陛下は、決して首を縦に振らんかった。
(陛下の判断基準はどないなっとんねん?)
レオはん達は連日スカウトされて不機嫌や。元帥から熱烈に誘われとるみたいやで。でもな、彼らは仮にも勇者なんよ。バンナ村の蛮行を見た後では、相容れる事は無いやろ。
中々交渉が進まず、長期戦になってきよった。気ぃばかりが急いとるが、事態は進展せん。このままでは条件を呑ませての、全員の救出は難しい。そう思って、せめてリベラだけでもと似顔絵を提示した。
「なんや?この女が大事なんか?ん?」
陛下は似顔絵を見た後、豹変した。私は取り返しのつかない失態を犯してしまったのやないか?
そんな不安がまとわりついて消えへん。
(なんや?あの薄気味悪い陛下の笑みは?)
そんあとも陛下は条件に応じんかった。私は、なぜ応じないのかを問う。すると陛下はこう言った。
「余の息子や娘が死んで、なんで知らん平民の女を助けにゃならんの?」
逆恨みを述べとった。せやけど、王子や姫が亡くなっていたんは知らんかったな。溺愛しとったから無理も無い。
私は慌ててお悔やみを申し上げた。
「そんな言葉を貰ってもな……帰ってけーへんわ」
鬼の形相をした陛下は、涙で濡れとった。
家族を失った心の飢えを、他者を攻撃する事で満たしていたんやと悟る。
陛下はそこでリベラを連れてくるように侍女に指示を出し、程なくして似顔絵の女性が連れて来られた。
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「あああ!あぁぁっっいぎぃぃぃ!」
「フハハハハハ!」
「なんて事しやんのや!」
陛下は目の前でリベラを切りつけ、右腕を切り落としてしまう。辺りは右腕からの血で染まっとる。「みせしめや」ゆうてミカド陛下は壊れたように笑う。
王子も姫も失って本気で狂っとった。
「余は子供たちや仲の良い臣下と、毎日楽しく暮らせばそれで良かったんや。なんで邪魔すんのや?」
「なんでこれを見せたんや!」
私はワールドン様にこの記憶が漏れる事を恐れた。
怖い……怖いで。
この光景はあまりにもショックが強い。少なくとも【伝心】対策が出来るまでは、とても国に帰れん。
ワールドン様の危険性を、私は慌てて語る。元帥は驚きで喉を鳴らしとったわ。
「ほーん、お前狂人呼ばれてるらしいんわほんまやな。そんな妄言どないでもええわ」
「な!?」
「余はな、妻も息子も娘もいない世界にもう興味はないんや。全てを滅ぼす?望むところや!全て道連れにしてやるで!」
私のような嘘で塗り固められた俳優としての狂人やなく、本物の狂人が目の前におった。
(く、狂っとる……)
家族を。親しい友人を。その全てを失った陛下に怖いもんなんて何もない。
狂っとる陛下との交渉は困難を窮め、決裂した。
真の狂人 vs 嘘の狂人の対決です。
ちなみに王妃も、トカプリコの裏工作によって、本作の時系列の前に殺されています。
ミカドは元から自分勝手な性格でしたが、それを歪めたのは…
そして、絶対に漏らす訳にはいかない記憶を抱えたストロー。
その不安から、みるみる内にやつれていきます…
次回はプリマッツ・トト視点の「閑話:反抗のシンボルと蛮行」です。




