閑話:火山地帯での武者修行
前回のあらすじ
国がワールドンとの敵対を避ける方針の為、出奔の道を選んだリアロッテ最強の将軍マチ・ラコア。
直属の信頼できる仲間と共に武者修行に向かいます。
ep.「自称勇者の襲来」~ ep.「孤児院を運営」までのマチ・ラコア視点となります。
国を出奔したマチ・ラコアは南西へ向かっていた。
このまま進むとパウス王国に至る道程である。マチとその部下4名は敢えて魔獣が多いルートを選び……
「レイ!そっちに2体いったぞ!」
「はいっ!お任せください!」
12体の熊魔族に囲まれていたマチたちだが、激しい戦闘を経て戦局は一変し、熊魔族は残り4体まで数を減らしていた。
どの個体も3m超える巨体であったが、マチの手にかかれば造作もなく屠られる。マチが半数を受け持ち、部下が残りの半数を受け持って対処に当たっていた。
だが、それももう間もなく終わる。
「がおぉぉぉ!」
「所詮は獣だな!ふんっ!」
「ラコア将軍!こちらも片付きました!」
「アルゴス、念のため周辺を警戒しておけ」
「ハッ!承知しました!」
熊魔族は決して弱くは無い。王国の兵士であれば、成体1つを狩るのに20人で討伐に当たるであろう。
しかし、それほどの強敵を屠ったというのに、マチの表情は霞がかったままだ。
その様子を部下達は心配していた。周囲を警戒し、野営の準備をしながら、マチに問う。
「将軍、何か焦っておられるのでしょうか?」
「わかるのか?」
「ええ、これまでラコア将軍を見てきましたから」
焦りの正体はマチにも理解できていた。
それはこの武者修行の旅のキッカケであり、元凶でもある存在……ブールボンの問題令嬢であろう。
そして、マチが動く発端となったのが、カービル帝国のドウエン将軍から知らされた「国境付近の騒動」である。その詳細を読み解けば読み解くほどに、マチの勝率は0%へと近づいて行くのだから。
「今回の熊魔族くらいなら私一人で相手できなくては勝負にならんのだ」
「さすがに12体同時に1人では相手できる人などいませんよ。四方八方から袋叩きにされます」
「いや……そうなる前に瞬殺するのだ」
「は?御冗談で?」
勿論、マチは冗談を口にしているつもりは無い。
問題令嬢の齎した結果は、誰であっても笑い飛ばしてしまう類のものだろう。アルゴスの反応の方が、ごく一般的なものであるのは疑いようが無い。
「……気にするな。冗談だ」
「そうですか。それでこのまま南下して、火山地帯に進むルートで問題ないでしょうか?」
マチは頷く。
噂では危険地帯と呼ばれ、人が近づかない魔境。
それがパウス火山脈だ。モナリーガに対するパウス王国の絶対的な天然要塞でもあるそこは、獰猛な上位魔獣が闊歩し、入れば命は無いと言われている。
そこに往くのだ。全員が命がけであった。
だが、悲観しているものは一人もおらず、寧ろやる気が漲ってさえいる。
野営にて獲物であった熊魔族を食し、英気を養ったマチたちは、明日踏み入れる大地への思いを語らいあって夜を過ごしていた。
「ラコア将軍!撤退しましょう!これは無理です!」
翌日、かの死地に飛び込んだマチたちを待ち受けたのは、文字通りの地獄だ。今撤退を進言したアルゴス自身も、それが叶わないと分かっているようだった。
最初に遭遇したのは翼竜族。それを狩るべく全員が死力を尽くす。逃げ惑う翼竜族を追いかけて奥地へと進んだ際に、もう1体の翼竜族が現れ、トドメを阻まれた。
その翼竜族を辛うじて撃退した後に待ち受けたのが現状である。
「将軍、完全に囲まれてます」
「すげぇ数だ。800はいるか?」
「もっとですね。私、蜥蜴は嫌いなんですけどね」
千に届くかと思われる蜥蜴魔族の大群の包囲網。
異世界からの賢者が遺した書物で【サラマンダー】と呼ばれる蜥蜴魔族は、熊魔族の成体よりも強力で、獰猛でもある。
銃を使って牽制しつつ、退却のタイミングを伺っている時間は、命を削るような感覚を全員が覚えていた。
そうした中、状況はさらに悪化する。
「バカな、ここに翼竜族?将軍!どうしますか!?」
「将軍、目視で50体は確認しました!」
「ぐっ……!」
まるで弔い合戦だと言わんばかりの翼竜族の大援軍で、瞳に映るそれは諦観の色への塗り替えを求めた。
だが、マチ・ラコアは決意する。
ここまで追い詰められた状況こそが、マチを唯一の生還の道へと押し出していく。
そして、誇り高く宣言した。
「いいかお前たち!私と共に死んでくれ!」
「「「はいっ!」」」
「ふっ……誰も欠けぬか。では作戦を伝える。戦局をかき乱して、三つ巴の状況を維持しろ!」
唯一の道。翼竜族と蜥蜴魔族の乱戦。そこに活路を見出だした。
だが、1つでも間違えば袋叩きにあう、全滅必至の諸刃の剣でもある。
それを全員が受け入れた。
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半刻が経過。
「はぁはぁ……ぜぇ……お前たち生きているか!?」
返事は無い。仮に生きていても虫の息である事は明白である。死屍累々な戦場は、全滅した蜥蜴魔族が埋め尽くす。見渡す限りの大地を。
翼竜族も数を大きく減らし、残り15体前後まで疲弊している。まさに激闘、死闘であったと。
マチは辛うじて立ってはいるが、既に満身創痍。
とても戦闘を継続できる状態ではない。だが、翼竜族は待ってくれない。今、まさに眼前まで、死が鎌首をもたげて近づいている。
「……ここで、復讐も果たせずに終わるのか!?」
最後の気力をふり絞って迎撃を試みるが、全身が痙攣して動かない。しかしその時、突風が吹いた。
「なんか、羽虫が邪魔だにゃん。吾輩、アニメを見るから急いでるんだにゃん!邪魔にゃん」
凝縮された大気の塊、不可視の一撃によって翼竜族は羽虫のように撃ち落される。欠伸ほどの瞬刻の間に空には何もいなくなった。
「ふっ……ふはは、フハハハハハ!」
マチは笑った。
己の幸運に。己の強運に。
神が生きろと、復讐を果たせとそう告げているのだと、何故だかそう思えてならなかった。マチの笑みは止まらない。
まるで、立ち込める血の匂いをも吹き飛ばす様に。
「まさに神風……私には風の神がついているぞ!」
それから部下を救出し、猫魔族の秘薬と呼ばれる回復薬を使って重傷を癒していく。寿命が削れるという副作用があるが、この回復効果を見てみるがいい。
そう、それが些細と言える程の素晴らしい光景だ。
「た、助かり……ました……」
「あり……がとう……ございま……す」
「あまり口を開くな、休んでいろ」
「将軍、回復を待ち次第一旦引きましょう」
唯一、傷が軽度だったレイが撤退を進言していた。
だが、マチの直感がそれに否を突き付けている。
「お前達は戻っても構わん。私はこの先に進む」
「では、回復次第、後を追います」
「ふっ……好きにしろ」
マチは神風が吹いた風上。そこに自分の運命があると半ば確信していた。自身の中のマナが滾る感覚には覚えがある。それが往けと雄叫びを繰り返す。
「火山口か……」
火山口を下っていくと、完全に確信へと変わる。
そこにはマナの奔流があるのが肌にビリビリと伝わってくる。灼熱の溶岩が強烈な熱を発し出迎えているが、それで歩みを止める事はなかった。
そうして、出会う。自分の運命と。
『お!って緑が戻ってきたのかと思えば、人族か?何用で来たのだ?』
頭の中に直接響く声。
これは最近何度か経験した、神託そのものだった。
溶岩に浸かる真紅の巨躯からは、圧倒的なマナの波動を放っている。
直接対峙したワールドンか、それ以上と思われた。
その風貌はドラゴンの中のドラゴン。
赤く輝く竜。どの文献でも載っている。万人が思い描くドラゴンの姿が、そこにはあった。
周囲の溶岩はまるで意思を持っているかのように、その巨大なドラゴンに群がる。いや、ドラゴンが纏っている衣にすら見えるそれは、熱波でマチの体をミディアムレアにする勢いだ。
「あ、貴方様は一体何者ですか?」
『見ての通りドラゴンだぜ』
「ただのドラゴンとは思えません。物凄く御力のあるドラゴン様とお見受けしました」
『お!お前中々見どころがあるぜ!赤だぜ。人族からはプロミネンスドラゴンと呼ばれてるぜ!』
耳に届いた呼称は、御伽噺のそれだ。
その怒りは世界を焼くと言われる程の炎の化身。逸話通りならまぎれも無く神であろう。
「私を、プロミネンスドラゴン様の下で修行させて頂きたく、お願い申し上げます」
『あぁん?なんでそんな事しなきゃならんのだ?と、言いたい所だが暇だからノッてやるぜ』
「ありがたき幸せ」
目の前の巨大な炎の化身は、獰猛な笑みを浮かべ、協力を申し出る。
『お前の望みは、エリーゼという人族への復讐だな?それを果たす。その力を与える協力をしてやるぜ』
「…………」
なぜ知っているのか?心や記憶を読まれたのか?
様々な疑問が浮かんでは消え、マチは直ぐに答える事が出来ずにいた。
『その代わり、うまく行った暁には……変化の魔術具を持ってこい。それが対価だぜ!』
「……はい。必ず手に入れ献上致します」
それから赤きドラゴンの下で、マチの新たな武者修行が始まった。
ガトーはストローと噂の再布教に出た帰り際に、赤のマナ鉱石を受け取りに来ています。
ラコア将軍とはニアミスでしたね。
次回はリッツ視点の「閑話:王家と秘密とストーカー」です。




