閑話:父の記憶のオルゴール
前回のあらすじ
ギャンブル施設が出来てからは、そこで遊びまくって借金だらけになったカルカン。
ワドも大変お冠で、カルカンへ里帰りを通達します。
ep.「総理不在の獅子節」~ ep.「変化のスピードラーニング」までのカルカン視点となります。
「大変な事になったのにゃ」
私は、ワールドン王国で防衛大臣と文部マナ省大臣を兼任して、激務の日々についていた。
だが、今は里帰りの途についている。
ジリジリと照りつける残暑の太陽が、私の歩みを遅くしていた。
ここに至った経緯。
ルクル氏が考案した賭博遊戯施設が、楽しすぎて少しお金を使い込んでしまう事になる。
借金が嵩んで回らなくなった時に、サブロワ少年からも25000カロリ借りている事が発覚し、それがワールドン様の逆鱗に触れてしまった。
ーーーワールドン様からの通達VTRーーー
「トスィーテちゃんに全部報告したから!里帰りしてちゃんと性根を叩きなおして貰って来てよね!僕さ、今回の事、凄く怒ってるんだから!」
「そんにゃー殺生にゃぁ、慈悲はないのですかにゃ」
「ないよ!ちなみにトスィーテちゃん激オコだったから覚悟して里帰りしてね!」
「はいにゃー……」
ーーーワールドン様からの通達ENDーーー
ギャンブルを辞めたいと思っても、辞められなかった。
どうしても「次は勝てるかも?」というのが頭をよぎってしまい、繰り返していたら借金が膨らんでいく日々……なんで勝てないのにゃ?
帰る足取りがどうしても重くなってしまう。
ワールドン様から、常識人のアル氏にギャンブルからの足の洗い方を聞いてこいと言われている。アル氏に教えを請うしか無いのかも知れない。
妹の怖さを充分に知っているガトー様からは、手土産の協力をして貰った。
英雄の亡き父。
その生前の声を神様の伝心で拾って貰い、それを緑の最高品質マナを利用し、魔術具に封じ込めた。
父の記憶をオルゴールの魔術具にした力作。
妹への手土産&誕生節プレゼントとして用意した。
これで怒りが収まるのを祈るばかりだ。
(もう、入口の門がすぐそこにゃ)
帰る勇気が持てずに門を遠目にウロウロしていたら、近くを通りかかった元同僚が声をかけてきた。
「よぉ、カルカン殿。珍しいな?里帰りかにゃ?」
「久しぶりにゃ。そんな所にゃ……」
「どうしたんだ、歯切れが悪いにゃ?トスィーテさんに私から連絡しておくかにゃ?」
「あ、いやその……これはアレにゃ、アレなのにゃ」
私は元同僚に対し、まごまごした対応をしていた。
怪訝そうにしていた元同僚は、私の顔を覗き込んでくる。でも、ふいにその圧が解かれた。
その理由は私の背後から放たれた声だ。
「カルカン!」
「アル氏、久しぶりにゃ」
振り向くと、そこにはアル氏がいた。
少し日に焼けて健康的な肌色をしている。国にいた頃は執務漬けで、あまり外に出る事も無かったのだろう。
そういう意味では、今の方が健康的な生活なのかも知れない。そんな事が頭をよぎった。
「……私を連れ戻しに来たのですか?」
「違うのにゃ。大変な事になったのにゃ……もうアル氏しか頼れないにゃー相談にのって欲しいにゃ!」
私は洗いざらい全部吐露した。
アル氏に隠す事など何もない。とにかく妹に幻滅されないよう、必死だったのだ。
最初は表情が冴えなかったアル氏も、話が進むにつれて次第に相槌を打つようになる。
「という訳なのにゃ。トスィーテに愛想つかされないような案を、一緒に考えて欲しいのにゃ」
「ふふっ……相変わらずですねカルカンは」
「笑いごとじゃないのにゃ!私は真剣なのにゃ!」
楽しく一緒に遊んでいた頃と同じ笑顔を浮かべていたアル氏が、プレゼン作戦を提案してくれた。
今日の所は、自宅に戻らずアル氏が滞在している所にお世話になる。そこで提案された、反省文の作成と今後の借金返済プランをしっかり作り、社会復帰できるプレゼンの練習を入念に行うのだ。
その滞在している住居に訪れたら、一人の女性に出迎えられた。
柑橘系の香水が鼻孔をくすぐる。
「はじめまして、カルカン様。あーしはね、メイジー王国のダミア・マカよ。よろしくね」
「マカ殿。はじめましてにゃ、よろしくにゃ」
「うふふ。そんなに堅くならなくてもいいわ。あーしの事はダミアと呼んでね。敬称も要らないから」
「ダミア氏、了解にゃ!」
アル氏に促されて、住居の中に入る。それなりの住居だが、二人で住むには手狭に思えた。
つい「新婚さんのお宅みたいにゃー」と感想を述べたら顔が真っ赤になったアル氏。
「カ、カルカン!揶揄わないで下さい!」
「あら?あーしはそれでもいいわ」
「もう、結婚してたにゃ?」
「うふふっ!まだよ。でもそうなるかな?」
「相変わらず、カルカンはKYですね」
そんなに褒められると照れる。
ルクル氏からKYについて教えて貰ったが、KYとは凄く良い褒め言葉だと思った。素直にその賛辞を受け止めて心がほっこりしている。
まるでそれは高潔な英雄であった父と同じだと。
そう言われているようでとても誇らしい。それを伝えた所、ダミア氏は私を可愛いと言って笑っていた。
そうして二人の家にお邪魔して、明日へ向けての資料作成に勤しんだ。
─────────────────────
アル氏の協力・監修の元、長編の大作となった反省文と借金返済プランのプレゼン資料。それを両手で大事に抱え、早朝にアル氏の家を出立する。
「カルカン様、せっかくだから朝食を食べていけば?あーしの朝食も割とイケルのよ?」
「ありがとうにゃ。でも、トスィーテに謝る覚悟が鈍らない内にお暇するにゃ」
「カルカン、ご武運を祈りますよ」
「ありがとうにゃ。アル氏とダミア氏も立派なお子さん産めるように頑張るにゃ」
「ちょ……カルカン!?」
私の激励に、アル氏はまるで紅葉のように紅く染まり、ダミア氏はまるで向日葵のように満開の笑顔を咲かせた。二人が幸せそうで良かったと心から思う。
そして自宅前。仁王立ちの妹の姿があった。
「お兄ちゃん!門番の人から聞いてるから昨日から帰ってきてるのは知ってるにゃん!いままでどこでどうしてたのにゃん!?」
「トスィーテ、怒らないで聞いて欲しい。これから借金返済プランを説明するにゃ……」
「お兄ちゃん!いいから中に入って正座にゃん!」
「はいにゃー……」
反省文もプレゼン資料も取り上げられて、テーブルをバンバン叩いて私を威圧する妹。正座の足は既に痺れ始めている。だが、崩して良いかなどこの剣幕の妹に聞けるはずがない。
6時間に渡る説教が終わる頃には、私は立てなくなっていた。
「それで、この大量の紙束は何にゃん?」
「それは反省文とプレゼン資料にゃ」
「アルフォートさんのアイデアにゃん?そうやって周囲に流されるのどうにかした方が良いにゃん」
説明しなくてもお見通しなのだ妹は。アル氏の所にお邪魔した事も、その入知恵も全部。
妹は沸かしたお湯をポットに移し、セイロンティーを用意し始める。その香りはガトー様の好みだ。用意されたお昼には、私の好物が用意されていた。
「本当は昨日帰ってくると思って、揚げたてを用意してたのにゃん。日が経ったからふやけてるにゃん」
「それでも、サツマイモの天ぷらは、うまーーにゃ。トスィーテの料理は世界一にゃ!」
これでビールがあれば完璧だと考えていたが、思いのほか妹が真剣な表情で私をみていた。
「な、なんにゃ?ここ暫くは飲んでないから健康的に痩せて来てるのにゃ」
「……そうじゃないにゃん。それよりも、もう2年も墓参りできてないでしょ?していくにゃん?」
ワールドン様と旅に出てからは、目まぐるしく代わる日々。それに国まで興された。
二つの大臣を兼任するのは怒涛の忙しさで、父の墓参りを考える余裕も無く、機会も無かった。
「どうせ楽しすぎて考えなかっただけにゃん?」
そう不意に指摘されてドキリとした。
ワールドン王国でも休日はある。そこで里帰りも出来たが、私は思考停止していた。あのルクル氏が作るお酒はあまりに美味しすぎて、他がどうでも良くなってしまう魔性の魅力を秘めているから。
食器を片付ける妹を待って、二人で墓参りへ向かう為の準備をする。そして久しぶりにお墓への道程を二人で歩いた。
道すがら、花屋でお供えの花を購入。
花の名前は良く知らないが、生前の母に父が良く贈っていた白い花を買うのがいつもの事だ。
お墓に花のお供えをした後、私は誓う。
「父上……私は今、ワールドン王国で頑張ってますにゃ。今日は持ってきてないけど、いつかお酒のお土産持ってくるにゃ」
「お兄ちゃん、お父さんにも誓いを立てるにゃん!」
「わ、わかったのにゃ。父上……もうギャンブルはしません。誓いを破ったらお酒を辞める覚悟にゃ!」
お酒を辞めるのはちょっと如何なものかと思ったが、妹はその覚悟が必要だと譲らなかった。
隣でお祈りをしている妹をちらりと見る。
去年が成人だったのに、兄として祝ってやる事ができなかった。それには少し後悔がある。その詫びも兼ねて、今日のプレゼントは奮発した。
「トスィーテ、遅くなったけど、これ成人のお祝いと、今年の誕生節のお祝いのプレゼントにゃ」
「ずいぶんと時期を逃した成人のお祝いにゃん?」
「ハハハ……ごめんにゃー」
伝心オルゴールの魔術具を取り出して使う妹。
その表情は喜びではなく、驚きと驚愕に塗り替えられていく。
そこには生前の父が3Dホログラムで映し出され、当時の声がそのままに復元されていた。映像をワールドン様が、音声をガトー様が担当したこの世で唯一のオルゴール。
父の復元には【伝心】という神の御業まで使われている上、金と緑の最高品質マナ鉱石が使われている。
金額は二千万カロリを超えるだろう。
これを売れば、借金なんかすぐに返せる。だが、不思議とこれを売ってお金にする気にはなれなかった。
それは二柱の神様が、私と妹の為だけに用意してくれたのだから。
「これ、凄い魔術具にゃん」
「あぁ、凄いマナ鉱石を大量に使っ……」
「そうじゃないにゃん。それも凄いけど、技術が凄いにゃん。お兄ちゃんも成長してるのにゃん」
妹に褒められたのは久しぶりで嬉しかった。
嬉しすぎて帰路では会話が思わず弾んでしまい、うっかりガトー様の破廉恥な際どいビキニで衆目にさらされた水着コンテストの話をしてしまう。
「……それ、本当……にゃん?」
妹の瞳は深淵を覗いたまま、帰ってこなかった。
うっかりカルカンが、ポロっと発言。
ガトーは一体どうなってしまうのか?
そして本当の地獄がカルカンを待ち受ける…
次回はマチ・ラコア視点の「閑話:火山地帯での武者修行」です。




