閑話:消えぬ復讐の炎
前回のあらすじ
激動の世界情勢に巻き込まれた、マチ・ラコア将軍。
そして、様々な国の思惑に振り回され続けているリアロッテ王国。
ep.「ドラゴン建国する」~ ep.「映画館と初主演作品」までのマチ・ラコア視点となります。
私はリアロッテ王国のマチ・ラコア。
リアロッテ王国歴代最強と呼ばれ、その自負もある。人口の少ないリアロッテが、他の大国と同等の外交が出来るようになったのも、私の台頭と比例している。
私はマナ保有量が多い。
一般成人と比べて、軍部で将軍に登りつめるような最精鋭は100倍のマナを有する。
各国の最強と呼ばれる将軍達と比べても、私は30倍近いマナを保有する。故に一般兵と比べ3000倍近いマナを持つ。人族で最強と呼ばれる所以だ。
(ワールドンが神であるのは、今ならば納得だ……)
ブールボン王国のホリター公爵令嬢に煽られて、私はプライドを守る為、無謀な挑戦に身を投じた。
いや、今だから無謀だと分かるのだ。直接戦ったからこそ分かる。私では決して敵わないマナを保有していた。それがワールドンだ。
対峙した時点では、私の方がマナが上回っていると感じた。攻撃を当てた時に気付く。それが氷山の一角であると。私より何万倍も上で、底が見えない。マナの深淵と感じた程だ。
(だが、あの女は許さん!)
私がワールドンに敵わない事は分かった。
だが、その事をあの女が勝ち誇ったような顔で、喧伝している事は許せない。
そう……エリーゼ・ホリターだけは、許す事が出来そうに無かった。
「将軍、私はホリター公爵令嬢だけは許せません。決してラコア将軍が負けている訳ではありません」
「アルゴス、無駄口叩く暇があるのなら修練しろ」
「ハッ!」
直属の部下であるアルゴスは、私とワールドンのいざこざの一部始終を見ていた。ホリター公爵令嬢から共に煽られて馬鹿にされてもいる。直属の部下の手前、ワールドンがどれだけ強くとも挑まない訳にはいかなかった。
それだけ、リアロッテ歴代最強の冠は重いのだ。
先日の神託で、ワールドンが神と証明されたが、エリーゼ・ホリターが勝ち誇る理由は1つも無い。部下の言う通り、私があの女に負けた訳では無い。だが、あの女は私が下のような発言を各地で吹聴している。それが更に許せないのだった。
(モンアードの協力が得られたのだ。復讐の機会は必ず来る)
モンアードからホリター公爵令嬢への復讐計画を聞かされた時には半信半疑だった。だが、奴が持ってくる情報はどれも有益な物で、あの女が糞尿を漏らした証拠などは、リアロッテでも積極的に情報をバラ撒いている。元々の評判が悪かったのと、話題の面白さも相まって、凄い勢いで噂は伝播した。
(クククッ……いい気味だ。今頃は、さぞ恥辱に打ち震えているだろう)
ホリター公爵令嬢を罠にハメる算段は、数年がかりのプランがモンアードから提示されていた。ザグエリ王国の国際指名手配を利用して、賞金ハンターをかき集めているとの追加連絡が来た。
(ふむ、モンアードのお手並み拝見だな)
正直な所、私としてはモンアードの今回の威力偵察がどう転んでも良かった。私の敵となれる存在が、ワールドン以外にいるとは思えない。しかし、威力偵察という行為に対して、ホリター公爵家の暗部がどう動くのかには興味があった。
私は戦闘力には自信がある。しかしながら、ホリター公爵家の暗部は特殊な薬品を使って絡め手で仕掛けてくる。
かつて尊敬していた師が、ホリター公爵家の暗部の手にかかった時は衝撃だった。何故なら、武器を手に取る事すら叶わず、討ち取られていたからだ。
そして、カービルを巻き込んでの威力偵察が実行された。
「ふざけるな!」
私は報告書の内容に、怒りが抑えられなかった。
「将軍、伝令の報告書に何か不備でも?」
「……アルゴス下がれ。不備があった訳ではない」
「承知しました」
アルゴスや伝令役の部下達が退室したのを確認して、再び怒りを露わにする。
「クソ!クソ!クソ!あの厄災女がぁぁ!」
周辺の物に当たり散らしながら、絶叫した。
「それにモンアードもなんだ!?あっさり手を引きやがって!あの復讐心は偽物か!?」
報告書には、威力偵察の結果とモンアードが手を引く旨も併せて記載されていた。
「こんな報告内容信じられるか!?」
256名の賞金ハンター達が、一撃の拳撃の元に撃退されたとある。しかも、あのエリーゼ・ホリターにだ。話を盛るにしても限度があると言うもの。あまりに荒唐無稽過ぎて、腹が立ってくる。
それにあっさりと降りた件も頭にくる。
ザグエリ王国の元宰相であるベコウ・ストローが各地で噂を流布していた時、何度もホリター公爵家の暗部対策についてモンアードに問い合わせていた。
その都度、問題なしとの回答を受けていたが、そこに来て「今回の裏工作が全てワールドンに漏れた。私はホリター公爵家の秘薬で記憶を消される。その前に伝えておきたい」と勝手な事が報告書に書かれている。
「だからあれほど警告してやったのに」
降りる件については、数年がかりのプランの協力も全て白紙にする内容で、とても許せる物では無い。リアロッテ軍部の資金も裏工作に一部使っていた。それを今更白紙撤回と言われても、後戻りできない所まで来ているのだ。
(……カービルとザグエリに取り入るか?)
一通り当たり散らした私は、冷静にモンアード抜きでのプランを検討し始める。ワールドン王国と直接揉める訳にはいかない。上手く表の看板役を立てなければ。
私はドウエン将軍とトカプリコ元帥へ、密約を持ちかける事にした。
「将軍、カービル帝国のドウエン将軍からです」
「ご苦労。下がって良いぞ」
ドウエン将軍からの手紙を受け取った私は、部下を下がらせてからそれを読む。
「……ふむ、あの女が一撃で撃退したのは本当か」
ドウエン将軍から威力偵察の詳細が伝えられた。
どうやらモンアードの報告は事実だったようだ。
ドウエン将軍も私に全面協力すると伝えてきたが、カービル帝国内でのドウエン将軍の微妙な状況まで書かれていた。
恐らく真実半分、裏の思惑半分といった所か。
信用を得る為に、後から発覚したら心象が悪い事を先に出しているのだろう。それだけ、この件に私を巻き込みたいようだ。ドウエン将軍も、モンアードと同じようなタイプだと思われる。やり口が非常に似ていた。
「しかし、そんな事があるのか?進化だと?」
エリーゼ・ホリターに対する戦力分析も添えられている。この辺りはモンアードと違い、軍属ならではの視点だ。彼は、あの厄災女が進化して、人族を超越した存在になっていると予想している。それとガントレットの情報が得られた。
(クソッ、今の私では勝てない可能性があるのか)
出会った時は敵と認識できるほどの強さは無かった。とすれば私と会った後に進化したと思われる。ワールドンから力を授かった可能性も否定できない。
私は最近、力をつけてきていると噂の、元ビスコナの勇者を唆す事にした。
「ラコア将軍、マジっすか!?」
「あぁ。ワールドンというドラゴンが、ザグエリで大量虐殺をしているのは事実だ」
「レオ!こんなの許せないよ!」
「いやぁ~相手は神様みたいですし、辞めといた方がいーかなーなんて」
「……俺はレオの判断に任せる」
「こんな悪逆非道を放置できない!俺は勇者だ!」
まだ青い若造が、面白いように釣れる。
「そうか。旅費くらいは出してやるが?」
「いや、自分達の力だけでやりきる。勇者だからな!お気持ちだけ有り難く頂戴する」
「いや~、貰える物は貰いましょ?」
「ノワールはちょっと黙って!」
「……レオの決めた事に従うべきだ」
勇者と煽てて、送り出した。
彼らに情報収集を任せて、私は自己の修練に励む事にする。しかし資金を全く要求されないのは助かった。
ザグエリ王国のトカプリコ元帥からは内情がガタガタとの事で、先に資金援助を求められた。そちらへある程度横流ししたので、軍部の余裕は無くなっている上、リアロッテでの私の立ち位置まで微妙になり始めている。
そんな中、二柱の神からの連名で神託があった。
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「クソ!カービルもザグエリも手を引くだと?」
冷静になれば当然の事だ。
温厚と言われているエターナルドラゴンならばともかく、数々の神罰の逸話が残るインビジブルドラゴンまで敵には回せない。メイジーやブールボンの同盟など些細な事だ。
数日後、陛下から呼び出しを受けて謁見へと向かう。
「マチよ。今までは黙認してきたが、これ以上はお前の頼みでも聞けん。リアロッテはワールドンから一切の手を引く」
「陛下、私はワールドンと揉める気は無いのです」
「だがしかしな、お前の復讐相手は誰だ?」
「それは……」
「ワールドン王国の外務大臣では無いのか?」
私は返事が出来なかった。
そして、軍部もワールドン王国の一切から手を引く事となった。
───一ヶ月後。
「ラコア将軍、我々はついていきます」
「アルゴス……良いのか?国に戻れないぞ?」
「はい」
「ガロップ、デアドラ、レイ、お前達もか?」
「はい。お供させて下さい」
「意思は変わりません」
「将軍の為なら、この命を賭けます」
「そうか、悪いな。助かる」
私は個人的な復讐の為に、部下と共に国を出た。
名前だけは2章から出て来ていますが、ようやくですね。
エリーゼに出会ったのが不幸の始まりで、ついに国を出る事になりました。
次回はカール視点の「閑話:ビアバー開店」です。




