マラソン大会
前回のあらすじ
エリーゼとリゼの誕生節のお祝いをしました。
リゼは思ってたよりもプレゼントを喜んでくれたようです。
ルクルはプレゼントを受け取るおねだりをされていました。
「マラソン大会をしよう!」
僕は、カール先生とルクルへ、高らかに宣言した。
事の発端は、子供達がまだ各村へ行ったことが無くて、遠いから行けないと言われたからだ。ホバーバイクの免許は14歳からなのと、台数が限られているからね。大型の乗り物は開発が難航しているらしいし。
「マラソン大会で各村を回るコースを用意するんだ。国民全員参加でよろ!」
「いやいやいや、総距離が長過ぎるだろー?無理だよー」
「ふむ、209.1kmですな。黄金聖水をフル活用しても12時間はかかりますぞ?」
むう……2人は距離が長いから無理と言っている。
どうしたものかな……そうだ!
ガトーの力を借りよう。それなら速度はかなり疾くなるしさ!
「ガトーに力を貸して貰えば、速度は1.5倍くらい軽くイケるよ!」
「それでも8時間は無いわー。マジ引くわー」
「師匠、距離を半分にして、午前午後で部を分けて開催すれば、ギリイケるのでは?」
「お!」
「え?……」
顎を擦りながら想定を述べるカール先生。先生が乗り気になってくれたことが追い風になっている。ルクルも、この流れは読めなかったみたいで、珍しく困惑していた。
(何か反論を考えてるみたいだけど、そうはさせないよ!)
僕は【伝心】でエリーゼを呼び出した。
「よーし、カール先生!具体的なプランを相談しよーか!」
「おいー、ワドー?俺はOKと言ってないんだけどー?」
「問題無いよ!ルクルもアイデアよろ!」
ルクルは不服そうにため息をつき、額に手をあてフルフルと首を振った。
「あのさー、問題は大アリだよー?」
「だって許可は出るから」
「はー?なんでだよー?」
「ルクル説得要員が爆音でそろそろ到着するからね。僕、抵抗は無駄だと思うな」
一瞬でルクルの顔が青ざめた。誰が来るのか分かったみたいだね。
おっと、噂をすればなんとやらだよ?
……ドドドドドドド!
「ワールドン様!説得のおねだりを叶えにきましたわ!さぁ、誰を説得するのですか?」
「それはね、ルク……」
「分かった!やるからー!やるよー!マラソン大会!」
(フッ……勝った!)
ルクルはエリーゼの誕生節から、更にエリーゼを苦手としている。エリーゼが近づくと頬を赤くし、照れたようにそっぽを向くんだ。
まぁね、映像が過激すぎて「保管場所に困るから」と返そうとしたら、新品の秘密箱もプレゼントされていたしね。
更に一緒に見るのを、強要されたみたいだよ?
リゼの映像のどこが良かったかを、根掘り葉掘り聞かれていた。それも、映像に映っているエリーゼ本人からね。【伝心】で見た時、僕もドン引きだったよ。
「じゃあ、国民全員参加ね!」
「全員で走るのは、流石に無理だよー。運営役とかー、サポート役も必要だよー?」
「あ、そうか!沿道で『頑張れー』っていう人垣の応援も必要だよね!」
「その人垣とはなんですか?必要な事ですか?」
カール先生が疑問を呈したので、僕は異世界のマラソン大会の様子を【伝心】で共有した。
「これはヤラセと言うやつでは無いのでしょうか?」
「全然違うよ!皆で応援を楽しむんだよ!」
「……記憶に無い。思い……出せないー……」
ルクルの記憶は欠落しているみたいだね。
でも、この記憶の通りに再現すれば皆楽しいはずだよ!
「じゃあ、計画はこれでOKだね!」
「なんかー、色々と思う所はあるけどー、エリーゼ様の圧があるからー、納得するよー」
「ルクル?ワールドン様の決定に何か不満でも?もう一度、1日鑑賞会しますわ!」
「大丈夫です!不満はないですからー!」
とにかく全体案は決まった。
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・国民は全員強制参加。
・走者、運営、応援から選択可能。
・午前と午後の部があり、両方に参加必須。
・黄金聖水の給水所は3kmおきに配置。
・ペースメーカーはエリーゼが担当。
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カール先生とルクルはペースメーカーの任命がお気に召さないようだ。二人とも「エリーゼに任せるのは不安がある」と困り顔で語っている。
(でも、立候補なんだし、仕方ないじゃん?)
応援に関しては、応援の仕方や掛け声の内容の講習までやる徹底ぶりだよ。国民の多数からはさ、「なんでこんな事やる必要があるのですか?」と言われたけれど、僕は気にしない。皆でランナーズハイを味わうんだ!
ルクルがどうしても必要と言うので、例外で警備の人は参加免除で良いことになっている。
そして、大会に向けての練習が始まった。
「ルクル様、マラソン大会に関連して、警備の問い合わせがきました」
「やっぱり来たかー、だから、嫌だったんだよなー」
メコソン元兵士長の報告で呼び出され、ルクルが連れ出されていた。
警備が必要なのかな?良く分かんないや。
でも、ルクルは予想済みだったみたいだし、後で聞いてみようと思った。
(それにしても、伝わらないなぁ)
僕がいくら【伝心】でマラソンや駅伝の様子を見せても、学院生や国民の反応はイマイチで、好意的なのはいいとこ2割ってとこだし、残りは否定的だったな。
特に交通規制は、かなりの不満があったよ。
(うーん、でもさ……走らないから分からないんだよ!走ればわかるよ!)
そうして、大会当日を迎えた。
「では、大会スタートします!」
「「「おー!」」」
合図の声で、ランナーが一斉にスタートした。
青空の下、冷たい冬の風がランナーたちの頬を撫で、吐く息を白く染める。応援する人もマフラーや厚手のコートを身に纏い、長丁場に備えて準備万端で気持ちの良いマラソン開始だった。
でも、沿道の人垣の人数が足りていなくてスカスカなのが寂しいから、こまめに移動して応援する事になっている。
運ぶのは僕とガトーの役割だよ。
「頑張れー!頑張れー!」
「気合いだー!全力だー!」
「大丈夫!必ずやり遂げられる!」
「Never give up!」
沿道から声援が飛んでいる。
これだよ、僕が求めていたものは!
「自分に負けないで!」
「大丈夫!ファイトー!」
「正念場だよ!踏ん張れ!」
「Challenge over the top!」
ガトーと共に大急ぎで移動して、人垣の密度を必死に維持した。
「努力は絶対に裏切らない!」
「応援している!イケルイケル!」
「完走目指せ!実力を出しきれ!」
「You can do it!」
この日の為に間に合わせた国旗を皆が振っている。
足りない分は拍手でカバーだ!
「諦めないで!ファイト!」
「ナイスラン!凄いぞ!」
「まだまだイケる!まだまだまだ!」
「Break a leg!」
拍手や旗振りをしている国民の笑顔が、次第に引きつり始めていた。旗を振る手がだんだんと緩み、拍手のテンポが途切れ途切れになり出している。
どうしてなんだろ?と思って【伝心】で読み取ってみた。
ーーー国民の心の声VTRーーー
(((どうして俺達こんなことしてんだろう?)))
ーーー国民の心の声ENDーーー
(なんて事だ!8割の国民にマラソンの素晴らしさが伝わってなかった!)
僕は悲しくて泣いた。
ガン泣きしていたら、ガトーが慰めてくれる。
「人の趣味とは、理解されないものだぞにゃん?」
「うるさいよ!」
(全然、慰めになって無いよ!僕は理解して欲しいのにぃ!)
とりあえず、万人が理解できる趣味ではない事を理解したよ。それからペースメーカーが早すぎて、意味が無かった。
エリーゼは、209.1kmを114.12分で走りきっていた。自己ベストらしいけど、110の大台を達成できなかった事を悔しがっている。それ以上に、ペースメーカーの役割を一切果たしていなかったよ。
誰も破れない金字塔に国民全員が唖然としていた。
(先頭ランナーが、背中すら見えないペースメーカーって何なん?)
「ルクル様……来ました」
「んー!分かったー。ワドー、ちょっと用事あるから席外すねー」
「エリーゼお嬢様にも伝令を出しています」
「ありがとー、ジャックさん」
ルクルが、二重スパイで情報を手に入れているメコソン元兵士長と、敵国の監視を任務としているジャックに連れられて、ちょこちょこと席を外している。
(なんなのさ?こんな楽しい競技の日に無粋だよ?)
それをガトーに愚痴ってみたら、思わぬ返答が返ってきた。
「そうは言うがな、なんか敵襲みたいだぞにゃん?」
「え?それってマ?」
(どうして、こんな日に限ってそんな事が?)
楽しい気分に冷や水をかけられた気分で、少し肌がざわつく。
そういえば、ルクルが全員参加にだけは凄く反対していたな。
警備スタッフとして何人かは参加見送りを認めたけども。
敵襲の予測があったから、マラソン大会をしたく無かったのかな?
(うぅ、僕への秘密が多すぎるよ……)
僕の為に、ルクルは秘密にしている事がたくさんあるのを知っている。だから、とやかく言う気はないけどさ、もう少し僕を信用してくれても良くない?
「ガトー、制圧に向かおう」
「いや、エリーゼが向かった。問題ないだろにゃん」
(うーん、それなら大丈夫かな?)
でも、いざという時に備えて、いつでも駆けつけられる様に、僕は着替えの手伝いをマイティに要求したよ。
(この冬服は、温かいけどさ……脱ぎにくいの!)
マラソン大会を実施しました。
ワドだけテンションが高くて、国民がついてこれていません。
そして、背中が見えないペースメーカー……。
次回は「帝国との国境紛争」です。




