ルーサー=セラーズの黒い噂
ルーサー=セラーズ。
プロネウス王国の四方を守る四大伯爵家の一つであるセラーズ家の嫡男。
今となってはウォーレン家が独立してしまったせいで三大伯爵家となっているが、いずれにせよその軍事力は高く、確かな経済基盤を持っている伯爵家である。
プロネウス王国において公爵家は存在しない。
そして、身分の上では王都付近に侯爵という地位を持つ貴族家が複数あるのだが、実際の個の家の力の大きさでいえば、三大伯爵家には及ばない。
だからこそ歴史上、伯爵家勢力と王都付近の侯爵家の間に諍いが起こることも多々あった。そのバランサーとして王家が存在するというのが、プロネウス王国の長年引き継がれてきた仕組みであった。
今は元四大伯爵家の一角が崩れたことにより、プロネウス王国は混乱の時代に足を踏み入れている。
誰が誰の味方なのか。
どの家と手を組むのか。
隣国に突然現れた戦争巧者であるウォーレン王の率いるウォーレン王国とどう付き合っていくのか。
光臨教によって告げられている、まもなく訪れるであろう災厄とは一体何なのか。
王家や侯爵家や伯爵家のみならず、プロネウス王国全土の貴族が、その行く末に頭を痛めているのが現状である。
そんな中、ウォーレン王との親交が厚かった三大伯爵家の一つ、セラーズ家の嫡男が学園に入学した。入学前から天才と名高く、王家他有力な貴族子息と深い親交を持っていた麒麟児である。
物腰は柔らかだった。
いつだって丁寧で、容姿は柔らかく穏やかそう。
声を荒げるようなところを見たことのある者は殆んどいない。
しかしそれでも噂は流れる。
入学前から気にくわない先輩を半殺しにした。
それに関しては実際目撃者もいる。
学園内でも恐れられているアウダスと手合わせをして、気付けば親しい仲になっている。これに関しては、勝利して傘下に収めたんじゃないかと囁く者もいた。
上流貴族たちとは関わらず、武力に優れた騎士候補の荒くれどもとばかりつるんでいる。
元探索者の新任教師と親しい間柄にあり、気にくわない者をダンジョンの中で亡き者にしようとたくらんでいる。
勇者候補を打ち下し、これもまた子分にしている。
他にも、同じく三大伯爵家の跡取り候補であるヒューズや、同じく天才と称され、かつあのウォーレン王の娘であるイレインと手を組み、国家転覆を企んでいるなんて噂まであった。
ルーサーはあまり意識していないのだが、あのオートン=皆殺し=ヴィクトリア伯爵が、親戚の中から一番魔法の才能が有りそうな者を選んで後継者に指名したのがヒューズである。
仲間内では末っ子のしょうがない奴かもしれないが、世間から見れば彼もまた一線を画した才能を持つ存在なのである。
生徒たちは親から十分に言い聞かせられて、誰もがルーサーに注目していたが、なぜだかなかなか派閥を作ろうとしない。
噂ばかりは流れるが、その事実を目撃した者は殆んど名乗り出ることがなく、ルーサーは、勉学でも剣術でも魔法でもただただ優秀な成績を残し続けた。
早い段階で接触を図ったセラーズ家に恩がある者たちも、最初こそ『仲が良い人を作れ』という指示に対して、はりきってルーサー派を増やそうとしていた。ただ、次々と流れてくる真偽が定かではない噂や、いっこうにルーサーから声がかからない事実に、段々と自信を無くしていく。
そうして夏季休暇前からその明けにかけて、他派閥からの勧誘をされたり、ルーサー派閥への探りを入れるよう唆された者が出揃ったあたりのことである。
突然、ルーサーが教室でルーサー派閥の集合を宣言した。
逃げるわけにはいかなかった。
何せ最初の顔合わせで、きちんと名前と顔を覚えられているのだ。
中には真面目にルーサー派閥への勧誘を続けていた者などもいて、集合日の教室には、なんと三十人近くの生徒が集まっていた。
常に噂の真ん中にいる存在、ルーサーは、ぎりぎりまで澄ました顔をしていたが、誰に言われるでもなく向きを変えて自分の派閥の生徒たちを見回した。
「みんな楽にしてください。どうも僕の行動が皆さんを不安にさせていたようなので、説明のために集まっていただいた次第です。お忙しいのにわざわざすみません」
少し放っておいたからってこそこそ動いている奴がいるみたいだな。
背信行為で忙しいくせに、よく顔を出せたものだ。
やましい気持ちがある生徒には、そう聞こえた。
ルーサーが、静かに体を震わせていた一人の生徒の方を見て一見穏やかそうに微笑む。
「特にヘンリー殿なんかは、ご友人が多いようですし、お忙しかったのではありませんか?」
「い、いえ! そんなことはないです!」
今にも泣きだしそうな顔でガタガタと震えるヘンリーを置いて、ルーサーは次々と声をかける。
真面目にルーサー派閥を広げようとしていた生徒たちは、あいつもか、あいつもそうなのか、と、声をかけられた生徒たちの方を責めるような目で見つめる。
逆にやましい気持ちがある者は、頼むから俺のところには来ないでくれと願いながら、右に倣って声をかけられた者をじっと見つめる。
しばらく地獄のような公開処刑が続いたのち、ルーサーは変わらず穏やかな表情で微笑みながら言った。
「折角こうして集まって下さったのですから、仲良くやっていきたいところです」
今回は許してやる。
次はないぞ。
そんなありもしないルーサーの裏の声を聞いて、生徒たちはごくりと唾を飲むのだった。





