第八十幕 贈り物探しのお手伝い
夜会でシルヴェスターやシェリーと遭遇してから七日後。
コーデリアは閉店後の店にクリフトンを招いていた。
「なんだか、申し訳ないね」
「お気になさらず。私、時間はたくさんございますから」
明日は休みだからとほかの従業員は先に返しているので、せかす理由なんてコーデリアには何一つない。むしろプレゼント選びをする男性がどういう選び方をするのか、コーデリアも気になっている。普段見慣れないだろう小物たちを見た時どういう反応をして、どういう工夫をすれば男性にも見やすいような陳列になるのか――そういったポイントは知りたくもある。
「ゆっくり見てくださいね。小物類や雑貨もいろいろございますから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そういったクリフトンはひとつひとつの棚を眺め始めた。
「この平たい缶は?」
「そちらは手荒れを防ぐためのハンドクリームです。試用品もございますよ」
コーデリアが差し出した器から適量を手に取ったクリフトンは、それを伸ばしながら不思議そうにしていた。
「これも香りづけがされているんだね」
「このお店の売りですから。匂いを抑えているものもありますが、やはりここに来てくださる方はこういうものを選ばれますね」
「こっちは?」
「そちらは爪紅です。特に香りはありませんが、この国では少し珍しいですね。少々お待ちくださいね」
そう言いながらコーデリアは使用品を自らの爪に塗った。
「こうして、爪を飾ります。こちら珊瑚色ですが、はっきりしますでしょう? はっきりとした色の装いをなさる方に好まれますね」
「なんとなくわかる気がする。ウェルトリア女伯様もお好きなんじゃない?」
「ええ、その通りです」
しかしその視線はすぐに次の品物に移っていたことから、クリフトンの想い人はどうやらあまり派手なものを好むほうではないらしい。
加えて、化粧品やカメオなどの装飾類、それから化粧箱や宝石箱はあまり興味がない様子で半ば素通りのような調子で通り過ぎる。
そしてクリフトンの足はインテリアのコーナーでようやく止まった。
「この花は? 綺麗な花瓶だけど……直接球根を置いているの?」
「ええ、こちらは見本ですが、球根を水に浸けておくだけで簡単に育つ花なんです。毎日安心して成長を見守ることができますよ。下にある半透明の小さな丸い玉が肥料です」
「へえ、綺麗だね」
「この花はウェルトリア領ではメジャーなお花なんです。王都でも季節を選びませんからいつ育て始めても平気ですし、色もたくさんありますよ」
ヒヤシンスによく似た花だが、ヒヤシンスとは異なり球根がまるまる水に漬かってしまっていても大丈夫なうえ、少し斜めに置いてしまっていてもまっすぐ咲くという根性のある花は、どこか伯母ににているとひっそりとコーデリアは思っている。
ヒヤシンスのように繊細で成長具合を確認しつつ育てるのもコーデリアとしては楽しいのだが、まずはそもそも花など育てたことのない女性たちが興味を持ってくれるものを、と思えばこれ以上にぴたりとくるものはないはずだ。
クリフトンはしばらく悩みながらも、一旦その棚から離れた。どうも候補には入ったようだが、決定打にはならなかったようだ。コーデリアはそのままクリフトンに続き、再び店内を案内した。そしてひとつふたつと説明を続けた時、クリフトンが一つの商品を見て不思議そうに首を傾げた。
「これは、何のインテリア?」
「そちらは水時計ですね」
「水時計? 砂時計の仲間にしては、中身が全部液体に見えるけど……空気はいらないの?」
クリフトンが見ている液体入りのガラス容器には、上四分一と下四分の一のところに仕切りがある。下四分の一のスペースには濃い青の液体が入っているが、その他はごく普通の水に見える。そして、そもそも仕切られているのでこの色水と透明な水に何の意味があるのか、クリフトンにはわかりかねる様子だった。
「一度、ひっくりかえしてくださいませ」
「こう?」
そしてクリフトンが水時計をひっくりかえすと、仕切りの中にはいっていた青い液体がわずかな隙間からぽたぽたと滴のように透明な水の中を滑り落ちはじめた。そしてそれらは仕切りまで落ちると、その表面を滑って再び隙間から仕切りの中へと落ちて、集まってゆく。
「これが、水……?」
「正確に言えばオイル時計でございますけどね」
「でも、まるで水だ。すごいね。そっちにある違う色のものも全部?」
「はい。少しずつ趣向を凝らせたものもありますので価格はばらばらですが、なかなか人気商品なので少し品薄です」
クリフトンは先ほどの花よりも水時計のほうが気に入ったのか、そこにある水時計をひっくり返してはその様子をじっと見て吟味しているようだった。
「水に関するものはかなり集めてるつもりだったけど、これは初めて見たな」
「よければ、贈り物でなくとも広めていただければ嬉しく思います」
「……もしかして、これ、コーデリアさんが?」
にこにこと、笑顔だけで返事をするとクリフトンは肩をすくめた。
「さすがだね。商才を少し分けて欲しいくらいだよ」
「調子に乗ってしまうのでお世辞はやめてくださいな」
「お世辞で済めばよかったんだけど、商いは僕も負けてられないかな」
「あら、ご協力仰げる分野はぜひお願いしたいのですが」
「……そう、さらっと言えるところが、もう場慣れしてますっていう感じがしてすごいよね。でも、わかった。こちらからもお願いするよ」
そしてコーデリアとクリフトンは互いに小さく笑った。
「さて、どうなさいますか? 見たところ、候補はこのオイル時計を考えてらっしゃるのかと感じましたが」
「そうだね。海や、水に関するものがとても好きな子だから。正直、化粧品はよくわからないからな」
「海や水……?」
その言葉に、コーデリアは少し眉を寄せた。
確かにここにある水時計も水を連想させるもので、いいものかもしれない。しかし、クリフトンであればより意外性をもたせるものが用意できるのではないかと感じてしまった。そして、それはコーデリアが商品として新たに欲しいと考えていたものでもある。
「コーデリアさん?」
「クリフトン様。それなら、ストームグラスのほうがよろしいのではなくて?」
「え?」
ストームグラスは密閉したガラス容器の中の液体に現れる結晶の量などで数時間後の天候を予測するための器具とされている。前世では樟脳などの化学薬品を用いて作られていたが、この世界では魔術道具の一種として作られている。
「海に関わるクリフトン様やマイルズ様にはなじみがあるものかもしれませんが、船に馴染みがない者にとっては珍しいものですし、日によって結晶が消えたり生まれたりする様子はとても不思議で、楽しいと思いますよ」
「そ、そうかな……? でも、形がちょっと……船の設備だと贈り物じゃないよね」
「ええ。ですから、お贈りするなら、あくまで観賞用として割り切り、その中身だけを可愛らしいガラス容器に閉じ込めたらいいかと思います」
「え?」
「精度はそれほど必要ありません。だって、航海するわけではないのですから。たとえば球形や円錐など、いかがでしょう?」
その提案に、クリフトンは唸った。
「ちょっと、考えたことがなかったかな。でも、一度試してみるのもいいかもしれない。試作品ができたら見てもらえる?」
「ええ、喜んで。ただ、一つお願いが」
「何かな」
「もしもうまくできて商品化となった際には、ぜひこちらでも販売させてくださいませ」
そのコーデリアの言葉にクリフトンは目を見開き、それから笑った。
「コーデリアさんがすでにそこまで考えてるなら、安心かな。相談してよかったよ、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
そして母親へのお土産としてハンドクリームを購入してから店を後にしたクリフトンをコーデリアはにこやかに見送った。そして、それだけクリフトンが思いを寄せる女性とうまくいくように、贈り物も上手に仕上がるようにと心から願った。
「さて、私も片づけて帰りましょうか」
明日はせっかくの休みだ。
おそらく今から想い人に向けて贈り物の設計に取り組むだろうクリフトンに張り合うわけではないのだが、コーデリアも店で働いてくれている皆にお礼として渡せるものを作ろうかと、小さく気合を入れた。




