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第七十五幕 届いたひとつのプレゼント

「それで、店のほうはずいぶん繁盛しているらしいな?」

「ええ、おかげさまで」


 コーデリア・フレグランスの開店からひと月。

 コーデリアは店から屋敷に戻る途中、フラントヘイム侯爵家に立ち寄り、いつもはもてなしているヴェルノーからのもてなしを受けていた。ただし、目の前にある菓子も紅茶もコーデリアの土産物であるのだが。


 今日は帰り道にヴェルノーの母であるサーラに香油を届けるため、そしてそのついでに甘味好きのヴェルノーに菓子でも届けようかと、コーデリアはここにやって来ていた。あいにくサーラは体調を崩して寝込んでしまったらしく、侍女に預けて帰ろうとしていたところを帰宅したヴェルノーに遭遇したという具合だ。


「繁盛しているわりに在庫は充分なようだな」

「実は裏ではぎりぎりのものもあるのですが、だいぶ長い間準備させていただいておりましたから何とかなっています」

「へえ。やっぱり、女性客が多いのか?」

「実は……配達希望ではございますが、購入される方には意外と男性も多くいらっしゃいますわ」

「男が?」


 それはヴェルノーには意外だったようだが、コーデリアにとっても驚きだったのだ。

 しかしそれは元をたどればコーデリアがイシュマにたびたび精油を送っていたことが原因らしく、騎士団内ではそもそも一般販売されることを心待ちにしていた者すらいたらしい。それは本人が使う以外にも、奥方や恋人への贈り物として活用されているらしい。


「もっとも、来店は圧倒的に女性客のほうがたくさんいらっしゃいますけどね」

「母上も一度訪ねたときに、大勢知り合いに出会ったと言っていた。あっという間に時の人だな」

「あまりからかわないでくださいませ」

「本気で言ってるさ。うまい話があれば分け前をくれてもいいんだからな?」


 この幼馴染の表情から察するに半分本気、半分冗談といったところだろうが、ヴェルノーは相変わらず遠慮がない。


「しかし、母上は店で売っているなら気兼ねなく使えるものの、やっぱりディリィに直接頼むやつのほうがいいといっているな」

「それは、精油採取の際に使う私の魔力がパメラディア家のものだからですね。店の商品に品質が悪いものを提供しているわけではございませんが、私と同じ魔力はそうそうございませんから」

「なら、母上は運がよかったな。いわゆるディリィスペシャルが手に入るというわけだ」

「ぜんぜん『いわゆる』ではないですけどね。でも、私にできる限りのサーラ様に合うものをお持ちしていますので、ご要望がございましたらぜひともお聞かせいただきたいです」


 コーデリアの言葉に、ヴェルノーは肩をすくめた。


「母上を喜ばせてくれるのはありがたいことだが、そろそろ他の貴族との親交も深めないのか?」

「夜会でしたら、そろそろお邪魔するつもりですよ。さすがにこのひと月の間は疲れてしまって難しいと思っていましたが、そろそろ参戦しないととは思っていますから」


 本来なら庶民向けのハンドクリームなどの販売も飲食店の傍らで始めてから万全の状態で臨みたかったが、いまのところ商品生産に余力がない。しかしそろそろ夜会にも顔を出さねば社交性が薄いようにもみられてしまうかもしれない。今ならまだ開店直後だからという言い訳もつくが、ただでさえエルヴィスは非社交的であるうえサイラスは領地で修業中であるし、イシュマは仕事で出席が難しい。そうなればコーデリアが不参加であることにより『パメラディア伯爵家ですものね』と思われても不思議ではない。それは、絶対に避けなければいけないことだ。


「参戦とは、また勇ましいな」

「実はお姉様から、結婚したければ自分で探すようにと言われているもので。ある意味、戦いかもしれませんね」

「ああ、伯爵の鉄壁ガードをかいくぐるという算段か」


 驚きもしないヴェルノーは、にやりと口角を上げていた。

 その反応にコーデリアは思わず苦笑した。


「招待状は続々と届いているんだろう? どこに行くつもりだ」

「それは迷っている最中です。たくさんお話させていただきたいんですけどね」

「直近で言えばマイルズのところはどうだ? ガネル家の夜会は華やかで人も多いし商売の話もよくあるはずだ。そのうえマイルズと知り合いなら多少緊張もましだろう」

「そうですね……ガネル子爵様からはお会いしたときに直接お誘いもいただいていますね」


 それは成人祝いのときに言われたものなので、社交辞令も含まれているかもしれないが、それえも当主から直接告げられているとなれば、有難い誘いには応えたい。


「たしかクレイも来るはずだ」

「まあ、クライヴ様も? お久しぶりでございますから、楽しみですね」

「残念だが楽しみにしても何もないぞ。全然変わってないからな」

「……それは、ヴェルノー様がクライヴ様を困らせているということも含めてですか?」


 コーデリアの言葉に、ヴェルノーは軽く口笛を吹くようにしてそっぽを向いた。

 予想はしていたことでもあるが、クライヴは相変わらずヴェルノーに手を焼いていそうである。


「まあ、俺もマイルズのところは聞いてるだけで、実際に行くのは今回が初めてなんだが……どうせならディリィは強そうなドレスで行ったらどうなんだ?」

「強そうな……ですか?」


 コーデリアが首を傾げると、ヴェルノーはまじめに頷いた。


「人が多ければ目立つほうがいいんじゃないか? 例えば、深紅なんてどうだ。ウェルトリア女伯も赤が混じる系統のドレスを好んでいる気がするが、ディリィなら色も似あうだろう」


 それは赤い瞳や好んでいる薔薇のことを指しているのだろう。

 確かに色自体は合うということはコーデリアもよくわかっている。なんせ、『コーデリア』だ。そして、だからこそ不吉だと思って今まで避けてきているのだ。


「機会があれば、考えてみようと思います」

「仕立てる際に機会なんていくらでもできるし、なかなか気合が入る色でもあるだろう? 自分に似合うだろうことを試すこともしないなんて、ディリィらしくないな」


 あいまいな返答に対する突っ込みを入れつつヴェルノーは首を傾げていた。

 言えるわけがないことだが、どうしてもあの強引な『コーデリア』の姿に重なることは進んで行いたくはない。しかし、もしかすると彼女が強引に物事を進めたことも、あの似合いすぎる姿がさらなる自信を彼女に与えていたのかもしれないとも思わないわけではない。


「……どうしてもこの上なく強気でいかなければいけない場面がきたら、深紅も選ぶかもしれませんね」


 もしも後には引けない勝負の舞台にあがる必要が生じれば、自分にとって一番映える見た目も必要になるだろう。コーデリア自身には不吉との思いはあるが、周囲に映る印象を考えればやむを得ないことになるかもしれない。


(それに――もしも赤のドレスで最善の結果を得られれば、私が恐れる『コーデリア』の影との決別も叶うかもしれないわね)


 ゲームの彼女と人格が同じだとは思っていないし、『コーデリア』の意思に引っ張られたことなど一度もない。しかしながら、それでもコーデリアの心の中にひっかかっていしまっている。

 もっとも、それにはシェリーというヒロインが今のコーデリアに行き過ぎた対抗心を燃やしているからということも大きな原因ではあるのだが。


「別に俺はどちらでも構わないが、赤はそこまでの勝負色なのか?」

「ええ。ドレスに限って、ですけどね」

「ふうん。じゃあ、ディリィが赤のドレスで現れた時は、注意深く見ておくことにするか」


 ヴェルノーの表情からは野次馬根性なのか、幼馴染として心配しているのか判断することができなかった。ただ、その場にヴェルノーがいたのならば、たとえ野次馬としてのつもりであってもコーデリアにとって都合の悪い方向にいかないよう、配慮はしてくれるだろうとは思っている。


「まあ、いずれにしてもマイルズのところには行くつもりなんだな」

「そうですね」


 確かまだ十日ほど日はあったはずだ。


「じゃあ、楽しみにしておくよ」

「ヴェルノー様が楽しみになさることなど、ございますか?」

「ああ。何か面白いことが起こるんじゃないかって思うからな」

「……なんだかそのお言葉は、悪い予感しかしませんわ」

「失礼だな。まあ、人に囲まれすぎて何もできなくなるんじゃないかって予想しているくらいさ。女性に囲まれ、両手に花どころじゃ済まなくなるんじゃないか?」

「……それは、いくらなんでも言い過ぎでしょう」


 女性を侍らせる女性――その図をヴェルノーは想像していたというのか。

 いや、確かに女性と話すことは多々あると思うが、ヴェルノーが思っているほどではないはずだ。


(けど、それくらいなら、まぁ……気にするほどでもないわね)


 仮に期待外れだったと言われてもそれはそれで少々癪に障るが、コーデリアとしては困ることではない。


「そろそろお暇いたしますわ」

「ああ。あまり遅くなってもよくないな。母上には伝えておくよ」


 そして侍女に渡す予定だった品をヴェルノーに手渡した。

 小さなカゴに入れてきたそれには、今日持ってきた品名と簡単な使用法を書いたカードを添えている。


「なかなか綺麗なカードだな。淡い絵だが、店で描いているのか?」

「ええ。とても素敵な女性が描いてくださってるのですよ」

「へえ」


 珍しく、興味を持ったらしいヴェルノーにコーデリアは笑った。


「ヴェルノー様も贈り物をされるときは、ご相談いただきましたら一緒に考えさせていただきますよ」

「まあ、ディリィに頼るような日が来ないことを祈っているさ」

「あら、失礼な」


 けれどそれは幼馴染の照れ隠しなのだろうと、コーデリアは軽く肩をすくめて流すことにした。


「ところで……珍しいな。ディリィが腕輪をしているなんて」

「似合いますか?」

「まぁ、たぶん似合ってるんじゃないか?」


 せめてここはお世辞でも褒める所だろうとコーデリアは思いながら、左腕の腕輪を撫でた。細身のそれは店の開店当日、仕入れの荷物とともに配達されたものだった。発送元はフラントヘイム侯爵家になっていたが、送り主がジルだということは中の『オープン、おめでとうございます』という文字を見てすぐに分かった。

 しかしヴェルノーから何も言われていなかったことや、ヴェルノー自身も初めて知ったような様子から、おそらく何も言われていなかったのだろう。


(お祝いも嬉しいけど、それなら一言声をかけてくださればいいと思うのだけど)


 それでもシンプルかつ上品であり、服を選ばないものはコーデリアの好みのものであった。あと、つけていると不思議と疲れが癒えやすい気がして、ほとんど常に身に付けている。

 ヴェルノーに見送られ帰路につきながら、次にジルに礼を言えるのはいつになるのだろうなと、コーデリアは感じてしまった。





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