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第六十八幕 前祝いと一つの宣言

 そしてもろもろの準備を行っているうちに、コーデリアは誕生日前日を迎えてしまっていた。


「多少は緊張するかもしれないとは思っていたけど、予想が外れてしまったわ。今、少しどころかすごくどきどきしているの」


 少しでも落ち着こうと、コーデリアは温室で紅茶を飲んでいたのだが、一向に気持ちは鎮まらない。そんなコーデリアに対し、エミーナは笑った。


「せっかくの晴れ舞台ですから、楽しんでください……と、申し上げたいのですが、お気持ちお察しします。私にも覚えがあります。前日は眠れませんでした」

「エミーナでも眠れなかったの?」

「はい。ご挨拶の言葉が頭から飛びそうで、繋ぎとめるので必死でした」

「まさに今の私の気持ちだったのね」


 エミーナの言葉にコーデリアは少し肩をすくめた。

 緊張がほぐれたというほどではないが、それでも自分だけではないことを改めて聞けば少しは落ち着けた。


「でも、お嬢様は大丈夫ですよ。そのために明日は私もできる限りお手伝いさせていただきますから」

「ありがとう」


 ならば、やはり緊張しているなどと言っている場合ではないだろう。


「今日できることはよく食べてよく寝て、明日に備えることかしらね。問題は、ちゃんと寝れるかどうかというところだけど」

「それでも、充分だと思いますよ。できることがわかっていらっしゃるんですから」

「そうだといいけど」


 何かをしていないと落ち着かないと思うのだが、コーデリアがすべき準備はすべて終えてしまっているので何もすることがない。あとは万全の体調で本番を迎えるだけだ。

 しかし、それならどうやって時間を潰そうかと悩んでいると、ララが布を抱えてやってきた。


「お嬢様、明日のお土産もの、全部移動させておいたわ」

「ありがとう」

「あと、ヴェルノー様がいらしてるわ」

「え? 今? 本当に?」


 むしろ本当に来ていたら、土産物よりさきに言われなければいけないのではないか。

 そんなことを思っているコーデリアの前でララが頷いた。


「ええ。お嬢様が忙しいようなら言伝だけでいいって言われたんだけど、お嬢様ならお会いになるかなって」

「そうね、お帰りを止めてくれてありがとう。すぐに行くわ」


 いったいなんの用だろう?

 コーデリアは疑問を抱いたままエントランスまでの道のりを急いだ。


 エントランスではよく知る、けれど記憶よりはずいぶん長身となった金髪の人影がコーデリアのことを待っていた。

 久方ぶりに姿を見る友人は、コーデリアの記憶の中の姿から随分成長した姿に変わっていた。

 その姿にコーデリアは思わず一瞬息を止めた。それは決して見惚れたわけではない。


(”ヴェルノー・フラントヘイム”の顔つきになってる……!)


 元々ヴェルノーはヴェルノーなのだが、幼馴染がゲームの中の人物にまで成長していたことに衝撃を受けた。そうだとは思っていたが、実際に目にすれば一瞬顔も引きつりかけた。

 しかし、それより早くヴェルノーが軽く手を挙げた。


「よっ、久しぶりだな」


 声の高さも以前より少し落ち着いているが、そのテンポはよく知る幼馴染みのものに違いなかった。その声を聞いて、コーデリアの肩に入ってしまっていた力は抜けた。


「お久しぶりです、ヴェルノー様。相変わらず急なご来訪ですね」

「そう言うディリィも変わりなさそうだな。まぁ、手紙で想像はついていたが」

「ヴェルノー様もお変わりないようで何よりです」


 しかし軽口を返しながらも、コーデリアは改めて二年間は長かったのだと思ってしまった。何せ前は同じような背丈が変わらなかったヴェルノーが、頭ひとつ大きくなっているのだ。髪も少し短くしたようで、幼さは消えていた。

 ただし悪戯が好きそうだと思ってしまうほどには、変わらない雰囲気でもあるのだが。


(本質は変わらなくても、姿は一番変化するときなのね)


 きっとこれならジルもずいぶん変わっているのかもしれない。

 しかしそんな話に移る前に、ヴェルノーはその変わらないところを披露してくれたのだが。


「しかし、ディリィは少し縮んだか?」

「どんなご冗談ですか。ヴェルノー様が伸びたのですよ」

「確かに伸びはしたが、ディリィが思った以上に小さくて驚いているんだよ。もう少し背があっただろう」

「小さいと仰いますが、私は同年代の女性では背は高いほうかと思いますよ。ヒールを履けば更に背も高くなりますし」

「ああ、あの凶器か」


 ヒールという言葉にヴェルノーはあからさまにげんなりとした表情を浮かべた。


「もしかして、もう誰かに踏まれたのですか?」

「踏まれなきゃあの凶器の恐ろしさを知らずに済んだのだがな」


 そんな風に返してきた幼馴染みに、コーデリアは少しだけ意外だと感じてしまった。


「幼い頃は侯爵様に連れられてご令嬢の家に訪問することを嫌がってらっしゃったヴェルノー様が、ご令嬢と踊っていらっしゃるとは……成長なさいましたね」

「誤解を招くような言い方をするな。別に踊りたくて踊ってるわけじゃないが、大人の世界には色々あるんだ」

「急に大人のように仰いましても……同い年ではありませんか。そもそも私も明日から大人です」


 一体この幼馴染の足を踏んづけたあっぱれなご令嬢はどこの誰かと思いながらコーデリアが長い息を吐くと、ヴェルノーは笑った。


「その”大人”になることを祝う品を届けに来た。明日でもよかったんだが、アイツが今日のほうが喜ぶと思ったからな」

「これは」

「開けて構わないぞ。ジルからだ」


 ヴェルノーの言葉に、遠慮なくコーデリアは渡された紙袋を開けた。

 そして中の物を目にして、驚きながらもそれを取り出した。


 取り出したものは、薔薇の花で作られた髪飾りだった。

 薔薇だけではなく、レースのリボンやカスミソウもあしらわれており、非常に綺麗な作りになっていた。


「綺麗」

「それ、作ったのジルな」

「え?」


 作ったというのは言葉通り、このアレンジをしたのはジルだということなのだろう。


「前は花冠にも苦戦なさっていたのに」

「ああ、あのあと練習してた。多分、今ならディリィより上手く組めるんじゃないか。あいつ元々器用だし、負けず嫌いだし」

「ふふ、それは私も存じていますよ」


 器用そうな雰囲気は知っていたが、このようなものまで作れるのだとは思っていなかった。


「ジル様にはいつも驚かされますわね。初めてお会いした時ほど驚いたことはありませんでしたが」

「まあ、あれほど驚かされることは今後もなければいいと思うがな」

「この薔薇、生花ではないですね。でも、造花やドライフラワーでもない」


 プリザーブドフラワーのようなものだろうか?

 花弁が生花のような柔らかさと、通常の薔薇とは違う色合いを持っているのだ。


「俺も詳しくは知らないが、ジルが頑張って作ってた。別の髪飾りも用意しているんだろうけど、それなら明日使わなくても保存できるだろうからってさ」

「それでも今日お持ちくださったということは、明日使えば映えると思ってくださったからでは?」

「否定はしないさ。まあ、ドレスの色合いもあるだろうから断言はできないがな」


 明日のための髪飾りも用意はされているが、一目見ればこれが似合うことはコーデリアにもわかった。エミーナに相談してから、エルヴィスにも聞いてみようか? そうコーデリアが考えていると、ヴェルノーがわざとらしい咳払いを行った。


「どうかなさいましたか?」

「ああ。唐突だが、そろそろ配達員をやめようと思うんだ」

「え?」

「ジルも十六だ。届けたいなら堂々と自分で渡せばいい。いつまでも俺が間に入るのも変な話だろう? まあ、今日明日ってわけでもないけど、近々やめるってジルにも言う」


 そう言われて、コーデリアはふと気が付いた。


(そうね、本当のお名前を知らないということは、ヴェルノー様が間に入らなければ連絡も取れなくなるということでもあるのよね。それでも隠されるとなると、ちょっと寂しいかな)


 口に出せばヴェルノーにからかわれることが分かっていたので黙ってはいたが、徐々に寂しいかもしれないという思いよりも、さすがにそれでも名乗られないというのなら文句のひとつも言いたくなるとの思いが強くなってきた。


(でも、もしもタイミングを逃しているだけっていうならいい機会よね)


 そう思えば、コーデリアは極上の笑みを浮かべることができた。

 これではっきりするのなら、コーデリアにとっても歓迎できる話である。


「では、ひとつだけ。私からの御礼状はお届けくださいますか?」

「ああ、ディリィからの連絡はいつでも渡してやるよ。だって、ディリィはそもそも連絡先教えられてないだけだし、別に隠し事をしているわけじゃないだろう?」


 そのヴェルノーの問いに対しては、コーデリアは笑みを返すだけに留めた。

 隠し事に該当するのかはわからないが、ずっと伏せていることはある。

 口にすれば気がおかしくなったのかと心配されるかもしれないが――転生しているらしいなど、どの口が言えようか。

 ただコーデリアとしては、そのことを伏せているからと言ってヴェルノーやジルになんらかの不利益を与えたことはないと断言はできるのだが。


「うん? どうかしたのか?」

「いえ、なんでもありませんわ」

「そうか。じゃあ、今日は帰ることにするさ」

「あら、本当にお早いお帰りなのですね」

「それなりに忙しくはあるからな。それに、どうせ明日も来るさ」


 以前は毎日顔を出しているときでも、少なくとも紅茶のお代わりまでは楽しんでいたのだから、忙しいのは本当なのだろう。


「それとも残念がってくれるのか?」

「ご冗談を。でも、ヴェルノー様ももう年頃の殿方です。あまり頻繁に私とお会いなさっていれば、心中穏やかならざるご令嬢もいらっしゃるかもしれませんね?」


 からかう言葉に、コーデリアも遠慮なくからかい返した。

 そもそもヴェルノーは実際に好意を持たれる要素をたくさんもっているのだから、あながち冗談でもないのだが。 立場もそうだが、性格だって悪戯好きだが悪いわけではなく、正義感も強い。そのおかげでコーデリアは四年前にヘーゼルに大きな勘違いを与え、ライバル心を燃やされたのも懐かしい。

 しかしそういえば、あれほど一途だったヘーゼルは今はどう思っているのだろうか?

 ウェルトリアにいた期間は、ヘーゼルからもヴェルノーからも、互いの名前が手紙にあげられることはなかった。もっとも状況に変化がなかったのなら、ヴェルノーがヘーゼルの名前をあげることも不自然でしかないのだが。

 しかしそんなコーデリアの考えを遮るように、ヴェルノーは口の端を吊り上げた。


「ほう? 俺はそんなにいい男か?」

「ええ、いろいろとよい性格をしてらっしゃると思いますわ」

「一言余計だ。じゃあ、また明日」


 そういいながら背を向けたヴェルノーにコーデリアも軽く手を振って見送った。


「けれどヴェルノー様も来るというなら、私も緊張なんて言ってられないわね」


 そう気合いを入れた翌日。


「さ、出番だよ。コーデリア」

「はい、お兄様」


 コーデリアは大勢の来客の前に、堂々と姿を現した。


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