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第六十三幕 夢見の少女(8)

 その後ザハロフはこっそりと待機していたララによる通報で、意識のないまま騎士団に引き渡された。麻薬の製造を進めているということだったので騎士団から屋敷の捜索と使用人への聞き取りが行われたが、屋敷の者でさえ草のことは珍しい観葉植物だとしか思っていなかった、とのことだった。それほど彼にとって金の成る木は大事なものであったらしい。


「乾燥させて使用しなければ、たしかに普通の草と変わらないものだからね」

「……けれどそれほど慎重だったというのなら、やはり私に言ったのは不用意ですよね」

「それほど金銭的に追い詰められていたのかもしれないね。もう、本当に後がなかったようだから」


 ザハロフが捕縛された翌日、改めてコーデリアは城でイシュマともう一人の騎士と話をしていた。前日に軽く経緯は説明したが、ザハロフ邸への立ち入りなどのため、改めて今日も呼ばれていたのだ。

 問題があればパメラディア家まで来るとのことだったが、大書架にも寄るので問題ないとコーデリアは自ら出向いた。前回わかったことだが、ここはあくまで一般区画なのでシルヴェスターとの遭遇は十分避けれる場所なのだ。大書架に寄るついでなら、来てもらう手間はかけさせたくない。それに、他にも話したいことがあった。


「お話はこのくらいにいたしましょうか。お茶の手配をして参ります」


 そう言いながら出ていった騎士を見送り、イシュマもゆっくり席から立った。


「……彼女、クライドレイヌ家の娘さんだって、正式に昨日判明したそうだよ」

「やはり、そうなのですね」

「今日にでも正式に迎える手続きをされるようだ。ただ、コーデリアが言っていた通りやはり相当元気なお嬢さんらしいね。少し、こちらの世界に慣れるのは大変かもしれないね」


 帰りに教会に寄り、様子を確かめようと思っていたコーデリアにとっては思ったよりも早い手続きに驚かされた。

 そして彼女がクライドレイヌ家の保護下に入ったなら、もう心配するようなことが起こることもないだろう。それならばよかったと……思う反面、少し複雑な気分ではある。


(仕方がなかったとはいえ、ヒロインを貴族の世界に招いたのは私、か)


 あの様子であれば王子以外に興味を持たないような気はしているが、周囲には煙たがられることも大いに予想できる。少なくともシルヴェスターの側に控えるヴェルノーやクライヴとは絶対に相いれない。


(まあ、私が手を出すのはここまでね。あとは、お互い関わらないで過ごすことが一番でしょう)


 そもそもシェリーの名前は知っているものの、名乗ったこともなければ名乗られたこともない。シェリーにとってのコーデリアは、それほどどうでもいい存在だったというわけだ。それが今後も続けばいいと心から思う。


「そうだ、コーデリア。帰りに父上に菓子でも買って差し入れてあげてくれないか?」

「お父様に、ですか?」


 首を傾げるコーデリアに、イシュマは笑って人差し指を口に添えた。


「内緒だけどね。下手したら何かが起こるかもしれないって父上もわかっていたけど、やっぱりコーデリアが戦闘に遭遇したことを気にしてらっしゃるようだから」

「私は大したことなどしてませんわ」

「コーデリアにとってはそうかもしれないけど、あれでこっそり落ち込んでるみたいだから、励ましてあげてくれればいいよ。ついでに何か甘えておくといいんじゃないか?」


 イシュマは冗談めかした様子だったが、コーデリアは眉を寄せた。


「……お父様にとっては、予想していたより私がまだ頼りないということでしょうか?」

「頼りなければ任せたりしなかっただろう。ただ、心配とは別ものだよ」

「……」


 はっきりと言葉にはできないが、大事にされていると思えばわかる気はする。

 ただ甘えることでその心配が解消されるのかということは未だわからないが、イシュマがそう言うのであれば一度何かお願いしてみようかなとも思った。ただ、すぐには何も思いつかなかったのだが。


(一緒に遠乗りさせていただきたい……とか、かしら?)


 今夜にでも尋ねてみようかと思いつつ、コーデリアは戻ってきた騎士と紅茶を用意している女性の使用人を見て、話を打ちきった。紅茶をサーブする女性は、とてもにこやかな笑みをコーデリアに向けていた。


 この事件で、コーデリアの名声については一気に城内に広まったていた。

 もとより品評会で入賞したことやヴェルノーの母であるフラントヘイム侯爵夫人や叔母であるニルパマを通じて女性には少々噂にはなっていたが、それはごく一部のことだった。それが一転、一人の伯爵の策を返討にしたというのだから、注目を浴びるまでは時間がかからなかった。少々尾ひれがついてしまい、父や兄に習って武闘派だとも言われているようだが、訂正する機会は得られそうにないので多少の目をつむらなければならないこともあったが、きちんとした振る舞いができれば例え武闘派であっても文句は言われないだろう。だから、武闘派ではないつもりだが、振る舞いの優雅さに磨きをかけるほかはいまのところなさそうだ。


(武闘派という噂についても悪い意味で広められているわけではないし、メリットが大きいと前向きにとらえましょう)


 名に誇りとプライドを持つ大切さは理解している。しかしザハロフのように自らの名声に固執することが最終目的ではない。


『大義と偽り己のために働き、虚栄をひけらかす輩も少なからず存在している』

『常に真に己を誇れるものがなければ、持ち得る矜持はただの塵にしかならない』


 幼い頃に言われたエルヴィスの言葉は今もしっかりと覚えている。

 同時に『力がなければ侮られる』とも言われたことも、忘れていない。


(私は一人でも多くの笑顔を引き出せるようになりたいもの)


 もちろん自分が興味惹かれることにもどんどん取り組みたいと思っているし、香りを武器にすることだって考えている。けれどそれだって喜ぶ誰かがいなければ成し得ないことなのだ。


 紅茶を飲み終えたコーデリアはすでに大書架にいるロニーのところまで、イシュマに送ってもらうことになった。城の中を歩くのも少しは慣れた気がするなどと思いながらも、予想外の遭遇が発生する恐れは頭を離れない。ただしここは一般人の出入りもある場所なので、シルヴェスターとすれ違う可能性などほとんどないとは理解しているのだが。


 エルヴィスに贈る菓子はどこのものがいいだろうか、いっそ自分で焼いたほうがいいだろうかとイシュマに相談しながら、コーデリアは大書架までの道のりを進んでいたが、そこで思わぬ声に足を止めた。


「こんなところで奇遇ですな、イシュマ殿」


 その声に振り返れば、一人の男性と、数日間ですっかり見慣れてしまった少女が立っていた。


「ごきげんよう、クライドレイヌ伯爵。手続きをされたんですね」

「ああ。パメラディア家に借りを作るのはすっきりしないが、君には感謝しているよ。ほら、シェリー。ご挨拶を」


 クライドレイヌ伯爵に促され、シェリーはじっとイシュマを見た。

 教会で騎士は見慣れているだろうに、どうしてだろう……? そう思っていると、シェリーは満面の笑みを浮かべた。


「貴方、お城の騎士なのよね? 王子様のことは知っているの?」

「シェリー」


 シェリーはまったくぶれてなかった。

 そう、コーデリアは思わず頭を抱えたくなった。二人の時に言われる程度なら流す自信もあるが、これを人前でやられては場の空気も凍りかねない。

 だからこそクライドレイヌ伯爵も即時嗜めたのだろうが、シェリーはその注意が何に対してなのかわからず、不思議そうに首を傾げるばかりであった。


「慣れた生活と勝手が違うでしょうから」


 そんなイシュマのフォローにクライドレイヌ伯爵は咳払いをした。


「ま、まぁ慣れは大切ですからな。これだけ愛らしい子で、不思議な力も持っている。殿下に見初められるというのも戯れ言ではないかもしれない。そうなれば、パメラディア伯爵には気の毒ですがね」

「父は逆に喜ぶかもしれませんよ。この子が嫁に出るのはきっと寂しく思うでしょうから。コーデリア、ご挨拶を」


 イシュマに促され、コーデリアはクライドレイヌ伯爵に静かな笑みを向けてから礼をとった。


「パメラディア家第四子、コーデリア・エナ・パメラディアと申します。以後、お見知りおきを」


 僅かにクライドレイヌ伯爵の顔が歪んだのは、先ほどのシェリーの挨拶と比較してしまったからかもしれない。しかしクライドレイヌ伯爵からの返礼より先に、シェリーが口を開いた。


「貴女は――」

「お久しぶりです、シェリーさん」

「貴女になんて、私、絶対に負けない!!」

「……え?」


 突然の宣戦布告に、コーデリアは首を傾げた。

 挨拶の出来についてなのかと一瞬思ったが、この荒々しい態度を見る限り、そうではなさそうだ。イシュマもクライドレイヌ伯爵も驚いており、シェリーを見つめていた。ただしシェリーはそんな視線には気づかず、ひたすらコーデリアに対する敵意を露わにしていた。


「知っているの、だって夢で見たもの! あなた、殿下を振り向かせるためならどんな行動も厭わないんでしょう!?」


 突然の発言内容にコーデリアは思わず目を見開いた。

 言葉の内容も理解に苦しむものであるが、何より最後に会ったときとは行動があまりに違いすぎる。突飛な行動をする少女だとはわかっていたが、以前はどうでもいい存在くらいにしか認識されていなかったはずなのに、今は敵対心を隠していない。


「……失礼ですが、私は殿下にお目にかかる機会はほとんどございません。お会いした回数ならば、むしろ王妃様のお茶会に参加されている他のご令嬢の方が多いかと」


 ひとまず否定は必要だろう。周囲に人はいないし、いたとしてもコーデリアの城への出入りが始まったのはごく最近なので、シェリーの発言が誤りであることはすぐにわかることだろう。それでも、噂になるような災いは食い止めておきたい。

 しかしそんな言葉でシェリーは止まらなかった。


「うそよ、絶対私の邪魔をするわ! 今だって殿下に取り入ろうと必死なんでしょう!? 暇さえあれば通って迷惑をかけているくせに!」

「通っていると言われましても……先ほども申しました通り、私が殿下にお目通りさせていただいたのは、二回だけです。それも、一度は偶然、二度目はお呼びいただいたためです。殿下との私的な交流はございません」

「だって、夢に貴女が出てきていたんだもの……!」


 夢という単語に、コーデリアは内心舌打ちをした。


(だめね、夢に関することなら彼女は聞く耳を持たないわ)


 しかし百発百中当たる夢ではなかったのか。

 これからの未来のことだけならまだしも、少なくとも現在シルヴェスターのもとにコーデリアが通っているという事実はない。


「……夢とはいえ、言いがかりをつけられるのはあまり気持ちのよいものではありませんね」


 イシュマがそう言うと、クライドレイヌ伯爵も苦い表情を浮かべていた。

 クライドレイヌ伯爵もコーデリアが通っていないことは理解しているらしい。


「まあ、そういうこともあるのだろう。ここ数日は慌ただしかったから疲れて、寝ぼけているだけなのかもしれないね。シェリー、帰るよ」

「でも、お父様」

「いいんだ、来なさい。失礼するよ」


 そう言って二人が去って姿が見えなくなってから、イシュマは溜息とともに肩をすくめた。


「大丈夫かい?」

「ええ……少し驚いただけです」


 そう、はじめは少し驚いただけだった。

 しかしシェリーの言葉を思い出せば笑ってごまかす場面でもなかった。


 シェリーが言っていたコーデリアは、まるでゲームの中の『コーデリア』のようだったのだから。


(どういうことなの?)


 再びシェリーに尋ねることは不可能だろう。

 そうなればこのまま大書架でクラリッサが言っていた初代聖女の話――伝道師の日記を探すことくらいしかヒントは思い浮かばない。そこになにもない可能性もあるが、今のコーデリアが思いつく中では唯一の手がかりだ。


「このこと、父上には内緒にできるかな? 少し面倒なことになりかねないから」

「ええ。クライドレイヌ伯爵様も誤りだとご存じのようでしたので、広まる心配もないでしょう」

「うん、少なくともクライドレイヌ伯爵はコーデリアが殿下の元を訪ねていないことは知っているはずなんだけどね。むしろ、願い下げされていると思っているくらいだから」


 不思議なことを言う子だね、と言いつつも、イシュマも苛立ちを感じているようにコーデリアは感じた。

 ただし掛ける言葉は見つからず、早く大書架に向かわねばという気持ちだけが先走った。



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