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第六十一幕 夢見の少女(6)

 待っていてくれたロニーと帰宅したコーデリアは、帰宅早々コーデリア宛てに届いていたエミーナから手紙を受け取った。裏返してみれば、そこには海鳥の封蝋印が押されている。


 コーデリアは外出着から着替えた後にそれを開き、中の手紙に目を走らせた。そこには巻き込んでしまったことの詫びについてと、改めてシェリーとコーデリアをザハロフ家へ招待したいとのことが書かれていた。


「お詫びのお茶会、か。ザハロフ伯爵のせいではないと思うのだけれど」


 もっとも、それはザハロフ伯爵が無関係であればとの話であるのだが。


 改めて書面で招待を受けたのであれば、返答も必要だろう。

 しかし突発事案ではないし、これはエルヴィスへ報告してから返事をかけばいい。


「お嬢様、旦那様より今日は早くお戻りになれるとのことです」

「わかったわ」


 報告事項が一つ増えたなと、コーデリアは長い息をついた。



 ***



 早い戻りといってもそれはエルヴィスにとっての早い戻りで、コーデリアの普段の夕食時より少し遅いので、今日もおそらくそれくらいの時間に帰宅するのだろうとコーデリアは考えていた。


 しかしエルヴィスの帰宅はそれよりずいぶん早く、そして何より自分から願い出る前にコーデリアはエルヴィスから呼び出しを受けた。


「城に来ていたそうだな」

「はい」

「イシュマからあらかた聞いているが、お前からも説明を」


 すでに概要は伝わっているらしく、コーデリアは帰ってきた身なりのままのエルヴィスをまっすぐと見ながら口を開いた。


「昨日、そして本日教会にて騎士団に所属してらっしゃるキースリー様のご案内で文化財の見学を行っていましたが、その際にザハロフ伯爵様と、教会に住む少女、シェリーと知り合いました。ザハロフ伯爵はシェリーが親族である可能性を考えているらしく、彼女をかわいがっており、サーカスに誘われました。チケットはもらい物とのことで、その場にいたキースリー様や私、それからロニーもお誘いいただきました」

「そこになぜお前が行った」

「シェリーはあまりに自由奔放なので、迷子になる気がしたからです。実際には連れ去りでしたが。ザハロフ伯爵様は特に注意する人物として聞いておりませんでしたので、ご一緒させていただきました」


 おそらくほぼ聞いていた通りなのだろう。

 問いを挟みはしたが、エルヴィスはシェリーが奔放というところで少し眉が動いたくらいで、ほぼ変化することはなかった。


「……その娘はクライドレイヌの紋章を持つそうだな」

「はい」

「通常ならイヤーカフを使用人に与えることは考えられない。盗人でなければ縁者か何かだろう。詳細はイシュマに任せるが」


 しかしエルヴィスの表情は徐々に苦々しくなってくる。

 なぜそのような表情を浮かべるのか、コーデリアは内心首を傾げたが、そこでふと悪い予想を浮かべてしまった。


(……いえ、ないと思いたい。ないと思いたいけど――シェリーが、殿下のお相手のライバルだと思われてる……なんてことはないわよね?)


 サイラスからはコーデリアをを王宮に嫁がせるメリットはないとすでに断言されている。

 しかしまだエルヴィスの口からそう言われたことはない。

 おそらく話題にされないことだっから問題ないはずだ……と思いつつも、可能性が未だ残る現状で見るエルヴィスの様子に不安は自然とわき上がる。


(ないない、絶対にあってはならないわ!)


 思い始めると止まらなくなる不安に、コーデリアは表情を動かさないように必死につとめたが、気分だけは身震いもしてしまっている有様だ。

 しかしやがて聞こえてきた言葉はコーデリアの予想とは大きく異なるものだった。


「……こちらを巻き込みおって」


 やや苦々しい表情のエルヴィスは、そう小さくこぼすのみだった。

 それはすでに受けた被害に対する抗議のような声だった。

 コーデリアにとっては拍子抜けのことでもある。


(……でも、よくよく考えればこの間殿下とお会いしたときのことも、特に尋ねられたことはないわよね)


 くっつけたいというのなら、どういう話を交わしたのかと問われても不思議ではない。

 何も問われなかったということは、エルヴィスもサイラスと同じように考えていると思ってもいいのだろうか?すぐに問いたいが、今のこの状態で話を飛躍させるのは躊躇われる。


 ただ、今の一言で大事にされていることは十分に伝わった。


(パメラディア家の評判に関わることではないのに、怒ってくださるんですもの)


 そう思えば嬉しく、同時に少しだけ申し訳なくも感じた。


「誘拐犯については、取り調べているがはっきりしたことはわからない。おそらく主犯ではなく使われたごろつき程度だろう」

「……お父様、そのことで……実は、本日のお詫びにとザハロフ伯爵様よりお茶会の誘いを受けています。先ほどのシェリーも誘われたとのことです」

「茶会?」


 やや鋭いエルヴィスの声を聞きながら、コーデリアは頷いた。


「さきほどいただいたばかりで、お返事はまだ書いておりません。――ザハロフ伯爵様のことを少しお調べしたのですが、不思議に思う点がございます。ザハロフ伯爵様は船の難破で収入が激減されたとお聞きしていますが、今は当時よりも大盤振る舞いをされているように見えるのです」

「福祉事業などのことを言っているのであれば単純だ。単に奴は財産を食いつぶしているだけだ」

「……え?」


 あっさりと返ってきた答えに、コーデリアは目を丸くした。しかしエルヴィスは何でもないことのように続けた。


「何らかの不正があるのかと、かつて私も調べたことはある。あれはどうも、多額の蓄えを切り崩し、対面を保っているらしい。船を失った時も最新式でさえなければ一隻くらいは買えたはずだった。しかしそれをせずに金銭を振りまく伯爵を見、行く末を不安視した多くの使用人は暇を申し出て、今はほとんど残っていないはずだ」


 その答えにコーデリアは目を丸くした。


「それは……」


 貴族のプライドというものだろうか?

 たしかに見栄が必要な場合もあるが、使用人が不安を抱くほどとなれば、よほどの入れ込みようであったのだろう。


「ザハロフ伯爵は現時点では対外的に害のある人物ではない。単にかつての自分が脳内をよぎり、現実に向き合うことができないのだろう。ザハロフ家がそれを誇りにしていたことには違いない」

「……」

「もっとも、何かを行う際に組める相手でもない。あちらも政に関心は薄く、関わることも少ないだろうが」


 そのために今まで注意する家としては教わっていなかったのかもしれない。


「誇りと妄執、その違いは覚えておけ」


 エルヴィスはそう言い、しかしそれから少し声を顰めた。


「ただ、気になることはある。私が調べた時から考え、伯爵家の財産はすでに限界に来ているはずだが、お前の言う通り未だ振る舞いに変化がない」

「え?」

「既に後に引けない状況にはなっているはずだ。借金をするにも担保も残ってないだろう。だが、焦る様子もない」


 そして改めてエルヴィスはコーデリアを見据えた。


「茶会に行くつもりなら違和感を覚えることがないか、注意を払うことだ」


 これは、初めてエルヴィスからの受けた指令なのではないだろうか。

 違和感があると言いつつも、行っても構わないという。そして現状までの子細を教示し、探るように指示を出す。何かがある、といっているようなものだ。


「ただし深入りはするな。お前も町娘の誘拐に疑問を持っているのならなおさらだ。それから、お前が疑念に思っていることを後回しにすることでもない」

「かしこまりました、お父様」


 成果を出せるかどうかはわからない。

 しかしそれをエルヴィスができると期待しているのならば応えなければならないだろう。

 そのためには早速返事も書かねばならない。


(けれど、その前に……腹ごしらえよね)


 腹が減っては戦もできぬ。

 そう思いながらコーデリアはエルヴィスとともに食事へ向かった。



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