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第五十九幕 夢見の少女(4)

 サーカス会場は少し広い場所が必要とあって、中心街からやや離れた広場が利用されている。

 広場には見物人のほかに土産物を売る露天商も多く、賑わいはまるで祭りのような雰囲気だ。ただし露店といっても割合しっかりとした仮設の店舗を持っていたので、商店街を小さくしたようなものともいえるのかもしれないが……


(誤算だったわ、これは)


 ララがいくといっているのを聞いていたので、決して貴族だけの場所でないことはわかっていた。しかしそれでもある程度は落ち着きがある場所だと思っていたのだが……思った以上にごった返しの中、これでは誘拐犯から守る以前にはぐれてしまう可能性を考えなければいけないではないか。


 しかしそう思うとやはりここはついてきて正解だったと思う。

 エルヴィスに告げずにこの場にいることに後ろめたさがあるのは、単にロニーの突っ込みを誤魔化すためだけの言葉ではなかったのだが、何かが起こる可能性が高い以上、この人通りで警戒していないことは怖い。ついてきて、正解だった。


 とにかく注意を払わないと――そう気を引き締めるコーデリアの隣で、その気を抜けさせるような大きな歓声がすぐ隣から上がった。


「ねえ、すごい! 大きなテントがあるわ! それにおいしそうなにおいもあちこちから……、あっちには大きな動物も! あれはなんと言うのかしら!?」

「あ、あのシェリーさん。動物は逃げませんし今から見に行くのですから、少し落ち着いてください」

「どうしてよ、落ち着いてるなんてあなた感動が足りないんじゃない!?」

「……あの、本当に目立ってしまいますから」


 すでにどこかへ行こうとするシェリーの服を押さえながら、コーデリアは表情がゆがむのを必死にこらえた。危ないから、危ないから! などと言えたらどんなにいいことだろう。


 しかしこれほど注目を集めていたら逆に誘拐なんて遭いにくいだろうし、いいこともあるのかもしれないが……周囲から忍び笑いが聞こえてくる気がするのだ。とても恥ずかしいし、そもそも状況もよろしくない。


(私たちが本当の一般庶民なら微笑ましいでも済むかもしれないんだけど……!)


 ヒロインというだけありシェリーの容姿は大変整っている。

 古着だとはいえ、ザハロフ伯爵が贈った衣服は少々型遅れかもしれないがお嬢様が着る服装としても認められるラインだ。つまり今のシェリーはすでに貴族の娘……小さなレディに相違ない。そしてシェリーの行動は貴族にとって「あの行儀がなってない子たちはどこの子なの?」とひそひそ噂される恐れがあるものなので、極力さけなければならないものだ。

 もっとも問題になるのはまだ貴族の世界に足を踏み入れていないシェリーではなく、側にいるコーデリアのほうだ。コーデリア自身が騒いでおらずとも、一緒にいる時点で同様に認識されてしまう。赤目の娘となればパメラディアの娘だと結びつけられる可能性は高く、そうなればエルヴィスにだって余計な迷惑もかかるだろう。それは絶対あってはならないことだ。


 しかしそこまで考え、視線を周囲に走らせてふと気がついた。


(……ここにいる貴族は、ごく少数?)


 上流階級の身なりの人間がいないわけではない。しかし、予想していたより数は相当少ない。もっとテントに近づいてみないとはっきりしないが、少なくともここから見えるテントは綺麗な様子で貴族が近づくのをいやがるほどではない。だいたいそれ以前に、ザハロフ伯爵が誘うくらいなのだから貴族が行かない場所ではないだろう。


 だったらどうしてなのかと不思議に思いながらコーデリアは辺りを見回した。すると近くに立て看板に、昼公演と夜公演についての時間が記載されているのを見つけた。


(なるほど。これだと、貴族はほとんど夜公演に流れるわね)


 この国で観劇が行われるのは夜だ。昼間に劇場が開いていない……つまりは昼に観劇をする習慣が身についてはいない。昼も公演するのは異国の習慣かもしれないが、庶民ならともかくこの国の貴族なら自然と夜を選ぶだろう。


(でも、それならザハロフ伯爵のご友人は、どうして昼を選んだの?)


 夜の公演であればさすがにシェリーの外出の可否もかわったかもしれないが、ザハロフ伯爵がシェリーのために買ったのならともかくあえての昼とはなぜなのか。もっとも、ほかにも貴族らしき人影が見えるので絶対におかしいというわけではないのだが……


(……考えすぎかしらね)

「ねえ、あっちのお店を見る時間はあるかしら? きらきらしてるのが気になるの!」

「あの、シェリーさん、本当に落ち着いて……」


 ……だめだ、この様子のシェリーを落ち着かせなければ考えをまとめることもままならない。考えすぎなのかもしれないとは思うが、軽く伯爵に尋ねておきたいとは思うのに、シェリーの言動と行動がそれを許してくれない。素直な子といえば素直だし、行動力があるといえばそうなのだが……やはりもう少し落ち着いてほしい。


「シェリーさん、私からもお願いさせていただくよ。少しだけ落ち着いてくれないかな?」


 ようやくザハロフ伯爵からの言葉も入り、コーデリアはほっとした。

 なんにせよ彼女を止めてくれる人がいることは助かる……


「まだ時間はあるからね。慌てないで順番を決めれば、少しは見て歩けるから。まずはどこを見たいのかな?」


 ……のは、気のせいだった。

 シェリーの希望に沿った提案となると、彼女のテンションが余計に上がってしまうのではないかと不安がさらに募ってくる。


「あっちの光ってるものが見てみたいわ! それから、あそこの人だかり。何かやってるのかわくわくする!」

「じゃあ、どちらから見ようか。ああ、あちらのビーズの店はどうかな。見えるかい?」


 いや、むしろこれは伯爵が親族かもしれないと思っている相手との時間を楽しもうとしているだけだろうか。親密そうな会話に、これでは自分が邪魔者のような気もしている。


「お嬢様はどうなさいますか?」

「……伯爵お一人ではあの子が迷子になってしまうかもしれないから、しばらく様子をみさせていただきましょう」


 遠ざかれるものなら遠ざかりたいが、それはこの場では難しい。近くにいても求める話は聞き出せず、むしろ避けたい理由ばかり増えているが、それでもここは耐えなければいけないだろう。


(……そうよ、これだけわがままな子でも、誘拐されていい理由なんてないんだから)


 ただし隣ではなく、後ろを歩く程度のことは認めてほしい――などとコーデリアは内心自分で自分に許可を求めた。今ならはっきりと言える。彼女のことはおそらく自分が『コーデリア』でなくとも苦手にしていただろう、と。


「まあ、この人だかりですもんね。こういうところにはスリなど不届き者も多くいます。お嬢様はぱっと見じゃ大胆には見えない、ごくごく普通の綺麗なお嬢様ですから、注意してくださいね」

「……確かに不審者も紛れやすい環境ね」


 ロニーがそういう言い方をしたがる理由に思い当たることが多すぎて否定することはできないのだが、一部は聞かなかったことにしつつコーデリアは頷いた。すぐに浚うことは難しいかもしれないが、隙さえ見つければ十分可能な状況だ。


「まぁ、気を張りすぎる必要もないと思いますけど。お嬢様はここまでの人混みは初めてでしょうけど、まだ建国祭よりはましですから」

「……そうなのね」


 今だって大概すごいと思うのだが、建国祭というものは本当にどれほどの人混みになるのだろう。いずれにしてもそれほどの人混みでなくて助かったとコーデリアが思っていると、シェリーとザハロフ伯爵は一つの店で商品を手に取りながら談笑を始めた。

 他の客の邪魔にならないよう、コーデリアは少しだけ引いた位置からロニーと二人を眺めた。


「……親族かもしれないって話ですけど、少なくとも親子っていうようには見えませんね」

「そう?」

「お嬢様には見えるんですか?」

「正直に言えば、見えていないわ」


 少し声を潜めていたロニーはやっぱりと肩をすくめた。

 ただしコーデリアが思っているのはゲームの情報からという客観性に欠ける理由が大きく、確証があるわけではない。だからロニーがそう言ったことには少し驚いた。


「ロニーにはどうしてそう見えたのかしら?」

「彼女がなすこと全てを肯定してるからです。ある程度分別ついているならまだしも、行動に少々難がある子を相手に、それは問題だと思うんですよね。……まぁ、多少は仰ってましたけど、あの子が聞き入れるところまでは言わないでしょう?」

「……」

「嫌われたら困るっていうのはわかるんですが、あまりにパワーバランスがあのお嬢さんに傾いている状況は正しくない。そもそも、すでに無意識かもしれないけどなめられてます。今はいいとしても、本当に親族で、例えば養女にした場合、貴族じゃなくともよくないことになるでしょう」


 いつもよりコメントが辛口なのは、ロニーも二人のやりとりを聞いていて疲れてしまったからだろうかと思いつつコーデリアは頷いた。コーデリアはザハロフ伯爵の怪しい点について探していたが、言われてみればたしかにそれもひっかかる。

 船を手放すことになったとはいえ、ザハロフ伯爵はかつて海運業を行ってきた人物でもある。売り上げのあった商売人であったのなら、人との接し方が全くわからない可能性は低いと思うのだが――と、考えているとシェリーが店から離れコーデリアたちの方へと戻ってきた。何か用事だろうかとコーデリアが首を傾げそうになったとき、突然手を強く引かれた。


「ねえ、貴女」

「わっ」

「わっ、って……びっくりした! 驚かさないでよ」


 むしろ驚かされたのはこちらだとコーデリアは思うのだが抗議しても意味がないことはすでに十分理解できるので、謝罪こそしなかったが抗議自体は受け流すことにした。


「ザハロフ伯爵様はどうされたの?」

「店主と少しお話しされているわ。それで、ちょうどいいから貴女に相談したいことがあるんだけど」

「なに?」

「これ、私のお小遣いなの。これで何か伯爵様にいい贈り物は買えるかしら?」

「え?」


 いったいどんなことを言われるのかと思いきや、僅かにも想像していなかった提案にコーデリアは意表を突かれた。


「ほら、早く。伯爵様のご用事が終わっちゃうじゃない」

「え、えぇ……そうね……」


 しかしシェリーが持つのは子供が菓子を一つ買えば終わってしまうような金額だ。ザハロフ伯爵に送るものとしては何も思い浮かべることができない。そもそもシェリーだって金の価値がわからないから聞いているのではなく、その金額で思うような贈り物が見つけられないから尋ねているのだろう。


(気持ちが大切っていうのはわかるんだけど……)


 かといって、どう考えても予算不足だ。

 しかしだからといって彼女にそんなことを伝えたところで、希望とは大きく異なる回答となるだろう。


「ねえ、何かない?」

「……伯爵様は以前シェリーさんからお花をいただいたことを喜んでいらっしゃいました」

「お店でしか買えないお花は、私の持ってるお金じゃ買えないわ。摘むものだとお金は使わないじゃない」

「はい。だから――お花を包む包装紙やリボンはいかがでしょうか。シェリーさんが摘んだお花を綺麗に飾ってお渡しすれば、きっと喜んでくださるんじゃないかしら」


 彼女がどんな花を摘んでいるのか、コーデリアにはわからない。

 しかし伯爵が礼に外出へ誘うというのなら、彼は喜んでいるのだろう。


 コーデリアの提案に、シェリーは少し考える様を見せた。


「……なんか、期待したほどの答えじゃないわね。でも、いいわ。悪くないし、そうしてみるわ」

「……」


 礼どころか多少貶された気もしなくはないが、納得はされたようだ。


(でも……高飛車ってこういうことをいうのかしら)


 自分にかなりの自信があるからこそ、常日頃から相手に敬意を持って接することを忘れてしまっているのだろうか。優しい心も今、少しだけ垣間見えたのに、彼女の態度がそれを霞ませてしまっている。


(でもこのままじゃ独りよがりの善意になりかねない)


 一体何が彼女をそうさせているのか――そう思っていると、シェリーはコーデリアの横を通り抜けた。


「って、シェリーさん、どちらへ?」

「包装紙やリボンを探しに行こうかと思って! すぐに戻るから、伯爵様にはうまく言っておいてちょうだい」

「だめですよ、一人で向かわれては心配されますし、この人だかりです。はぐれてしまうと大変ですから!」

「じゃあ、いなくなったら見つけてよ! 私、今買に行かなきゃいけないと思うもの!」


 予想はしていたが、やはりコーデリアの制止ではシェリーは止まらない。

 さすがにロニーもまずいと思ったのか彼女に手を伸ばそうとしたが、それに気づいたシェリーはひらりと身を翻し――そして、通行人にぶつかった。


「わ、」

「大丈夫かい、お嬢さん?」

「え、ええ」


 ぶつかった相手は背が高く、筋肉質で、無精ひげの男だった。男はシェリーが転ばなかったことを確認すると、にこやかに笑った。


「子供が元気なことはいいことだが、気をつけたほうがいいぞ。あと、声が聞こえたけど、包装紙やリボンならうちの雑貨店が用意しているよ。来るかい?」

「ええ! ほら、お店も見つけたし、すぐに戻るわ! 貴女たちはここで伯爵様がお戻りになるのを待って、伝えてくださる?」

「シェリーさん、だからいけないって」

「もう! すぐに帰るって言ってるでしょ!」


 もはやコーデリアの言葉など聞き入れないどころか、すでに背を背けている。

 慌てて先ほどまでザハロフ伯爵がいた店を見やれば、伯爵は店の中に姿を消しているようだった。


(――もうっ、こんなの誘拐犯に狙われてる恐れがなくったってどう考えても怪しいでしょ! その人、どう見ても雑貨扱ってる身なりじゃないし!)


 身なりに関しては個性的で済むこともあるが、わざわざこのような場所にまで来て商売している者が客を遠ざけるような格好をするなど考えがたい。


「ロニー、あとから伯爵様は探せると思う?」

「最悪会場の入り口にいれば合流できるでしょう。ここまでくれば放っておけませんしね」


 素早く打ち合わせを完了させれば、コーデリアとロニーもその二人の後を追った。男は振り返ると小さく笑った。


「んー……あんたら二人は要らないんだよなぁ……嬢ちゃん、走るぞ」

「走るの?」

「ああ。そうだな、遅れないように抱えてやるぞ!」


 そう言った男はシェリーを抱え上げて走り出した。それはお姫様抱っこのようなものではなく、米俵でも担ぐような抱え方で、すぐに横の路地に入った。軽やかな走りではないが、その筋肉で担ぐこと自体は難しくないようだったのだが……


(明らかに客への態度じゃないのに、あの子はなんで大人しくしてるの……!)


 しかしそこでふと、シェリーの様子がおかしいことに気がついた。

 あんな抱え方をされていたら振動で気持ちが悪くなるだろうに、まったく反応している様子がない。薬品でも嗅がされて眠らされているのか――それなら、すでに犯罪だ。


「お嬢様、先いきますよ!」

「ええ!」


 男の走る速度は速くない。ロニーであれば直線ならすぐにでも追いつけるような速度にも思える。しかし横道は狭い路地で、広場の露店からあふれたのであろう木箱が散乱している。そこを男がむちゃくちゃな進み方をするせいで、時折ゴミの山が眼前に迫り、ロニーはその都度魔術を用いて払いのける。そのせいで距離がいまいち詰まらない。いや、ロニーが全力で追えば追いつくだろうが、コーデリアを置きざりにすることが彼にはできない。ここはコーデリアにとってはとんでもなく走りにくい。しかも通りの雰囲気がどんどん怪しい方面に進んでいく。コーデリアからはもうほとんどその姿は見えないが、ロニーならまだギリギリ追えているだろうか?


(お義姉様の件から体力作りは少ししてたけど、そろそろきつい……!!)


 いくらか走り、徐々に周囲の建物に埃っぽさが見えるようになったとき、ロニーが左手の平を後方のコーデリアのほうに向けて合図を送った。どうやら止まるらしい。そして徐々に速度を落としてから振り返り、静かに人差し指をたてて口元に寄せた。

 コーデリアはそれに頷き、壁に背を寄せ、ゆっくりとその先の様子を窺った。


(仲間も揃えば明らかなごろつきね)


 そこにはシェリーと男だけではなく、似たような身なりの男がもう二人集まっていた。

 そして周囲にだいぶ気を配りつつ、一軒の空き家に見える建物に入っていった。


「……あれがお店には見えませんねぇ」

「そうね。とりあえず、騎士を呼びたいところだけれど……あの子のことも心配だし、どうにかすることはできるかしら?」

「了解です。しかし……言ったそばからトラブルがお嬢様に飛び込んでくるなんて……一度、お祓いしてもらいます?」

「そうね、考えておくわ」


 そんな軽口を叩きつつも、ロニーはすでに集中しているようだった。魔力の流れから中の様子を窺っているのだろう、いつもより目は細められていた。


「お嬢様、ちょっと俺は中に入ってきますけど、勝手に移動しないでくださいね」

「もちろんよ。中にはシェリーさんを除いてさっきの三人と、もう一人ってとこかしら?」

「そうですね。万が一にも中の輩がでてきたら、足止めお願いしてもいいですか?」

「ええ」

「じゃあ、いってきます、っと!」


 勢いよく飛び出したロニーの戦果を期待しつつ、コーデリアもその場でじっと待機する。

 いつでも援護はできるよう持ち歩いてる種は準備していたが、幸いなことにそれを使用することは必要なさそうだった。一瞬騒がしくなった音はすぐに静まり返ってしまった。狭いところで暴れるのは本来魔術師の得意分野ではないのだろうが、相変わらずロニーは器用に仕事をこなしてくれているらしい。


 しばらくするとひょっこりと顔を出したロニーが「とりあえずその辺りのもので縛っておきました」とざっくりとした報告と共に空き家の中から現れた。


「とりあえず通報しなきゃいけないんで救援信号を打ち上げて応援を呼びますね」

「そんなものがあるの?」

「あるというか作ったというか……発破音と白煙が上がるから、とりあえず人は来てくれるはずです。本当はこっそり呼べたらいいけど、お嬢様を置いていくのはできないし、ごろつき置いていくのもできないし。こんな状況になったら困るなって作ってみたんですけど、まさか今日使うとは思ってませんでした」

「それは……ありがとう」


 ロニーが言ったのはほぼ音花火と同じようだが、それはこの世界では一般的ではないので、確かに何らかの異常だと認識されれば見周りも来ることだろう。ひとまずはそれを待つだけだ。


「あの子、まだ眠ってますが異常はなさそうです。ただ、ひとまず保護と検査を受けることにはなるでしょうね」


 ロニーは軽く肩を回しながらそう告げた。


「随分難しい顔をしていますね、お嬢様」

「……少し気になることがあって」

「一応内部は寝泊りしてた痕跡はありますが、他に子どもがいた様子もないです。というか、根城にしてまだ日が浅そうでしたね。……気になることは、これ以外にも?」

「ええ」


 そんなロニーの言葉を聞き頷きつつも、コーデリアは眉を寄せた。


(……誘拐は、一応阻止したけど……幽霊が言っていたのは、きっとこれで解決じゃない)


 この誘拐が幽霊の言っていたものだとしたら、今日のシェリーの外出をあらかじめ知っておかないと先回りできなかっただろう。どこかで見られていた可能性もあるが、少なくともこのような見慣れぬ輩が教会の周囲にいれば騎士が気づいたことだろう。それ以外に情報が洩れるとすれば……


(ザハロフ伯爵しか、知らないはず)


 もしくはザハロフ伯爵が誰かにシェリーと向かうことを告げていれば話はかわるかもしれないが、当日にチケットを受け取りシェリーを誘ったのならば、そう告げて回る時間もなかっただろう。そう考えるとやはりザハロフ伯爵か、強いて言うなら伯爵が伝えそうな人間しか知らないはずだ。


(……どちらにしても、これで一旦彼女は騎士団の保護下に入るはず)


 それが半日になるか一日になるかはわからない。

 しかし不特定の相手を目的とした連れ去りだったのか、彼女が狙われたものなのか、少なくとも事情を聞く間は保護されることだろう。


(でも、不幸中の幸い……ともいうのかしら。これで私もお父様に相談させていただく建前はできたわ。解決に、近づけるはず)


 シェリーが安全なところにいるのであれば、彼女のことを気にかける必要も今まで以上に少ないはずだ。その間にザハロフ伯爵への疑念へも決着を付ければいい。


「でも、これでまた俺たちもお城にいかないとですね」

「え?」

「えって……状況や事情、説明する必要もでるでしょう」


 ……それは、非常に喜ばしくない。


「まあ、今回は危ないこともしていませんし、怒られませんよ……うん、ちょっと危なっかしい女の子がいて、止むを得ず同行したことにしておきましょう」


 口裏合わせを行いつつ、コーデリアはロニーが呼んだ騎士が来るのを眺め、手早く城から帰宅できるように頑張ろうと強く誓った。





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