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第四十八幕 吉報は嵐と共に(1)

 たまたま早くに目が覚めたその日、コーデリアは朝食の時間までに書庫に向かうことにした。二度寝をするにも中途半端な時間であったし、何よりすっきりと目が覚めてしまっていたからだ。

 コーデリアにとってはまだ早い時間でも、庭を見下ろせばすでに働いている使用人の姿が見える。花を抱える使用人は、きっと今からあちらこちらの花瓶を飾りに向かうのだろう。どのような飾り付けになるのか、楽しみになってしまう。


 時折すれ違う使用人に挨拶をしながら書庫にたどり着いたコーデリアは、すでにその中に明かりがと灯っていることに気がついた。

 不思議に思いつつ中に入ると、そこには本に囲まれたロニーがいた。


「おはよう、ロニー。ずいぶん早いわね」

「え、あれ? お嬢様? おはようございます、の時間って……まさか、もう朝なんです?」

「え? ええ。まだ少し朝食には早いけど」


 するとロニーは丸くしていた目を徐々に悲し気なものに変え、あからさまに後悔を現した。そしてついには頭を抱えていた。


「……うっかり徹夜をしてしまったの?」

「ええ……迂闊でした。眠気には気付かなかったんですが、朝って知ると一気に眠気がやって来ますね」


 そう言うや否やあくびをするロニーに苦笑しつつ、コーデリアはロニーが読んでいた書物を覗き見た。それは魔術を用いた戦闘について書かれているものだったが、文体はクリスタ王国のものではなかった。


「珍しいわね?」


 ロニーが種類を問わず本を読むことはコーデリアも知っているが、外国戦闘技術に関するものとなれば話は別だ。そもそもだらけることが好きなロニーがそんなものを好むわけもない。


「そうですね、まぁ、もともと読むのは嫌いじゃないんですけど……ちょっと気になる噂聞いたんで、一応復習しておこうと思いまして」

「噂?」

「いや、現実的ではないとは思いますけどね。最近北の国が変な動きがあるっていう話を酒場で聞いたんですよ」


 その言葉にコーデリアも目を瞬かせた。

 それは、たしかに引っかかる噂である。


 クリスタ王国の北側に位置しているドゥラウズ王国は、建国以来しばしばクリスタ王国への侵攻を行っている。ただし約三十年前に現在の王が即位した後には休戦協定が結ばれ、以来破られたことは一度もない。現在も国境沿いの警備は厳重ではあるが、特別警戒が行われているわけではない。


「変な動きの噂、ね。信憑性はいかがなものなの?」


 酒場には足を踏み入れたことがないので、どれほど有用な情報なのかコーデリアには判断がつかない。しかしもしも本当にそのような動きがあるのなら、エルヴィスや二人の兄の休暇にも影響があるだろう。そうなればコーデリアだって北方が原因だとは気付けずとも『何かある』くらいは気づくこともできるだろう。今のところ、そういった様子もない。


 そして何よりその噂を聞いたロニーがそれほど深刻な様子は見せていないことも気にかかる。


「いや、すぐに攻め込まれるとか、そんな話ではないですよ。ただ、あっちの国に反王室派が動きがあるっていうかね。その話を聞いてたら『そういえば北の魔術って確か系統違ってたなー』と思いまして」

「……つまり単に噂で思い出したから気になって本を読んでただけ、という話?」

「ええ、そんなとこです。知ってれば万が一こっちに飛び火があっても対応できるし――なんて言っても、軍属じゃない俺が使うことなんてないし、そもそもあの極寒の地でもたくましいあの国の王室です。ひねりつぶしてはくるでしょう」


 やはり気には留めておくべきだろうが、やはり今すぐ深刻なことになるような状況ではないようだ。


「それなら良かったわ。延期になってたお兄様たちの挙式も、もうそこまで来てるんですし」


 フローラ・シルクの件で組合や体制の見直しを行っていたクリスティーナの関係や、サイラスの任務の関係で二人の婚姻は伸びていた。それがようやく……という時期になって一大事があれば、次はいつになるかわからない。

 もっとも、本当にそんなことがあるのならそれどころの話ではなくなるのだが……気掛かりなことが生まれないのなら、それが一番だ。


「ま、そもそも王都にまで影響があるような大事なら、旦那様がお嬢様を王都においたままってことはないでしょうし。エルディガの方がドゥラウズからは遠いです」

「そうね」


 やや冗談交じりに肩をすくめるのロニーに、コーデリアも苦笑した。

 軍事に関わることであれば教えられることはないだろうが、視察を名目にそういう指示を受ける可能性なら十分ある。


 しかし他国の王室の話とはいえ、王室とはやはり難しいものだなろうなと思う。

 万人が満足するような方法などがどこにも見つからないと思うが、何かがあれば国を揺るがす一大事になる。それを再認識させられた気分だった。もっとも、規模が違うとはいえ領地があるパメラディア家も他人事ではない……はずだ。


「お嬢様、何の決意をしてるんです?」

「気にしないで。それよりロニー。私にもそれ、読めるかしら?」

「……お嬢様には読ませません」

「あら、どうして?」

「何をしでかすかわかりませんから。それに俺も眠いんです。お嬢様、他にも学ばないといけないこといっぱいあるでしょ。それに欲張りだから自分の時間も必要でしょうし」


 確かに眠そうだが、それよりも「面倒なことになりそうだから」という空気を隠してないのはわざとなのだろうか。

 しかしロニーのいうことももっともだ。自分がやりたいことをする時間も必要だし、学習の時間も必要だし、そもそも現在教わっている魔術の稽古を行う時間も必要だ。


「納得していただけました?」

「そうね。じゃあ、それをお願いするのは今度にして……ロニー。今日はその欲張りな時間に付き合ってくれるかしら?」

「何かありましたっけ、今日」

「一つ届けたい書類があるから、事務所に行きたくて。着いたらしばらく寝てても構わないわよ」

「行きます、行きます!! 馬車の手配しておきましょうか?」

「お願いするわ。朝食後、出発しましょう」


 弾かれたような笑顔のロニーは手早く本を片付けると、書庫から飛び出した。

 そんなロニーに苦笑を零しつつ、コーデリアもいくつか本を手に取ると自室に戻った。

 予定はしていなかったが、一応そのなかにドゥラウズに関する本も一冊混ぜておいた。



 ++



 朝食後、早々に支度を整えたコーデリアはロニーを伴い、事務所へ向かった。

 ロニーが寝不足でなければ歩いても気持ちが良いだろうと思うほどの見事に晴れ渡った天気だった。


 事務所へ着いたコーデリアは、ロニーによって開かれた扉を潜ったコーデリアは、すぐに木箱を抱えた中年の男性と目が合った。


「これはコーデリア様、このような格好で申し訳ありません」

「いえ、気にしないでくださいな。お邪魔しますね」


 人の良さそうな笑みを浮かべている男性はこの事務所の管理責任者兼司書の男性だ。

 さすがにコーデリアが「手伝うわ」ということは言えないが、代わりにロニーがその荷物を引き受けた。


「これ、あっちですよね」

「助かるよ。ではコーデリア様、こちらへどうぞ」


 いつも使っている窓際のテーブルで、コーデリアは席につくと持ってきた書類を広げた。


「こちら、今回寄付があった本の一覧です。少し修繕が必要なものもありますので、後日になりますが、お届けさせていただきます。十日はかからないかと」

「畏まりました。棚の準備をさせていただきます。ではこちらからは、子供たちからのお手紙です」

「ありがとうございます」


 今回はいつもより量が多いと思いつつ、コーデリアは受け取った手紙にざっと目を通す。

 子供たちから返ってくる感想をまとめるのはコーデリアの大事な仕事だ。喜ばしい感想は支援者のモチベーションに繋がるし、新しい本を仕入れる際の参考になる。ほかにも要望があれば改善に繋げることができるので、感想を見るのはとても楽しみなのだ。それに、その中には保護者からの意見も混じっているので面白い。


「今日は少しゆっくりさせていただきたいの。工芸品のコーナー、見せていただいてもいいでしょうか?」

「もちろんです。この間から置いている動物を象った木彫りの人形が、魔除けとして思いのほか人気ですよ。村の者も喜びながら追加で納品してくれています」


 司書の言った木彫りの人形は、人形というより起き上がりこぶしといった雰囲気の可愛らしい置き物だ。コロコロとしたウサギで、耳がピンと立ったものと垂れたものの二種類がある。目には天然石を小さく砕き、研磨したものが填められている。その天然石の色によって、魔除けの効果は変わるらしい。

 初めて見たときにあまりのかわいらしさに心奪われたコーデリアは、つい売ってもらえるだけ売ってもらい、使用人の女性陣に配り歩いた。使用人からの反応も上々で、販売コーナーにも多めに仕入れていたのだが……売り上げが上々とんれば、ほっと一安心である。


(本当は木で作る、組パズルみたいなおもちゃも売れるんじゃないかって最近思うんだけど……それは、エルディガに行ったときに提案してみましょうか)


 そもそも本当に売れるかどうかはわからないが、木製品を扱うのは領地も同じだ。すでに存在しているものには敬意を払うが、新しいものを作り出すことに関してはライバルといって差し障りない。


(もっともここで売れる額だけなら、大したことなんてないかもしれないけれど……それでも一番最初のインパクトは欲しいのよね)


 コーデリアも、エルヴィスに移動図書館計画を訴えた際には「領地に役立てることがあるかもしれない」という旨も含めていたのだ。新たな工芸品になるかもしれないものを思いついた……とならなくては少し困ったことになる。バランスも大事なのだ。巡回している村から提案を受けたり、素敵な品を発見した際は全力で取り組むという意志は当初から貫き続けるつもりであるのだが。


「そういえば、コーデリア様。聞きましたよ」

「え?」

「港町に伯爵家のお店を構えてらっしゃるでしょう? なかなかリーズナブルで、けれどとても綺麗な店内で、この辺りで見ない軽食や甘味を出されるとか。このあたりでも出店なさるご予定はございませんか?」


 その言葉にコーデリアは驚いた。


「ここまで、噂が届いているの?」


 司書が言っているのは、以前にコーデリアがサイラスから助言を受け、エルヴィスに提出したクレープやガレットの販売計画から始まったことだ。

 エルディガのデザートクレープと、そば粉を扱う港町ウェルフのガレットを、互いの地の祭りで提供する計画はなかなかの売り上げを記録した。そしてその後、大きな店ではないものの、一店舗ずつ店を構えることにつながった。

 ただし店舗の席数は少なくともパメラディアの格式が疑われないよう、内装や調度品には細心の注意を払っている。それでいて、無理なく振る舞える価格にしているのだから、初期投資には相当悩まされたのだが――現地では相当な反響があるとはいえ、まさか噂が王都にまで届いているとはコーデリアも想像していなかった。


「ええ。中にはお店を目当てに旅行先を決める方もいらっしゃるようですよ」

「初耳だわ」


 その話がお世辞でないのなら、想像以上の宣伝効果を発揮している。

 これは来店者の傾向を知るためにも早急に店にアンケート用紙でも置いてみるべきだろうか?


「もし王都に出展されるなら、いい場所をご紹介させていただきますよ。貴族街ほどではありませんが、なかなか舌が肥えた客が集まる場所がありますので」

「そのときは是非お願いいたしますね」


 少し浮かれそうになるが、まずは落ち着いて現状把握に努めなければとコーデリアは自分を落ち着かせた。

 浮かれるのは簡単だが、地に足を着けて転がってしまわないようにしなければいけない。積み重ねてきたものでも、一瞬で崩れてしまうことだってあるのだから……などとコーデリアが考えると、入り口のドアが開く音が響いた。


「失礼する」

「あら、ヴェルノー様ではございませんか。おはようございます」


 朝早くからヴェルノーがここにいるのは珍しい。

 そう思いながらコーデリアは工芸品の販売スペースから入り口に向かう。

 が、コーデリアの挨拶とは対照的に、ヴェルノーの目はつり上がっていた。そして返答もない。


「……お加減が悪いのですか?」


 体調ではなく機嫌が悪いように見えているが、一応コーデリアはすっとぼけてはみた。機嫌が悪い方が対処に困るので、別の答えがほしい――そう思ったのだが、ヴェルノーは長いため息をつく。やはり機嫌が悪いで正解のようだった。


「ディリィ、お前はどうして朝から屋敷にいないんだ。せっかく行ったのに、外出と聞いて無駄足になったぞ」

「ヴェルノー様が我が家に朝から来られることなど、ほとんどないでしょう? そもそも、普通は先に相手の予定を確認するものですよ」


 なんという八つ当たりだと思いつつ、コーデリアは肩をすくめた。残念ながら悪いとはちっとも思わなかった――のだが、その返事を聞いたヴェルノーが大げさに軽く両手をあげたことに首を傾げてしまった。


「いいのか? せっかくの朗報を持ってきてやったのに」

「朗報? ヴェルノー様が?」


 それはジルからの手紙だろうかと一瞬思ったが、それはないだろうとすぐに思い直した。ジルの手紙の中身を知らないヴェルノーが、手紙を朗報と呼ぶことには違和感がある。だとすれば何か。残念ながら思いつかない。


「知りたいか?」

「……そこまでもったいぶられますと、知りたいような、知りたくないような……ですね。悪い知らせのような気がいたします」


 突拍子もない、コーデリアにとってはよくないことである気配がどことなく漂っている。根拠はないが、そう思えて仕方がない――そう思うコーデリアに、ヴェルノーはあきれたような表情を浮かべていた。


「なんで朝一番に俺が悪い知らせを届けなければいけないんだ、面倒臭い」

「それもそうですが、よい知らせを届けてくださるイメージもございませんもの」

「ったく、遠慮がないっていったらありゃしないな。安心しろ、よい知らせで間違いない。品評会、受かってたぞ」

「……え?」


 聞こえた言葉に一瞬理解が追いつかなかったコーデリアは思わず首を傾げた。品評会。そういえば、そろそろ展示が始まる頃――つまりは、審査が終わる頃だったかと思い出したが、ヴェルノーからの知らせには少し疑いを持ってしまう。なぜ貴方が知っているのですか、そう思ってしまうのだ。


「何だよ、反応薄いな」

「ええ、あの」

「言っておくが冗談でも何でもないぞ。これは本人に伝達されるから、伯爵もまだ」

「ではどうして、それをヴェルノー様がご存じなのです?」


 ますます胡散臭いという表情を隠さず言うと、ヴェルノーはニヤリと笑った。


「これは国の主催行事の一つだろう? 例年は審査に関わる王妃様が通達もなさるわけだが、今年は通達に関してはシルヴェスター殿下に任されることになったわけだ」

「……もしかして」

「ちょうど都合がいいから、俺が預かってきた。郵便係からのお知らせだ。さ、城に行かないか? 受賞者様」


 大書架の入場許可証が待ってるぞ……との言葉がどこかで聞こえる気がしたが、コーデリアはただひきつる顔を押さえるのが精一杯だった――。



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